クライバーンコンクール入賞者たちが日本に来ます

2017年のヴァン・クライバーン国際ピアノコンクール。
まだ開催から1年経っていないんですね。
個人的には、昨年後半から今年の前半にかけていろいろなことがありすぎたせいか、
もはや遠い昔の出来事のように感じます…。時が経つのが遅い。

このときの入賞者3名が、今年から来年にかけて続々と来日するそうです!

まず、6月に来日したあと再び10月にやってくるのが、
浜コン入賞でもおなじみ、クライバーンでは第3位だったダニエル・シュー君。

2018年6月15日 東京/浜離宮朝日ホール
2018年6月17日 愛知/宗次ホール
2018年10月23日 大阪/茨木市総合クリエイトセンター
2018年10月27日 岐阜/バロー文化ホール
2018年10月28日 埼玉/さいたま彩の国芸術劇場

以前にも何度かこのサイトでコメントをご紹介していますが、
6月のリサイタルについては、「ぶらあぼ」に最近行ったメールインタビューも掲載されています。
明るい元気溌剌ボーイと見せかけて、突如、人の深層心理にまつわる考えを語りだす…
そういえば演奏もちょっとそんな感じです。音は明るいのに、なにかを抱えている感じがする。

そして、第2位のケネス・ブロバーグさん。
私にとっては、あの独特の硬質な音の印象がものすごい。
審査員の児玉麻里さんがとても高く評価されていました(インタビューはこちら)。
ブロバーグさんは、横浜招待に出演し、名古屋の宗次ホールでもリサイタルをするみたい。

2018年11月17日 横浜/みなとみらいホール(横浜市招待国際ピアノ演奏会)
2018年11月19日 愛知/宗次ホール

ちなみに、去年ダニエル君がSNSにアップしていた写真のブロバーグさんは、
ヒゲ&前髪ロングでなんだかイケてる雰囲気だなと思いました。
(彼、短髪だと金融系のビジネスマンみたいな感じしませんか、完全にイメージですけど)
撮影は、自撮りの腕を上げたソヌさん。

そして、優勝者のソヌ・イエゴンさんは、来年の1月に来日するみたいです。
これまでにも仙台コンクールの優勝者として何度か来日していますが、
クライバーンコンクール優勝後は初めてとなる日本ツアー!
完成度の高い堂々とした演奏が光るソヌさんですが、
アメリカ各地での華やかなコンサート活動を経てどんなふうに変化しているのか楽しみです。
若い方の演奏って、短期間でものすごく変わることがありますからねぇ。
仙台コン優勝時からの見た目的なイメチェンっぷりもすごかったですが。

2019年1月19日 静岡/静岡音楽館AOI
2019年1月20日 愛知/宗次ホール
2019年1月22日 東京/武蔵野市民文化会館
2019年1月24日 三重/三重県文化会館
2019年1月25日 東京/銀座ヤマハホール
2019年1月27日 宮城/宮城野区文化センター パトナシアター

ところで、なつかしい2017年のクライバーンコンクールの現地レポートは
こちらにまとめてあります。
コンクール事務局長ジャックさんのお話など、自分でも読み返して、コンクールの在り方について改めてうーむと考えてしまいました。
予算内でただ開催すればいいというのではない、高みを目指してコンクール自体が進歩しようとしている、そんな感じ。
日本の国際コンクールにも、見習うべきアイデアは多いのでは。

テキサス滞在をふりかえって

コンクールのこと、コンクール以外のことも含めて、テキサス滞在についてちょっといろいろ振り返ってみたいと思います。

まずはコンクール関連の出来事。

今回の滞在中、私のテンションがかなり上がった瞬間のひとつは、コンクール本編の演奏ではなく

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審査員のマルク=アンドレ・アムランが、新作課題曲となった自らの作品「トッカータ」を、ピアノランチというイベントの中、サプライズで演奏してくれたこの瞬間です。
作品自体とても素敵なもので、1次でのコンテスタントたちの演奏もとても楽しんだのですが、アムランさん自身による演奏、すごく味わい深く、ああ、これを生で聴けてよかった…としみじみしてしまいました。
とても美しく優しく、わりとゆったりとした音楽で、コンテスタントたちが演奏していたものとは全然イメージが違ったんですよね。(作品についてのシンポジウムの様子はこちら

…という話を、この場に居合わせなかったあるコンテスタントに言ったら、あの楽譜でそういう演奏になるの!? と、ものすごくびっくりしていました。
ちなみにアムラン自身の演奏、ステージで収録したものを公開すると聴いていましたが、まだ出ていないようですね。
コンクールでは、ダニエル・シュー君が委嘱作品賞を受賞(演奏はこちら)。この賞はアムランさんひとりが決めればいいという話も出たそうですが、みんなで平等に投票をして決めたと聞いています。

もうひとつ思い出に残る出来事。
2次予選中のある日、ホール近くのバーで事務局のスタッフのみなさんと飲む機会がありました。そのとき事務局長のジャックさんがいくつかのポイントについてすごい勢いでつめよってきた、あの瞬間のハラハラ感です。

一つは、今回のコンテスタントの中で誰の演奏が気に入っていて誰を応援しているかという質問。なんだかよくわからないけど、そこにいるメンバー全員にかなりしつこく問い詰めてきました…聞いてどうする気だったんでだろう。

もう一つは、日本人はショパンコンクールをあんなに多くの人が聴きにいくのに、なんでクライバーンには全然来てくれないんだ。ショパンコンクールの何がそんなにいいんだ!という質問。

ピアノ好きの人が、ショパンコンクールには憧れがあって、一度現地で聴いてみたいと話しているのはよく聞きますし、実際、共感します。でも、改めてなんで?と聞かれると、確かに不思議なものです。
過去にスターが出ているという意味とか、作曲家の偉大さという意味では、チャイコフスキーコンクールとかも同じですけど、やっぱりショパンコンクールだけは人気が特別ですよね。なぜなんでしょう。

でもまあそれは日本に限ったことではなく、韓国でチョ君の優勝と同じノリで今回のソヌさんの優勝が受けとめられているのかといったら、きっとそうではないんだろうなという感触がありますし(DGから発売されたアルバムがヒットチャート1位、チケットは何分で完売、みたいなわかりやすい情報がまだ出てないからかもしれませんが)。
とはいえ、先の記事でも述べたように、クライバーンは1、2位に入賞すると、若いピアニストにとってもうコンクールはいいと思うきっかけになる、そういうコンクールであるらしいことは確かです(今のところ)。
それにはコンクール自体の音楽界的な評価というよりは、具体的なキャリアの支援体勢が、ピアニストにとって実質的効果を持つからなのだろうと推測します。

さて、それはさておき、ジャックさんはクライバーンコンクールにもたくさん日本のピアノファンに来てほしい!と話していました。
でもフォートワースにははっきりいって素敵な観光地もない、ストックヤードというカウボーイ文化を見られる場所も、まあ、1日見れば十分。クライバーンの家を外から見たってそれほどおもしろいもんでもない…。強いていえば、お隣のダラスまで足を伸ばすと「ケネディ暗殺の謎を探るミュージアム」があるくらいで(実際襲撃が起きた路上にはバツ印がつけてあるという…)、観光スポットって他にないからみんな来ないのも仕方ないんじゃない、とも思いましたが、もちろん言いませんでした。
でも、みなさんぜひ次回は聴きに行ってみてください。

ただ、テキサスに魅力的なおいしいものがないわけではありません。
行ったら食べたらいいよと勧められていたもののひとつがこちら。

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Tボーンステーキ!
とても大きい。
おいしかったですが、食べ終わったあとは「一週間肉はいらないな」と思いました。

話はどんどんコンクールから離れていきます。
さて今回、いつものコンクール取材と違ったのは、自分が人さまの家に間借りして滞在していたということ。いつもは孤独に取材に集中しているのですが、今回はいろいろな人にお世話になり、おかげでおもしろい出来事もたくさんありました。

まずひとつ、着いたとたんにおもしろいなと思ったこと。

トランプ大統領が就任してもう半年。実はテキサス州、中でもフォートワースは移民が少ないので、わりとトランプ大統領支持者が多めの地域だと聞いていました。そうはいっても、私がその件について会話した人の中には、トランプ支持だという人はいませんでしたが…。

