インドのスラムでオーケストラはできるのか

インドから戻ってだいぶ時間が経ってしまいましたが、
帰国後の仕事の山の向こうがうっすら見えてきたので、少し記事をアップします。

今回のインド滞在の終盤、フォーク・パフォーマーたちのパフォーマンスの撮影をしました。
先の記事で紹介した、「世界で最も有名なスラム」に暮らす、
パペッティア・カーストの人たちのパフォーマンスです。
本当はコロニーの見晴らしの良いルーフトップで、明るい太陽の下撮影の予定でしたが、
なぜか季節外れの大雨が2日間続き、仕方なく、NGOのオフィスを借りての撮影です。

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(街はどこもかしこも水はけが悪いので、ビッシャビシャ。
こういう日のスラムは、さすがに足を踏み入れるのに勇気のいる大変な状態になっています)

彼らラジャスターンのパペッティア・カーストの操り人形は、
世界で一番操るのが難しいストリングパペットといわれているそうです。(ほんとか?)


こちらはダンサーのパペット。
ストリートでインドのオヤジ相手にショーをすると、
腰振りダンスのくだりで「フゥ~!!」とか言って、盛り上がります。


こんなパペットもあります。アクロバット師のパペット。
ちょっと最初ヒモからまっちゃってますけど。操り手が若い息子なもんで。

こちらは父のほうのパフォーマンス。

この他にも、のけぞって頭をよくわからないところに乗せる動きなどもあり、
かなり複雑なつくりである模様。
操るのが難しいというのも、うなずけます。

この日は、現在デリーに住んでいるヴァイオリニストの高松耕平さんが
ヴァイオリンを持って、パフォーマーたちに会いに来てくれました。
高松さんはインドが心地よく、本当に好きすぎて、
通っていた東京音楽大学をやめて、インドで暮らすことにしたのだそうです。
今はデリーのパハール・ガンジにあるレストランで、
(バックパッカーには有名な、安宿のルーフトップに昔からあるレストランです)
夜になると演奏をしているそうです。
なんだか毎日めちゃくちゃ楽しそうでした。

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(昼間のお仕事外の時間に撮影しました。仕事仲間たちに凝視されながら)

実は今回、デリーで腕の良い西洋クラシック楽器奏者を探していた私は、
(デリーには音楽学校があると以前書きましたが、
正直言ってその先生たちは、ちょっといろいろ大変…)
某ルートで高松さんを紹介していただき、その演奏を聴かせていただいて、
救世主が現れた!と思ったのでした…。
というのも、このパペッティアの青少年たちに、
西洋クラシック楽器の生のかっこいい演奏に触れてもらいたかったからです。

ひとしきり、彼らパペッティアのパフォーマンスが終わって、
いよいよ高松さんがヴァイオリンを構えます。
興味津々で近寄ってくる若者たち。
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最後にはこんな感じで即興での共演まで!
クラシックの演奏も聴かせてほしいとリクエストして、
ショパンのノクターン第2番のヴァイオリン版を演奏してくれました。
みんなじっくりと聴き入っていました。
なにかすばらしいことが起きる最初の瞬間だったように思います。

実は私には、かねてから考えているプロジェクトがありまして。
それは、このパフォーマーのスラムで、ユース・オーケストラが作れないかということ。
もちろん、西洋クラシック楽器によるオーケストラです。

私は彼らの伝統的なパフォーマンスや音楽がすばらしいものだと思っているし、
西洋クラシックを押し付けるつもりはまったくないのですが、
彼らは都会に移り住んで新しいものをどんどん取り入れ、
不可触民カーストという条件を飼い慣らし、アートで生きていこうとしている人たちなので。
もし彼らに関心があるなら、西洋クラシックをもう一つの生業とする機会を作れば、
なにかとてつもなくおもしろい芸術が生まれるのではないかと。

