横山幸雄のファンタジ~

このところ大がかりな仕事に取りかかっていましたが、
ようやく最初の山場を越えました。
今朝は久しぶりに、起きた瞬間ベッドの中で
「あ、あの部分こう書こう」と思いそのままパソコンに直行する、ということなく、
人間らしい目覚めを迎えました。おもしろかったけど大変だったなー。

というわけで、久しぶりに記事を更新しようと思います。
先日ある案件のことで横山幸雄さんのお話を聞く機会があり、
そのついで(といってはなんですが)で、今度の9月23日の演奏会について、
ちょっとどんな感じになりそうなのか、尋ねてみました。
相変わらずすごいロングな演奏会です。
10:30開演、16:20終演予定。お腹いっぱいの予感。

2017年9月23日(土・祝) 10:30
東京オペラシティ コンサートホール
《第1部 10:30開演》
ピアノ・ソナタ第13番、第14番嬰「月光」、第15番「田園」
《第2部 11:50開演》
7つのバガテル Op. 33、2つの前奏曲 Op. 39
ピアノ・ソナタ第16番
《第3部 13:30開演》
ピアノ・ソナタ第17番「テンペスト」、第18番
《第4部 14:30開演》
バッハ:半音階的幻想曲とフーガニ短調BWV. 903
モーツァルト:幻想曲ニ短調 K. 397
ショパン:「幻想即興曲」、幻想曲、「幻想ポロネーズ」
《第5部 15:40開演》
シューマン:幻想曲ハ長調 Op. 17

午前中から月光聴くとどんな心境になるのか、興味津々です。
この長丁場のラストにシューマンのファンタジーというのも、
最後いい感じにぶっ飛ぶことができそうでワクワク。
そしておそらくまた持ち込みのニューヨーク・スタインウェイなのでしょうけれど、
一人の人が弾く長丁場ならではの音の変化が感じられて、本当に興味深いですよ。

さて、まずは横山さんに、どんな気分のプログラムなんですか?という
異常にざっくりした質問を投げかけてみました。

すると横山氏、
「今回はベートーヴェンがハイリゲンシュタットの遺書を書いたあたりなんだよね。
いろいろなものを乗り越えるあたりを聴いてほしい。
そして一緒に乗り越えてほしい。
…まあ、僕は乗り越えられずに、そこでもがいてるけどね、アハハ!」

……。
不覚にもナイスな突っ込みが思い浮かばず、
もがく横山氏とそれを見守る聴衆というシュールな図を想像して、
何とも言えない気分になってしまいました。

そして後半のテーマはファンタジー。
今年は1月の演奏会でもファンタジーや即興曲をテーマにしていたし、
新譜もファンタジーがテーマ。
2017年はファンタジーが横山さん的に流行ってるのかなと思い、
最近ファンタジー気分ってことですか?と尋ねると、

「いや、ぜんぜん。僕、あんまりそういう人じゃないから」(キッパリ)

と言われました。
……「そういう人じゃない」ってなんなの。(とはいえ、わかる気もする…)

一足先に9月20日発売の新譜のサンプル盤を聴いていますが、
そうはいっても、演奏はしっかりファンタジ~な感じです。
シューマン、見事に夢見てさまよってます。優しい。意外な感じ。
さすが、理論派のぬいぐるみをかぶった感覚派!(いい意味で)
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リサイタルは今週末。みなさまぜひどうぞ。

 

ドレンスキー先生が来る(ロシアン・ピアノスクール2017)

毎年夏に表参道のカワイで開催されているロシアン・ピアノスクール、
今年で15周年なのだそうです。

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2017年8月11日(金)~8月18日(金)
会場:カワイ表参道

紹介ページの最初に「国際コンクール入賞者を100人以上も輩出しているセルゲイ・ドレンスキー教授のクラス」と書いてありますが、まあ、どこにいってもドレンスキー先生の門下生は活躍しているなと思っていましたが、こうして数字にして言われると改めてすごいですね。一人でものすごい数のコンクールに入賞するような人がいても、それは「1」とカウントされるとなると、相当です。
(この前来日していたアレクサンドル・ヤコブレフのチラシのキャッチコピーに”50を超えるコンクールを制覇”と書いてあったことが、ふと思い出されまして。とはいえ、ヤコブレフはドレンスキー門下ではありませんし、流派も微妙に別だと思いますが)

今年のロシアン・ピアノスクールも、連日朝から夜まで、
ピサレフ教授とネルセシヤン教授によるマスタークラスが行われます。
8月12日、14日夜には各教授によるリサイタルもあり。
(ネルセシヤン先生の公演は完売みたい)

さらに今年も重鎮、ドレンスキー教授ご自身も来日し、
8月13日と16日にレクチャーが予定されています。
昨年は奥様の体調不良で来日がキャンセルとなってしまっているので、2年ぶり。
このところご本人の体調も心配なところがありますから、お元気で日本に来てほしいですね。ジャパンのこの蒸し暑さ、大丈夫だろうかとちょっと心配になりますが。

ちなみに、2年前のレクチャーの開催レポートが出ていました。おもしろい。
子供の頃、2回「ムチ打ちの刑」にあっているという思い出話。
ムチ打ちというのがいかにも当時のロシアっぽく、過激だなーと思うと同時に、ドレンスキー少年がやってることも、なかなかヤンチャだぞとつっこまずにいられない。
しかしこういう、自分の知らない時代、社会を生きた人の話というのは、本当におもしろいですよね。今年はこの2年前のお話の続きが聞けるのかな? なんだかとても楽しみになってきた!

