番外編 エルサレムへ

ずいぶん時間が経ってしまいましたが、
せっかくなので、エルサレムぶらり旅の様子を、ゆるやかにお伝えしたいと思います。

すべてをにわか知識に基づいて綴っていきますゆえ、間違って解釈していることや、宗教的に失礼な表現があったらごめんなさい…。

さて。
テルアビブ市内からエルサレムに行くには、電車とバス、二つの方法があります。
電車のほうが本数も少なく時間もかかるようなので、シェルートと呼ばれる長距離バスで行くことにしました。
バスは日中なら20分おきくらいに出ていて、所要時間は1時間弱くらいでしょうか。
今回、日本人の関係者の方から借りた某有名ガイドブックをたよりにエルサレムに行こうとしたのですが、なんともはや、これがまた、かゆいところに手の届かない内容(借りておいて言うのもなんですけど)。
ガイドブックには、このシェルートがテルアビブのどこから出ているのか、イマイチはっきり書かれていない。まあ、セントラル・バス・ステーションに行っておけば確実なのかなと思って行ってみたら、やはりそこからエルサレム行きの高速バスが出ていました。
ただし、どうやらエルサレム行きのバスが出ている場所はこのほかにもある模様。というのも、帰りにエルサレムから乗ったバスは、テルアビブ市内の鉄道駅前の別のバス・ステーションに到着したので。

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テルアビブのセントラル・バス・ステーションの建物は、5階建てです。
建物に入るときは例によってセキュリティチェックがあり、エルサレムに行きたいと言うと、乗り場は5階だよと言われます。バスなのに5階から出るのか…と思いましたが、実際そこからバスは出ていました。
チケットは事前に窓口で買うこともできるようですが、そのまま乗り場の列に並んで、運転手さんにお金を払うのでも大丈夫です。バスの中ではwifiもつながります。

乗ること1時間、エルサレムのセントラル・バス・ステーションに到着。しかしここで再び某ガイドブックがかゆいところをかいてくれません。
観光の中心であるエルサレムの旧市街は、このバス停からまあまあ離れたところにあって、タクシーまたはトラムで移動する必要があります。
が、このトラムの乗り場がどこにあるのか、どっち方面に乗ればいいのかなど何も書いていないんですね。まあ、そこらへんにいる人に聞けばすむことなんですが、だったらガイドブックいらないだろ、みたいな。

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人の流れにのって探り探り外に出ると、道を挟んだ向こうのほうに、なんとなくトラムの駅らしいものを発見。人に聞いてホームを確認し、切符を購入。やっと目的地に着くことができました。
いろいろ不安な人は、時間さえ合えばツアーで来た方がいいのかもしれませんね。

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旧市街に一番近いトラムの駅は、北部に位置するダマスカス門の近くにあるので、そこから中に入っていきます。
城壁に囲まれたエリア内は、ムスリム地区、アルメニア人地区、キリスト教徒地区、ユダヤ人地区に分かれていて、歩いていると雰囲気が変わってゆくのがおもしろかったです。

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特に最初に通過したムスリム地区は、お土産物屋やスパイス屋、道に座って野菜を売るおばさんなどがたくさんいて、聖地というより市場に迷い込んだかのような印象。礼拝の時間を告げるアザーンが響き、なんとなくインドにいたときのことを思い出して懐かしい気持ちになります。

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細い路地が入り乱れているので、とにかく迷わないように必死です。というのも、やはり聖地、ふと気づいたら入るべきではない場所に入っていたらと思うと怖くてね。多分、初期のインド旅行のとき、イスラム教のモスクの入口で突然怒鳴られた何度かの経験が、トラウマ的なものになっているのでしょう。エルサレムでも、すべての宗教に対してよそ者であるという自覚が、なんとなく緊張感となってじわじわと自分を疲れさせます。

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とにかく迷わないように必死なため、イエスが十字架を背負って歩いた「ヴィア・ドロローサ」も、その足跡をたどるどころか、ガッツリ逆流して歩いていました。すると、遠くのほうでこちらを見ている人の気配が……。