とはいえもう半年も経ったんだし、アメリカの人たちはもう大統領がトランプさんであるという事実を受け入れて生きているのかなと思ったわけですが、なんか違ったんですよね。
先の記事でもご紹介した、日本とインドへの駐在経験のあるジャーナリストの家主は、毎晩、いわゆるスタンドアップコメディー的な番組を楽しそうに見ていたんですが。
これがもう、毎晩毎晩トランプ大統領の言動をネタに揶揄、という内容なんですね。トークショーみたいな番組も、政治的なものはだいたいトランプ大統領の痛烈批判という感じ。
家主がたまたまそういう番組を選んで見ていたから目立って感じたのかもしれませんが、まだみんな、現実を受け入れてないんだなーと思いました。
あるとき家主氏がある政策について「でもこれが実施されるのは4年以上あとで、そのころにはトランプの任期は終わっているから…」と話していたので、「でもまた再選されるかもしれないんでしょ? 今回もそうだったんだから、次回だってあなた方アメリカ人は彼を選ぶかもしれないんでしょ?」といったら、現実に気づかされた腹いせに「オヌシ、ヒドイニホンジン!」と言ってきました。

もうひとつ家主ネタ。

この家主がある日、夕食に今日は冷奴を食べようといって豆腐を買ってきました。
それじゃあ準備するよといって、6、7センチくらいの大きめのブロックに切って器に盛り付けたら、「それは間違ってる! 正しい冷奴はこうだ!」といって、2センチ角くらいの小さなブロック(なんでしょう、お味噌汁に入れるもののちょっと大きいくらい?)に切って盛り付けたうえ、あらかじめ醤油をドバーッとかけて、はい、食卓に持ってってと。
完成品がこちら。
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これが正しいんでしょうか。家主のあまりの自信満々っぷりに、自分が間違ってるんじゃないかと思ってしまいました。
そして一応私、生まれも育ちも日本なんですけど、なんで信用してもらえなかったのか自分でもよくわかりません。

ちなみに家主氏は、この冷奴の作り方を、息子たちや近所の人たちなど、あらゆる人に伝授してまわって、現在に至るそうです。間違った日本食って、こうやって広まっていくんですね。

それからさらに全然関係ないんですが。
滞在も2週間半が過ぎた頃、自分の寝泊まりしている部屋にこんなものが置かれているのを発見。
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いたずらかと思ってボール部分をひっぱってみましたが、しっかり固定されています。この家の息子がテニス大会でとってきたトロフィーだと思われますが、なかなか斬新ですね。

…で、そんなことよりなにより、今回私がこのテキサス滞在中もっとも心揺さぶられたピアノと全然関係のないこと。
それは、家主のねこ、ウキー君のかわいらしさです!!

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もともとねこを飼った経験がなく、ねこ慣れしていない私は、ふだん人さまの家のねこさんと触れ合ってみても仲良くなれることがあまりないのですが、このウキー君は初日からスリスリと寄ってきて、私の部屋に入り浸り、毎晩のように私のベッドの上で寝るようになりました。ドアを押し空けて静かに部屋に侵入し、ファサとベッドに乗り、わたくしの腹部をフミフミして、そこにそのまま寝るのが定番。
重いし変な夢見るのよ。でもかわいい。そういうものなんですね、ねこって。

今回テキサスから帰ってくるときに何がさみしかったって、一番はウキー君との別れでした。だって、人間はここ以外の別の場所で会えるかもしれないし、なかなか会えなかったとしてもメールや電話で連絡をとることができるけど、ねこさんには、私がまたこの場所にやってこない限り会えないし、顔を見て話をすることもできないんですからね。(そういえば、ロマノフスキーは愛猫と電話で話すっていってましたけどね…どうやって話すのか教えてもらいたい)

最後だとわからずに最後に会うことより、最後かもしれないとわかりながら最後に会うことのほうが辛くて嫌いなのです。わたくしは現実から目を背けたい、弱い人間なのであります…。
次回コンクールの4年後といわず、ウキー君に会いにまたフォートワースに行ってしまうかもしれません。

クライバーン、入賞者やコンテスタントのお話

今回のヴァン・クライバーンコンクール、日本のピアノファンのみなさんにとってはなじみのある顔ぶれも多く、知っているピアニストのリサイタルを聴く気分で楽しむことができたステージも多かったのではないでしょうか。
ちなみに各コンテスタントの演奏は、こちらから、データ、CD、DVDそれぞれの形式で購入することができます。
Mediciの演奏動画は、リサイタルは基本的には無期限で、オーケストラとの演奏は1年間の期間限定で公開されるとのこと。

さて、このコンクールでは、コンテスタントはみんなホームステイで滞在しているので、ファイナルまで残らずとも最後まで滞在する人がわりといます。
コンクールによっては、通らなかったら結果発表の翌日にはホテルから放り出される(言い方は悪いですが、ハイシーズンだから満室で空き部屋すらない的な…)みたいなところもあるので、若いコンテスタントにとっては、親しくなった家族のもとそのまま落ち着いて滞在できるいいシステムです。

今回の記事では、入賞者たちのお話に加えて、最後のレセプションなどでお会いできたその他のピアニストのお話も紹介したいと思います。

まずは第3位となったダニエル・シューさん。
このコンクールの直前、日本でリサイタルツアーを行っていたので、最近聴いたばかりだという方もいらっしゃるでしょう。
私は東京のハクジュホール公演を聴きましたが、ベートーヴェンの31番のソナタを聴きながら、「あーこの子、クライバーンでいくかもしれないな…」と、実は、うすぼんやり思っておりました。(演奏はもちろん、19歳というフレッシュな年齢、今後の飛躍の可能性、アメリカ人だということなど全部ひっくるめて)
バックステージに挨拶にいったとき、「なんか今日の演奏聴いて、クライバーンで、もしかしてって思った」と口走ると、横にいたお母さんが、「この子には結果は気にしなくていいっていってるの! ね?」とすかさずカットイン。微妙な笑みを浮かべているダニエル君を見て、余計なプレッシャー与えちゃったかなと思いましたが、今となっては「ほらー、だからいったじゃん」状態です。

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─3位おめでとうございます。一番大変だったステージは?

ファイナルですねぇ。

─オーケストラはいかがでしたか?

うん、大丈夫でしたよ。

─…というのも、演奏前には言うまいと思っていたんですが、前回同じオーケストラと指揮者でチャイコフスキーを弾いた阪田さんが、ものすごくゆっくりのテンポにちょっと苦労していそうだったので…。

ああ…。そうですね、少しゆっくり目でしたけど…実は本番はリハーサルのときよりはテンポが早くなっていたのでよかったです。でも、遅いテンポも好きだと思いましたけどね。

─浜松コンクールから2年が経ちました。演奏家として変化を感じますか?

僕の頭は変化し、発展していると思います。引き続き勉強を続けて、音楽を発展させていきたいです。
ただ、年齢を重ねればもちろん経験が増えて成熟に向かうはずだけれど、それは音楽の主な要素ではないと僕は思います。音楽やアーティストは、そんなことで邪魔されるべきではありません。音楽は演奏家から放たれていくものではあるけれど、演奏家は音楽それ自体を変えるべきではないと思います。
つまり、音楽は演奏家の心や魂、頭から出てくるべきもので、音楽を聴くときに、その音楽のコンセプトが、奏者が誰かによって違う風に受け取られるべきではないと思うんです。だから例えば若い人が演奏しているからといって、若いのにすごいとか、歳がいっているんだからもっと成熟しているべきだとか、そういう風に思って聴かれるべきものではない。音楽は音楽だと思うから。…意味通じてる?

─わかりますよ。少し話はずれますが、この前シンポジウムで、成熟するということについて、悲しい曲を弾くにはそれ相応の実体験が必要なのかということが話題になっていたのを思い出しました。

僕は、実体験は必ずしも必要でないと思います。誰かが経験した悲しみや痛みは、自分が同じものを経験しなくては完全にわかるはずがない。だけどその原因を全部経験してみる必要などもちろんないと思います。苦しみや痛みにはいろいろな種類があって、その中にいる人にとってはとてもリアルなもの。気持ちがふさぎ込む、生きる気力を失う、一人でいられないなどその種類はさまざまで、それをすべて体感することはできませんよ。意味通じるかな…。

─わかりますよ。相変わらず、ただの明るい若者じゃない感じの発言で。

ははははは!!

◇◇◇
考えこみながら深〜い話をして、ハッと気づいたように、なんかわけわかんないこと言っってないよね?と確認してくるところなど浜松コンクールのときから変わっていません。
ところで関係ありませんが、浜松コンクールは次回の募集要項が発表されたようですね。審査委員長は小川典子さん。詳しくはまた別の記事で…。

第2位のケネス・ブロバーグさん。
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最初から最後までものすごく落ち着いた雰囲気漂わせていましたが、まだ23歳。
先にご紹介した審査員の児玉麻里さんのお話からもわかる通り、彼のほうを高く評価していた審査員もわりといたようです。

─おめでとうございます。今の気分は?

とてもいいです。どのステージも大変でしたが、セミファイナルは、オーケストラと演奏するというそこまでとは別の経験の中、モーツァルトで自分の別の面を見せなくてはいけなくて大変でした。さらにファイナルではまた大きな協奏曲でオーケストラと別の面を見せなくてはいけなくて。ラフマニノフの「パガニーニの主題による変奏曲」は、パガニーニが悪魔に魂を売ったストーリーを見事に伝えるすばらしい作品なので選びました。

─音楽の解釈をつくっていくうえで一番大切にしていることはなんでしょうか?

