クライバーンコンクール事務局長&CEO、Jacques Marquisさん


ヴァン・クライバーンコンクールは成熟したピアニストを求めているということを以前から明確に示していて、優勝者には3年間にわたって多くのコンサートの機会が与えられます。かつてはよく、それによってピアニストが疲弊して長いキャリアを築くことができない…と言われることもありました。

その“噂”を完全に過去のものとするべく、このコンクールは、審査方法やコンクール後の契約についてさまざまな変更を加えながら開催されています。

前回2013年から、Jacques Marquis氏が事務局長&CEOに就任。ジャックさんは、長らくモントリオール国際コンクールの運営にも携わってきた方です。
今回のクライバーンコンクールは彼が就任して2度目ということで、大胆な変更も加えられました。
というわけで、ジャックさんに、今回加えられた変更の意図や審査員の選定、クライバーンコンクールが目指すものについてお話を聞きました。

ちなみに余談ですがこのジャックさん、結果発表のステージに登場していたあの方ですが、普段いつ見てもテンション高く、常に冗談をいうタイミングを狙っているというか、とにかく愉快な感じの方です。疲れた、みたいな顔をしていることを見たこともありません。
この前、キン肉マンのテリーマンがテキサス出身だと知ったのですが、なんかテリーマンとイメージがかぶります(ジャックさんはべつにキザみたいな感じではないですし、そもそも、フランス系カナダ人なのでテキサスの人でもないんですけどね。まあ、とにかくエネルギッシュでパワーがありそうってことです)。
というわけで、ちょっと長いですがインタビューをご覧ください。
(結果発表前に行ったインタビューです)

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(もっとイエーイ!みたいなポーズで撮らなくていいんですかと聞いたら、なに言ってるんだ、私はいつだって真面目だ!と言われました)

◇◇◇

協奏曲の演奏能力が高い人を、ファイナル前に失わない

―今回のコンクールから、いろいろ新しくなった面があると思います。現在のところ、それらはみんなうまくいったという手応えがありますか?

そうですね。今回は、芸術面、マーケティング面両方で、いろいろな変更がありました。芸術面ではまず、最高の30人の参加者を選ぶためにスクリーニング審査の方法を変更しました。すばらしい人材を絶対に取りこぼしたくありませんから、これはとても大切な作業でした。
本大会のほうでは、ファイナルの前の段階にモーツァルトのピアノ協奏曲を入れたことが大きな変更の一つですね。
以前の課題曲では、コンチェルトは最後に残った6人だけが演奏する形でした。ですが実際にプロのピアニストになってからの活動のことを考えるとどうでしょう。その50%がリサイタル、10%が室内楽、そして40%くらいはコンチェルトになります。
ですから、ピアニストにオーケストラと演奏する高い能力があるかどうか知ることはとても重要なのです。ファイナル前にコンチェルトの能力が高いピアニストを失うことがないように、セミファイナルで12人に協奏曲を演奏してもらうことにしました。
クライバーンコンクールは、ピアニストのキャリアを切り拓くことを目的としています。ポテンシャルのある若者を見いだして太鼓判を押すことを目的としたコンクールであはありません。
ウェブサイトやPR会社、マネジメント、経済面など、優勝した後は、キャリアの成功のためにあらゆる援助をします。ですから、それに応える能力を持つ人を見つけなくてはいけません。その意味で、協奏曲の高い演奏能力は必須なのです。

―それで、かわりに室内楽がファイナルで演奏されることになったのですよね。これもなかなか珍しいと思いますが。

そう思います。ピアノパートを弾くこと自体は難しくないと思いますが、ここではミュージシャンシップという大切な側面を見ることができます。私たちは審査員のために、コンテスタントの能力を見極めるためのできる限りたくさんの情報を得ようとしているのです。

1年目のコンサート回数を減らし、徐々に増やす形へ

―キャリアの確立を助けるというコンセプトのもと、優勝者には多くのコンサートが用意されていますが、一方で過去には、そのためにピアニストが疲れ果ててしまうと指摘されてきました。そういったことが起こらないよう、なにか配慮がなされているのでしょうか。

今回から、1年目のコンサートの数を減らしました。
私たちのコンクールは、3人の入賞者に合計300のコンサート契約を用意しています。そんな中、例えば優勝者について、昔は1年目に75回、2年目に50回、3年目に40回の演奏会を用意していたのに対して、今年は1年目から順に、40回、50回、60回と増やしていく形に変えました。
もちろん、多くの主催者たちはこれを喜んでいませんよ。だって彼らは、クライバーンの優勝者が「今」欲しいのですから。
でも私たちは優勝者の将来のことを考えて、とくに1年目には演奏会ごとにちゃんと練習したり休んだりする時間が持てるよう、こうした形に変更しました。また、たとえば数週間にわたるツアーには事務局のスタッフが同行して、様子を見守ることにしています。
提携するマネジメントも、今年からより近い距離で優勝者の世話をしてくれるエージェントに変わりました。