貧しい地域での音楽を通じた教育プログラムというと、
ベネズエラのエル・システマが思い浮かぶと思います。
それに対してこの事例が違うのは、もともと音楽的素養のある青少年が対象だということ、
彼らには人前に立つパフォーマンスの仕事で身をたてようという意欲があり、
それ以外の選択肢はないに等しいため、必死でもあるということです。
マイナスの意味での違いもあります。
インドの音楽は西洋クラシックの音楽と根本的なものが全然違うこと、
クリスチャンではないので、中南米の事例と違って西洋の宗教曲に触れていないことなど、
もういろいろ。
(ただ、実は彼らはアウトカーストである立場から脱するため、
ひっそりと改宗ムスリム、またはクリスチャンとなっていることもあります。
なので、ヒンズーの神々とキリスト像を並べて飾っている家もあるという…びっくりします)

実は今回のインド行きは、現地で継続的に楽器を教えられる先生がいるか、
さらに、彼ら自身にどれだけのやる気があるかをリサーチする、という目的がありました。

ヴァイオリンの音にじっと聴き入る少年たち、
孫が演奏するための楽器さえ手に入れば…と繰り返すおじいちゃん、
「俺だって今から習いたいくらいだ!」と言うパパ世代の男性たち。
これは、インドで西洋クラシック音楽が本格的に流行り出す前に
絶対に形にしなくては!と、決意を新たにしたのでした。

今回インドにいた2週間、なにもかもうまくいって疲れを疲れと感じない日もあれば、
収穫がなくてなんのためにこんなことやってるんだろうなぁと思う日もありました。
今やっていることは、誰かのためになるのか、何かが残せるのか。
自分自身に問いますよねぇ~。
でも、何年も考えてやっぱりやろうと思うことなのだから、
自信を持って、進めようと思います。
成果が出なくて残念、ですますわけにはいかないので、形にしたいと思います。

こわいデリー

インドというと、最近は女性への性的暴行事件が目立っていて、怖いですね。
こんな最中にインドに行くというと、クラシック音楽関係の方たちからは、
信じられねぇ!という反応をうけることが多いです。
(インド関係の人たちは、ふーん、いいねいいね!で終わりですが)
先日たまたまインタビューのコメントでやりとりをしていた某ジャノフ君は、おもむろに、
「ところで、どうしてわざわざそんな大変なところに行くの?
旅行するならもっと素敵なところに行けばいいじゃない。たとえば、別府で温泉に入るとか」
と、一気に身近すぎる代替案を提示してくれました。
(それにしてもなんで別府なんだろう。好きなのかな。…よくわからない)

それはさておき、今回は今までの6回のインド滞在の中で、
初めてなにも盗られず、どこも触られずに(痴漢にあうという意味です)
帰ってくることができました。
これまでは行くたびに何らかのトラブルがありました。
すれ違いざまにがっつりポケットに手をつっこまれたり(何かを盗もうとしていたらしい)
道端でおしりを触られたり、バイクで追い越しざまに胸部を触られたり。
思い出すだけで腹立たしいことがたくさんあります。
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デリーでは2014年に2069件のレイプ事件が報告されているというので、
被害届が出されているだけでも、1日に5~6件起きているということになりますね。
被害者は、5歳の少女から、70歳を超える高齢の女性まで、幅広い年齢にわたるとのこと。

今年に入って日本人が被害にあったというニュースも続きました。
街で知り合った自称ガイドについていって巻き込まれたパターンだったようですが
(犯人が絶対に悪いですが、少しでも長くインドにいた経験がある人なら、
ついていっちゃだめでしょ~と思うパターンでもある)、
実際には大変に卑劣な手口で仕掛けてくることもあるので、この場合は本当に怖いです。
最近の強盗は、エアコンの室外機から睡眠薬を流し込んでくる、なんて話も聞きました。

