ピアノの惑星について


 

 ピアノとはなんと魅惑的な存在なのか。
 人が操るひとつの“道具”ではある。
 しかしすばらしいピアニストが触れたとき、
 ふと気がつけば、心はその魅力に完全に支配されている、という。
 「ピアノの惑星ジャーナル」は、
 そんな魅惑のピアノにまつわるさまざまな話題を提供する、おだやかなウェブサイトです。
 独断と偏見で“今アツい!”と思われるアーティストや企画の情報、
 また、演奏会へのワクワク感を盛り上げる情報も発信します。
 毎日どっかしらでなにかしらが起こっている、ピアノの小宇宙を目指します。

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◇管理人◇
高坂はる香(音楽ライター、編集者)
インドの大道芸人のスラム研究→月刊ショパンの人→現在フリーライター、編集者。
クラシックのピアノを中心にさまざまなネタについて文章を書いています。
ピアノや西洋クラシック音楽とインドというすばらしい文化が刺激しあって
何かが生まれる瞬間を妄想しています。


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鋼のメンタル、インドヤマハの社長さんのお話(ONTOMO連載の補足)


ウェブマガジンONTOMOで連載中の、インドの西洋クラシック音楽事情のお話。
第2回では、「日本の楽器メーカーは、人口13億人超のインド市場にどう挑んでいるのか」というテーマで、インドでのキーボードの広がり、子供たちが楽器を習う動機の現状、そして昨年、インド、チェンナイでの現地生産をスタートしたヤマハ・ミュージック・インディアの社長、芳賀崇司さんのお話をご紹介しました。

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記事の中でも触れましたが、子供が西洋の楽器を習う大きな理由の一つとなっている、受験に有利だから、ということについて。
インドの受験戦争は本当に厳しく、社会問題化しています。以前、日本でもわりと人気がでたインド映画「きっとうまくいく」でも、受験や成績のプレッシャーを苦に命を絶ってしまう若者の存在が、ひとつの重いテーマとして扱われていました。
富裕層は富裕層で必死。さらに、カースト制度の職業の縛りから外れたIT産業が盛んとなったことで、低カースト層は、貧困の連鎖から脱却する一発逆転に賭けています。

ちなみに、こちらが件の集団カンニングで親が壁をよじ登る様子を報じたニュース映像。
その後、カンニング予防のために屋外で試験を受けさせられる青空テストのことや、マイクや受信機が縫いこまれているカンニング肌着が紹介されているのを見たことがありますが、最近はこのダンボールかぶってテスト、が、絵的には刺激的ですね。

人道的にどうかという否定はもっともですが、それはともかく、
厳罰をつくって守らせるという「ルールをつくり、一旦相手を信用してものごとをおこない、それでも守らない人は超絶ひどいやつだから、厳しく罰する」という思考回路ではないことが窺える例ですね…
つまり、抜け道があれば誰もがそれを利用する前提で、それができない環境を、まあまあの力技でつくっていく、しかも材料は手近な段ボール、っていうあたりが、インドらしい。たとえばインドでは、何かを並んで買う時、絶対に割り込みされたくないから、前の人に密着して立つっていうカルチャーもありました(最近は減ってるのかな?)。おじさんが体をぴったり密着させて長蛇の列を作っている光景、かつてはよく見かけ、絶対参加したくない、と思ったものです。手近なものと発想でなんとかしようとするメンタリティ、すごいなと思います(これはヤマハインドの社長さんのお話にも通じるところ)。

そして余談ですが、記事の中で出てくる、真ん中だけ調律するインドの調律師さんの話…先日、夫が調律師だという某ピアニストさんが、「家でモーツァルトを練習している時期は、夫は真ん中しか調律してくれない」と話しているのを聞いて、インド人の感覚!と思いました(モーツァルトの時代の鍵盤楽器は、今のピアノよりも鍵盤数が少ないですね)。

さて、そんなインドで奮闘している、ヤマハ・ミュージック・インディアの芳賀さん。
2017年7月に着工したヤマハチェンナイ工場の責任者として、またデリー近郊のグルガオンに拠点を置き営業面の中枢となっているヤマハ・ミュージック・インディアの社長として、2018年の春からインドに赴任されています。
自分、初代の社長から、代々のインド社長におおむねお目にかかってきているのですが、やっぱり今回の芳賀社長も、かなりメンタル強そうです。なんとかなるさ気質がすごい。

今回も例によって、こちらでインタビューのロングバージョンを掲載したいと思います。まさかのスキーが作りたくて入ったという体育会系スタートのヤマハ人生についても、少し振り返ってくださっています。

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芳賀崇司社長@チェンナイ工場の食堂

━いくつもあった候補地の中から、最終的にインドが選ばれた理由はなんでしょうか?