作曲家が書いた感情的なストーリーを伝えるということです。自分の中に芽生えた感情を伝えることも大切にしています。

─あなたの音には特徴がありますね。自分の音はどのようにして見出したのでしょう。何か特別な技術的練習を積んできたのでしょうか。

いいえ、特別な練習はありませんよ。音は頭の中から出てくるものですから。ピアノのメカニズムを考えれば、音はハンマーと弦によって鳴らされるわけで、そこに他の要素はありません。とにかく重要なのは自分のイマジネーション。それだけです。

─ピアノの道に進もうと思ったきっかけは?

若い頃、自分がやりたいこと、そして情熱のすべてがここにあると感じたことから、ピアノの道を選びました。人間にとって音楽はあらゆるものごとを伝えることができるものだと思います。自分を伝える手段でもありますね。

◇◇◇
さて、優勝したソヌ・イェゴンさんです。DSC_9086
(ハンブルクからかけつけたスタインウェイのグラナーさんらと)

前述の通り、記者会見でのお話以外のフレッシュなコメントを取り損ねてしまいました。一瞬誰だかわからないレベルのイメチェンをすることになったきっかけ、ご本人がやせたんだといっていましたが、その減量のメソッドなど聞いてみたかったんですが残念です。
かわりに、ホストファミリーのきらきらマダムのお話をご紹介します。

◇◇◇
─イェゴンさん、おうちではどんな様子でした?

彼は本当に真面目で、毎日5、6時間は練習していましたよ。とても優しくて人間的にも優れているすばらしいアーティストだと思います。今回初めてホストファミリーをつとめたので、彼が優勝して驚いています。

─ところで動物はなにか飼ってらっしゃいますか?

オーマイゴッシュ! 飼ってるわよ!! 彼にも聞いたらきっと話してくれると思うけど、うちのゴールデンレトリバーのことが本当に大好きになったみたい。彼はとても優しい人だからね。
うちのゴールデンレトリバーは、彼が練習しているとき、ピアノの下に毎日何時間も座っていたんですよ。こんなこと、普段はないのよ、オーマイゴッシュ!! 動物も彼の音楽が好きなのねって思いました。信じられない現象だったわよ。うちのゴールデンレトリバーは、嫌な音楽だったらいつも逃げていってしまうのに。

◇◇◇
…というわけで、何の気なしにペットについて話をふってみたら、ホストマザーさんのテンションが爆発的に上昇し、すごい勢いで語り始めました。イェゴンさんとゴールデンレトリバーさん、この3週間で飼い主もびっくりするほどの友情を育んだんでしょうね。

 

さて、入賞者以外の面々。

レイチェル・チャンさん。彼女はファンが多かった。
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(Web配信のナビゲーター、アンダーソン&ロウさんと)

結果は少し残念だったけれど、ここで演奏できてよかった、日本に演奏しに行きたい!と話していました。
ところで先の記事で紹介した、人の顔を見るたびにレイチェル・チャンのプロコフィエフよかったよねーと言ってくる音楽評論家のおじいさんですが、あるときわざわざ近寄って来たのでまたレイチェルの話かと思ったら「そのカーディガンいいねぇ、すてきだねぇ」と言ってきました。寒いホールをしのぐためのよれよれのグレーのカーディガンなんですけどね。
以来、人の顔を見るたび「今日はあのカーディガンは?」と言ってくるようになりました。なにかしら執着ポイントが発生すると、そのことばかり聞く癖があるみたい。

イリヤ・シムクレルさん。ホストファミリーと。
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前回の浜松コンクール、セミファイナリストです。
なんだか以前より大きくなったような気がして、「なんか(背が)大きくなった?」と聞いたら、「えへへー、そうかな、お腹じゃない?」と、少しふくよかになったお腹をポンポン叩くという、中年男性のようなジョークを返してきました。まだ22歳ですけどね。なんだかいつ会っても常に楽しそうでした。
ちなみに「偶然見たこの動画であなたが譜めくりしていてびっくりした」といったら(彼はクズネツォフの弟子なのです)、当日譜めくりさんが突然ドタキャンしただかで、どこかから帰国したばかりだったのに急遽呼び出され、空港から直接会場に行って譜めくりさせられたんだよねーと話していました。全然コンクールに関係ない話題ですけどね。

そして、イーケ・トニー・ヤン君。
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最終的に、審査員賞を受賞しました。将来性に期待をかけて、ということでしょうか。
彼には今回、今後ピアニストとしてどうしていくのか、ハーバード大学での生活や勉強はどんな感じなのか、ゆっくりいろいろお話を聞くことができました。ピアニストとして生きていくことは本当に大変だ、としきりに言っていたのが印象的でした。意外と現実的なのね。でもピアノはこれからも大切にしてゆくとのこと。
大学には昨年秋に入学して1年が経ったけれど、この1年はコンクールの準備などでなかなか授業に出ることができなかったから、2年目から勉強のほうもがんばりたいと話していました。経済学や国際政治に興味があるんだって。

ところで今回もトニー君は、「通気性が良くて伸縮性もあり、着心地がいいのだと本人は言うけど、傍からは全然そう見えない、あの異素材シャツ」をステージで着用していましたが。
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Photo:Carolyn Cruz

なんとこのシャツ、オーダーメイドで、デザイナーはユジャ・ワンのドレスのデザインもしている人なんだそうです。なにその予想外のオシャレへのこだわり!!(ワルシャワではポートレートを撮影するっていってるのに、アディダスのでかいロゴ入りパーカーとか着てきちゃうくせに!)

ちなみに赤いジャンパーを愛用しているのは、ご両親が好きでいつも買ってくるからなのだそう。
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(左は今回、右はワルシャワの写真)

「なんで赤なの? 赤が好きなの? あっ! それとも、赤を着せておけば自分の息子がどこにいるか見つけやすいからかな?」と聞いたら、「それは違うと思う」と即答されました。

長いコンクールが終わりました(クライバーンコンクール結果発表)

第14回ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクール。
結果が発表され、すべてのイベントが終わりました。

結果は以下の通りです。

■ゴールドメダル ヴァディム・ホロデンコ, 26, ウクライナ
■シルバーメダル ベアトリーチェ・ラナ, 20, イタリア
■クリスタルメダル ショーン・チェン, 24, アメリカ

■優秀現代作品演奏賞および、■室内楽演奏賞  ヴァディム・ホロデンコ, 26, ウクライナ
■審査員特別賞 クレア・フアンチ, 23,アメリカ
■聴衆賞 ベアトリーチェ・ラナ, 20, イタリア
■John Giordano 審査員特別賞  スティーヴン・リン, 24,アメリカ
■Raymond E. Buck 審査員特別賞 アレッサンドロ・デルジャヴァン, 26, イタリア

こちらの聴衆や関係各位と話していると、“なんとなく、納得の結果だね”という人が多いかなと思います。
とくにゴールドメダルとシルバーメダルについては、全ての演奏を聴いた後に、わりと多くの人がこの結果を予感していたようです。いや、最後までわからないぞと私は思っていましたが。
若いラナさんと、すでに貫禄のあるホロデンコさん。
しばしばコンクールの審査で論点となる「年齢も上ですでに成熟しているピアニストと、若く今後大きく伸びる可能性のあるピアニストを比較することの難しさ」。
これを考慮に入れても、ホロデンコさんが一歩上だった、という審査員の判断なのかなと思います。
審査員の野島稔さんにお話を伺いましたが、レセプション会場を抜け出してお話しさせてもらったこの時間が異様に楽しかったです。
野島先生、3週間で焼けちゃってねぇ、とおだやか~な口調でおっしゃっていました。なんだか独特のふんわり感とスルドい発言が絶妙なバランスの、素敵なお方です。
それで野島先生曰く、「ホロデンコはオールマイティで、群を抜いていた。室内楽賞、現代音楽賞も総なめしたことにもあらわれている」とのこと。それに付け加えて、「でも、あまりに出来上がっていて、もはや聴衆を手玉にとるような雰囲気すらありましたよね。審査員もそのあたりは感じて見ていたと思いますけどねぇ。それでも、あれだけ抜きんでていましたからね」。

…手玉にとる(笑)! しかし確かに、思い起こせば自分もすっかり手玉にとられていたような。とくに後半戦。やられたー。やられたー。

クライバーンコンクールは、優勝者に3年間のマネジメント契約とたくさんのコンサート機会を与えるため、すぐに演奏家として活動できるピアニストを求めていることでも知られています。それを考慮に入れれば、さらに納得の結果かもしれません。
とはいえ、ホロデンコさんもまだ26歳なんですよね。やたらベテラン風味出ていますが。

