インドのスラムでオーケストラはできるのか


インドから戻ってだいぶ時間が経ってしまいましたが、
帰国後の仕事の山の向こうがうっすら見えてきたので、少し記事をアップします。

今回のインド滞在の終盤、フォーク・パフォーマーたちのパフォーマンスの撮影をしました。
先の記事で紹介した、「世界で最も有名なスラム」に暮らす、
パペッティア・カーストの人たちのパフォーマンスです。
本当はコロニーの見晴らしの良いルーフトップで、明るい太陽の下撮影の予定でしたが、
なぜか季節外れの大雨が2日間続き、仕方なく、NGOのオフィスを借りての撮影です。

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(街はどこもかしこも水はけが悪いので、ビッシャビシャ。
こういう日のスラムは、さすがに足を踏み入れるのに勇気のいる大変な状態になっています)

彼らラジャスターンのパペッティア・カーストの操り人形は、
世界で一番操るのが難しいストリングパペットといわれているそうです。(ほんとか?)


こちらはダンサーのパペット。
ストリートでインドのオヤジ相手にショーをすると、
腰振りダンスのくだりで「フゥ~!!」とか言って、盛り上がります。


こんなパペットもあります。アクロバット師のパペット。
ちょっと最初ヒモからまっちゃってますけど。操り手が若い息子なもんで。

こちらは父のほうのパフォーマンス。

この他にも、のけぞって頭をよくわからないところに乗せる動きなどもあり、
かなり複雑なつくりである模様。
操るのが難しいというのも、うなずけます。

この日は、現在デリーに住んでいるヴァイオリニストの高松耕平さんが
ヴァイオリンを持って、パフォーマーたちに会いに来てくれました。
高松さんはインドが心地よく、本当に好きすぎて、
通っていた東京音楽大学をやめて、インドで暮らすことにしたのだそうです。
今はデリーのパハール・ガンジにあるレストランで、
(バックパッカーには有名な、安宿のルーフトップに昔からあるレストランです)
夜になると演奏をしているそうです。
なんだか毎日めちゃくちゃ楽しそうでした。

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(昼間のお仕事外の時間に撮影しました。仕事仲間たちに凝視されながら)

実は今回、デリーで腕の良い西洋クラシック楽器奏者を探していた私は、
(デリーには音楽学校があると以前書きましたが、
正直言ってその先生たちは、ちょっといろいろ大変…)
某ルートで高松さんを紹介していただき、その演奏を聴かせていただいて、
救世主が現れた!と思ったのでした…。
というのも、このパペッティアの青少年たちに、
西洋クラシック楽器の生のかっこいい演奏に触れてもらいたかったからです。

ひとしきり、彼らパペッティアのパフォーマンスが終わって、
いよいよ高松さんがヴァイオリンを構えます。
興味津々で近寄ってくる若者たち。
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最後にはこんな感じで即興での共演まで!
クラシックの演奏も聴かせてほしいとリクエストして、
ショパンのノクターン第2番のヴァイオリン版を演奏してくれました。
みんなじっくりと聴き入っていました。
なにかすばらしいことが起きる最初の瞬間だったように思います。

実は私には、かねてから考えているプロジェクトがありまして。
それは、このパフォーマーのスラムで、ユース・オーケストラが作れないかということ。
もちろん、西洋クラシック楽器によるオーケストラです。

私は彼らの伝統的なパフォーマンスや音楽がすばらしいものだと思っているし、
西洋クラシックを押し付けるつもりはまったくないのですが、
彼らは都会に移り住んで新しいものをどんどん取り入れ、
不可触民カーストという条件を飼い慣らし、アートで生きていこうとしている人たちなので。
もし彼らに関心があるなら、西洋クラシックをもう一つの生業とする機会を作れば、
なにかとてつもなくおもしろい芸術が生まれるのではないかと。

貧しい地域での音楽を通じた教育プログラムというと、
ベネズエラのエル・システマが思い浮かぶと思います。
それに対してこの事例が違うのは、もともと音楽的素養のある青少年が対象だということ、
彼らには人前に立つパフォーマンスの仕事で身をたてようという意欲があり、
それ以外の選択肢はないに等しいため、必死でもあるということです。
マイナスの意味での違いもあります。
インドの音楽は西洋クラシックの音楽と根本的なものが全然違うこと、
クリスチャンではないので、中南米の事例と違って西洋の宗教曲に触れていないことなど、
もういろいろ。
(ただ、実は彼らはアウトカーストである立場から脱するため、
ひっそりと改宗ムスリム、またはクリスチャンとなっていることもあります。
なので、ヒンズーの神々とキリスト像を並べて飾っている家もあるという…びっくりします)

実は今回のインド行きは、現地で継続的に楽器を教えられる先生がいるか、
さらに、彼ら自身にどれだけのやる気があるかをリサーチする、という目的がありました。

ヴァイオリンの音にじっと聴き入る少年たち、
孫が演奏するための楽器さえ手に入れば…と繰り返すおじいちゃん、
「俺だって今から習いたいくらいだ!」と言うパパ世代の男性たち。
これは、インドで西洋クラシック音楽が本格的に流行り出す前に
絶対に形にしなくては!と、決意を新たにしたのでした。

今回インドにいた2週間、なにもかもうまくいって疲れを疲れと感じない日もあれば、
収穫がなくてなんのためにこんなことやってるんだろうなぁと思う日もありました。
今やっていることは、誰かのためになるのか、何かが残せるのか。
自分自身に問いますよねぇ~。
でも、何年も考えてやっぱりやろうと思うことなのだから、
自信を持って、進めようと思います。
成果が出なくて残念、ですますわけにはいかないので、形にしたいと思います。