昨今、中国も人件費が上がっている中、これから生産のキャパシティを増やすならどこを拠点とするかという話が出たのが、2015年ごろです。これには、生産拠点の立ち上げを経験した人材が抜けてしまう前に、次の世代にノウハウを伝えておこうという考えもありました。
既存の工場がない国で、立地条件、労務費などを検討した結果、人件費が抑えられることに加え、やはりこの13億人という市場の大きさという条件が備わったインドを選ぶことになりました。将来的に中近東やアフリカでの製造の可能性を視野に入れるなか、インドで立ち上げを経験しておくのは良いステップになるだろうという思惑もあります。

━チェンナイのこの工業地帯には、日本の車メーカーの工場もたくさんありますね。

チェンナイはインドで4番目の大都市で、港があり、また、この地域には日本の銀行の資本が入っていることもあって、日本企業が入りやすいのです。大きな自動車メーカーや部品メーカーなどに、日本からの投資がかなり入っています。……主な投資先は二輪、四輪なので、私たちのような楽器製造というのは、ちょっと異様ですけれどね。

━異様(笑)。以前からインドではカシオのキーボードが広く販売されてきましたが、全て輸入ですもんね。キーボード市場のライバルとして意識するところはありますか?

キーボードをカシオと呼ぶというくらいがんばっていらっしゃるので、戦っていかないといけない部分もあるのでしょう。ただ私としては、そのために現地生産を始めたというより、全体の市場を大きくするためという意識が強いですね。お互い市場を取り合うより、カシオさんとも協力して、音楽人口を大きくしていく方向に進めたらいいなと思いっています。そうでなくては、将来がありません。

━インドの従業員の仕事ぶりはいかがですか?

スタッフ、工場のオペレーターとも、水準が高く向上心もあります。ただ、これは国民性なのかもしれませんが、本当にこちらが言ったことを理解してもらえているのかどうか、ちょっと不安になるときはありますね。自分たちに良いように解釈して進めて、我々の望んでいることとギャップが出てくることが時々あるかな。その辺は気をつけて見ていかないといけません。
インドの方が返事をするときの頭の振り方って、日本人からするとイエスかノーかわかりにくいですけれど(注:彼らはイエスの意味で小首をかしげます)、それに象徴されているというか…わからなくてもそうはっきり言ってくれないことが多いかもしれません。

━メーカーの製品ですから、各自で臨機応変に解決されては困るでしょうね。インドっぽいといえばインドっぽいですが。

そうそう、それが良い結果につながることもあるのかもしれませんが、品質確保の意味では勝手な判断をされると困るのです。とはいえ、市場に出て行く製品にはテストが行われますから、ヤマハ品質の確保という意味では問題ないでしょう。

━「それがいい結果につながるかもしれないけど」とおっしゃるあたりに、芳賀さんはインドで仕事をするのに向いていらっしゃるんだろうなと思ってしまいました(笑)。

ははは(笑)。まぁ確かに、何もかも押さえつけるのは良くないとは思ってます。実際、そいういうところにヒントが転がっていることもありますからね。固定概念があると、そこから外れたくなくなってしまいがちですが、これは、大きな間違いかもしれませんからね。外からの視点や、ひらめきは大事にしないといけません。

━インド向けの商品開発も、現地生産をはじめることで、日本の本社を通していたときより効率がよくなりそうだと伺いました。

そうですね、今後は現地の情報をどんどん物作りに反映したいと思っています。
他の会社では珍しくないのかもしれませんが、実はヤマハとしては、製造と販売が一体の会社というのは、このインドが初めてなんです。営業・販売と製造がツーカーの関係であることが、良い方向に作用したらいいなと期待しています。