ただいろいろなところで指摘されていますが、インドのレイプ事件の件数が増えているのは、
そのことを届け出るインド人女性が増えたこと
(それでも、未だ被害者家族が報復をうけるとか、自殺してしまう例もあるようです)、
また、届け出を警察がちゃんと受けとるようになったことも大きいと思われます。

とくにこの警察の話については、実体験からも言いたい。
かつて宿で、風呂場を覗かれたとき。
びしょ濡れのまま服を着て、隣の部屋のインド人3人組の部屋のドアを蹴っ飛ばし、
全員ロビーに下ろして尋問しましたが、やってないの一点張り。
警察を呼ぶと言ったら、宿のスタッフに、
そんなことをしても警察が彼らから少しお金を受け取って帰って行くだけたから
意味がないのでやめなさい、と、説得してくるわけです。

インドで一番ひどい痴漢行為をしてきたのも、警察のおっさんでした。
ほっぺたをべろべろ舐められた気色悪さは、一生忘れません。
このまま警察に行って今あなたがしたことを言うよ!と言ったら「言えばぁ~?行こう行こう!」と言われて、この国の警察は終わってる…と思いました。もう10年も前の話です。
ちなみにその警官は一緒にいたインド人の友人にいちゃもんをつけ、バシバシ棒で殴り、
お金を巻き上げたら満足して去っていきました。ひどいね。
今なら何かしら仕返しする策も考えられたと思いますが、あの頃は何もできなかった。

それに比べて、自分も歳をとったせいか、
またお金をかけて安全な策をとれるようになったせいもあってか、今回は平和でした。
周りのみなさんの気遣いのおかげもあります。
遅くなったときは、遠回りでもホテルまで一緒に来て送り届けてくれました。

やむを得ず夜に外を移動しなくてはならないこともあったので、
そのたびにどんな対策があるか、考えたものです。
・スタンガンや催涙スプレーなど護身グッズを常備する、
・タクシーなどに乗るときは、後部座席でシュッシュ言いながら
シャドウボクシング的な動きをしてみる(強いのかも、と思わせる)、
・鼻髭をつける(小さいおじさんだと思わせるか、
それが無理にしても、とりあえず頭おかしいとは思われるだろう)、
・ずっと変な咳をしている(変な病気うつるかもと思えば襲われないだろう)
などなど…。

しかし一番いいのは、やはり護身術を身に着けて本当に強くなることだろうなと思いました。
次のインド行きに備えて、何か本気で勉強してみようと思いました。
そして、タクシーやリキシャに乗る時は、戦ったらなんとか勝てそうな運転手を選ぶと。

10年前、研究で滞在していたとき、
道端で卑猥な言葉をかけられたり、触られたりするたびに、
この社会では、どうしてこういう人が発生してしまうのだろうかと考えたものでした。
彼らとまったく文化の違うハリウッド映画が多く流入することで、
外国人の女性はオープンで、少し触られるくらい気にしないと思われているのかもしれない。
そして彼らの欲求だけは刺激されて、日常の中で満足を得られる場面がないというのが、
その原因となっていそうだと思われました。
女性を弱い立場のものとみる価値観も、もちろん影響しているでしょう。

そんな中、最近思うのは、この頃はインド映画も昔よりだいぶ過激になったなということ。
インド人女優さんの衣装もけっこうセクシーだし、ラブシーンもかなり際どいところまで見せる。
昔は、口づけをしそうになった瞬間、影像が別のものに切り替わるみたいな感じでしたけど、今は、そのままいく映画もよく見るようになりました。
少し過激なくらいじゃないと売れないのかもね、とは、インド在住の友人の談。

それでいて、多くのインドの人にとって、結婚は基本アレンジ・マリッジ、
結婚するまで女性といちゃつくことはゆるされないという状況は変わっていません。
(一部はだいぶオープンになっているようですが)
そういう中で屈折した欲求不満がますますつのっていくこともあるんだろうなと、
ボリウッド映画の中で、やたら脱いで腹筋を見せる素敵なインド人男優、
くびれと谷間を強調した衣装を着た、超綺麗なインド人女優さんを眺めながら、思うのでした。