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なんたる偶然、マルチン・コジャック君!
この日の夜の便で発つ予定ということで、それまでの時間でエルサレムを訪れることにしたそうです。世界にはいろいろなキリスト教徒さんがいらっしゃる中で、ポーランドの人たちってかなり敬虔ですよね(もちろん個人差はあると思いますが)。初めてポーランドに行って彼らと触れ合う機会があったときに、びっくりした記憶があります。
きっとコジャック君にとってもここを訪れるのは特別なことだったでしょう。テルアビブで会ったときはちょっと心配になるくらい常にハイテンションでしたが、この日はさすがにおとなしめでした。ま、疲れていただけかもしれませんが。

続いてたどり着いたエリアにあるムスリムの聖地「岩のドーム」には、異教徒は立ち入ることができません。モスクと岩のドームにつながる小道、誰も止める人がいないのでずんずん進んでいくと、最後のゲートのところに立つ銃を持った兵士に、ちょい遠めから無言で首を横に振られました。こういうの、怒鳴られるより怖かったりします。

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そのすぐそばには、ユダヤの聖地「嘆きの壁」。イスラム教の岩のドームがあるのはかつてエルサレム神殿のあった場所ですが、この壊された神殿の残った壁が、ユダヤの人々にとっての聖地「嘆きの壁」となっているとのこと。そのため、壁の向こうには、黄金に輝く岩のドームの頭が見えます。
ここは男性エリアと女性エリアでわかれている…と事前に読んではいたのですが、どこからわかれているのかよくわからずズンズン進んでいくと、横から「ヘイヘイヘイヘイ!!」と大声で呼び止められます。見事に男性エリアに突進していたようです。無知ってこわい。
ちなみに今後行く方のためにお伝えしておくと、向かって左側が男性エリア、右側が女性エリアですのでお間違いなく。
多くの人が熱心に祈りを捧げていました。壁から立ち去るときは、壁に背を向けず後ろ歩きで進むのがしきたりのようです。そんな中、背を向けて普通に歩き去っていくのは失礼かなとふと思うわけですが、わけもわからず真似するのもまた失礼と思われるので、普通に歩いて立ち去りました。当たり前か。

ところで話は変わりますが、ユダヤの男性が頭にかぶるキッパと呼ばれる小さくて丸い帽子。髪の毛とピンで留めている人が多いですが、これ、少しでも髪のある人はいいけど、まったくない人はどうやって固定しているのだろうという疑問がわきまして。そこでコンクール期間中、失礼を承知で事務局のヒーラさんに尋ねてみたところ、
「わかんない、接着剤でもつけてるんじゃない? あはははは!」
という、かなりテキトーな回答をいただきました。
というわけで、謎は解けず。
…嘆きの壁で後ろ歩きを真似しようかと迷った人間とは思えないほど、なかなか失礼な質問ですよね。すみません。でもね、ただ頭にのっけているだけではすぐにどっかいっちゃうんじゃないかと、どうしても気になってしまって。

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旧市街中央部には、キリスト教の聖地、聖墳墓教会があります。イエスが最後に辿りつき、磔にされた場所。つまり、ヴィア・ドロローサの終着点。
入ってすぐのエリアには、十字架から降ろされたイエスの亡骸に香油が塗られた場所とされる、大理石の板があります。みなさん、ここを丁寧に撫でたり、ご持参のマイ十字架をごしごしこすりつけたりしていました。

教会の中には、磔にされた十字架が建てられたとされる場所、イエスの墓がある復活聖堂など、キリスト教にとって大切なスポットがたくさんあります。
ここは複数の教派が共同で管理しているとのこと。異なるローブを身に付けた聖職者の方々が、かわるがわる、淡々と儀礼を執り行っていました。が、この方々がまたなかなかの仏頂面(…とキリスト教の人をつかまえて言うのもどうかと思いますが)で、観光客たちを、ほらどいて、あっちいって、もたもたしない!みたいなすごい勢いでさばいていました。小心者の私は、自分が怒られたわけでもないのにここでまたビクつくという。
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あまりの人の多さに、ツアーコンダクターさんたちはのぼりがわりに思い思いのものを使っていました。ピコピコハンマーを使っている人は初めて見ましたが、目立っていいアイデアですね。勝手な行動をしたらピコっと叩かれそうでちょっとこわいけど。