━日本の本社からの期待感はどうでしょう? インドのビジネスはどういう位置付けにあるのでしょうか。

マーケットとしてはアメリカ、ヨーロッパ、日本が中心で、そこに中国が伸びてきている現状の中、次にくる場所として、インドは注目されています。
日本でもかつて、ヤマハ音楽教室が大きな役割を果たしました。すぐ売り上げにつながるわけでなくても、先行投資をして、インドでの音楽教育の推進、学校への働きかけを広げていかなくてはいけません。
いずれにしてもこのチェンナイ工場は、オール・ヤマハの支援のもと、現在に至っています。特に、既存の海外の工場の協力が大きな助けになりました。
例えば私が以前いたマレーシアの工場には、マレー人の他に、中国系、インド系のスタッフがいるのですが、実はこのインド系がタミルからの移民で、家ではタミル語を話しているんです。そこでこのチェンナイ工場では、そのインド系マレーシア人スタッフを駐在員として招き、通訳などとして活躍してもらいました。彼らはすでにヤマハのやりかたを理解していますから、助かりましたね。
日本人だけでなく、世界各地のローカル人材を活用する、良い事例になったと思います。

━日本企業にとって、インドはビジネスをしやすい環境だと思いますか?

それはちょっとどうかなぁ。やっぱりお役所関係のことが簡単ではないですよね。選挙のたび、州政府がどうなるかに大きく左右されたりするので。

━これまで海外での工場の立ち上げに携わり、いろいろな国の人と触れ合いながら楽器をつくってきて、今どんなことを感じていますか?

うーん、それは、私個人的にということですよね…。実は私、最初はスポーツ部門でスキーを作りたいという気持ちでヤマハに入ったので、まさか海外に行くことになるだなんて全く考えていなかったんですよ。
結果的にサラリーマン人生の半分以上を海外で過ごすことになりましたが、自分にとってはよかったと思います。日本の良いろころ、悪いところが改めてわかりますし。
あと、日本は少子化で平均年齢が上がっていますけれど、海外の生産拠点で仕事をしていると、若い人と仕事をする機会が多いのです。工場では自分の子供より若いスタッフもたくさんいます。伸び盛りの人と一緒に仕事ができることは、ありがたいです。
そしてやっぱり、毎日いろんなことがおきますね…。それはもちろん大変なんですけど、なんか、よかったなと思いますねぇ。

━大変な時は、どうやって乗り越えたのですか?

若い頃はただがむしゃらにやっていましたけど、経験を積むなかでうまく立ち回れるようになるというか。いいかげん…ってことでもないんですけれど、ポジティブに考えるようにすることで、乗り越えられるようになりましたね。明日は明日があるさみたいな気持ちでやっていますよね。

━そうじゃないと、やってられない?

やってられないですねぇ。なにごとも、ツボを押さえることが大切です。それは難しいことですが、経験やカンで、だんだんできるようになって行くのだと思います。本来押さえないといけないところをほったらかしていると、違う方向にいってしまったり、または全然進まないということになってしまう。そうならないよう、そこだけは冷静に見るように心がけてきたかな。

━インドの仕事に携わっているうえでの抱負はありますか?

まず工場の責任者としては、良いものをしっかり作っていくこと。ヤマハ・ミュージック・インディアの社長という立場としては、市場の開拓を進めいくこと。この両輪で軌道に乗せていきたいです。
あと、これはどこの国でも同じですが、インドに工場をつくった以上、やっぱりインドのためになることをやりたいですね。大げさなことはできないけど、例えば雇用の促進などで地元に貢献する。そうして、地域に根の張った工場であり、ヤマハ・ミュージック・インディアにしていきたいです。私たちの商品は、人を幸せに、豊かにするものですから。…会社からは、早く儲かるようにしろと言われると思いますけれど(笑)。
そして、縁があって私たちの会社に入ってくれた人が成長し、生活が豊かに、家族が幸せになってくれることが、私の一番の夢です。

***

以上、芳賀さんのお話でした。
個人的には、マレーシア工場のインド系スタッフがタミル人だったというミラクルに助けられた話にしびれました。
あと「大切なツボを押さえていないと、違う方向にいったり、または全然進まなかったりということが起きる。そこだけは冷静に見ている」というお話も、いろんな山を越えてきた芳賀社長ならではの言葉だと思いました。自分のやっていることに当てはめて、反省してしまいましたよ…。

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