コンクールのこと、コンクール以外のことも含めて、テキサス滞在についてちょっといろいろ振り返ってみたいと思います。
まずはコンクール関連の出来事。
今回の滞在中、私のテンションがかなり上がった瞬間のひとつは、コンクール本編の演奏ではなく…
審査員のマルク=アンドレ・アムランが、新作課題曲となった自らの作品「トッカータ」を、ピアノランチというイベントの中、サプライズで演奏してくれたこの瞬間です。
作品自体とても素敵なもので、1次でのコンテスタントたちの演奏もとても楽しんだのですが、アムランさん自身による演奏、すごく味わい深く、ああ、これを生で聴けてよかった…としみじみしてしまいました。
とても美しく優しく、わりとゆったりとした音楽で、コンテスタントたちが演奏していたものとは全然イメージが違ったんですよね。(作品についてのシンポジウムの様子はこちら)
…という話を、この場に居合わせなかったあるコンテスタントに言ったら、あの楽譜でそういう演奏になるの!? と、ものすごくびっくりしていました。
ちなみにアムラン自身の演奏、ステージで収録したものを公開すると聴いていましたが、まだ出ていないようですね。
コンクールでは、ダニエル・シュー君が委嘱作品賞を受賞(演奏はこちら)。この賞はアムランさんひとりが決めればいいという話も出たそうですが、みんなで平等に投票をして決めたと聞いています。
もうひとつ思い出に残る出来事。
2次予選中のある日、ホール近くのバーで事務局のスタッフのみなさんと飲む機会がありました。そのとき事務局長のジャックさんがいくつかのポイントについてすごい勢いでつめよってきた、あの瞬間のハラハラ感です。
一つは、今回のコンテスタントの中で誰の演奏が気に入っていて誰を応援しているかという質問。なんだかよくわからないけど、そこにいるメンバー全員にかなりしつこく問い詰めてきました…聞いてどうする気だったんでだろう。
もう一つは、日本人はショパンコンクールをあんなに多くの人が聴きにいくのに、なんでクライバーンには全然来てくれないんだ。ショパンコンクールの何がそんなにいいんだ!という質問。
ピアノ好きの人が、ショパンコンクールには憧れがあって、一度現地で聴いてみたいと話しているのはよく聞きますし、実際、共感します。でも、改めてなんで?と聞かれると、確かに不思議なものです。
過去にスターが出ているという意味とか、作曲家の偉大さという意味では、チャイコフスキーコンクールとかも同じですけど、やっぱりショパンコンクールだけは人気が特別ですよね。なぜなんでしょう。
でもまあそれは日本に限ったことではなく、韓国でチョ君の優勝と同じノリで今回のソヌさんの優勝が受けとめられているのかといったら、きっとそうではないんだろうなという感触がありますし(DGから発売されたアルバムがヒットチャート1位、チケットは何分で完売、みたいなわかりやすい情報がまだ出てないからかもしれませんが)。
とはいえ、先の記事でも述べたように、クライバーンは1、2位に入賞すると、若いピアニストにとってもうコンクールはいいと思うきっかけになる、そういうコンクールであるらしいことは確かです(今のところ)。
それにはコンクール自体の音楽界的な評価というよりは、具体的なキャリアの支援体勢が、ピアニストにとって実質的効果を持つからなのだろうと推測します。
さて、それはさておき、ジャックさんはクライバーンコンクールにもたくさん日本のピアノファンに来てほしい!と話していました。
でもフォートワースにははっきりいって素敵な観光地もない、ストックヤードというカウボーイ文化を見られる場所も、まあ、1日見れば十分。クライバーンの家を外から見たってそれほどおもしろいもんでもない…。強いていえば、お隣のダラスまで足を伸ばすと「ケネディ暗殺の謎を探るミュージアム」があるくらいで(実際襲撃が起きた路上にはバツ印がつけてあるという…)、観光スポットって他にないからみんな来ないのも仕方ないんじゃない、とも思いましたが、もちろん言いませんでした。
でも、みなさんぜひ次回は聴きに行ってみてください。
ただ、テキサスに魅力的なおいしいものがないわけではありません。
行ったら食べたらいいよと勧められていたもののひとつがこちら。
Tボーンステーキ!