実際には、本当に複雑な社会の状況が影響して起きていることですから、
こんな簡単な分析もどきで説明のつくことではありませんが。

インドにおける西洋クラシック教育事情

インドにはプロのオーケストラがひとつだけあります。
ムンバイを拠点とする、シンフォニー・オーケストラ・オブ・インディア(略してSOI)。

ただ、団員のほとんどは東欧などの国々から来た外国人奏者で
(出入りはあるものの、日本人の奏者もいます)
インド人の演奏家はとても少ないです。

それでも、ズービン・メータの出身地でもあるムンバイは、
インドの中では比較的西洋クラシック音楽が聴かれている都市です。
滞在中、ユーリ・シモノフとSOIの公演があったので聴きに行こうかと思ったら、
なんとチケットは完売でした。びっくり。

一方の首都デリーでは、あまり西洋クラシックの文化が根付いていません。
何年も前に、日本でデリー交響楽団を聴いた覚えがある方もいらっしゃるかもしれませんが、
(アジア・オーケストラ・ウィークで演奏していました。
ステージに出てから、パートごとのチューニングにだいぶ時間がかかっていた記憶…)
このオーケストラはその後、演奏家が足りなくて、解散してしまったそうです。
来日当時の時点ですでに、軍楽隊や教師の寄せ集めだと言っていた記憶があります。

そんな状況の中、インドで新しい道を切り開こうとしている企業のひとつが、ヤマハです。
2008年に現地法人「ヤマハ・ミュージック・インディア」を設立し、
インドでの販路を徐々に拡大しています。
もちろんすでにキーボードなどでは成功していますが、
今後アコースティックピアノをより多くの人に親しまれる楽器としてゆくことが課題のようです。
そのため、インド人の調律技術者の育成も着実に進めています。

現在ヤマハ・ミュージック・インディアの社長を務めるのは、望月等さん。
あえてそういう方が選ばれているのか、くっきりと濃いお顔立ちで、
インドの人々の間に混ざっても、馴染んでいます(残念ながら写真はありません)。
やっぱりお顔が濃いめのほうが、インド人からなめられないんだろうなぁ。
お訪ねしたときはちょうど浜松からヤマハのインド担当の方々がご出張中で
みなさんにいろいろお話を伺うことができました。
どうやってこの市場をさらに切り拓いていくか、アイデアは尽きることなく、
この何でもアリでありながら同時にとても頑固なインドという国で挑戦することは、
本当に楽しい(そして大変な)お仕事だろうなと思うのでした。

さて、一方話は変わって、1966年からデリーで西洋クラシック楽器を教えている、
「デリー・スクール・オブ・ミュージック」。
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デリー・ミュージック・ソサイエティという団体が運営している学校です。
現在この学校には1000人を超える生徒がいて、
しかも最近は、とくにピアノと声楽のクラスについて、
何ヵ月も入学の順番待ちをしている人がいるとのこと。

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(ディレクターのジョン・ラファエル氏。
手前にあるファイルは、入学のウエイティングリストだとか)

ラファエル氏を訪ねてみると、ちょうどお金持ちそうな両親と小さな息子が、
ピアノコースの入学について相談をしているところでした。
ご両親の様子を見ていて、
ピアノのことは全然よくわからないけど、どうしても息子を早くクラスに入れたい、
という熱心な気配が伝わってきました。
今ここで学んでいる生徒たちは、やはりハイクラスの家庭の子供が多く、
教養の一環または趣味として西洋クラシックの楽器を学んでいるとのこと。
クラシックのトラディショナルな作曲家の作品は勉強させようとしているけれど、
どうしても、若者はボリウッドなどのポップソングを演奏するほうに行ってしまうそうです。

