惑星の本棚


【2016年4月23日追加】

519CDG0DR2L._SX321_BO1,204,203,200_『ロッシーニと料理』 水谷彰良著(透土社)
音楽界から早々引退したあと、美食の道を極めたことで知られるロッシーニの生涯について、美食の観点から紹介した本。彼の生きた時代は、ちょうどレストランでの美食文化が花開いた時代だったことも彼のグルメ化を手伝ったといい、パリのレストラン文化の歴史も軽く紹介してあります。おもしろい。
ロッシーニが食べ物を送ってくれたお礼をしたためた書簡もまとめられています。「君はトリュフで僕を燃やし尽くす」とか、「すべてがバラ色です。ゴルゴンゾーラが届きました!」など、おいしいものを受け取ったロッシーニ興奮っぷり、食べ物を称賛する表現が、かわいらしすぎて笑ってしまいます。一方、それに関連して、欲にまかせて食べる“グルメ”や“美食”は格下の文化だと考えていたベルリオーズの話なども登場し、それはそれで興味深い。
ところで、おまけコラムで出てくる、18世紀に発明されたピアノ・オーブン(ピアノの下に加熱装置がついていて、演奏しながら料理ができるらしい!)の話もおもしろかったです。いろいろ読みどころのある1冊。

511M8EM61ML._SX317_BO1,204,203,200_ 『チャイコフスキー その作品と生涯』
クーニン著/川岸 貞一郎訳(新読書社)

チャイコフスキーの伝記にもいろいろなノリの本があると思いますが、この本はチャイコフスキーの同性愛話はほぼスルーしているにもかかわらず、それ以外のネタで充分に読み応えがあります。
著者は、古い雑誌や週刊誌のインタビュー記事などにも目を通してこの本を書き上げたということ。「ロシア5人組」とチャイコフスキーの関係性も順を追って説明してあるし、かの有名なチャイコフスキーの短い結婚がどうして決断されたのかのくだりも、なかなか説得力ある証言が引用してあって、興味深いです(ちなみそのうちの一つを紹介すると、作曲中だった「オネーギン」のタチヤーナと、結婚を迫ってきた娘の存在を重ねてしまって、彼女を拒むだなんて自分が悪い男のように思えてきた、と手紙に書いているなど)。
これを読むと、チャイコフスキーは気難しいし変だけど、本当に優しい人だったのだろうと感じます。この人にして、あの作品ありと納得。

『ハイドン』 スタンダール著/大岡昇平訳(音楽之友社)
ハイドンについて、同時代を生きていたスタンダールが書いた文書を、大岡昇平が訳しているという、なんとも豪華な(?)コンビネーション。ハイドンの幼少期について伝えるものは、本人が語ったことを誰かが書き留めたものがほとんどらしいので、実際彼に会ったスタンダールの文は貴重な情報でしょう。ユーモラス&頑固者エピソードの数々に、ハイドンってかわいいおじさんだったのだろうと妙に親近感覚えます。
ハイドンについての記述もそうですが、芸術や音楽について語っているもまた興味深い。一般聴衆の趣味に迎合する作曲家について言及して、「わが国の音楽が急速に衰退の一路をたどりつつあるのは…」なんて書いてあるのを見ると、人類ってずっとこういうこと言いながら生きて来てるんだなと改めて思います。心配しなくても、フランスからはそのあとすばらしい作曲家がたくさん生まれていますよと、スタンダールさんに教えてあげたい。

51FQOYRqAqL._SX347_BO1,204,203,200_『音楽のグロテスク』 H.ベルリオーズ著/森佳子訳(青弓社)
評論などでも活躍したベルリオーズによる著作のひとつ。さまざまな芸術論に加え、同時代の無能な人々へのアイロニックな言葉が散々書き連ねられています。ご本人も、傍から見れば突拍子もないことをするかなりのお騒がせ野郎だったことが推測されますが(特に色恋沙汰に関して)、そこは棚に上げて、周囲でわあわあ言っている人たちの様子をぶつぶつと綴る。純粋だけど、相当な皮肉屋だったんでしょう。
なかでも興味深かったのが、パリ万博の話題。当時はピアノの楽器自体のコンクールがあったんですね。そこでベルリオーズが審査員を務めたときに目にした「熱心なピアノ製造者」たちについての描写には笑ってしまいます。当時の審査のやり方も紹介されていて興味深いです。