各レッスンやレクチャー、演奏会の申し込みはウェブ上でできるようですので、どうぞご覧くださいませ。

テクノ、ゴルドベルク、トリスターノ

今度の金曜日、6月30日にハクジュホールで行われる
フランチェスコ・トリスターノの「アコースティック・テクノ アンプラグド・ライブ」、まだ少しチケットが残っていると聞きまして。少しでも興味があって未体験の方は、ぜひ聴いてみてほしいなと思い、突然に記事をアップ。

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(今にもピアノの中にのしのし侵入してきそうなこのお姿)

フランチェスコ・トリスターノについて、私が改めてこの人すごいと思ったのは、5年前、ヤマハホールでの演奏会を聴いたときのこと。
前半にはフレスコバルディやスカルラッティなどバロック期の作品を、後半ではヤマハの機材を駆使して「ピアノとエレクトロニクスによる」作品を披露する公演でした。
もちろんトリスターノさんのクラシック作品の演奏は優れていて、それまでにもその感性に目を開かれる思いをすることはありました。
とはいえ、純粋にそういう作品の解釈の面で優れた演奏に出会う機会は、いってしまえば(これだけコンサートに通っていれば)他にもある。
が、しかし!
私はテクノ関係に詳しいわけではありませんが(とはいえそういう音楽に全くなじみがないわけでもありませんが)、初めてトリスターノのテクノより作品の音を聴いたとき、この人の音を操作する(混ぜ合わせる)センスは本当にずば抜けているのだろうなと、感覚的に理解したわけです。
しかも良かったのは、これをヤマハホールというクラシック音響の環境で聞いたこと。響きがデッドなクラブハウスなどと違い、(こういう言い方するとアレかもしれませんが)音圧ゴリゴリの音ということもなく、ふだんクラシックの音量、音質に慣れている耳でも心地よく受け入れることができる音で、きめ細やかなテクノ音楽を満喫できる、そんな演奏会だったのです(いまどんどん人気を高めている「ポスト・クラシカル」のサウンドもこういう部類のものなのでしょうか)。

というわけで、今回彼がハクジュホールで「アコースティック・テクノ アンプラグド・ライブ」をやると聞いたときは、これはキタ!と興奮いたしました。あの目の開かれる思いを、5年ぶりに再び味わうことができる!

その後、何度かインタビューでお話を聞く機会もあり、このピアニストの頭の中に渦巻くもの、そしてあのシュッとした雰囲気とギャップがありすぎる「ほんわかラーメン好きキャラ」にも関心が募っているところです。
(ほんとうに、話を聞いていると、ラーメンへの執着がハンパないのよ…)

まだチケットがあるということで、みなさまぜひ一度ご体験ください。もちろん、どんな演奏会になるのか予想がつくようなものではないので、思ってたのと違うかもしれませんが、その辺はご容赦ください…。
ちょっと遅めの20時開演です。

一方、今回の来日ツアーではゴルドベルクも弾くんですよね。
ゴルドベルクはトリスターノさんがデビューアルバムで収録し、長らく取り組んでいる作品だということですが、多分普通じゃないアプローチで聴かせてくれるものと思います。
さらに後半にはヴァージナル作品や自作曲なども演奏するという。この組み合わせで聴くことで発見があるはず…。
この夏は、8月にすみだトリフォニーでピーター・ゼルキンとキット・アームストロングもゴルドベルクを弾きます。この偶然のゴルドベルクブームにのって、一気にゴルドベルクの現在を知ることができそうだな、などと思っているところ。

トリスターノのゴルドベルクが聴けるのは、
7月9日(日)三鷹市芸術文化センター風のホールです
(演目についてのお話も公開されています!)

田部京子さん(兼松講堂ベートーヴェン生誕250年プロジェクト)

兼松講堂で2020年のベートーヴェン・イヤーを目指して行われている、
ベートーヴェン生誕250年(2020)プロジェクト、
6月18日(日)に行われるVol.7『ピアニストたちのベートーヴェン』
出演ピアニストのインタビュー、三人目は田部京子さんです。

【その他のお二人のインタビューはこちら】

浜野与志男さん
菊地裕介さん

若い頃から「晩年好き」だったという田部さんが演奏するのは、
数年前に録音もしたばかりの後期三大ソナタからの2曲。

◇◇◇

◆田部京子さん
[演目]
ピアノ・ソナタ 第30番 ホ長調 Op.109
ピアノ・ソナタ 第31番 変イ長調 Op.110

自分の耳で聴くことはできなかった

─今回はベートーヴェン晩年のソナタから、第30番と第31番の2曲を演奏されます。晩年のソナタを弾くことのおもしろさはどんなところに感じますか?

晩年の作品には、作曲家の人生への回想や、どこか希望のようなものまでもが凝縮して投影されるように感じます。とくにベートーヴェンは音楽で人間を表した最初の作曲家で、そんな彼の晩年の作品には、まさに人生の軌跡とあらゆる要素が詰まっていると感じます。
難聴という困難に直面し、挫折や絶望を感じながらもそこから這い上がり、常に革新を求めて生きていく。聴こえないことが日常となる中で、晩年まで自己の音楽世界を熟成させました。膨らんだイメージを音にできるピアノの発展を求め、可能性を追い求めていったのです。
ただ、それを彼は自分の耳で実際の音として聴くことはできなかった。聴こえない世界の中で創造された音楽の奥深さとエネルギーを感じながら、本質に少しずつ近づくことを目指すのが、ベートーヴェン晩年の作品を弾くおもしろさだと思います。
一歩近づけたと思うとまた次の景色が見えてきりがないのですが、そうやって一生かけて追究してゆくものなのだと思います。

─田部さんは2年前に後期三大ソナタを録音されていますが、それによって何か新しい発見はありましたか?

自分の録音は、CDが完成してからは聴くことがあまりないんですよね。自分が弾いているという感覚と客観的な感覚が同居するのが居心地悪くて、今はまだ聴けません(笑)。ちなみに、もっと何年か時間が経つと、先生として生徒の演奏を聴いたり、聴衆として一人のピアニストの演奏を聴いているような客観的な感覚で自分の録音も聴くことができるようになります。
もちろん録音直後の編集の段階では何度も聴きました。録音に臨むにあたっては細部まで突き詰め、全精力を傾けるわけですが、実際、音になっているものとイメージに多少相違があったり、再度楽譜を見返しながら、この表現でよかったのだろうかと考えたりすることもあります。そんな中で成長することができたように思います。