とても大きい。
おいしかったですが、食べ終わったあとは「一週間肉はいらないな」と思いました。
話はどんどんコンクールから離れていきます。
さて今回、いつものコンクール取材と違ったのは、自分が人さまの家に間借りして滞在していたということ。いつもは孤独に取材に集中しているのですが、今回はいろいろな人にお世話になり、おかげでおもしろい出来事もたくさんありました。
まずひとつ、着いたとたんにおもしろいなと思ったこと。
トランプ大統領が就任してもう半年。実はテキサス州、中でもフォートワースは移民が少ないので、わりとトランプ大統領支持者が多めの地域だと聞いていました。そうはいっても、私がその件について会話した人の中には、トランプ支持だという人はいませんでしたが…。
とはいえもう半年も経ったんだし、アメリカの人たちはもう大統領がトランプさんであるという事実を受け入れて生きているのかなと思ったわけですが、なんか違ったんですよね。
先の記事でもご紹介した、日本とインドへの駐在経験のあるジャーナリストの家主は、毎晩、いわゆるスタンドアップコメディー的な番組を楽しそうに見ていたんですが。
これがもう、毎晩毎晩トランプ大統領の言動をネタに揶揄、という内容なんですね。トークショーみたいな番組も、政治的なものはだいたいトランプ大統領の痛烈批判という感じ。
家主がたまたまそういう番組を選んで見ていたから目立って感じたのかもしれませんが、まだみんな、現実を受け入れてないんだなーと思いました。
あるとき家主氏がある政策について「でもこれが実施されるのは4年以上あとで、そのころにはトランプの任期は終わっているから…」と話していたので、「でもまた再選されるかもしれないんでしょ? 今回もそうだったんだから、次回だってあなた方アメリカ人は彼を選ぶかもしれないんでしょ?」といったら、現実に気づかされた腹いせに「オヌシ、ヒドイニホンジン!」と言ってきました。
もうひとつ家主ネタ。
この家主がある日、夕食に今日は冷奴を食べようといって豆腐を買ってきました。
それじゃあ準備するよといって、6、7センチくらいの大きめのブロックに切って器に盛り付けたら、「それは間違ってる! 正しい冷奴はこうだ!」といって、2センチ角くらいの小さなブロック(なんでしょう、お味噌汁に入れるもののちょっと大きいくらい?)に切って盛り付けたうえ、あらかじめ醤油をドバーッとかけて、はい、食卓に持ってってと。
完成品がこちら。
これが正しいんでしょうか。家主のあまりの自信満々っぷりに、自分が間違ってるんじゃないかと思ってしまいました。
そして一応私、生まれも育ちも日本なんですけど、なんで信用してもらえなかったのか自分でもよくわかりません。
ちなみに家主氏は、この冷奴の作り方を、息子たちや近所の人たちなど、あらゆる人に伝授してまわって、現在に至るそうです。間違った日本食って、こうやって広まっていくんですね。
それからさらに全然関係ないんですが。
滞在も2週間半が過ぎた頃、自分の寝泊まりしている部屋にこんなものが置かれているのを発見。
いたずらかと思ってボール部分をひっぱってみましたが、しっかり固定されています。この家の息子がテニス大会でとってきたトロフィーだと思われますが、なかなか斬新ですね。
…で、そんなことよりなにより、今回私がこのテキサス滞在中もっとも心揺さぶられたピアノと全然関係のないこと。
それは、家主のねこ、ウキー君のかわいらしさです!!
もともとねこを飼った経験がなく、ねこ慣れしていない私は、ふだん人さまの家のねこさんと触れ合ってみても仲良くなれることがあまりないのですが、このウキー君は初日からスリスリと寄ってきて、私の部屋に入り浸り、毎晩のように私のベッドの上で寝るようになりました。ドアを押し空けて静かに部屋に侵入し、ファサとベッドに乗り、わたくしの腹部をフミフミして、そこにそのまま寝るのが定番。
重いし変な夢見るのよ。でもかわいい。そういうものなんですね、ねこって。
今回テキサスから帰ってくるときに何がさみしかったって、一番はウキー君との別れでした。だって、人間はここ以外の別の場所で会えるかもしれないし、なかなか会えなかったとしてもメールや電話で連絡をとることができるけど、ねこさんには、私がまたこの場所にやってこない限り会えないし、顔を見て話をすることもできないんですからね。(そういえば、ロマノフスキーは愛猫と電話で話すっていってましたけどね…どうやって話すのか教えてもらいたい)
最後だとわからずに最後に会うことより、最後かもしれないとわかりながら最後に会うことのほうが辛くて嫌いなのです。わたくしは現実から目を背けたい、弱い人間なのであります…。
次回コンクールの4年後といわず、ウキー君に会いにまたフォートワースに行ってしまうかもしれません。