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他にもいろいろ興味深い場所がありましたが、なぜか一番心安らいだのは、聖母マリアが生まれたとされる聖アンナ教会の敷地内にある、ベテスダの池の跡地。ここでイエスが長く病に苦しんだ人々を癒したとされています。
この場所を眺めながらぼーっと座っていると、また遠くからアザーンが響き渡り、なんだか不思議に落ち着くのでした。

オリーブ山のほうまで足を伸ばすことも考えたのですが、なんだかものすごく疲れてしまって、まだ早めの時間でしたがテルアビブに戻ることにしました。なんとなく刺激が強すぎて、またいろいろな緊張感がありすぎて、精神的に疲れたのかもしれません。決して悪い意味ではなく。

あと、たくさん歩いたというのはもちろん、実を言うとエリアによって、お店の前でたむろす人々から、
「コンニチハー」「ニホン?」「ニーハオ!!」
「I’m teaching アイキドー! My name is 佐藤!!」(←絶対違うだろ……)
と、まさに観光地らしい感じで声をかけられ、ひとつひとつ対応しながら歩いていたら異様に疲れたというのもあります。
勝手に道案内をして、「お金ちょうだい、ぼくと友達に1シュケルずつ」と言ってくる少年もいました。横にいるだけで何もしていない友人まで気づかうだなんて、さすが聖地育ち……なんて言ってる場合じゃないですね。ちょっと悲しい気持ちになって、少年に向き合い、語りかけてしまいました。言葉が通じないので日本語で。意味はわかっていないだろうけど。

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キリスト教、イスラム教、ユダヤ教、それぞれの人が当然の身のこなしでそれぞれのとるべき行いをしているのを、ただひらすら不思議な感覚で眺める時間。やはりよそ者の自覚がずっとどこかにありました。(ちなみに自分は、お寺にお墓があり、必要に応じて神社での行事的なものをやる、日本でよくあるゆるやかな宗教意識の家庭に育っております)

単一民族、そしていろいろな宗教の人がいるとはいっても、神道と仏教が多くの地に根付いている日本で生まれ育ったことで、こういう状況に対する免疫力が低いのかも…。インドの寺院めぐりではさほど疲れなかったのは、やはりあそこが仏教とつながりのあるヒンドゥー教の国だったからなのか。宗教の性質も影響しているとは思いますが。

単純な遊び疲れ、旅疲れから、自分だけがよそ者と感じながらどこかに暮らすことの心境に想いを巡らせ、また多宗教の人々が共存するということの難しさについてまで考え込む、そんな日帰り旅行となったのでした。

テルアビブの思い出

さて、テルアビブの話を少々。ただひたすら、つらつら綴ろうと思います。

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イスラエルの人はとにかく話好きです。
通路をふさいで話し込むこともしばしば。開演前、終演後の通路や出入口での人の詰まりっぷりは尋常じゃありません。ホールの構造の問題もあるかもしれませんが、原因はだいたい立ち話だと私は思います。
そして、とにかくすぐ人に話しかける。アメリカ人とかもそういうところはありますけど、ああいう社交辞令的な感じではなく、もっと、ぐいっと近くに入って話しかけてくるという印象。
私もこれまで数々のコンクール会場でコンテスタントに間違われてきましたが、今回ほど何度も演奏をほめられたことはありません。
……つまり、「あなた、この前の演奏すばらしかったわよ~」と声をかけられるわけです。もちろん、弾いてないんですけどね。誰と間違えているのかもわかりません。そして、違いますよ、から延々続くおしゃべり。
ホールやショッピングモール、どんなところもセキュリティチェックは徹底していて、必ず荷物検査があります。毎日通ったホール入口の警備のおじいさん、数日たったころには顔パスで通してくれるようになりましたが、1週間ほど経ったら「一緒に写真を撮りたい、明日は撮ろうね」と言い出しました。結局毎日、明日明日と言いながら写真は撮りませんでしたが、あのおじいさんもきっと自分をピアニストと間違えていたんだろうな。かわいそうに。

そしてセキュリティチェックといえば、空港での問題です。
ご存知の通り、イスラエルは近隣地域や国家間の政治的、宗教的な問題を抱えている国ですから、空港のセキュリティも厳しいと言われています。
入国審査もさぞかし厳しいんだろう……と思って臨みましたが、こちらはすんなり。イスラエルに入国した形跡があると一部中東諸国に入国できなくなるということで、パスポートに直接出入国のスタンプが押されることはなく、許可証が別紙で手渡されました(このシステムはその時々で違うみたいですが)。事態は本当に深刻なんだよなぁと実感する出来事です。