─録音することを決めたきっかけはあるのでしょうか。

昔からどの作曲家についても、人生が凝縮されたような晩年の作品が好きでした。20代のデビュー間もない頃にシューベルトの最後のソナタを、また2011年にブラームスの晩年作品集も録音しています。
ベートーヴェンの最後の3つのソナタには高いハードルを感じていましたが、シューベルトやブラームスの晩年の作品を録音したことで、その源ともいうべき、古典派とロマン派の重要な架け橋となったベートーヴェン晩年のソナタには、やはり取り組むべきだと感じたのです。それを長らく目標にしてきて、今、やるべきときがきたのだと感じて録音しました。
ベートーヴェン晩年のソナタ30番は心のぬくもりや人間味を感じるとても内省的な音楽です。そして31番は、嘆きの歌とフーガが交互に現れ、最後は解き放たれたような希望とともに一気に上り詰めていきます。そして32番は再び絶望に打ちのめされるように始まり、最後は天に向かって昇華するような音楽で閉じられます。
録音するのはまだ早いと思い続けてきたわけですが、これが最後ではないと考えることにして、一度、「今」の記録としてやってみようと決心しました。「今」は、既に「過去」になっていますので、常に「今」を越えた演奏を目指そうという気持ちでいます。ステージも含め、演奏する毎に作品に近づいていく感覚があります。私自身も人生経験を積んでゆく中で共感度が増し、同時に新たな発見もあります。

─お若い頃から晩年の作品がお好きだったのですね。

なぜでしょうね。晩年の作品だからといって、いわゆる「枯れている」わけではないところが興味深いのです。
諦観の要素を感じたりもしますが、どちらかというと若い頃の情熱やエネルギーも音楽の中に含まれ、積み重ねてきたものがすべてそこにあるのが晩年の作品だと私は思います。生と死や、自分がなぜ存在しているのかという普遍的な問いについて考えさせられる部分が強いですね。
そういった人間の本質、作曲家の人生、培ってきた作曲の技法、そのすべてが集約されているところに、若い頃から惹かれていたのだと思います。
そうしてずっと興味を持って、いつか登りたいと思っていた高い山がベートーヴェンの晩年ソナタでした。例えばシューベルトには、長大なメロディをどうつないでいくのかという難しさはありますが、それでもどこか、“感じていることが命”のようなところがあります。息の長いフレーズに身を任せ、シューベルトのささやく声が聞こえれば、音楽はできていきます。
一方でベートーヴェンの作品には、確固たる構築というものがあります。シューベルトがベートーヴェンに憧れたのも、そんなところだったはずです。
巨大な建築物のようなものの中で、古典的な要素、楽器の発展を反映した表現の可能性、ベートーヴェンという人格を感じさせる揺るぎない語法、ロマン派にも通じる感情表現などが存在し、演奏家としてその本質に迫り続けることにやりがいを感じます。

人間そのものを表現するベートーヴェン

─では、ベートーヴェンは田部さんにとってどんな存在ですか。

あらゆるピアノ作品と接する中で「源」のような存在です。
特にドイツ・ロマン派の作品を演奏するうえでの原点だと思います。

─音楽の原点とはいえ、バッハとはまた違う感覚でしょうか?

違いますね。人間の感情、人間そのものを表現している音楽という意味での原点です。
作曲家の感情の音楽表現という点について、例えば自然について考えたとき、音楽で風景を感じさせる描写があると思いますが、実際にその自然を愛し、感じているのは人間なのだということを実感するのがベートーヴェンの音楽です。

─なるほど。自然の風景をそのまま表現することができると思うのは、いわば傲慢といえること。何に関しても、それを感じている人間のフィルターが必ずあるという現実を認識していないと……。

そうなんですよね、散歩をするから、自然を見て、空気と風景を感じる。それをベートーヴェンが自分のフィルターを通して音にしているのが、彼の作品の表現する自然です。

─ところで、国立の兼松講堂へは初めてのご登場ですね。

今までお写真でしか拝見したことがありませんが、とても雰囲気のある建物ですね。国立は、電車で通ったことはあってもなかなか降りる機会がありませんでしたが、並木道があって緑が多く、静かですてきな学園都市というイメージがあります。今回は、国立に行けるということだけでも少しワクワクしていますが、由緒ある兼松講堂で演奏させて頂くことをとても楽しみにしています。

─大学構内も天気が良いと気持ちがいいですよ。

私、晴れ女なんですよ! あとのお二方がどうかわかりませんが(笑)、2対1だったら負けてしまうまかもしれませんし……でも、晴れるといいですね。

 

◇◇◇

田部さんはしきりに、ベートーヴェンの音楽には人間を感じるとおっしゃっていました。自然の描写からも、人間を感じると。
それを聞いて、「自然の風景をそのまま表現することができると思うのは傲慢だもんなぁ。なにかをどんなに忠実に伝え再現しようと思ったって、それを感じている自分のフィルターが必ず存在することを認識しているかいないかは大違いだもんなぁ」などと改めて考えました。インタビューの原稿だってほんとうにそうです。自分が無味無臭のフィルターになれると思った時点で、間違っている。インドのスラムのリサーチをしている中で痛いほど考えさせられたことでした。…話がそれましたが。

ちなみにその後、男性陣二人が雨男か否かは確かめていませんが、当日は田部さんの晴れ女パワーで、すべての雨男女系来場者を打ち負かしてほしいなと思います!

