緊張とピアノの森(クライバーンコンクール予選)


こちらに着いて1週間余り。意外にもとても健康的な生活をしています。
東京でのひきこもり原稿書き生活と違い、毎朝しっかり8時すぎに起き、朝食をとって片道15分歩いてホールへ。
ときどき口にするコーヒーも薄くて刺激が少なそうだし(プレスルームにあるコーヒーが、何をどうするとこうなるかと疑問に思うほど、うすい。あっ。もしかしてコーヒーじゃないのかも……と思うほど、うすい)、いろいろないいピアニストを聴いて、休憩時間には原稿を書いたり、ときどきは散歩をしたりする。
夜はまったくお酒も飲まず、12時を過ぎるとモーレツな睡魔に襲われてスイッチが切れたように寝る。
部屋にネットがつながっていないので、不必要にパソコンに向かって時間を費やすこともない。
まあ、素朴な生活ですよね。そのうちどこぞのロシア人みたいに、“趣味は散歩です”とか言いだすかも。

さて、そんなことはさておき、予選も残すところあと1日。
6名の演奏を残すのみとなりました。ぶらあぼのFBにも数日前にアップしましたが、ここで審査方法をおさらいすると、「審査員は、セミファイナルに進むべきと思う12名のコンテスタントの名前を記入(順位はつけずに順不同で)。同位が生じたときのために、予備(“Maybe”)の3名の名前を、こちらも順位は付けずに順不同で記入する」…ということだそうです。
前回までは点数方式だったのですが、今回からはこの後のステージでも、このシンプルな方法で審査が行われるとのこと。
ここで一気に半分以下の12名に絞られてしまいます。

それにしてもこのコンクールを聴いていて感じるのは、あまり緊張しているふうの人がいないなあということ。
皆わりとリラックスした表情を浮かべてステージに現れ、のびのびと弾いて、去ってゆきます。やっぱり“人前に出たい中毒”みたいな人じゃないとピアニストにはなれないんだろうなぁなんて思ってしまいます。

そんな中で目立って緊迫した雰囲気を出していたのが、Phase2のマルティン・コジャック。曲間はもちろん、楽章間でも執拗に鍵盤を拭う様子は、少々奇妙でした。「ピアノの森」(今、主人公のカイ君がショパンコンクールを受けている)の雨宮君を思い出しましたね。たとえばあれが無意識の行動だったとして、これで私が終演後「どうしてあんなに鍵盤を拭いていたんですか?何か気になったんですか?」とか聞いたら、“え? この人何言ってるの? ガーーーン”みたいになるのかなと。まあ、それは漫画の読みすぎか…。
ともかく、ぶしつけなことを尋ねる記者にはなりたくないけれど、彼らの精神状態は計り知れないので、知らぬ間にやっちゃうこともあるのかも。こわいことです。
2010年のショパンコンクールのときはクラクフで学んでいた彼ですが、昨年からクライバーンコンクール地元のTexas Christian Universityで勉強しているようです。ちょっと不思議な経歴。

実は「緊張しましたか?」という質問は、以前某N君からそれが愚問であると力説されて以来、静かに封印しておりました。ところが改めて勇気を出して聞いてみると、けっこう興味深いエピソードが出てきたりするんですよね。
例えば阪田くんなんかは、「かなり緊張するほうで、舞台でも弾きはじめるまで、曲の音を忘れてしまうくらい」だと言っているからオドロキ。そうは見えないと言うと、「見た目が功を奏しているのかも。つまんなそうな顔してるんで」と、なんともリアクションのしにくい返答。ああ~確かに、というのもなんだか失礼だし、いやいや、めちゃくちゃ楽しそうですよ!というのも白々しい。

ちなみに某N君ことニコライ君は、全然緊張しないのだそうです。
初めてその質問をしてから数年、そろそろ「本当はちょっと緊張しちゃった」とか白状するかと思って先日またそーっと聴いてみましたが、やっぱり緊張しないといっていました。
ステージで全然緊張しない人って、マツーエフ以外にもこの世に存在するんですねぇ。緊張したり焦ったりして思考能力が停止する自分としては、ただただ尊敬するばかりです。いろんな意味で計り知れない精神力の若い人が30人も集まって、やっぱりクライバーンコンクールすごい。

そんなわけで、今日もそろそろ睡魔の襲ってくる時間がやってきたので、寝る支度をしようと思います。おやすみなさい。