あと、やはり大きな問題となるのは良い先生の確保。
ビザの問題などで外国人をフルタイムで雇うのは難しいため、インド人の先生がほとんどで、
高い質を保つのはとても大変だということです。
実際、クラスを覗いてみると先生はみんなインド人で、
正直、なかなか大変そうだなと思いました。
Trinity College の試験がとても人気で、生徒たちはほとんど受けているそうです。
ラファエル氏によれば、今の子供が西洋クラシックの楽器を勉強している第一世代。
親たちはこうした音楽がわからないから、
子供が家で練習していても何もサポートできないし、むしろ関心すら持つことができない。
それでも、今の子供が親になった時、
インドで本当に西洋クラシックが聴かれる日がくるだろう、とおっしゃっていました。

西洋クラシックがインドで流行らないのは、
インドの固有の音楽が強いためだと多くの人が言います。
今はまだ西洋クラシックの楽器は、ハイソサイエティの優雅なたしなみとしてしか
見られていないかもしれません。
ボリウッド映画のダンスシーンでも、後ろのエキストラたちが
やたら無駄に西洋クラシックの楽器を演奏している動きをしていることがあります。

西洋クラシックが唯一のユニバーサルな音楽だとは全然思いませんが、
世界で多くの人から親しまれるのには、きっとわけがあるとも思います。
高いセンスと向上心のある人が西洋クラシックの楽器を手にしたら、
きっとすごいことが起きて、新しい音楽が生まれるはず…。

インドの西洋クラシック音楽事情を聴けば聴くほど、
妄想と野望がどんどん広がってゆくのでした。

 

タンドリー蟹

ムンバイには二日間しか滞在できませんでしたが、
仕事にまつわること以外の目的はすべて果たすことができました。

インドでは1月、2月に巨匠演奏家のコンサートが多く開催されます。
デリーではサントゥールの大巨匠シヴ・クマール・シャルマー氏
(4月にライブをする新井孝弘君の、先生です)を聴くことができました。
近くで見たらものすごくオシャレで品があってシュッとしていて、かっこよすぎました。
もう70代後半らしいですが。
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(演奏中は撮影禁止だったので…わかりにくい写真ですみません)

そして“生ける伝説”バンスリのハリプラサード・チャウラースィアの演奏も聴くことができました。
これもまたすごかった。ご病気で手が震えてしまうそうなのですが、
1時間半以上も演奏している後半になったらそれもピタリと止まり、ものすごく白熱した演奏。
以前サラーム海上さんがインドの笛のショパンと紹介していましたが、
一体誰がそう呼んだのか…でもわかる気もちょっとする、しなやかな歌心。
みなさんそうそう日本で演奏をしてくれないので、とても貴重な機会です。

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それで今回は、ずっと生で聴いてみたかったタブラの大巨匠、
ザキール・フセイン氏の演奏を、ムンバイで聴くことができました。
こちらはやはり4月にライブをするユザーン君の、先生です。
それはもう、すごかった。音がずしりと脳に響いてきます。
指の強さはピアニストと似ているかもしれません。一層強靭な、信じられない柔らかい筋力。
かっこいいリズムの洪水に身震いがしました。
世界にはすごい音楽家ががたくさんいるのだなとあらためて思い知りました。

さて、これまでムンバイではほとんど観光をしたことがなかったのですが、
某ガイドブックに「ムンバイで最も印象に残る光景になるでしょう」と紹介してあった、
ハッジ・アリー廟に行ってみました。
溺死したイスラム聖者の墓が聖地となっているといい、
海に浮かぶように造られた建物までは、海の中にある一本道を歩いて行きます。
ボリウッド映画などの撮影でも使われていることから、
よそから旅行でやってきたインド人も多く訪れるとか。
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インドの多くの観光地同様、
付近はたくさんの土産物屋、ジュースバーなどでにぎわっています。
ヤギもたくさんいます。物乞いの人もたくさんいます。
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私の友人のNGOスタッフのインド人は
「あそこに座っている物乞いは一日に俺より稼いでる」と言っていましたが、
あながち冗談でもないかもしれません。