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第31回 くにたち兼松講堂 音楽の森コンサート
ベートーヴェン生誕250年(2020)プロジェクト Vol.7
『ピアニストたちのベートーヴェン』
出演:田部 京子、菊地 裕介、浜野 与志男
ナビゲーター:西原 稔(桐朋学園大学音楽学部教授)

2017年6月18日(日) 14:00 開演 (開場 13:15)
会場:一橋大学兼松講堂(JR国立駅南口 徒歩7分)
前売券:S席 4,500円(指定)/A席3,500円(自由)/学生券 1,500円(自由)

菊地裕介さんインタビュー(兼松講堂ベートーヴェン生誕250年プロジェクト)

兼松講堂で2020年のベートーヴェン・イヤーを目指して行われている、
ベートーヴェン生誕250年(2020)プロジェクト、
6月18日(日)に行われるVol.7『ピアニストたちのベートーヴェン』
出演ピアニストのインタビュー、お二人目は菊地 裕介さんです。

菊地さんはすでに約5年前ベートーヴェンのソナタ全曲録音をリリースしています。
きっとベートーヴェンの作品への熱い思いを語ってくれるのだろうなと思ったら、
逆にどうやらベートーヴェンを弾くという行為があまりにも自然らしく、
私としてはいろいろ予想外なお答えがかえってきて興味深かったです。
もともとユニークな方だとは思っていましたが、やっぱりユニークだ…。

◇◇◇

◆菊地裕介さん
[演目]
創作主題による6つの変奏曲 ヘ長調 Op.34
《エロイカ変奏曲》 変ホ長調 Op.35

「人生のモットーは、“みんな違ってみんないい”」

─今回はベートーヴェンの作品から二つの「変奏曲」を演奏されます。作品の魅力についてお聞かせください。

「創作主題による6つの変奏曲」Op.34と、「自作主題による15の変奏曲とフーガ」Op.35、通称「エロイカ変奏曲」は兄弟のような作品で、その内容は対照的です。
Op.34 は、メロディアスで魅力的なテーマを持ち、調性を3度ずつ下げていく、とても野心的な作品。調性が変わっていくという意味で、ファンタジーに近いところがあります。フレンドリーなベートーヴェンの姿を感じます。
一方Op.35 のテーマは、最初に「プロメテウスの創造物」で使われたもので、その後、この変奏曲、そして最終的には交響曲第3番「エロイカ」で使用されました。3作品で使うようなものだけに、テーマの要素はミニマムです。主題と同じ調性で最後まで突き進んでいくという、ベートーヴェンの変奏曲らしい魅力にあふれています。

─どちらの作品のほうがお好きですか?

僕の人生のモットーは、“みんな違ってみんないい”。だから、どちらが好きだなどというのはありませんね! 世の中に残る作品には必ず何か魅力があるはずで、そんな作品を書いた作曲家たちには尊敬の念を抱いているので、僕自身は作品についてとやかく言える立場にない、作品の魅力が引き出せなければそれは奏者の責任だと思っているんです。

─二つの変奏曲はベートーヴェン中期の作品にあたりますが、この時期の作品の特徴はなんでしょうか。

ポジティブで明るく、変に力んだところもなく、人生において何かを一つ乗りきった感があります。これが晩年になると内向的になり、外に向かって何かを発するというより、自分の世界における反射のようになっていくのです。晩年の作品を弾く際には、自分と作品の枠の中で何度も反芻し、確かめる作業が必要となります。

─ベートーヴェンの魅力は、どのようなところに感じますか?

音楽の要素として、きれいなもの、衝突するようなものと、すべてが入っています。そして音楽におけるバランスやタイミングが絶妙です。

─絶妙なタイミングには、“想定通りほしいところにある”というものと、“予想外のところにある”というもの、両方があるように思いますが……たとえばモーツァルトとベートーヴェンの違いのような。

そうですね。モーツァルトの絶妙さは、それ以上自然なものはないというくらい、すべてが見事にはまっている。それに対してベートーヴェンの絶妙さには、近代に向かう自我の目覚めや、個人という概念がより出てきているところに違いがあると思います。

「むしろ息抜きになるような音楽」

─すでにベートーヴェンのピアノソナタ全曲や、「ディアベリ変奏曲」「エロイカ変奏曲」を録音されていますが、ベートーヴェンに集中して取り組むようになったきっかけは何でしょうか?

全ての作品が格好いいし、おもしろい。だから全部やってみたい、というごく自然な感覚で取り組みました。それによって生涯をたどり、スタイルの変遷を改めて感じられましたが、終えてみて何か新しい発見があったというよりは、やはりこういう人だったなと思ったというほうが感覚に近いです。
ソナタ全曲といっても、あくまで今あるとされているソナタを全部演奏したというだけで、作曲するとき以外のベートーヴェンの姿を新しく知ったわけではありませんから……。

─ソナタ全曲というと大プロジェクトのように感じますが、ごく自然な音楽の営みの中で実行されたのですね。

力んで臨んだという感覚はありません。僕にとってベートーヴェンの音楽はとても自然で、楽譜さえあれば弾ける、むしろ息抜きになるような音楽です。もちろん学生時代に勉強していた頃は大変な作品だと思っていましたが、今となっては最も力まずに演奏できます。それこそがベートーヴェンのすばらしさです。
誤解を恐れずに言えば、モーツァルトやハイドンも含め、古典派の音楽というのは、音楽がわかってさえいれば一番やさしいもの、自由に泳ぐことができるものだと僕は思うのです。機能和声があって、枠組みやフレージングも自然、拍子もきちっとしています。人間にアクセスしやすい形の音楽だと思います。右足をつくったら、左足もつける。そうして対応するものをつくっていけばいいというのが、古典派の音楽です。
だからこそ、今まで培った音楽をそのままサッと出すことができる。その意味では、何もない状態でいきなり弾こうとすると、無味乾燥な音楽になってしまうと思いますが。
それに対してバッハは考えて組み立てないといけないので、やはり難しい。近現代の作品も、かなり練習しないと弾くことはできません。

「その正直さゆえに誤解されやすい部分もあったはず」

─ベートーヴェンとの出会いの思い出はありますか?

子供の頃、父のレコード棚に交響曲全集があって、その背表紙に描かれた肖像画がこわかったという(笑)。
それから、僕はこれまで師事してきた先生がほとんど男性ばかりだったこともあってか、ベートーヴェンを先生と共有する中で、父親的な存在だと感じるようになっていきました。その潔さに、“父なる音楽”という印象を持つようになったのです。
ベートーヴェンの最も好きなところは、その正直さ。それゆえに誤解されやすい部分もあったと思います。それで、自分自身とパーソナリティに共通する部分が多いと感じるんですよね。僕自身は社会にもまれて、彼ほどのまっすぐさは失いつつありますが……。

─普通、人は物事にぶつかって丸くなっていくものでしょうが、ベートーヴェンはそのまま進んでいったということですよね。

そうして自分を貫いたのはすごいことですし、逆にそういう形でしか生きられなかったのだろうとも思います。それこそが、ずば抜けた音楽センスを育んだのでしょう。
変奏曲のすばらしさに表れるように、ベートーヴェンは作品を“こねくり回す”ことが好きな人でした。その結果としてすべてが絶妙なものになっている。彼にしかわからない最終調整が入ることで、全てがバタバタとドミノをかえすように変わり、曲の価値もあがるのです。これは天才的な感覚で、技術だけによるものではありません。

─兼松講堂ではこれまでにも何度か演奏されていると思いますが、印象はいかがですか?