一方、セキュリティチェックについてはむしろ出国のほうが厳しい、3時間前には空港に着くようにとガイドブックにはあります。
出国ゲートに入るところのチェックでは(イミグレーションの窓口ではない)、今回はどの町に行ったのか、何をしていたのかを聞かれました。中途半端に観光だとか言って「3週間もテルアビブにしかいなかっただなんておかしい」とつっこまれると面倒くさいので、「仕事でピアノコンクールを聴きに来ていました」と言うと、係員の若いおねえさん、「あ、ルービンシュタインコンクールでしょ」、と、コンクールを知っている模様。一般の人で知っているイスラエル人に会ったのは初めてです。
おねえさん「日本人は出ていたの?」
私「はい、5人」
おねえさん「彼らの結果は良かった?」
私「ファイナルには残らなかったです」
おねえさん「その日本人の中には、世界的にも有名なピアニストも含まれていたの?」
私「……え?」
と、最後は、なんとも言えない角度からの質問をされて、このチェックは終了。その後通過するイミグレーションの担当官とは、一言も言葉を交わすことなく、スルー。

ただし、持ち込み手荷物検査はかなり綿密で、鞄は一つ一つポケットをあけ、小型の金魚すくいの棒みたいなものでコシコシくまなくこすり、はさんであった薄い紙を取り外して機械にかけて、何かを検査していました。私の場合はあまり面倒なことは起きませんでしたが、当たる担当者によってはいろいろあるのかも。できるだけ疑惑がかかりそうなものは持ちこまない方がよさそうです。
ちなみに、何のチェックもなく預かってもらえたスーツケースの方は、鍵をかけないようしつこく言われます。とくにそこで説明はありませんでしたが、この預け荷物はひとつひとつ開けられ、中身をチェックされている模様。おみやげなど包装してあっても開けてチェックした形跡がありました。この作業には相当な時間がかかると思われ、そのためもあってみんなに早く空港に来るよう言っているのでしょう。
私の荷物はそれほど調べられた様子はありませんでしたが、同じ便に乗っていた調律師さんは、調律工具の入ったスーツケースの荷物のポジションが全部変わってる!と言っていました。確かに調律師さんの工具、アヤシイもんね……。

さて話は変わって、今回の滞在中に食べていたもの。

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シャクシュカ。
これが一番食べた回数が多かったかも。イスラエルのとても一般的な家庭料理のようで、宿泊先が提携しているカフェの朝ご飯メニューでした。トマトの煮込みに卵が落としてある。一見こってりしているように見えますが意外とサッパリ味なので、朝からでもすんなり食べられました。

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インドカレー。
ホールの向かいにあったインド料理店のカレーです。味はまあまあですが、お店のインド人は優しかったです。
ところでユダヤ教では乳製品と肉類を一緒に食べてはいけないということで、普通のレストランのメニューにもそういう配慮がなされていることが多いようです。例えばチーズのかけてあるピザにソーセージ類が乗っていることはありませんし、クリームパスタの具材は野菜でした。
カレー屋ではメニューをじっくり研究しませんでしたが、やたら品数が少なかったのは、おそらくクリーム系のカレーに肉類の具は入れられないからなのかな、なんて思いました。それもあって、このカレーも味がやたらアッサリしていたのかも。

夜はほとんど部屋で食事をしていましたが、一度伝統的なイスラエルスタイルのレストランに連れて行ってもらったことがありました。

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前菜として小皿料理が並び、まずはこれをみんなでわーわー喋りながら好きなだけ食べます。酸味のきいたサラダ類や、フムス(にんにく、ゴマ風味のヒヨコ豆ペースト)などを、ピタパンと一緒に。小皿が空くと次々追加されるので、ここで食べすぎるとメインの頃にはお腹いっぱいになるから気を付けて!と、自分はバクバク食べまくる地元のおじさんたちに散々注意されながら、食事は進みます。

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そしてようやく出てきたメイン。魚です。大きい!
レモンとの比較からしてそんなに大きくないじゃない、と思うかもしれませんが、このレモンがまた巨大なのです。半分に切った状態で、ゲンコツくらい?