ラナさんは浜松アカデミーで牛田智大さん(当時12歳)と優勝を分けたので、日本でもすでに生演奏を聴いている方がいるかもしれません。
それにしてもこのラナさんの、すでにアーティストとしての強い意志を感じる演奏を思い起こすにつけ、彼女と当時12歳で優勝をわけた牛田くんもまたすごいなと思ったり(もちろん、この場合も年齢や将来性を考慮しての結果だと思いますが)。
以前、職場の先輩が「かとうかずこが選んだんだから、そのまんま東っていい男なのかなぁ、と思うよね」と言っていたことを今ふと思い出しました。すみません、全力で関係ないし、状況が全く違いますね。

クリスタルメダルについては、誰が入ってくるかな…と感じていました。
結果的には、“ジョン・ナカマツ以来のアメリカ人入賞者”ショーン・チェンがこの賞に輝きました。
Star-Telegramの記事に出ていましたが、彼は高校卒業後、ハーバードやマサチューセッツ工科大学からも入学を認められていたけれど、ジュリアードで勉強することを選んだそうです。高校生まではピアノは趣味だったとのこと。
ビデオゲームが好き、なんて言っていてへぇ~と思っていたけど、MITと聞いたとたん、ものすごい次元の高いメカを使ったゲームをしているんじゃないかと想像してしまいます。
会場には、師であるホン・クワン・チェン氏(ユジャ・ワンさんがカナダで師事していた先生でもある。前回のクライバーンコンクールでは審査員を務めていた)も駆けつけていました。

クライバーンコンクールでは、この3年間のマネジメント契約によりたくさんの演奏機会が与えられるため、しばしば、若い人が入賞した場合その後のキャリアを心配する声があがります。
しかしすでに演奏家として活動をしているホロデンコさんにはそんな心配もなさそう。「お酒を飲みすぎたりしないでコンディションを整えていれば大丈夫! それに、僕には家族の支えがあるし」…と、家族の話になったところで、2歳半になる娘さんとのコミュニケーションが自分のモーツァルトの演奏を変えた、という興味深い話を聞かせてくれました。
とはいえ、公式のインタビューで娘をピアニストにしたいかと問われて、すごい勢いで「No!」と言っていましたね。ちなみに、奥さんはピアニストでヨガのインストラクターなんですって。なんかオシャレというか、ミステリアスというか。

あ、それと娘と子供の話で思い出しましたが、チェルノフさんに会ったのでちゃんとご本人に確認しました。
お子さんは3人、もう音楽を勉強していて、音楽家になってくれたらいいかなぁ、と思っているらしいです。
奥さまも仲良さそうに寄り添っていましたが、なんとなくふたりの雰囲気が似ていて、夫婦って一緒に生活していると似てくるのかなぁ、おもしろいなぁと思いました。

一方、日本からの期待の星、阪田さん。
ご本人も、「この場所で(クライバーンを象徴する作品である)チャイコフスキーを弾くことほどおそろしいことはない」なんて言っていましたが、今日地元の記者と話していたら、「ここであれを弾いたら、聴衆はパーフェクトな演奏しか絶対受け入れないよ。それはみんな知ってる。サカタはチャレンジャーだ」と言い切っているのを聞いて、そうなのね…と改めて思いました。
ご本人は終演後に、とくにチャイコフスキーではベストの力が出せたとは言えないとおっしゃっていました。
今回のオーケストラはどの作品でもわりとゆっくりめのテンポをとるように見受けられましたが、とくにこのチャイコフスキーでは、阪田さんはもう少し速く前に行きたいんだろうな、と感じる場面がしばしばありました。実際阪田さんによれば、リハーサル時に「オーケストラはあのテンポがやりやすいと言われたので、こちらが合わせた」とのこと。
入賞は果たせませんでしたが、この大舞台での経験、そしてこれだけ聴衆に愛された記憶は、今後の彼の演奏活動にとって大きな糧になるのでしょうね。
今回はヴァン・クライバーン氏が亡くなって最初のコンクール開催でした。
特別なイベントは行われなかったのがちょっと意外でしたが、それでも結果発表のセレモニーでは冒頭に7分間ほどのクライバーン氏の追悼ビデオが流れるなど、フォートワースの人々のクライバーン氏への愛情を感じる場面が時折ありました。
これがまた、クライバーン氏のラフマニノフのピアノ協奏曲第3番の演奏をバックにしたコラージュ映像なのですが、プレゼントされた帽子のかぶり方がわからなくてクルクルしている様子とか、聴衆から渡された花束をソッコー指揮者に横流ししちゃう様子とか、クライバーン氏の愛らしいキャラクターのわかるシーンが随所にちりばめられていて、会場からはクスリと笑いがもれていました。
映像が終わると、ステージ中央に置かれたピアノの傍らにある無人の椅子にスポットライトが当たって、徐々に会場が明るくなるという、素敵な演出でした。

さて、今回も私たちの耳を喜ばせてくれた素敵なピアニストたちの情報、審査員のコメント、そしてテキサスのよもやま話、まだちょっと出し切れていないものもあったり、考えがまとまっていないこともあるので、またこの後もなんとなくぼちぼちと書いてみようと思います。
このブログはだいぶ勢いで書いているので、少々読みにくい箇所もあったかもしれません。毎回長ったらしい文章にお付き合いいただき、ありがとうございます。
明日東京に帰ります。おいしいカレーが食べたいです。

ドキュメンタリーとか、コミュニケーション能力とか(クライバーンコンクールファイナル)

2曲の協奏曲を演奏するファイナルも、3日目が終わりました。残すはあと1日。

コンクールも佳境にさしかかり、裏方の面々にも疲れがたまってきたようです。初日に元気溌剌だったプレスセンターの青年が、最近時々ぼんやりした表情を見せているので、ちょっと心配です。余計なお世話ですけど。

そしてドキュメンタリーのクルーのアニキたち。カメラかついで後ろ歩き、大きなマイクを持って右往左往。とくに昨夜はバックステージを緊迫した表情で走り回っていました。
このドキュメンタリーの監督を務めているのは、クリス・ウィルキンソン氏。映画「ニクソン」や「アリ」の脚本家も務めた人で、アカデミー賞にノミネートされたこともあるとか。ライブ配信中に流れていたスタジオ撮影のインタビューの聞き手も、この方がたびたび務めていたそうです。

さて、今日の午前中は、審査員によるシンポジウムがありました。
クライバーン・リサイタルホールで行われるのですが、会場は一般の聴衆でいっぱい。質問も絶え間なく次から次へと飛び出し、しかも一つ一つがちょっとしたスピーチに聴こえるほど、思慮深さを感じるものでした。
それぞれの質問に出席した審査員が回答するのですが、中でも目立ったのが、カプリンスキー審査員の話。彼女の圧倒的な頭の良さをひしひしと感じました。
カプリンスキーさんは長らくジュリアード音楽院ピアノ科の長を務めていて、また地元テキサス・クリスチャン大学の教授でもあります。クライバーンコンクールの審査員を務めるのは2001年以来4度目です。
実は過去のコンクールでは、彼女の生徒が多くエントリーしていることで、批判にさらされてしまったこともありました。ちなみに今回のファイナリストの中では、フェイフェイ・ドンさんがジュリアードでカプリンスキーさんに師事しています。ヴァルディ先生とカプリンスキー先生のお弟子さんは、本当にあちこちのコンクールで活躍していますね…。
さらにちなみに言えば、ファイナリストのラナさんはヴァルディ審査員のお弟子さんです。とはいえ、4年以内に師弟関係にあった弟子には、審査員は投票できないことになっています。

さて、シンポジウムの話。
他の審査員のおじさま方もとても興味深いコメントをしてくれるのですが、いつも最後にカプリンスキーさんが付け加えるコメントが、必ずどこか、うーんと納得するものなのです。
例えば、「西洋クラシック音楽には、その周辺のさまざまな文化が影響していて、それを知ることは大切だ。その部分に今やアジアの演奏家たちがとても関心を持っていて、欧米のピアニストが失っているものをアジアのピアニストが得ているような気がしてならない。今後ますますアジアのピアニストが台頭するのではないか」という質問が出たとき。
これには、“メディアの発達で、世界中の人がいろいろな演奏に触れることができるようになった。そのうえ、結果を早く得るにはイミテーションが一番手っ取り早い。同時に、現在の音楽業界が20代前半の若者を求める。知り合いのプロモーターは、26歳を越えているともうちょっとためらってしまうと言っていた。メルティンポットは良いことだが、それにより若者がじっくり音楽性を育てる時間を失っている。ルービンシュタインやホロヴィッツ、ギレリスが現代のコンクールのシステムに参加しても優勝することはできないだろう。昔の音楽家には、自分が音楽で何を言いたいのかをじっくりと育てる時間があった。これが昨今、これこそが芸術家と呼べるピアニストが出てきにくくなっている理由だと思う”とおっしゃっていました。