良い意味で日本らしくない空間で、なつかしさを感じます。例えばフランスのサル・ガヴォーのような、音楽とともにある良い時代の雰囲気を残していますね。スクラップ&ビルドのほうが安上がりとされる今のご時世に、多くの方々の想いがあってこうして成り立っているのだろうと思います。大事にされていることが伝わってくる、印象深い場所です。

◇◇◇

浜野さんは、ベートーヴェンのまっすぐぶつかっていくところが自分とかけ離れていると話していましたが、驚くことに菊地さんもベートーヴェンのそんな性格について語って、こちらは「自分と似ている(でも今のオレはもうまっすぐを失いつつあるけど…)」と話していたという!
ベートーヴェンほどまっすぐだったら、生きにくくて大変ですよ菊地さん…。

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第31回 くにたち兼松講堂 音楽の森コンサート
ベートーヴェン生誕250年(2020)プロジェクト Vol.7
『ピアニストたちのベートーヴェン』
出演:田部 京子、菊地 裕介、浜野 与志男
ナビゲーター:西原 稔(桐朋学園大学音楽学部教授)

2017年6月18日(日) 14:00 開演 (開場 13:15)
会場:一橋大学兼松講堂(JR国立駅南口 徒歩7分)
前売券:S席 4,500円(指定)/A席3,500円(自由)/学生券 1,500円(自由)

浜野与志男さんインタビュー(兼松講堂ベートーヴェン生誕250年プロジェクト)

兼松講堂で2020年のベートーヴェン・イヤーを目指して行われている、
ベートーヴェン生誕250年(2020)プロジェクト。
気が早く2012年からスタートしていましたが、
ようやく2020年がなんとなくそう遠くないものになってきました。

6月18日(日)に行われるVol.7の公演は、
『ピアニストたちのベートーヴェン』。
田部 京子さん、菊地 裕介さん、浜野与志男さんが登場し、
ソナタや変奏曲など2作品ずつ演奏するという、
よくよく見るとものすごく豪華な公演です。

実はこの公演に先立ち、このお三方にインタビューをしました。
年代がいい感じにバラバラで、演奏家として今いる場所もそれぞれ、
ベートーヴェンとの向き合いからもいろいろである3人のお話、
聞き比べてみると、三者三様の作曲家への感覚がそこにあって興味深いです。

如水コンサート企画のHPや当日のプログラムでショート版が掲載されますが、
興味深いお話がもったいないなと思いまして、
ピアノ好きのみなさんのために、このサイトでロング版を紹介することにしました。

一人のピアニストの中で変化してゆくベートーヴェンに対しての感情、
もともとの作曲家に対しての意識やスタンス、
きっとこの違いが当日の演奏にも現れるのだろうなと思います。楽しみだ…。

さて、そんなわけでお一人目にご紹介するのは、浜野与志男さん。
言葉を慎重に選びながら、率直に、
最近のベートーヴェンへの気持ちの変化を語ってくださいました。
日本に育ちながら、日本の先生だけでなくロシアのピアニストにも師事し、
お母さまの出身地であるロシアで毎夏を過ごしていた浜野さんは、若い頃、
「響きのつくりかたについてどうしてもロシア音楽的な要素が強くなり、
悪い言い方をすれば、なんでもロシア音楽的に弾くという側面もあった」
と振り返っていました。
それが、ある発見により、特にドイツ音楽への向き合いかたが変わったそう。

…ちなみに「若い頃」と書きましたが、
浜野さんは現在も20代後半ですから充分に若さあふれるピアニストなのでした。
その落ち着きっぷりに、すぐ忘れそうになります。

◇◇◇

◆浜野与志男さん
[演目]
ピアノ・ソナタ 第11番 変ロ長調 Op.22
ピアノ・ソナタ 第23番 ヘ短調 Op.57 《熱情》

「ドイツ人の音楽や生き方を間近で見て、確かに変化が」

─これまで、ベートーヴェンにはどのように向き合っていらしたのでしょうか?

これまで僕はドイツ音楽のレパートリーとして、まずシューマンに取り組み、その後、バッハとブラームスに向かう時期が続きました。それに比べるとベートーヴェンに積極的に取り組むようになってからは、そう長くありません。
とはいえベートーヴェンのソナタは、試験や入試などの機会のため、長らく勉強してきました。最初に“汗と涙を流した”ベートーヴェンのソナタは、東京芸術大学付属高校の入試の時に弾いたソナタ17番の「テンペスト」。ペダリングや弾き方について細かな指導を受ける中、なんて大変な曲なのだと思った記憶があります。
今は指の使い方やペダルの踏み方がわかるようになり、細かいところに神経を使うこともできるようになりました。
自主的に取り組んでいきたいという思いが強くなったのは、昨年くらいからです。ちょうど良いタイミングでこの企画にお誘いいただいて嬉しいです。

─それは良かったです! その変化には、きっかけとなる出来事があったのでしょうか。

東京芸大を出たあと、3年ロンドンに留学してロシア人のドミトリ・アレクセーエフ先生に師事し、その後1年ほどライプツィヒで生粋のドイツ人であるゲラルド・ファウト先生のもと学びました。
期間として長いものではありませんでしたが、この時にドイツ人の音楽や生き方を間近で見ることで、自分の中で確かに変化がありました。耳の使い方が変わり、細かいところまで神経が行き届くようになったという感じでしょうか。
ドイツに行くのもドイツ人の演奏を聴くのも、もちろん初めてではありませんでしたが、この滞在中は、ドイツの演奏家が一人でピアノを弾くときでも、アンサンブルのように複数の奏者が互いの音域を聴き、溶けあうことを目指すときのような耳の使い方をしていると感じたのです。これによって、ベートーヴェンはもちろん、バッハについても演奏する上での意識が変わりました。
実は今回一緒に出演する菊地先生が以前、「交響的なピアノ奏法」ということをおっしゃっていたのがずっと印象に残っていたのですが、それはこういうことなのだろうと、見えた気がしました。

「僕はよく頑固だと言われるのですが……」

─今回演奏されるピアノソナタ11番と23番「熱情」について、作品のどのようなところに魅力を感じますか?