それと、インドではよく道端に、
体重計の横に座ってじっとしている、体重計り屋さん(?)がいるのですが、
なぜかこの通りにはめちゃくちゃ体重計り屋がいました。
参道が平らで体重計が置きやすいからかも…。実際計ってる人も結構見かけました。
試したことはありませんが、計ると目盛も読んでくれるのだろうか。逆に迷惑なような。
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それにしても、海からの異臭がとにかくすごかった。
景色も建物もそれなりに印象的でしたが、異臭のすごさが一番の思い出です。

そしてもう一つ、ムンバイに行くならと楽しみにしていたのが、
タンドリー蟹! 魚介類の獲れる場所でしか食べられません。
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(あとで気づきましたが、お兄さんびっくりするほど得意気な表情)

タンドールで焼いた蟹は、身があまくて柔らかい!
今回頼んだのはすでにガーリックソースであえてあるものでしたが、とてもおいしかったです。
一瞬、昨日の異臭のすごい海のことが頭をよぎりましたが、
あの海で獲れた蟹だと言うことは考えないほうがいいと言われたので、
忘れて美味しさに集中しました。
まあ、そんな近くの海で獲ったものではないだろうけど。

ムンバイでは、4月のライブの紹介のためにと、
“ムンバイ行きっぱなし”新井孝弘君のインドな日常を、少し動画におさめてきました。
近いうちに公開しようと思いますので、お楽しみに。

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こちらは、新井君の家の近所にて、
左から、新井君、ムンバイ在住、北大路欣也似のサーランギ奏者ユウジさん、
そして、おなかの痛そうなポーズをとっているのが、
カルカッタに長期滞在中のタブラ奏者コウスケさん。
Tシャツの柄がちょっとやばい感じだったので、急遽手で隠しています。

インドのピアノワールド

ようやく、楽器の話題を。

少し前に、デリーの楽器店街に行ってきました。
案内してくださったのは、カシオ・インディアの中正男社長。
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カシオはインドで、まず腕時計のG-SHOCKをヒットさせ
(ボリウッドのスターが着用するなどして一気に流行ったそう)、
続いて、インド人が使い慣れている桁数の区切りを取り入れた電卓、
インド音階などを取り入れたキーボードで大成功しているそうです。
電子ピアノのことをインドの人は「カシオ」と呼ぶという話も聞きます。すごいことですね!
(昨年11月の東洋経済オンラインの記事が詳しいですので、ご参照ください)

中社長は、インド駐在が今回で3度目。
最初の駐在は1996年のことで、これまでの駐在期間は合計12年になるそうです。
なんだかとてもいい声でヒンディー語をお話しになり、
もう、登場された瞬間からインドな気配が漂っていました。

最近カシオは、ボリウッド映画音楽の大家
A.R.ラフマーン氏をイメージキャラクターに起用しているそうで、
お店の看板にも大きくその姿が見られます。
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そしてこちらがインド文化対応のミニキーボード。
ハルモニウム(左手でパフパフ空気を吹き込みながら右手で鍵盤を弾くインドの楽器)と
同じサイズのもので、よく売れているそうです。
右上に、持ち運びやすいくぼみ付き!という表示がありますが、
通常、パフパフするはずの左手が手持ちぶさたになるので、ここを握って弾く人もいるとか。
ちなみに、ハルモニウムとはこんな楽器(件のパフォーマーのコロニーにて撮影)。
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インドでよく売れるのはやはり電子ピアノということで、
アコースティックのピアノは、まだまだこれから、という状況だそうです。

そんな中、気になるお店が。
なんとインドに「PIANO WORLD」ですと!
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(見にくいですが、手前のオヤジではなく、奥の看板にご注目ください。O、とれてるけど)