 

ongakutoongakuka『音楽と音楽家』 R.シューマン著/吉田秀和訳(岩波文庫)
シューマンの評論作品の大半が収載されています。訳は吉田秀和氏。最初に収められているのは、有名な「脱帽したまえ、天才だ!」のフレーズが登場する、まだパリで売れっ子になる前のショパンの「ドン・ジョヴァンニの≪お手をどうぞ≫による変奏曲」作品2についての評論。シューマンが文学好きになったのには、出版業を営んでいた父の影響が大きいと言われますが、このお父さん、海外の古典文学を訳して出版するなど、ドイツの文学界に重要な功績を残した人なんですね。
ひとつひとつの言葉が興味深いですが、中でも「音楽の座右の銘」ど題された文章は、音楽に関わる人全員が時々読み返したほうがいいんじゃないか…と思うようなスルドい内容。

RSchuman『ロベルト・シューマン』  高橋悠治著(青土社)
ピアニストの高橋悠治氏による音楽論。シューマンの名がタイトルになっていますが、シューマンについて書かれているのは前半の三分の一ほど。日記、著作、そしてシューマンのかいた音楽から、彼の「言いたかったこと」を浮き彫りにしていきます。美化されがちなシューマンとクララの関係についても、現実的な分析をビシビシと加えていきます。「ああ、悠治さんクララ嫌いなんだろうなぁ」と思わずにいられなくて、おもしろいです。何事も、美化すれば多くの人に愛されるでしょうが、真実を示したほうが、(少ない人に)深く愛されるのでは。
ピアノ論、音楽論では、かつてシューマンがしていたように、自由な切り口で同時代の作曲家を称え、時に苦言も呈していきます。後半何編かの文章には、はみ出している自分も悪くないと思うことに役立つ言葉が並んでいる、そんな本だと私は思いました。

majo (194x240)『マヨルカの冬』
G・サンド著/小坂裕子訳/J-B・ローラン画(藤原書店)
ショパンとジョルジュ・サンドが恋人同士になったあと、パリのゴシップを避けてマヨルカ島に渡ったエピソードは有名ですが、その3ヵ月にわたる滞在についてのサンドの記録です。天候にも恵まれず、ショパンの体調もすぐれず、さまざまな悪条件が重なって散々だったと伝えられるこの旅行ですが、これを読むと、本当に散々だったんだなということがわかります。サンドが綴る島の人々への批判的な言葉は、それはもうヒドいもんで、つまりショパンもこういう毒舌を受け入れるユーモアセンスの持ち主だったんだろうなとか、勝手に思いました。
しかし同時に、マヨルカの自然や美しい物へのサンドの素直な賛辞の言葉はとても感動的。さらに、お付きあいしてまだ一年とかそんなもののはずなのに、ショパンに対してすでに情の深い種類の愛をもって接していたこともうかがえます。そして、この3ヵ月の旅の記録の結論が、そうくるかという終わり方をします(と、自分は思った)。
アヴデーエワがこのインタビュー内で、“前奏曲集を弾きたいと思った”マヨルカ島滞在の前に読んでいたと言っているのは、この本のことだと思います。演奏会の予習に読んでみるのもいいかも。

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『指揮者マーラー』中川右介著(河出書房新社)
ある原稿がきっかけで、(ピアノ曲が少ないから)普段どうしても聴く機会の少ないマーラーにまつわる伝記を4冊一度に読みました。なかでもこの『指揮者マーラー』は、指揮者としてのマーラーにスポットを当て、“マーラーが当時の音楽界でどう生きたのかが綴られています。苦悩の芸術家”部分を強調しすぎることなく、それでもとてもおもしろい。全体を興味深く読んだのですが、とにかく最後に引用されている一言にうなる、そんな1冊です。せっかくのおとしどころ(?)なので、ここには紹介しませんが。
ところで。伝記本には、実際に言ったのか言わなかったのか定かではない名言がたくさん出てきますね。そんな中、『マーラー』(前島良雄著)では、アルマどんだけ!という勢いで、ことごとく彼女の伝えた内容に疑問が投げかけられていて、それもまたおもしろいです。
一方、本人の手紙に残っている言葉には信憑性があります(とはいえそんな手紙の言葉すら、公表する際にアルマが消したりしているみたいですが)。いろいろカッコイイ言葉を残していますが、『マーラー』(マルク・ヴィニャル著)に引用されている、モンテヌオーヴォ侯爵に送った手紙の一節で、「私は壁に頭を思いきり打ち付けますが、穴があくのは壁のほうです!」っていうのが好きでした。何かの時に使えるぞ!


