インドにおける西洋クラシック教育事情


インドにはプロのオーケストラがひとつだけあります。
ムンバイを拠点とする、シンフォニー・オーケストラ・オブ・インディア(略してSOI)。

ただ、団員のほとんどは東欧などの国々から来た外国人奏者で
(出入りはあるものの、日本人の奏者もいます)
インド人の演奏家はとても少ないです。

それでも、ズービン・メータの出身地でもあるムンバイは、
インドの中では比較的西洋クラシック音楽が聴かれている都市です。
滞在中、ユーリ・シモノフとSOIの公演があったので聴きに行こうかと思ったら、
なんとチケットは完売でした。びっくり。

一方の首都デリーでは、あまり西洋クラシックの文化が根付いていません。
何年も前に、日本でデリー交響楽団を聴いた覚えがある方もいらっしゃるかもしれませんが、
(アジア・オーケストラ・ウィークで演奏していました。
ステージに出てから、パートごとのチューニングにだいぶ時間がかかっていた記憶…)
このオーケストラはその後、演奏家が足りなくて、解散してしまったそうです。
来日当時の時点ですでに、軍楽隊や教師の寄せ集めだと言っていた記憶があります。

そんな状況の中、インドで新しい道を切り開こうとしている企業のひとつが、ヤマハです。
2008年に現地法人「ヤマハ・ミュージック・インディア」を設立し、
インドでの販路を徐々に拡大しています。
もちろんすでにキーボードなどでは成功していますが、
今後アコースティックピアノをより多くの人に親しまれる楽器としてゆくことが課題のようです。
そのため、インド人の調律技術者の育成も着実に進めています。

現在ヤマハ・ミュージック・インディアの社長を務めるのは、望月等さん。
あえてそういう方が選ばれているのか、くっきりと濃いお顔立ちで、
インドの人々の間に混ざっても、馴染んでいます(残念ながら写真はありません)。
やっぱりお顔が濃いめのほうが、インド人からなめられないんだろうなぁ。
お訪ねしたときはちょうど浜松からヤマハのインド担当の方々がご出張中で
みなさんにいろいろお話を伺うことができました。
どうやってこの市場をさらに切り拓いていくか、アイデアは尽きることなく、
この何でもアリでありながら同時にとても頑固なインドという国で挑戦することは、
本当に楽しい(そして大変な)お仕事だろうなと思うのでした。

さて、一方話は変わって、1966年からデリーで西洋クラシック楽器を教えている、
「デリー・スクール・オブ・ミュージック」。
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デリー・ミュージック・ソサイエティという団体が運営している学校です。
現在この学校には1000人を超える生徒がいて、
しかも最近は、とくにピアノと声楽のクラスについて、
何ヵ月も入学の順番待ちをしている人がいるとのこと。

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(ディレクターのジョン・ラファエル氏。
手前にあるファイルは、入学のウエイティングリストだとか)

ラファエル氏を訪ねてみると、ちょうどお金持ちそうな両親と小さな息子が、
ピアノコースの入学について相談をしているところでした。
ご両親の様子を見ていて、
ピアノのことは全然よくわからないけど、どうしても息子を早くクラスに入れたい、
という熱心な気配が伝わってきました。
今ここで学んでいる生徒たちは、やはりハイクラスの家庭の子供が多く、
教養の一環または趣味として西洋クラシックの楽器を学んでいるとのこと。
クラシックのトラディショナルな作曲家の作品は勉強させようとしているけれど、
どうしても、若者はボリウッドなどのポップソングを演奏するほうに行ってしまうそうです。

あと、やはり大きな問題となるのは良い先生の確保。
ビザの問題などで外国人をフルタイムで雇うのは難しいため、インド人の先生がほとんどで、
高い質を保つのはとても大変だということです。
実際、クラスを覗いてみると先生はみんなインド人で、
正直、なかなか大変そうだなと思いました。
Trinity College の試験がとても人気で、生徒たちはほとんど受けているそうです。
ラファエル氏によれば、今の子供が西洋クラシックの楽器を勉強している第一世代。
親たちはこうした音楽がわからないから、
子供が家で練習していても何もサポートできないし、むしろ関心すら持つことができない。
それでも、今の子供が親になった時、
インドで本当に西洋クラシックが聴かれる日がくるだろう、とおっしゃっていました。

西洋クラシックがインドで流行らないのは、
インドの固有の音楽が強いためだと多くの人が言います。
今はまだ西洋クラシックの楽器は、ハイソサイエティの優雅なたしなみとしてしか
見られていないかもしれません。
ボリウッド映画のダンスシーンでも、後ろのエキストラたちが
やたら無駄に西洋クラシックの楽器を演奏している動きをしていることがあります。

西洋クラシックが唯一のユニバーサルな音楽だとは全然思いませんが、
世界で多くの人から親しまれるのには、きっとわけがあるとも思います。
高いセンスと向上心のある人が西洋クラシックの楽器を手にしたら、
きっとすごいことが起きて、新しい音楽が生まれるはず…。

インドの西洋クラシック音楽事情を聴けば聴くほど、
妄想と野望がどんどん広がってゆくのでした。