カワイの代理店だそうです。
音楽教室も併設しているらしく、入口にはこんな看板が。
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“ミュージック・フォー・リトル・モーツァルト”とあります。
この近所の住民でモーツァルトがなんなのか理解している人は
おそらく、あまりいないと思われますが。

広い店内には美しいグランドピアノがずらり!
ひときわ目をひく白いグランドピアノの中には、除湿剤が放り込まれていました。
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(そして鍵盤の上になぜか横たわる手袋)

以前、とある日本企業でインド駐在のアマチュアヴィオラ奏者の方が、
デリーの雨季の湿度はものすごく、楽器がおかしくなったので帰ったら直そうと思ったら、
日本に持ちかえっただけで直った…と言っていたことがありましたが、
それほど、こちらの気候はアコースティック楽器には過酷です。

楽器店の方に、グランドピアノを購入する方に
どんなケアをするようアドバイスしているのですかと尋ねると、
「特別なことは必要ありません!
なぜならカワイのピアノのアクションの素材は、カーボンファイバーの入ったABS樹脂の…」
とプレゼンテーションが始まったので、知ってるから結構ですと遠慮しておきました。
インドまで来て、まさかウルトラ・レスポンシブ・アクション的な説明を聞くことになろうとは!
日本企業の世界にゆきわたる見事なディーラー教育(?)、
そしてインド人販売員の素直で従順な精神を見た気がしました。

インド人というと、一般には
時間にルーズで大ざっぱ、自己中だったりするというイメージがあると思いますが、
同時にものすごくせっかちで、手先が器用で細かく、とても素直という一面もあります。
そうした感性がどうやって共存できるのか。…ミステリーです。
が、そんな日本人や日本企業が思いもよらない感覚を活かしたことが、
カシオのインド戦略成功の秘訣だったのだろうなと思います。
ヒンディー語をペラペラ話してインドに溶け込む中社長や日本人の社員の方を見て、
そんなことを思った、楽器店街訪問のひとときでした。

 

久しぶりにスラムを訪ねる

デリーに着いてすぐ、学生時代にフィールドワークをしていた
パフォーマー・カーストの人々が暮らすコロニーに行ってきました。
ここで調査をしていたのは11年前、みんなを訪ねるのは5年ぶりです。

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(明日のパペットショーで使うという、鳥的ななにかを作っている)

ここは、スラムといわれる種類の場所なのですが、ストリートのスラムと違って、
似た職能を持つカーストの一族たちが助け合って700世帯ほど集まって暮らしているので、
わりと秩序立っています。人々も明るくて優しいです。
ただ、この5年でますます人口が増えたようで、人が溢れかえっていました。
雑な増築(というか、単にビニールシートで屋根作ってるだけだけど)が
あちこちでなされていて、ますます町並みはワイルドに。
デリーの街がどんどん綺麗になっている中、
衛生環境も5年前に比べてサッパリ良くなっていません。
設備はもちろん、人々の意識や価値観も関係していると思いますけど。
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(一番きついエリアは写していません…)

そして相変わらず、あちこちから何かを練習しているらしい太鼓の音が聞こえてきます。
ここは「世界で最も有名なスラム」と言われているのですが、
それは、質の高いパフォーマンスをする住民はNGOの支援を受けて、
海外のフェスティバルなどに頻繁に参加しているから。
そのため成功している家族はけっこう豊かな暮らしをしていて、
パソコン、バイクや車、さらには近くにゲスト用のアパートまで持っています。
でも、ここに自ら選んで住み続けているんですね。
居心地の良さ、仕事の得やすさ、長くこの場所で生きてきたプライド、理由はいろいろでしょう。
そんなわけで、実はスラム内の格差もますます広がっています。