音楽の背景にある文化やその他の芸術を深く知らないままに、“イミテーション”の演奏家が台頭する恐ろしさ。
これはおそらくアジア人の演奏家に限ることではまったくなく、ヨーロッパ人にも言えることでしょうね、生まれてから自然な生活の中で宗教的な価値観や文化を身につけていることは武器ではあると思いますが。
西洋クラシックの深い文化に心から理解する努力をなしに成功できるチャンスがある、むしろそういう華やかなピアニストを市場が評価する方向にいくのは、確かになんだか怖いことです。

それともう一つこんな質問も。
「演奏家が自分の音楽を言葉で説明できる能力は必要か」という話題になったとき、「演奏家として活動していくためには、オーケストラや指揮者、世界の聴衆とコミュニケーションをとるにあたって、英語などの言語のコミュニケーション能力が求められる場面もあると思いますが、それは審査の際に考慮に入れるのか」というもの。

確かに今回顔ぶれを見ていて、アメリカで勉強しているピアニストが強いなぁという印象を持ちました。彼らは音楽に限らずいろいろな意味で、アメリカの聴衆の心をつかむ方法を知っているといえるかもしれません。もちろん、そんなサービスは関係なく、音楽一本で評価される人もたくさんいると思いますけど。
これに対してカプリンスキーさんは、“今、プロの演奏家の置かれる状況が大きく変わっている。あるマネージャーと話していて聞いたのですが、20年前、ピアニストとカーネギーホールの演奏会の契約をするときには、ステージから聴衆に話しかけるなという項目が入っていた。しかし今必ず問われるのは、逆に、聴衆とコミュニケーション(※これは音楽によるコミュニケーションという意味ではないでしょう)ができるか、ということ。キャリアを作るにはこのコミュニケーション能力が重要だという考えは音楽学校のカリキュラムにも影響していて、その能力を育てるような授業が取り入れられているほど。ただ、これはコンクールの現場で試されることではない”と語っていました。

冒頭に紹介したドキュメンタリーもそうですが、このコンクールでは事前にコンテスタントのインタビュー映像を撮っておいたり、また、コンクールが始まってからもたびたびインタビューや取材のアポイントをとって、参加者のキャラクターを一般聴衆に知ってもらおうとしています。
さらに、地元新聞などもいろいろな観点で彼らを取り上げています。
これは確かに彼らの音楽が放つメッセージをより強く“感じる”うえでは有効なことでしょう。しかし同時に物事にはちょうど良い按配というのがあって(その感性は人それぞれでとても難しいと思うのですが)、人柄のイメージに聴衆がひっぱられて冷静に聴けなくなるほどでは、なんだかなぁ、と思ったりもします。まぁ、これだけ余計なことばっかり書いてる私が言うのもなんですが。
そして、現地でなされている情報を全部チェックしていないので、ここではどんな感じなのかよくわかりません。

ホロデンコさんなんかは、決して必要以上に愛想の良いタイプではないと思いますが、まさに演奏で聴衆の心を掴んだパターンでしょう。私なんてこれまで何度もインタビューしてお会いしてるのに、今回久しぶりに会って「この前東京でインタビューさせてもらってるんだけど」といったら、薄ら笑いを浮かべて「…maybe?」(かもね?=お前のことなぞ覚えておらんの意味と解釈)と言われました。
タヴェルナ君なんてめっちゃハイテンションで「あぁ!覚えてるよ!どこで会ったのかは覚えてないけど!!」とか、あんまり覚えてなくてもとりあえずノッてくれるのだが。
…とはいえホロデンコさんについては、「日本のファンへのメッセージを」とお願いした際、シブい声を出して「親愛なる僕の日本のファンのみなさん、愛してるよ」と、アンタはロックスターか!という一言をかましてきたときに、意外と内に秘めた輝くアイドル精神(?)を持った人なんだな、と思いましたよ。(※動画はぶらあぼFB参照)

実は先日、もう一人の忘れてはならない“愛想の良いタイプではない”ピアニスト、ホジャイノフと、アメリカ系のコンテスタントがいかにニコニコ良い感じの取材対応をしているかの話になりました。ひとしきり黙って聞いたのち、「…じゃあ次から僕も“ハーイ! 聴衆のみなさん、いつも聴いてくれて本当にありがとう!!”とかやってみよっか」との返答。
…ちょっと想像して、おねがいです、こわいからやめてください、と思いました。

さて、再びホロデンコの話に戻りますが。
先日浜離宮の方から教えてもらうまで気が付いていなかったのですが、11月に東京でリサイタルが決まっているのでした。
ヴァディム・ホロデンコ ピアノリサイタル
2013年11月22日(金)19時 浜離宮朝日ホール

現在予定されている曲目は、リストの超絶技巧練習曲全曲。休憩なしの1時間! セミファイナルのPhase1で演奏していたものです。
ただ、これもいいけど、みなさんにもあのペトリューシュカを生で聴きたいと思いませんか? プログラムこれから変更したりしないのかな。

明日はいよいよファイナル最終日。阪田さんもチャイコフスキーの1番で登場します。
演奏後には審査結果の発表です。

ファイナリスト発表とZoo Party(クライバーンコンクール)

ファイナルがいよいよ始まります。
ファイナリストは以下の6名。

Sean Chen, 24, United States
Fei-Fei Dong, 22, China
Vadym Kholodenko, 26, Ukraine
Nikita Mndoyants, 24, Russia
Beatrice Rana, 20, Italy
Tomoki Sakata, 19, Japan

コンテスタントたちは、モーツァルトまたはベートーヴェンから1曲と、自由曲で1曲、計2曲の協奏曲を2夜にわけて演奏します。
共演は、レナード・スラットキン指揮のフォートワース交響楽団。
このコンクールでは、上位3名にゴールド、シルバー、クリスタルメダルが授与され、その他にはファイナリストのディプロマが与えられます。
以前はファイナリストには3位以下も順位がついていたのですが、ここ何回かは今の形です。これだけの戦いを勝ち抜いた上位6人なのだから誰が見てもわかりやすい称号を出してもよいのに、と思ったりしますが、いろいろ意図があるのでしょう。

それにしてもこうして若いピアニストが一同に会している現場では、演奏はもちろんそうですが、人物のキャラクターもそれぞれで、つくづくいろいろ考えされられます。
以前浜コンのときにオニシチェンコさんが「コンクールは人生の縮図だ」なんて言っていて、大袈裟だなぁとちょっと思いましたけど、一理あるなと。コンテスタントもいろいろ、そこに審査員やら先生やら、事務所やらレコード会社やら、ビジネスの局面も関わるのですから、人生というか、社会の縮図ですね。純粋な芸術的イベントとは程遠いかもしれません。
例えば他人からの期待について、それによって力を発揮する人、そもそもあんまり気にならないと言う人、じわじわとプレッシャーを感じでストレスをためる人と、いろいろですね。
それから、結果発表の後のリアクションについても、仕方ないな!とあっけらかんとしている人(デルジャヴァンさんなんかは、人の輪の中でおしゃべりに花を咲かせている感じでした)、静かに憤る人、悲しむ人、深く傷ついた表情を見せる人といろいろです。
そんな中で、この結果発表の瞬間に今回改めて感じたのは、彼らはこの瞬間に、人が離れていく恐怖を経験しているのだなぁということ。
これまでにもいろいろなコンクールで、良い結果を残せなかったコンテスタントにはなんと声をかけたら良いのか困るのと同時に、やはり取材をする身としては“勝者”も追わなくてはいけないわけで、自分自身も良い判断ができないことが多かったのではないかと思い返します。いろいろ、思い出されるよなぁ。
良い演奏ができなかった、結果が出なかった、それで離れてゆくのは、ビジネスとか市場の原理で言えば当然のことですけど、やっぱりどこか辛いですね。彼らは冷静に見てます。まぁ、そんなナイーブなことを言っていては、演奏家のような厳しい世界では渡っていけないかもしれませんが。
人の信用というのは、失うと取り戻せないもんですし。音楽家ってめんどくさいほど繊細で敏感…とも思いますが、それがあの音楽の源と思って、今後もありがたくビビらせていただこうと思います。

