クライバーンコンクール、赤身ステーキと演奏順抽選会


テキサスに到着してまだまる2日経っていませんが、なんだかそうとは思えないほど盛りだくさんで時間が過ぎていきます。
過ごしやすい気候なのがとてもいいですが、ときどきスコールのように雨が降る時があるとか。幸いまだ遭遇していないけれど、これだけ天気がいいと傘を持って出る気にならないので、いつかやられるんだろうなぁ。どちらにしても、もともと傘なんて持ってきていないけど。

昨日22日は朝からPress Breakfastという集まりがありました。参加者がオリエンテーションを受け、ウエスタンブーツのフィッティングをして(セミファイナルの後に行われる“Zoo Party”のためにプレゼントされる)、その後はホストファミリーや他のコンテスタントと歓談するという内容。
そんな中、ゴツいカメラを首から下げたオジサンたちがウロウロしながらベストショットを狙い、マイクを持った記者がコメントをとっているという。クライバーンコンクールでは、優勝者には3年間のマネジメント契約が与えられることが、優勝者にとっての最大の報酬といわれています。そのため、すぐに演奏活動を行えるようなピアニストとしての完成度が求められるわけですが、こうしたプレスの相手をうまいことこなすのもその必須項目のひとつなのか?というほど、こういうイベントが多く設けられています。
表ではさっそく阪田さんがマイクをむけられて、ラジオ番組の宣伝文句を言わされていました。なんだかMTVみたいなノリ。
多くの人がこういうのに気前よく対応していました。ニコライ君なんかはとっとと帰ってましたが。…まぁ、一流の演奏家にだって、いつでも誰にでもすごく感じのいい人と、プレス嫌いで有名な人と、いろいろいますからね。

4年前、前回のクライバーンコンクールでは、おなじみのエフゲニ・ボジャノフが、中盤からプレスを拒否して完全に悪役扱いされていました。しっかりファイナルには残っていましたが。
その後この件についてボジャノフに聞いたことがあったんだけど、本人によれば、地元紙のひとりの記者が失礼な質問をしてくるのでだんだん腹が立ってきて、あるときのインタビューで機嫌の悪いままインタビューに応えたら、それを全文、英語の文法のミスまで全部そのままに載せられて、完全にキレた、というようなことを言っていました。アメリカの記者怖いです。日本ではまずないよね。
そして実際、音楽ファンでない人にもアピールする記事を求める記者が多いことから、送られてくる質問票の一番最初が「好きな食べ物は?」だったりするそうです。

10月にHakuju Hallでリサイタルの決まっているフランソワ・デュモン、前回の仙台コンクールの優勝者、ヴァディム・ホロデンコにも会いました。以前の浜松コンクールで大人気だったクレア・フアンチやアレッサンドロ・タヴェルナもいましたよ。タヴェルナ氏、例によってめちゃくちゃテンション高かった。

で、こちらに3週間滞在すると言うと、大体当然のように“車はあるの?”と言われます。あるわけないじゃないの…と思うんですが、それだけ彼らにとっては車が必需品なんでしょうね。でも決して車がなくてはどこにも行けないわけではなく、バス路線はけっこう充実しています(しかもなにせ利用者があまりいないから空いている)。
昨日は日用品の買い出しに、グルグル丸印でお馴染みのスーパー、ターゲットに行ってきました。いつも思うんだけど、アメリカのスーパーは、押して歩くのが恥ずかしいくらい買い物カートがデカい。

さて、汗だくになりながら買い物を済ませて、夜はオープニング・ディナー。Black tieのフォーマルなパーティーで、主催者や前回の優勝者のスピーチのあとに、コースのディナー、そして、最後に演奏順の抽選があります。
7~8人掛けのテーブルが58番まであったので、450人を超える人が出席していたことになりますね。私は、ラジオや新聞など、招待された地元のプレス関係者ばかりの座っているテーブルにつきました。
クライバーン氏の追悼映像とともに、パーティーはスタート。そして、辻井君は今回来場できないということで、ビデオメッセージで登場しました。最初のあいさつが英語で、中盤は今回の参加者へむけての日本語でのメッセージ(英語字幕付き)、また最後に「Good luck and enjoy!」と英語でひとこと。これらの英語のときに、なぜか会場がどよめくのね。
ビデオメッセージが終わった瞬間、向かいに座っていた新聞社の記者が「今の字幕はどれくらい正確だった?」と、ちょっといじわるそうな表情ですかさず聞いてくるという。このノリの記者に本番前につきまとわれたら、確かにたまらないよなぁ。
続いてハオチェンのスピーチ。冒頭、ジョークでしっかり笑いをとり、「コンクールに勝つのではなく、自分自身に勝つ戦いなのです」というカッコイイ言葉で締める、立派なスピーチでした。

出場者にとっては、時差で体も疲れているだろうし、もう翌々日の初日朝に自分の演奏順が来る可能性もあるのだから、さっさと抽選を済ませて帰りたいところでしょう。でも、ディナーは延々と続きます。
前菜のあとに、日本のレストランで出てくるものの3倍くらいはありそうな大きな赤身のステーキがでてきます。おいしいんだけど、食べても食べても減らない。分厚い肉をゴリゴリナイフで切断しながら、眠りに落ちそうになってしまいましたよ。時差ボケって辛いね。

 

そしていよいよ抽選。前回はコンテスタントがアルファベット順に、演奏順の書かれたくじを引くというスタイルでしたが、今回は前回の優勝者ハオチェンがコンテスタントの名前の書かれたくじを引いて、呼ばれた順に、自分の演奏したい日時を選んでいくというスタイル。ややこしや。自分でくじを引けないなんて何か仕組まれたら終わりだ、なんて疑い深いことを言っている人もいましたが。
一人の女性ジャーナリストが、「一番に呼ばれた人はどこを選ぶと思う?」と、テーブルのみんなに投げかけました。
のちのちのステージのことを考えて、後半の真ん中、つまり全4日中3日目の午後かなぁ、と私は思いました。彼女の推測もそうで、同時にその日は日曜日であるため、客席がしっかり埋まっているからこの3日目日曜日の午後を選ぶに違いないとの推測。なんだかプレスのテーブルらしい会話だなぁと思いつつ。

実際、最初に名前の呼ばれたフェイ・フェイ・ドンは3日目の午後4時50分を選んでいました。みんなが慎重に演奏順を選ぶ中、最後に呼ばれて初日トップになってしまったのはクレア・フアンチ。あとで見かけたので声をかけると、やはり、がっかりという表情を浮かべていました。

演奏順の抽選が終わったあとには、参加者それぞれに、赤いバラが一輪手渡されました。クライバーン氏への追悼の意を込めた黒いリボンがかけられていました。
1日空き日があって、コンクール1次予選は現地時間24日(金)午前11時(日本時間25日午前1時)からスタートです!