―今回、会場のチケット販売はどうだったのでしょうか。

最終的な集計結果はまだですが、マーケティングの面でもいろいろな新しい試みを取り入れたので、少なくとも、ウェブ配信の視聴数は増えました。逆にそのために、ホールに来ることなくコンクールを鑑賞しようという人が増えたのかもしれません。
ただ、長い目で見れば、ウェブで聴いている方々はいずれホールに足を運んでくれると思っています。1次から徐々に来場者数が増えて、今回もファイナルの協奏曲は完売ですので、それでいいのではないかと。ちなみに、次回のコンクールのマーケティングについてもすでに私の中にはアイデアがあります。
私たちには、海外、国内、地元という3つのマーケットがあります。海外へはmediciによるウェブ配信がうまくいき、多くの方々が見てくださいました。
国内については、映画館でのファイナルのライブ上映を今回から行いました。放送はmediciが行い、制作はMETライブビューイングと同じ会社のプロデューサーが担当しています。
そして地元の方々のためには、シンポジウム、ピアノランチ、マスタークラスや子供向け企画など、誰でも無料で参加できるイベントを多く行いました。最終日にはサンダンススクエアで公演と授賞式のライブビューイングを行い、その後は広場の一角にあるレストランで、協力してくれたすべてのボランティアスタッフに感謝をするクロージングパーティを行います。

コンクール審査員の常連は避ける方針

―今回から、 40年にわたって同じ方がつとめていた審査員長も変わり、審査員全体の顔ぶれも新しくなりましたね。

私たちは、新しい優勝者を見つけていかなくてはいけません。いつも同じ審査員が審査をしていたら、審査員同士が仲良くなってしまいますから…。そこで私は、できるだけ審査員経験が多くないコンサートピアニストを中心に審査員を選ぶことにしました。少しは審査員経験の豊富な人もいましたけどね。結果的に、良いバランスとなったと思います。
それに、新しい審査員をお呼びすれば、みなさん帰国してから、クライバーンコンクールは運営もすばらしくバイアスもなくていいコンクールだったとあちこちで話してくれるでしょ(笑)?

―では、コンクール審査員の常連みたいな方々はここでは入れない方針だと。

はい。あちこちで審査員をしている人、たとえばチャイコフスキー、ルービンシュタインで審査員をして、ここでも審査をということになれば、すでにコンテスタントたちのことを知っていて、なにかしらのイメージを持った状態で審査することになってしまいます。私は新しい耳で聴いてくれる人にお願いしたいのです。

―審査員長が本選の指揮をするというのはめずらしいですね。

そうですね。スラットキンさんに審査員長をお願いしたいといったら、指揮も自らおやりになりたいとおっしゃったので、それもいいかなと思ったのです。
コンチェルトを2人の別の指揮者が担当することにも狙いがありました。ここで共演でしたことで、また共演したいと思って声をかけてくれる指揮者のネットワークが少しでも増えることになりますから。

―審査員のメンバーはどのように選んだのですか?

審査員を選ぶときには、室内楽アンサンブルのメンバーを選ぶようにしないといけないんです。一緒に気持ちをあわせて演奏することができるけれど、それぞれの個性が異なるというような。世界のいろいろな場所から、多様なエステティックを持った審査員を集めます。

―スタインウェイとの協力関係も興味深いです。40台ものピアノが用意されているのですよね。

はい、そのかわりに、プログラムやウェブサイトでスタインウェイについて紹介しています。それにもちろん、ウェブ配信では常にロゴが映りますからね。スタインウェイにとってもいい機会になっていると思います。

―昔はホストファミリーがコンテスタント用に置かれたピアノをそのまま購入すると、クライバーンがサインをしてくれるという制度があったそうですよね。

はい、うちにもそれが1台ありますが(笑)。でももちろんもうそれはできないことですので、もしかしたら入賞者のサインなど、また別の方法があるかもしれませんね。

―たくさんのコンクールが存在する中で、このコンクールが目指そうとしていることは?

最高のピアニストを選ぶということ。そして、そのピアニストのキャリアを切り拓くことです。
私たちは、オーケストラや世界各地のホールとの関係を駆使して、優勝者のキャリアをサポートします。
私がもう一つ関わっているモントリオールのコンクールであれば、ポテンシャルの感じられる若い人を優勝者とすることもあり得ますが、ここではそうではない。明確なヴィジョンがあります。スーパーエクセレントで、キャリアを確立できる人を求めているのです。
クライバーン氏はチャイコフスキーコンクールによって有名になりました。私たちも、同じような存在になりたい。クライバーンと比べることはできないにしても、我々も最高のピアニストを選び、3年間にわたって支援してゆくのです。

―3年が経って、その後のことは…。

まぁ、私たちは母親ではないので、全員の子供たちが3年の勉強を終えて戻ってきてしまっても面倒を見切れませんよね。雛鳥が巣立つことを手伝わないといけないわけです。
重要なことは、その3年の間に良いエージェントを見つけられる支援をすることだと思っています。

◇◇◇

「コンチェルトの演奏能力が高い人を取りこぼさない」
「指揮者とのつながりをすこしでも提供する」
など、なるほど…と思いました。いざファイナルの協奏曲になったら経験不足が露呈してみんなボロボロ、みたいなこと、たまにあるもんね…。

審査員の選定についての見解も興味深いです。新しい耳で聞いてくれる人を選ぶと。
以前わたくし、審査員のメンバーがどのコンクールでも同じだということは、どこでもその面々の好みのタイプのピアニストでなければ「勝てない」構造ができてしまっているのではないかという問題提起をして、ことごとく審査員の方々をムッとさせてしまったことがありましたが、でもやっぱりそうだもんなぁ。

それでも今回も、ちょうど立ち話をしたある審査員の方が、あるコンテスタントについて、「昔某コンクールで聴いたときは本当にすばらしくて、そのあとも何度か聞いているけど、数年たった今回はどうのこうの」みたいなことを言っていました。実際、過去に聴いていたらどうしたってそういう見方になるよなぁ。
だからといって、これからもっと知名度を伸ばしたい新しいコンクールが、有名な審査員を招きたいと思う気持ちもわかる。ということは、歴史のあるコンクールこそ、こういう新メンバーをそろえる改革に乗り出してくれたらいいということですね。