寒いホールとすばらしき演奏(クライバーンコンクール予選)


予選Phase1の三日目が終わりました。
テキサスに到着してから良い天気が続いていたのですが、コンクールが始まった途端、突然雨が降ったりする、ちょっとじめじめした気候になりました。
地元ボランティアのおばちゃん曰く、5月だけは、寒いか、暑いか、晴れるのか雨が多いのか、いつもぜんぜん天気が予想できないんだそうです。

いつもクライバーンコンクールのホールは凍えそうなほど寒いので心配していたのですが、そんなこともなく…と思えたのは初日最初の1時間まででした。
どんどん客席は冷え、夜の部のころには北極状態。これ、アメリカ人にとっては寒くないわけ?といつも抱く疑問を持って周りを見渡すと、隣の席のいかついジャーナリストのにいちゃんも、両肩を手で包んで「オーサムイ」のポーズ。アメリカ人的にも寒いんでしょう。安心しました。
ともかく、これから会場に聴きにくる方は何か羽織るものを持ってきたほうがいいです。

 

予選では、45分のリサイタルをPhase1とPhase2の2回行うことになります。30人が終わったら続けてまた最初の人が演奏する形なので、演奏時間帯をずらして、ぐるぐると二回転することになります。

 

ネット配信でも、演奏の最初に使用ピアノがアナウンスされていると思います。とはいえすべてスタインウェイなのですが、ハンブルク・スタインウェイ2台(1台はクライバーン財団所有、1台はスタインウェイ所有)とニューヨーク・スタインウェイ2台(1台はクライバーン財団所有、1台はNYのスタインウェイホール所有)の、計4台のピアノが用意されています。
各奏者、ピアノ選びには20分が与えられたそうです。今のところ、クライバーン財団所有のハンブルク・スタインウェイを弾いている人がけっこう多いですね。ピアノは、途中で変更することもできます。

 

さて、クレア・フアンチさんから始まった予選Phase1の演奏。このコンクールでは実際の演奏を聴いての予備予選が行われているので、やはり一定のクオリティは約束されています。しかもプログラムも自由で45分のリサイタルというものなので、聴くほうも完全に普通の演奏会を聴いている気分です。

 

ここまで聴いてきて印象に残った演奏をいくつか挙げると、クレア・フアンチのカプースチン、RANAさんのシューマン、スティーヴン・リンのVINE、ジュゼッペ・グレコの喜びの島。そして、ホロデンコがぬりかべのような安定感で演奏したアダムスとラフマニノフのソナタ1番も、じわじわ良かったです。

あとはやはり、阪田くんの生命力みなぎるベートーヴェンのソナタ23番、そして何かを探し求めているかのようなスクリャービンのソナタ5番もよかった。
自分はまわりにプレスばかりがいる席に座っているのですが、彼らからスタンディング・オベーションが出ているのを見たのは今のところ阪田君のときだけだと思います。数日前に話した時は時差ボケがきつそうで「内臓がついてこない!」というようなミステリアスな発言をしていましたが、演奏した日は体調もバッチリだった様子。こうして調子を本番にしっかり合わせることも、プロの演奏家には必須です。

 

ところで今回のコンクールを聴いていて感じるのは、(配信だとどのように聴こえているのかわかりませんが)どうも爆音系のピアニストが多いなぁということ。バス・パフォーマンスホールはオペラハウスのように、天井が高い筒状で4階席まであるので、もしかすると、ついつい響かせようとして過剰に大きく弾いてしまうのかも?

そんな中で、ホジャイノフのハイドンは、美しいピアニッシモと静寂を聴くという楽しみをここまで忘れていたなぁと気が付かせてくれるものでした。そういえば、エチュード3曲の間に拍手が入ったので、“作品の間に拍手されちゃった…”とボソッと言ってましたけど。現代ものを入れるコンテスタントが多い中で、彼はクラッシィ~なプログラムを貫いていますね。さすが、一昔前のロシア人(イメージ)。

今日の演奏では、ズーバーをすごく楽しみにしていたのですが、ちょっと調子がイマイチだったよう。しかし、モーツァルトと、ショパンのエチュードの中で「別れの曲」がよかったです。別れの曲ってもともとそれほど好きじゃないんだけど、ズーバーのようにこう、カタブツそうに甘く弾かれたら、浅野温子もおちちゃうよね、と思いました。古い例えですみません。

そしてチェルノフ。正直チャイコンで聴いたときにはあまりピンときていなかったんだけど、今日のメリハリのきいた「夜のガスパール」はとても良かったです。重量感のある音で、一気に闇を創り出す。昨日のホジャイノフとこれほどまでに違うか!という感じ。ホジャイノフのように細部までしつこーくこだわってキラリンと弾く感じもすごく良いけれど。

チェルノフはもう5児の父だそうですが、それを教えてくれた隣の席の方が、「生活かかってるものね、それは演奏も必死さが違うわよね、うふふ!」と言っていて、なるほどなぁと思ったりしました。

それと今日もう一人印象的だったのは、フェイフェイ・ドン。
ショパンコンクールから見ていた方の中には、彼女の袖ぐりが膨らんだフワフワの派手なドレスがどこかへいってしまったことに、一抹の寂しさを覚えた人もいるでしょう。ああ、女の子って変わるものだね。とても素敵な、大きな花柄のついた黒いドレスを着ていました。私服も、なかなかオシャレ。
バックステージでついつい、ショパンコンクールの頃のドレスからずいぶん変わったけどどうしたのか、何か心境の変化があったのか…それともニューヨークの生活でインスパイアされたのか、と尋ねると、「そうかもね、でも、新しいドレスを1着買ったっていうだけで、何もないですよ~」と笑っていました。そんな理由なわけ、ない。心の中でそう思いました。

それで、演奏も、みずみずしさそのままに洗練がプラスされて、輝いていました。次のステージも楽しみです。

 

…というわけで、記憶に新しい人たちを長く書くというわかりやすい偏りを見せつ、つつらつらと書きました。

さて、明日一巡目最後の3人が演奏したら、続けてクレア・フアンチから二巡目の演奏が始まります。気に入ったコンテスタントの音楽がもれなくおかわりできるみたいで、いいですね! 引き続き楽しみです。