ハーモニーの動きに実験的なものが垣間見られるところが魅力だと思います。そういったベートーヴェンの挑戦する姿勢が伝わるような演奏がしたいです。
あと、僕はとくにピアノ協奏曲などで2楽章が一番好きだと感じることが多いのですが、「熱情」についてもそうなのです。
よくロシア人のピアニストで、“アンチ・クライマックス”、つまり逆説的なクライマックスという言葉を使う人がいるのですが、この楽章はまさにそのような感じ。音量的にも盛り上がりの面でも底辺にあるにもかかわらず、とても大きな意味があると思います。内容の濃い1楽章、盛り上がって疾風のように過ぎる3楽章の間にはさまれた2楽章の美しさに耳をかたむけていただきたいです。

─ベートーヴェンという作曲家に対しては、どのような想いがありますか?

僕は小さい頃から、好きな作曲家を聞かれると、誰かを挙げると他がかわいそうだから選べないと答えるようにしていたので、今もベートーヴェンだけが偉大だという言い方は避けたいのですが、それでもやはり、ベートーヴェンのピアノ作品は、ピアノ音楽というものにおける一つの頂点を築いたものだと思います。
演奏テクニックを生かした最高の作品という意味ではリストも挙げられますが、ベートーヴェンは、ピアノによる音楽表現という意味で最高峰の作曲家だと言えると思います。

─浜野さんにとってベートーヴェンという人はどんな存在なのでしょうか?

それは、とても遠い存在です。というのも、僕は親しい人からよく頑固だと言われるのですが、でもどちらかというと、その場では身をひいたり妥協したりして、結果的に意図したものを実現しようとするタイプなんです。なので、ガツンとまっすぐぶつかっていくパワーを秘めたベートーヴェンの音楽は、決して自分に近いものではありません。でもだからこそ、自分にないものへの憧れを感じているのかもしれません。

─方法が違うだけで、結果的に行きつくところは同じような気はしますけれどね……。それでは、ベートーヴェンの作品を練り上げていくにあたって、一番大切にしていることはなんでしょうか?

ベートーヴェンの作品を弾いていると、音の響きや音色、ハーモニーに注意がいってしまって、ここもあそこも聴かせたいという欲求がつい強く出てしまいます。ですが同時に、全体の大きな絵、完璧な構造美がそこにあることを見失ってはいけないので、その両方を考えながら修正していく作業を繰り返していきます。
“神は細部に宿る”とはいいますが、やはりベートーヴェンの作品の構造美は、人が簡単に思い描けるものからかけ離れた、とても大きなものだと思います。

─ところで、国立や兼松講堂に想い出はありますか?

兼松講堂で演奏するのは今回が初めてですが、以前聴きに行ったことはあります。そして国立は、桐朋中学校に通っていたので親しみのある町です。朝、遅刻しそうになりながらあの並木道を急いだ思い出が大きいですね。

─それでは最後に、このベートーヴェンシリーズに登場されるうえでの意気込みをお聞かせください!

二人の大先輩と同じ舞台に立つことができて光栄です。そこで“年齢相応”の浅い演奏をしてしまうことがないよう、妥協のない音楽づくりを目指し、しっかりと自信の持てる演奏で臨みたいと思います。

◇◇◇

じわじわ策をめぐらせて頑固を通す自分にとって、まっすぐぶつかって頑固を通すベートーヴェンは遠い存在という分析が、なんだかおもしろかったです。
(行きつくところは同じなんだから、どっちかというと同類なんじゃないの!?と思ってしまいましたけど、同じようで違うのか)

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第31回 くにたち兼松講堂 音楽の森コンサート
ベートーヴェン生誕250年(2020)プロジェクト Vol.7
『ピアニストたちのベートーヴェン』
出演:田部 京子、菊地 裕介、浜野 与志男
ナビゲーター:西原 稔(桐朋学園大学音楽学部教授)

2017年6月18日(日) 14:00 開演 (開場 13:15)
会場:一橋大学兼松講堂(JR国立駅南口 徒歩7分)
前売券:S席 4,500円(指定)/A席3,500円(自由)/学生券 1,500円(自由)

スタインウェイ&サンズ東京がオープンした話

スタインウェイ・ジャパン設立20周年を機に、
東京ショールームがオープンしたそうです。

これまでスタインウェイ・ジャパンでは直接の小売販売を行っていませんでしたが、
一般的な黒いグランドピアノ以外のモデルへの需要が増えたことに対応するため、
特別なモデルもいろいろと一度に見て試弾することができる場所として、
スタインウェイ・ジャパン直営の販売スペースをオープンすることになったそう。
(特殊モデルは台数が限られているため、
全国各地のディーラーさんのお店それぞれに配置することはできないから、ということらしい)

これまでは、各地のディーラーさんとともにやってきたお客さんたちのための
試弾スペースだった天王洲駅徒歩5分のサロンが、販売店も兼ねることになるということ。

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(記者発表会にて、スタインウェイ・ジャパン20周年記念モデルのピアノと、
スタインウェイ・ジャパン社長後藤一宏さん、スタインウェイ&サンズCFOスタイナーさん、東京ショールーム支配人の佐藤立樹さん)

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寺田倉庫本社ビル内のサロンは、入口からとても素敵な雰囲気
(オープニング時に提供いただいた写真)

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これからは個人のお客さんの来訪が増えるということで、
入口には新しくインターホンが設置されたそうです。
そういわれてみれば、あとから連れてこられた感があってかわいらしい佇まい。
しかしただのインターホンなのにスタインウェイロゴ入りだと
なんとなくおしゃれであります。いい音しそうです。