で、前にぶらあぼFBに載せた終演後コメントにあったとおり、「他人からの期待もわりと気にせず行けるタイプ」の阪田さんなんですが、日本人唯一ということでますます期待が寄せられているでしょう。地元のマダムたちからはかわいいキャラで愛されている模様です。
思い起こせば去年の秋のこれまた浜松コンクール、最初に気にかかったのは、演奏順抽選のときに手袋をしていて、くじを引くときだけ外し、終わったらまたすぐに手袋をしなおしていたことだったでしょうか。
よほど神経質な人なのかと思い声をかけると、「なんか前に本番直前に指を虫に食われちゃったことがあって、それ以来できるだけ手袋してるんですよ、あはは!」と。あれ、なんか想像してたのと違うぞ?という、あっけらかんとした答えが返ってきたのでした。
ちなみに今回は手袋をしているところは見ません。まぁ、この暑さですしね。
というわけでこれまで幾度かコメントをもらうときにも何か予想と違うリアクションが返ってくることが多く、心の中でツッコミつつ、一人でじわじわ楽しんでいます(時々書いちゃうときもあるけど)。
一昨日の結果発表のあとも、なんだか髪型がキマっていたので、今日はヘアスタイル良い感じに決まってますけどセットしてきたんですかとしょうもない質問をしたら、「違うんです!これは偶然なんです!全然そういうんじゃないです!!」と全力で言われて、そんなに必死に否定しなくてもいいトピックスだと思うけど、なんかツボにはまったのか?と、ひとりいぶかしく思っていたのでした。どうでもいいことなんですが、おもしろいな。

ところで昨日はZoo Partyでした。
本選前の恒例行事で、審査員、ホストファミリーやボランティアのスタッフ、コンテスタント、プレスなどいろいろな人が集まり、テキサス風のバンドの演奏を聴きながら、テキサス風の料理を食し(アルコールにはマルガリータも用意されていました)、テキサス風にバンダナを身に着けて、パーティーを楽しみます。
ファイナリストはあまり見かけませんが、その他のコンテスタントでまだ滞在している人は、リラックスした感じで参加していました。

そしてパーティーの途中にはコンテスタントが最初の日にサイズを測っていたウエスタンブーツを受け取ります。こういうのは基本ギュウギュウのようで、みんな「きつい」という顔で試着をしていました。
さて、ファイナル初日はこちらの時間で19:30から。日本でも鑑賞しやすい時間帯ですね。日曜日はまた夕方スタートになってしまいますが…。またすごい名演に出会えることを期待しつつ!

聴衆人気について考えたこと(クライバーンコンクールセミファイナル)

セミファイナルも最終日に突入しました。
今さらですが、セミファイナル進出者の顔ぶれ、個人的には、この感じで通るのか、ふ~ん、という人もいれば、逆に通らなかったコンテスタントの中で次も聴きたかったと思う人もいましたが、おおむね納得のいく感じでした。
爆音系だと感じた方々は通っていなかったようなので、安心しました。爆音の演奏って、聴いてるとしかめっ面になって、だんだん悲しくなってきちゃうんだよね。

さて、ここで一つお詫びと訂正がございます。
チェルノフさんの子供の数ですが、5人ではなく、3人らしい、ということです。誤情報申し訳ありません。そして、実数以上の子だくさんキャラに仕立て上げてしまって、ごめんなさいチェルノフさん。ご本人と交流のあるらしい情報通の方から聞いたので正しいんだろうと思ったのですが、やはり直接確認しないといけませんね。
というわけで、この3人というのも直接本人から聞いたわけではないのですが、まずは訂正を。実際、書く前に聞こうかと思ったんですが、ベートーヴェンの32番のソナタについて語ってもらった直後に「ところで子供が5人いるって本当ですか?」とか聞くのもなぁ、と思ってやめてしまったのでした。もっと勇気出せよ、自分!
ちなみにチェルノフさんの上のお子さんはすでに9歳だか10歳くらいで、音楽学校で勉強しはじめているとか(これもモスクワ音楽院の人から聞いた話で、直接聞いたわけではありません)。
でもこれって今回のコンクールで言うと、今20歳のコンテスタントが、10年後どこかのコンクールでチェルノフの子供と競い合うことになるかもしれないってことでしょ。なんだかすごいよね。

さて、今日はすべての演奏の終了予定時刻が22:40。ファイナリストの発表予定時刻が23:30とのこと。予定どおりに結果がでるのだろうか…すべてが終わるのは何時になるのでしょう。
審査方法は予選と同様です。審査員はここまですべてのPhaseを考慮に入れて、ファイナルに進むべきと思う6名の名前と、予備候補“Maybe”の1名の名前を記載して提出することになります。

セミファイナルでおもしろいのは、やはり現代作品の演奏の違いでした。
最近はこうした課題が取り入れられるコンクールが多く、いつも、演奏者によってこれほどに違うかと感じるわけですが、今回の曲に関してはもう、圧倒的に全員違うのでびっくりします。リズムのとりかたから明らかに違う。
親をからかってイタズラをする子供、というテーマの曲らしいですが、それぞれのコンテスタントの演奏によって、元気いっぱいのやんちゃ坊主からちょっとニヒルな子供、ゴリラの子供まで、いろいろ出てきます(すべて私の勝手な想像です)。
“この曲のテーマは子供といっても、イタリア、それもシチリアの子供だよ。マフィアの子供かもよ。フフフ”とか言ってた人もいました(誰とは言いませんが)。ともかく、コンクールの委嘱作品としてはなかなかダイタンなテーマです。

室内楽も、これまでは見えなかったピアニストの個性が見えてとてもおもしろいです。
弦と対話するように調和のとれた演奏をする人、どうしても音が飛び出してしまう人、合わせようとしすぎて存在感が消えちゃう人、自分のことで精いっぱいな人、いろいろいます。
ここまで聴いた中で、室内楽ベテランの風格を示したのは、やはりホロデンコさんでした。そういえば彼が優勝した仙台コンクールっていうのは、室内楽や協奏曲を重視して審査するコンクールでしたね。

ところでホロデンコさんは、リサイタルPhase2の「ペトリューシュカ」以来ものすごい人気です。
前傾姿勢でトコトコとステージに登場してきただけで、会場がわーわーします。確かにあのペトリューシュカはすごかった。その後同じ作品を弾く人がかわいそうなくらい、強いインパクトだった。
あのときのホロデンコさんの映像とゲゲゲの鬼太郎のアニメーションをコラージュ加工して音楽に合わせたら、抱腹絶倒の素敵な作品ができるんじゃないだろうかと勝手に妄想しています。だれかそっちのほうに強い人、作ってください。あ、冗談です。

それにしても、聴衆から人気が高いとか、演奏の後お客さんが盛り上がるということは、どのように審査に影響するのか?について、この前ちょっと話題に出たことをきっかけに、考えました。
とくにアメリカの聴衆は、実に頻繁に盛り上がりますし。あれだけいちいち「フ~フ~!」言って毎日過ごせたらストレスないだろうね、と思うけど、実際そうでもないらしいから不思議なもんです。
それで、聴衆に人気のあるピアニスト=スター性がある、という認識につながることは、やっぱり少しあるだろうと思います(アメリカのコンクールだしね)。一方演奏後のリアクションについては、お客さんが盛り上がるからいい演奏だと思っちゃうほど、審査員は単純だとは思いません。
そこで思うのは、審査員にとっても、自分が良い演奏だと思っているときに客席の反応が良ければそれは良い評価のほうに作用して、逆に、良くない演奏だと思っているときにお客さんが大盛り上がりの場合は、すごく逆効果になるのではないかということ。なんでこの演奏がもてはやされる?と思うと、ちょっぴりにくたらしくなる、的なね。
前にもこのブログで書いたかもしれませんが、かつてのリヒテルコンクールでボジャノフが1位なしの2位になったとき、記者会見で審査員のアファナシェフがしかめっ面で、「今回は聴衆に人気のある人が最高位になりましたが、我々は聴衆を教育しなくてはなりません」と本人を目の前にして言い放ったことなんかは、良い例ですよね。

ところで、ぶらあぼのFBのほうに、フランソワ・デュモンの、2013年10月1日ハクジュホールでの演奏会情報とプチコメントを載せています。
ロングインタビューは、後日ハクジュホールのホームページのほうに寄稿予定です。
インタビュー、あんまり時間がなかったのでひとつひとつのトピックスを簡潔にすませようとしたのですが、語りが熱すぎてまったくそうはいきませんでした。ハクジュホールは客席の椅子がふかふかなんだよと教えると、想像以上の興奮したリアクションを返してくれました(自分が座るわけじゃないのに)。
それにしてもデュモン、見れば見るほどツヤツヤで(あ、顔がですよ)、一体何を食べて、どんな生活をしているのだろうと思ってしまいました。毎朝スプーンで一口、最高級のエクストラ・ヴァージン・オリーブオイルを食べています、とか言いそうなツヤツヤっぷり(昔インタビューしたツヤツヤのフレンチのシェフが言っていたことがある)。
そしてたとえご本人にプリプリされても言い続けますが、私は彼のフランスものが好きです。一方、ハクジュホールのプログラムはオール・ショパンです。でも、きっとショパンも良いと思います。