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『ピアニストが語る!現代の世界的ピアニストたちとの対話』
焦元溥(著)、森岡葉(訳)
一冊の本で、こんなにもたくさん印象にのこる言葉、エピソードが出てくる本はそうなかなかありません。
台湾の音楽ジャーナリスト焦元溥さんが長きにわたって発表してきたインタビュー。森岡葉さんがそれを日本語に訳し、もともとはウェブで公開されていましたが、今回それが本にまとめられました。
ウェブ上で公開されていたときに時々読ませてもらっていましたが、こんなに充実したものを無料で公開してくれるなんて!と思うと同時に、個人のウェブだからこそ載せられるのかと思うくらい、けっこう赤裸々な内容でした。で、それがほとんどそのまま紙に印刷されているという。すごいね!
例えばコンクールについて。先のルービンシュタインコンクールの後、自分がアップした記事について、多くの人があんなことよくハッキリ書いたね!と言いましたが、あんなもの足元にも及ばないほど、裏事情について、ハッキリと事例が挙げられています。多くの人が気を使って暴露しないことが、堂々と書いてある。…まあ、ああいう話は演奏家本人が語るから真実味があり、同時に力を持たなくなくなるというところも、あるけどね…。
そして、特に充実しているのはロシアやドイツの楽派についてのお話。インタビュアーの豊かな知識と人柄によって、ピアニストが次々いろんなことを語り、教えてくれます。それぞれが独自の意見を語る中で、ひとつの事象に対しての見解が180度違ったりする。そこがまたおもしろく、だからこそこんなにそれぞれの演奏家の音楽って違うのだなと実感しますね。
一部のインタビューは10年以上前にとられたもので、今話を聞けば全く違うことになっているのかもしれません。すでに亡くなられたピアニストの貴重なお話もあり。ひとつひとつの“本音”が、本当に“本音”なのかを疑いながら読んだりするのも、おもしろい。とにかく興味深い一冊です。
インタビューはまだたくさんのストックがあるらしく、この第一弾が好評なら続きが出版されるとのこと。続編に期待!



51qSaq9YN5L__SS500_『私はフェルメール』
フランク・ウイン著/小林頼子、池田みゆき訳
20世紀最大の贋作事件といわれる、フェルメールの贋作で巨万の富を築いたファン・メーヘレンの生涯。当初は、自分の才能を評価しなかった権威へのあてつけのために、自らの持てる技術と知識、そして周到な嘘を塗りかためていったメーヘレン。しかし、美術界はなぜか簡単に欺くことができてしまいます。そして彼は、徐々に金を得る手段として贋作を作り続けるようになりました。その真実が暴かれたのが、作品の芸術性が疑われたためではなかったというのもおもしろいです。芸術の世界における評論家の存在とはなんなのかを改めて考え、アンチ“意地悪な評論”派の自分としてはスカッとするところもあると同時に、それじゃあどうあることが正しいのか、考え続ける堂々めくりループにさそってくれる本です。
『専門家(評論家)なるものを唯一定義する才能があるとすれば、それは自信過剰といっていいだろう』
そんな言葉も出てきます。そして素人なもんで、こんな本を読んだら美術館に行ったときの作品を見る目がかわってしまいそう。
今は『フェルメールになれなかった男』と言うタイトルで文庫化されているようですね。表紙がこちらの方が好みだったので、旧単行本の書影を紹介。

『プロコフィエフ短編集』セルゲイ・プロコフィエフ著(群像社)すばらしい妄想力が冴えわたる短編小説。プロコフィエフはロシア国内の革命の混乱を避けて1918年、日本を経由してアメリカに向かいますが、この道中などに書かれた作品が収録されています。予想外の展開、皮肉っぽい表現、おもしろくてどんどん読んでいくと、未完に終わってしまっている作品などがあって、全部読みたくてウズウズします。普段からこんなこと考えてる人なら、ああいう曲も書くでしょうよ、と納得のいく内容。巻末には日本滞在時の日記も収録されていて、これもまた興味深いです。

『ピアノの森』第23巻 一色まこと著(講談社)
1巻から読み始めると、5巻目あたりから必ず号泣ポイントがたびたび出現する、すばらしく涙腺にあぶない漫画です。森に捨てられたピアノを弾いて育ったカイ君が、どんどん成長して、現在はショパンコンクールを受けている真っ最中ですが、音楽への愛情とかピアニストとして生きていくことの厳しさなんかが、見事に描かれています。一色さんは何度も現地でショパンコンクールを取材されているだけあって、描写もとても忠実。早く続きが読みたい!

 

 『棒ふりのカフェテラス』岩城宏之著(文春文庫)
古巣の先輩が会社をやめるときに机の整理をしていて、「あげる」と言って、くれた本。読んでみたらめちゃくちゃおもしろかった。指揮者の故・岩城宏之氏がかつて雑誌『ミセス』に連載していたエッセイなのだそうです。岩城さん、なにしろ読ませるのがうますぎる。エッセイは、アルゲリッチに始まり、ハイフェッツ、クセナキス、そして中村紘子と、音楽家や関係者などにまつわるさまざまな交遊録がつづられています。思わず「うっそー」と言いたくなるようなエピソードがたっぷり。