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写真は、コロニー内で最も成功しているパペッティアの一家の子供たち。
11年前、彼らがまだ幼く、彼らの父がまだ青年だったころの
ホーリー(色の粉をかけあうインドの激しいお祭り)の動画を観て、盛り上がっています。
女の子たちもちゃんと学校に通っていて、かなり英語を話していたのでびっくりしました。
将来何になりたいの?と聞くと、近くにいるおじいちゃんに聞かれないように、
「ファッションデザイナーになりたいの」と小声で教えてくれたのでした。

このスラムには、相変わらず、やることがなくて昼間から酔っぱらって
道に座り込みカードゲームに興じているオヤジもたくさんいますが、
一部の子供たちの意欲の高さに、かなり明るいものを感じました。
人というのは、頑張れば何かあるという現実を見ていると意識が変わるものなんですかね。
お手本になる姿が身近にいるかいないかはとても大きいのだなと思いました。
近くにそういう人がいなくても、努力や希望という感覚を掴める子供もいると思いますが、
やはりそれは、けっこう難しいよね…。
そんなことを思う、彼らとの久しぶりの再会でした。

それにしても、5年も10年も経つと子どもたちが倍ぐらいの背丈に育っていることもあって、
道端で「わー!」とか声をかけられても、誰だか全然わからない。
特に男の子たちから可愛らしさが見事に消え去り、
普通に外で話しかけられたら無視するレベルの眼光鋭い男になっていることも、しばしば。
にっこりすればかわいいんだけどね。
久しぶりに地元に帰って同級生のお母さんを見かけ「こんにちは!」と声をかけて、
「え、誰だこれ…」という反応をされることがしばしばありましたが、
今まさに、自分が逆の立場になっているのだということを思い知りました。
おばさんは、何年も経ってもあんまり変わんないからね…。

 

客引きがお上品になっていたデリー空港

デリーに到着しました。
5年ぶりのインディラ・ガンディー国際空港はものすごくきれいになっていて、
さらに空港を出たところの客引きも大変お上品で控えめだったので、びっくりしました。
外がどこもかしこも薄暗くてもんやりしている風景は、相変わらず。

とはいえガイドブックによると、この空港からの真夜中のタクシーで、
そのままあやしい旅行会社に連れていかれ(目的地として伝えたホテルは潰れたとか言って)
高額ツアーを組まされるトラブルが後をたたないそうです。
なんでそんなところに連れていかれて黙って契約することになるのか疑問に思いますが、
なんかそういう気持ちになるんでしょうね。
インドひどい、とも思いますが、オレオレ詐欺も似たようなもんでしょう。
老若男女問わずひっかかるというのが、インド版の大きな違いかな。
ま、そこ、けっこう大きな違いですね。
人間の心理というのはよくわからなものです。

ところで今回の旅のひとつ目の目的は、
私が学生時代に研究していたインドの仲間たちに会いにゆくことです。
私は学生の時、伝統的な職能を生かした自立支援プロジェクトの研究として、
インドのフォークパフォーマーのスラムで調査をしていました。
わかりやすいものだと、蛇遣いとか、ああいう方々が一つの例です。
カースト制度では、基本的には世襲で職業が決まっているので、
蛇遣いファミリーは代々蛇遣い。
蛇遣いのコロニーに遊びに行くと、
あっちこっちに蛇の入った布袋と一緒に日向ぼっこしているおっさんがたくさんいるという。
(蛇って布袋に入れておくとおとなしくなるんだって)
ちなみに私が一番よく触れあっていたのは、
ラジャスターン出身のパペット遣いの人たちです。
明るくて気のいい人が多い一族でした。

こういうパフォーマンスにはだいたい
素晴らしくエネルギッシュな音楽がくっついているので、
随分前から、いつか彼らを日本に招聘したいと思って少しずつ動いては頓挫してきました。
今回は、いよいよそれを実現するための下準備をします。

他にもいくつかの無謀な野望がありまして、
今回はそのためのリサーチをしようと思っています。
がんばるぞ。