デュモンさんもしかり、結果は残念でも、こうして注目していた若いピアニストの演奏を聴かせてもらえるきっかけができるのが、コンクールのいいところです。参加するご本人たちのストレスはハンパないでしょうが。
とはいえ、結果ももちろん気になる。このあと夜の部の3人が演奏したあと、ファイナリストの発表です。

緊張とピアノの森(クライバーンコンクール予選)

こちらに着いて1週間余り。意外にもとても健康的な生活をしています。
東京でのひきこもり原稿書き生活と違い、毎朝しっかり8時すぎに起き、朝食をとって片道15分歩いてホールへ。
ときどき口にするコーヒーも薄くて刺激が少なそうだし(プレスルームにあるコーヒーが、何をどうするとこうなるかと疑問に思うほど、うすい。あっ。もしかしてコーヒーじゃないのかも……と思うほど、うすい)、いろいろないいピアニストを聴いて、休憩時間には原稿を書いたり、ときどきは散歩をしたりする。
夜はまったくお酒も飲まず、12時を過ぎるとモーレツな睡魔に襲われてスイッチが切れたように寝る。
部屋にネットがつながっていないので、不必要にパソコンに向かって時間を費やすこともない。
まあ、素朴な生活ですよね。そのうちどこぞのロシア人みたいに、“趣味は散歩です”とか言いだすかも。

さて、そんなことはさておき、予選も残すところあと1日。
6名の演奏を残すのみとなりました。ぶらあぼのFBにも数日前にアップしましたが、ここで審査方法をおさらいすると、「審査員は、セミファイナルに進むべきと思う12名のコンテスタントの名前を記入(順位はつけずに順不同で)。同位が生じたときのために、予備(“Maybe”)の3名の名前を、こちらも順位は付けずに順不同で記入する」…ということだそうです。
前回までは点数方式だったのですが、今回からはこの後のステージでも、このシンプルな方法で審査が行われるとのこと。
ここで一気に半分以下の12名に絞られてしまいます。

それにしてもこのコンクールを聴いていて感じるのは、あまり緊張しているふうの人がいないなあということ。
皆わりとリラックスした表情を浮かべてステージに現れ、のびのびと弾いて、去ってゆきます。やっぱり“人前に出たい中毒”みたいな人じゃないとピアニストにはなれないんだろうなぁなんて思ってしまいます。

そんな中で目立って緊迫した雰囲気を出していたのが、Phase2のマルティン・コジャック。曲間はもちろん、楽章間でも執拗に鍵盤を拭う様子は、少々奇妙でした。「ピアノの森」(今、主人公のカイ君がショパンコンクールを受けている)の雨宮君を思い出しましたね。たとえばあれが無意識の行動だったとして、これで私が終演後「どうしてあんなに鍵盤を拭いていたんですか?何か気になったんですか?」とか聞いたら、“え? この人何言ってるの? ガーーーン”みたいになるのかなと。まあ、それは漫画の読みすぎか…。
ともかく、ぶしつけなことを尋ねる記者にはなりたくないけれど、彼らの精神状態は計り知れないので、知らぬ間にやっちゃうこともあるのかも。こわいことです。
2010年のショパンコンクールのときはクラクフで学んでいた彼ですが、昨年からクライバーンコンクール地元のTexas Christian Universityで勉強しているようです。ちょっと不思議な経歴。

実は「緊張しましたか?」という質問は、以前某N君からそれが愚問であると力説されて以来、静かに封印しておりました。ところが改めて勇気を出して聞いてみると、けっこう興味深いエピソードが出てきたりするんですよね。
例えば阪田くんなんかは、「かなり緊張するほうで、舞台でも弾きはじめるまで、曲の音を忘れてしまうくらい」だと言っているからオドロキ。そうは見えないと言うと、「見た目が功を奏しているのかも。つまんなそうな顔してるんで」と、なんともリアクションのしにくい返答。ああ~確かに、というのもなんだか失礼だし、いやいや、めちゃくちゃ楽しそうですよ!というのも白々しい。

ちなみに某N君ことニコライ君は、全然緊張しないのだそうです。
初めてその質問をしてから数年、そろそろ「本当はちょっと緊張しちゃった」とか白状するかと思って先日またそーっと聴いてみましたが、やっぱり緊張しないといっていました。
ステージで全然緊張しない人って、マツーエフ以外にもこの世に存在するんですねぇ。緊張したり焦ったりして思考能力が停止する自分としては、ただただ尊敬するばかりです。いろんな意味で計り知れない精神力の若い人が30人も集まって、やっぱりクライバーンコンクールすごい。

そんなわけで、今日もそろそろ睡魔の襲ってくる時間がやってきたので、寝る支度をしようと思います。おやすみなさい。

寒いホールとすばらしき演奏(クライバーンコンクール予選)

予選Phase1の三日目が終わりました。
テキサスに到着してから良い天気が続いていたのですが、コンクールが始まった途端、突然雨が降ったりする、ちょっとじめじめした気候になりました。
地元ボランティアのおばちゃん曰く、5月だけは、寒いか、暑いか、晴れるのか雨が多いのか、いつもぜんぜん天気が予想できないんだそうです。

いつもクライバーンコンクールのホールは凍えそうなほど寒いので心配していたのですが、そんなこともなく…と思えたのは初日最初の1時間まででした。
どんどん客席は冷え、夜の部のころには北極状態。これ、アメリカ人にとっては寒くないわけ?といつも抱く疑問を持って周りを見渡すと、隣の席のいかついジャーナリストのにいちゃんも、両肩を手で包んで「オーサムイ」のポーズ。アメリカ人的にも寒いんでしょう。安心しました。
ともかく、これから会場に聴きにくる方は何か羽織るものを持ってきたほうがいいです。

 

予選では、45分のリサイタルをPhase1とPhase2の2回行うことになります。30人が終わったら続けてまた最初の人が演奏する形なので、演奏時間帯をずらして、ぐるぐると二回転することになります。

 

ネット配信でも、演奏の最初に使用ピアノがアナウンスされていると思います。とはいえすべてスタインウェイなのですが、ハンブルク・スタインウェイ2台(1台はクライバーン財団所有、1台はスタインウェイ所有)とニューヨーク・スタインウェイ2台(1台はクライバーン財団所有、1台はNYのスタインウェイホール所有)の、計4台のピアノが用意されています。
各奏者、ピアノ選びには20分が与えられたそうです。今のところ、クライバーン財団所有のハンブルク・スタインウェイを弾いている人がけっこう多いですね。ピアノは、途中で変更することもできます。

 

さて、クレア・フアンチさんから始まった予選Phase1の演奏。このコンクールでは実際の演奏を聴いての予備予選が行われているので、やはり一定のクオリティは約束されています。しかもプログラムも自由で45分のリサイタルというものなので、聴くほうも完全に普通の演奏会を聴いている気分です。

 

ここまで聴いてきて印象に残った演奏をいくつか挙げると、クレア・フアンチのカプースチン、RANAさんのシューマン、スティーヴン・リンのVINE、ジュゼッペ・グレコの喜びの島。そして、ホロデンコがぬりかべのような安定感で演奏したアダムスとラフマニノフのソナタ1番も、じわじわ良かったです。

あとはやはり、阪田くんの生命力みなぎるベートーヴェンのソナタ23番、そして何かを探し求めているかのようなスクリャービンのソナタ5番もよかった。
自分はまわりにプレスばかりがいる席に座っているのですが、彼らからスタンディング・オベーションが出ているのを見たのは今のところ阪田君のときだけだと思います。数日前に話した時は時差ボケがきつそうで「内臓がついてこない!」というようなミステリアスな発言をしていましたが、演奏した日は体調もバッチリだった様子。こうして調子を本番にしっかり合わせることも、プロの演奏家には必須です。

 

ところで今回のコンクールを聴いていて感じるのは、(配信だとどのように聴こえているのかわかりませんが)どうも爆音系のピアニストが多いなぁということ。バス・パフォーマンスホールはオペラハウスのように、天井が高い筒状で4階席まであるので、もしかすると、ついつい響かせようとして過剰に大きく弾いてしまうのかも?