この記者発表会では、今回の直営店のオープンは、
各地の特約店と競合するためではなく、あくまで多様なニーズに応え、
全体の底上げをすることが目的だという話題が何度か出ました。
競合しない理由として、近年スタインウェイのピアノの需要が、
ホールや音大、ピアニストを目指す学生だけでなく、
個人的な趣味のためというものが増えてきているということ、
(会見での話によれば、個人のお客が7、8割にのぼるようになったそうです)
とくに富裕層の方々がサロン的な場所に置こうという場合は、
木目調や特殊モデルのピアノを好むことが多いというお話もありました。
日本のピアノ需要のあり方がまた新しいシーンに入ってきたということなのでしょうかね。

一般の方向けに東京ショールームツアーというのが下記の日程で行われるそうです。
要予約、各日先着8名のようです。詳しくはサイトをご覧くださいませ!
開催日程:5月25日(木)、6月1日(木)、8日(木)、22日(木)、29日(木)

 

沼尻竜典さんと三鷹とカレーの話

音楽家にはカレー好きの人が多いですが、指揮者の沼尻竜典さんもそのひとり。
オペラの稽古場の近くの美味しいカレー屋さん情報など、よくご存知です。
リューベックのご自宅には何種類ものスパイスを用意してあって、自ら作ることもあるとか。

以前、西荻窪のカフェ・オーケストラというカレー屋のシェフと、厨房で料理をすること、スパイスの個性を際立たせて美味しいカレーを作ることは、オーケストラを指揮することと似ているのではないかという話になったことがありますが、もしかしたら、沼尻さんは指揮と同じ要領でカレーを作っているのかもしれません。
(今度、それぞれのスパイスはオーケストラの楽器に例えるならどれか聞いてみよう…)

今この記事を書き始めて思い出しましたが、私が沼尻さんに初めてお会いしたのは、2006年の浜松コンクール。ユベル・スダーンさんが腰痛でキャンセルして、沼尻さんがかわりに本選指揮をされたときでした。
一緒に浜松入りしていた当時の同僚が、「沼尻さんがリハーサルで歌ってるから見ておいでよ! 鶴のような歌声だよ!」と、すごい楽しそうに言っていたので、こっそり見に行った。それが私が見た最初の沼尻さんです。鶴って…。

さて、沼尻さんといえばオペラ指揮者としてご活躍で、リューベック歌劇場の音楽総監督でもありますが、ピアノ好き的に注目したいのは、ピアノを弾いてもすごくうまいということ。
沼尻さんは三鷹ご出身ですが、地元の三鷹市芸術文化センター風のホールで、ご自身の弾き振りによるモーツァルトのピアノ協奏曲全曲演奏会を継続中です。

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1995年に発足したトウキョウ・モーツァルトプレーヤーズが、2015年の20周年を機に「トウキョウ・ミタカ・フィルハーモニア 」に名前を改め、引き続きこの全曲演奏会が行われています。

機敏な動きのオーケストラが沼尻さんのピアノとぴったりリンクして、弾き振りならではのプリプリのモーツァルトを聴くことができるという感じ。その他のプログラムも、オーケストラの面々がみんなすごく楽しそうに演奏しています。
次回の公演「第15弾」は7月29日だそうです。

2017年7月29日(土)15:00 三鷹市芸術文化センター 風のホール
オネゲル:夏の牧歌
モーツァルト:ピアノ協奏曲第18番変ロ長調K.456
ベートーヴェン:交響曲第6番ヘ長調op.68『田園』
沼尻竜典(音楽監督・指揮/ピアノ)
トウキョウ・ミタカ・フィルハーモニア(管弦楽)

ところで沼尻さんには、件の浜松以来何度かインタビューをしていて、毎回ちょっと毒はいりぎみの話がとてもおもしろいのですが(そんなわけで、三鷹の公演のプレトークも鋭いおもしろさですよ)、お話を聞いていていつも思うのは、
「すごい頭いい」「なんか楽しそう」「手抜きしてるやつ見つけたらただじゃおかねぇ人」という3点。(若干頭悪そうな言い回しですみません)

どんな複雑な作品でもきっちりすみずみまで理解する音楽的才能と、オペラや舞台が好きで、次に取り組むプロジェクトに常にワクワクしている感じ、良いものを創るためならぶつかることを恐れず妥協しない感じ。
「周りの人たちに恵まれてきたから何でもできた」「仕事と趣味が完全一致しているのは幸せだ」とご本人はおっしゃっていましたが、現代にしてはめずらしい形で進みたい道に進む音楽家のような気がします。これからどんなご活動をされるのか楽しみです。個人的には、沼尻さん作曲のオペラ「竹取物語」をインドでやってほしい!(インドのラーガを取り入れたシーンがある)

あともう一つ、関係ありませんが、沼尻さんの演奏を聴くと、私は必ず終演後にカレーが食べたくなります。演奏から、カレーを食べたいと感じさせる何かがきっと出ているのだと思います。
三鷹の終演後ならどこがいいのかな。
あいにく私には三鷹駅周辺に行きつけのお店がないのですが、ちょっと西荻窪までいけば、前述の「カフェ・オーケストラ」があります。チキンカレーもおいしいですが、食後のチャイもすばらしいですので、ぜひ。

ちなみに、大森にある南インド料理、ミールスのおいしい「ケララの風Ⅱ」の有名なオーナーシェフは沼尻さんという方ですが、親戚関係ではないそうです。
実は私、二人の沼尻さんが「どうもどうも、ルーツはどちらで」的なやりとりをしている場面を目撃したことがあるのですが、めずらしい名前の人同士が出会った時に起きる謎の親しげな空気が漂っていて、おもしろかったです。

 

ザラフィアンツがファツィオリを弾く

5月18日(木)、豊洲シビックホールで、
ロシアのピアニスト、エフゲニ・ザラフィアンツさんのリサイタルがあります。
2017年5月ザラフィアンツリサイタル

2017年5月18日(木)19時開演
エフゲニー・ザラフィアンツ ピアノ・リサイタル&美音トーク
バッハ(ブゾーニ編):シャコンヌ
ショパン:プレリュード集より12曲
ラフマニノフ:ピアノ・ソナタ第2番