そんな中で、ホジャイノフのハイドンは、美しいピアニッシモと静寂を聴くという楽しみをここまで忘れていたなぁと気が付かせてくれるものでした。そういえば、エチュード3曲の間に拍手が入ったので、“作品の間に拍手されちゃった…”とボソッと言ってましたけど。現代ものを入れるコンテスタントが多い中で、彼はクラッシィ~なプログラムを貫いていますね。さすが、一昔前のロシア人(イメージ)。

今日の演奏では、ズーバーをすごく楽しみにしていたのですが、ちょっと調子がイマイチだったよう。しかし、モーツァルトと、ショパンのエチュードの中で「別れの曲」がよかったです。別れの曲ってもともとそれほど好きじゃないんだけど、ズーバーのようにこう、カタブツそうに甘く弾かれたら、浅野温子もおちちゃうよね、と思いました。古い例えですみません。

そしてチェルノフ。正直チャイコンで聴いたときにはあまりピンときていなかったんだけど、今日のメリハリのきいた「夜のガスパール」はとても良かったです。重量感のある音で、一気に闇を創り出す。昨日のホジャイノフとこれほどまでに違うか!という感じ。ホジャイノフのように細部までしつこーくこだわってキラリンと弾く感じもすごく良いけれど。

チェルノフはもう5児の父だそうですが、それを教えてくれた隣の席の方が、「生活かかってるものね、それは演奏も必死さが違うわよね、うふふ!」と言っていて、なるほどなぁと思ったりしました。

それと今日もう一人印象的だったのは、フェイフェイ・ドン。
ショパンコンクールから見ていた方の中には、彼女の袖ぐりが膨らんだフワフワの派手なドレスがどこかへいってしまったことに、一抹の寂しさを覚えた人もいるでしょう。ああ、女の子って変わるものだね。とても素敵な、大きな花柄のついた黒いドレスを着ていました。私服も、なかなかオシャレ。
バックステージでついつい、ショパンコンクールの頃のドレスからずいぶん変わったけどどうしたのか、何か心境の変化があったのか…それともニューヨークの生活でインスパイアされたのか、と尋ねると、「そうかもね、でも、新しいドレスを1着買ったっていうだけで、何もないですよ~」と笑っていました。そんな理由なわけ、ない。心の中でそう思いました。

それで、演奏も、みずみずしさそのままに洗練がプラスされて、輝いていました。次のステージも楽しみです。

 

…というわけで、記憶に新しい人たちを長く書くというわかりやすい偏りを見せつ、つつらつらと書きました。

さて、明日一巡目最後の3人が演奏したら、続けてクレア・フアンチから二巡目の演奏が始まります。気に入ったコンテスタントの音楽がもれなくおかわりできるみたいで、いいですね! 引き続き楽しみです。

 

クライバーンコンクール、赤身ステーキと演奏順抽選会

テキサスに到着してまだまる2日経っていませんが、なんだかそうとは思えないほど盛りだくさんで時間が過ぎていきます。
過ごしやすい気候なのがとてもいいですが、ときどきスコールのように雨が降る時があるとか。幸いまだ遭遇していないけれど、これだけ天気がいいと傘を持って出る気にならないので、いつかやられるんだろうなぁ。どちらにしても、もともと傘なんて持ってきていないけど。

昨日22日は朝からPress Breakfastという集まりがありました。参加者がオリエンテーションを受け、ウエスタンブーツのフィッティングをして(セミファイナルの後に行われる“Zoo Party”のためにプレゼントされる)、その後はホストファミリーや他のコンテスタントと歓談するという内容。
そんな中、ゴツいカメラを首から下げたオジサンたちがウロウロしながらベストショットを狙い、マイクを持った記者がコメントをとっているという。クライバーンコンクールでは、優勝者には3年間のマネジメント契約が与えられることが、優勝者にとっての最大の報酬といわれています。そのため、すぐに演奏活動を行えるようなピアニストとしての完成度が求められるわけですが、こうしたプレスの相手をうまいことこなすのもその必須項目のひとつなのか?というほど、こういうイベントが多く設けられています。
表ではさっそく阪田さんがマイクをむけられて、ラジオ番組の宣伝文句を言わされていました。なんだかMTVみたいなノリ。
多くの人がこういうのに気前よく対応していました。ニコライ君なんかはとっとと帰ってましたが。…まぁ、一流の演奏家にだって、いつでも誰にでもすごく感じのいい人と、プレス嫌いで有名な人と、いろいろいますからね。

4年前、前回のクライバーンコンクールでは、おなじみのエフゲニ・ボジャノフが、中盤からプレスを拒否して完全に悪役扱いされていました。しっかりファイナルには残っていましたが。
その後この件についてボジャノフに聞いたことがあったんだけど、本人によれば、地元紙のひとりの記者が失礼な質問をしてくるのでだんだん腹が立ってきて、あるときのインタビューで機嫌の悪いままインタビューに応えたら、それを全文、英語の文法のミスまで全部そのままに載せられて、完全にキレた、というようなことを言っていました。アメリカの記者怖いです。日本ではまずないよね。
そして実際、音楽ファンでない人にもアピールする記事を求める記者が多いことから、送られてくる質問票の一番最初が「好きな食べ物は?」だったりするそうです。

10月にHakuju Hallでリサイタルの決まっているフランソワ・デュモン、前回の仙台コンクールの優勝者、ヴァディム・ホロデンコにも会いました。以前の浜松コンクールで大人気だったクレア・フアンチやアレッサンドロ・タヴェルナもいましたよ。タヴェルナ氏、例によってめちゃくちゃテンション高かった。

で、こちらに3週間滞在すると言うと、大体当然のように“車はあるの?”と言われます。あるわけないじゃないの…と思うんですが、それだけ彼らにとっては車が必需品なんでしょうね。でも決して車がなくてはどこにも行けないわけではなく、バス路線はけっこう充実しています(しかもなにせ利用者があまりいないから空いている)。
昨日は日用品の買い出しに、グルグル丸印でお馴染みのスーパー、ターゲットに行ってきました。いつも思うんだけど、アメリカのスーパーは、押して歩くのが恥ずかしいくらい買い物カートがデカい。

さて、汗だくになりながら買い物を済ませて、夜はオープニング・ディナー。Black tieのフォーマルなパーティーで、主催者や前回の優勝者のスピーチのあとに、コースのディナー、そして、最後に演奏順の抽選があります。
7~8人掛けのテーブルが58番まであったので、450人を超える人が出席していたことになりますね。私は、ラジオや新聞など、招待された地元のプレス関係者ばかりの座っているテーブルにつきました。
クライバーン氏の追悼映像とともに、パーティーはスタート。そして、辻井君は今回来場できないということで、ビデオメッセージで登場しました。最初のあいさつが英語で、中盤は今回の参加者へむけての日本語でのメッセージ(英語字幕付き)、また最後に「Good luck and enjoy!」と英語でひとこと。これらの英語のときに、なぜか会場がどよめくのね。
ビデオメッセージが終わった瞬間、向かいに座っていた新聞社の記者が「今の字幕はどれくらい正確だった?」と、ちょっといじわるそうな表情ですかさず聞いてくるという。このノリの記者に本番前につきまとわれたら、確かにたまらないよなぁ。
続いてハオチェンのスピーチ。冒頭、ジョークでしっかり笑いをとり、「コンクールに勝つのではなく、自分自身に勝つ戦いなのです」というカッコイイ言葉で締める、立派なスピーチでした。

出場者にとっては、時差で体も疲れているだろうし、もう翌々日の初日朝に自分の演奏順が来る可能性もあるのだから、さっさと抽選を済ませて帰りたいところでしょう。でも、ディナーは延々と続きます。
前菜のあとに、日本のレストランで出てくるものの3倍くらいはありそうな大きな赤身のステーキがでてきます。おいしいんだけど、食べても食べても減らない。分厚い肉をゴリゴリナイフで切断しながら、眠りに落ちそうになってしまいましたよ。時差ボケって辛いね。

 

そしていよいよ抽選。前回はコンテスタントがアルファベット順に、演奏順の書かれたくじを引くというスタイルでしたが、今回は前回の優勝者ハオチェンがコンテスタントの名前の書かれたくじを引いて、呼ばれた順に、自分の演奏したい日時を選んでいくというスタイル。ややこしや。自分でくじを引けないなんて何か仕組まれたら終わりだ、なんて疑い深いことを言っている人もいましたが。
一人の女性ジャーナリストが、「一番に呼ばれた人はどこを選ぶと思う?」と、テーブルのみんなに投げかけました。
のちのちのステージのことを考えて、後半の真ん中、つまり全4日中3日目の午後かなぁ、と私は思いました。彼女の推測もそうで、同時にその日は日曜日であるため、客席がしっかり埋まっているからこの3日目日曜日の午後を選ぶに違いないとの推測。なんだかプレスのテーブルらしい会話だなぁと思いつつ。

実際、最初に名前の呼ばれたフェイ・フェイ・ドンは3日目の午後4時50分を選んでいました。みんなが慎重に演奏順を選ぶ中、最後に呼ばれて初日トップになってしまったのはクレア・フアンチ。あとで見かけたので声をかけると、やはり、がっかりという表情を浮かべていました。

演奏順の抽選が終わったあとには、参加者それぞれに、赤いバラが一輪手渡されました。クライバーン氏への追悼の意を込めた黒いリボンがかけられていました。
1日空き日があって、コンクール1次予選は現地時間24日(金)午前11時(日本時間25日午前1時)からスタートです!