使用ピアノはホール常設のファツィオリ。
…というわけでこの企画、ザラフィアンツさんのリサイタルに加えて、
ファツィオリ調律師の越智晃さん
(ショパンコンクールのドキュメンタリーにも登場していた方)と
ザラフィアンツさんによる、音にまつわるトークセッション付き
という企画になっています。
そして私、このトークセッションの聞き手をつとめることになっております。

さて、ザラフィアンツさんの経歴といえば…

”ソ連時代、グネーシン音楽院在学中にした落書きによって、
不本意にも政治的な偏向を非難され、
その後モスクワで学ぶことを許されず、しばらく不遇の時代を送る。
しかし徐々に国内で頭角を現し、
1993年、プレトニョフの勧めで受けたポゴレリチコンクールで第2位に入賞し、
30代半ばにしてようやく国際的に名が知られるようになる”

…という、どこから掘っていったらいいのかわからないレベルの、
濃い生い立ちの持ち主です。
(ちなみに、ザラフィアンツさんには何度かお会いしていますが、
いつもオーラがすごすぎてこの件について直接尋ねられずにいるので、
今ご本人がこの過去についてどう思っているのか、私にはわかりません)

現在、愛知県立芸大の客員教授を務めているため、日本も拠点の一つとしていて、
この種類の頭イイ人のご多分にもれず、日本語ペラペラ。
そのため、この音にまつわるトークセッションも普通に日本語で行われます。

求める音を引き出す秘訣、ピアノに求めるものは何なのかなど、
いろいろ語っていただくつもりです。
物事をズバズバおっしゃる方なので、
きっと刺激的なお話が聞けるのではないでしょうか。
ちなみに先日の打ち合わせで、
当日は、どんなピアノがいいピアノだと思うかについても
お話ししましょうという話題になったとき、
根本的にはなんでもいいんだけどね、気にしない、と言い放ち
(優れたピアニストあるあるな発言)、
マネージャーさんに、それじゃあ話にならない、と注意されていました。
さすがザラさんです。
(↑主催者の人がこう呼んでいましたが、こう聞くと急に親しみ湧きますね)

そして、もちろん楽しみにしていただきたいのは本編の演奏です。
このところベートーヴェンやショパンに力を入れていらしたようですが、
今回演奏されるバッハ=ブゾーニのシャコンヌとラフマニノフの2番のソナタは、
わたくし的に、生で聴けることを特に楽しみにしています
(これまでの録音を聴いた印象から)。
ただ、常に変化するザラフィアンツさんのことですから、
予想と全然違う表現になっているかもしれませんが、それもまた楽しみ。

トークセッションについては当日どんなご発言が飛び出すか不明ゆえ、
私にうまくハンドリングできるかわかりませんが、
できるだけ頑張りたいと思います。
どうぞご来場ください!

ニコライ・ホジャイノフ新春メッセージ2017

今年も、なぜか毎年恒例となった
ニコライ・ホジャイノフさんから日本のファンのみなさんへの、
新年のメッセージをお預かりしましたのでご紹介します!

My dear Japanese fans!

I wish all of you a Happy New Year! Thank you for supporting me for the whole year, caring about me and feeling happy for me and my successes. My concerts in Japan in November were so enjoyable and pleasant because of you.
I was very happy to see you at my concerts, I always feel your love, your warmth and that is why I happily share with you a piece of myself, of my soul. It is a great joy to talk to you with a language of music, I cherish your sincerity and the trusting atmosphere that is always there at my concerts.
I am always looking forward to seeing you.
I wish all of my fans bright, unforgettable encounters and events in the New Year! Great health, peace and warmth in your homes!
I am very proud to have many sincere friends in Japan.

Love,
Nikolay Khozyainov

例によってざっくりと内容を訳しますと、

いつも自分を支え、気にかけ、成功を喜んでくれて感謝している、
11月の日本でのコンサートはみなさんのおかげでとても幸せなものだった。
演奏会でみなさんに会い、愛を感じられることはとてもうれしく、
だからこそ自分の魂の一部をみなさんと分かち合いたいと思う。
演奏会で感じる、みなさんが自分の音楽を信じてくれている雰囲気にとても感謝している。
みなさんにとってこの新しい年が、輝かしく、
忘れられない出会いと出来事にあふれていること、
そして健康と平和と家庭のあたたかさがあることを祈っている、
心から思ってくれる友人たちが日本にいることを誇りに思っている。

…というようなことなどが書かれています。

昨年11月の来日時には、
東京、大阪、さいたまでリサイタルを、金沢と札幌ではコンチェルトを演奏。
リサイタルでは、鮮やかな物語を感じるストラヴィンスキー「ペトリューシュカ」、
いろいろなタッチが繰り出されるシューマンの「幻想曲」などを聴かせてくれました。
(とくにペトリューシュカは、声のいいロシア人のおじさんが
生き生き語っているような演奏だったのが妙に印象にのこりました。
ポーランドあたりのテレビで、外国のドラマの吹き替えを男性も女性も子供も、
おじさんが全部一人でなかなかの臨場感とともにやっているのを見るけど、
なんとなくあれを思い出したという)

そして札幌では、札幌交響楽団、飯守泰次郎さんとベートーヴェンの皇帝を演奏、
ワーグナー好き同士でなかなか楽しい共演になったとか。
今回は移動が多くあわただしいスケジュールだったようですが、
好きなお刺身やお寿司も食し、初めてヒレ酒にも挑戦し、滞在を満喫した模様でした。

ところで、去年はニコライさんどんなメッセージをくれたんだっけと思って見返してみたら、
「辛いことがあっても、それは夏のあたたかい雨のように
実りある出来事につながることを祈っている」みたいな内容でした。
昨年は停滞の年だった自分としては、大変心にしみる言葉であります。
なんとなく言い当てられたような気持ちにもなります。予言者ニコライさんかよ…。

次回の来日はまだ調整中のようですが、また演奏を聴ける機会が楽しみです!

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