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食事が終わると、お皿をこれでもかというほどに重ね、鮮やかに運び去ってゆきます。これがこのお店だけの習慣なのか、イスラエルのレストランの習慣なのかは、よくわかりません。

続いて、会場で見かけたさまざまな風景。

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ステージ1から室内楽までが行われたホールの、コンテスタント控室。
キーボードが置いてある控室というのは初めて見ました。実際みんな使うのかな?

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海外メディアのコンテスタントに対する取材はあまり見かけませんでしたが、演奏をラジオで放送している国はありました。こちらは、ホールの映写室に陣をとっているロシアのラジオ放送チーム。来年の主要コンクールも全部放送する予定なんだ、と意気込んでいました。

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スタインウェイのアーティストケア担当、ゲリット・グラナーさん。大事なピアノの鍵とともに。最終ステージでファツィオリへの変更が続き、いろいろ大変な思いをされたことでしょう。最後はドミノ倒しのようだったよ……なんてつぶやいていました。ただ、一人残ったオソキンスさんの音で「やはりスタインウェイの音はいいと思ってくれた人がいて、違いを証明できたはず」と、自分たちのピアノへの自信と誇りが感じられる言葉を残してくれました。

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一方こちらはファツィオリのアーティストケア担当、福永路易子さん。1次からファツィオリを弾いていたキム・ジヨンさんとともに。2次結果発表の後の写真です。
コンテスタントたちがグランドピアノで練習できない状況の中、当初ファツィオリを選んだ人が少なかったという利点を逆に活かし、地元のファツィオリ所有者を見つけて練習室を手配し、ピアニストに良い環境を用意しようと奔走されていました。最後は相次ぐファツィオリへのスイッチで、調律の越智さんとともに、これまた大忙しだった様子。
それにしても、声をかけて、場所を貸していいよと言ってくれるファツィオリ所有者がそんなに何人もいるテルアビブ、すごいなと思いました。

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室内楽の演奏後、チョ君ラブ状態だったヴィオラのGlid Karniさん。愛用の楽器は、フィラデルフィア在住の日本人弦楽器製作家、飯塚洋さんが製作したものなのだそう。イイヅカの楽器はすばらしくて、僕の多くの生徒たちも使っている、とおっしゃっていました。

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そんなチョ君の室内楽終演後。
惜しくもファイナル進出のならなかったコジャクさんやソコロフスカヤさんが、バックステージに祝福を伝えに来ていました。若いピアニスト同士、こうやって交流が結ばれてゆくのもコンクールのいいところ。
ちなみに次に進めなかった人について、宿泊は、結果発表当日の夜の分までしか用意されていません。彼らはどうやら応援してくれていた一般の人がたまたま声をかけてくれて、そのお宅にしばらくホームステイしていたみたいです。
テルアビブの人たちは、おしゃべり好き、そしてお世話好きで人情たっぷり。このコンクールはこうして地元の人たちに支えられながら、今年で40周年を迎えたのですねぇ。

審査員に突撃してみた

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今回のコンクール中、ずっと考えていたことがふたつあります。
ひとつは、このコンクール、ショパコン、チャイコンやエリザベート、クライバーンのように、いわゆる優勝して一気に有名になったりマネジメントがついたりするコンクールではないのにどうしてこんなにすごい経歴の参加者が集まるのだろう……ということ。もちろんこれが重要なコンクールであるのは間違いありませんし、副賞ツアーも充実していますが、一部、ここでさらにタイトル取る必要あるのかなという経歴の人もいたような気がしまして。
実際やって来て、参加者に対するサポートも(すごくあたたかいホスピタリティの気持ちはあるとはいえ、物質的な意味で)充実しているとはいえない状況、メディアへの露出も他の主要コンクールに比べてほとんどないという状況で、ますますその疑問は深まるのでした。
やっぱりコンクール審査員業界のドン(?)であるヴァルディ先生がやっているコンクールだから、声をかけられて参加するピアニストもいるのかな……そしてさらに、民族や宗教といういろいろな状況にまで考えは及びました。推測の域を出ないので、ここで具体的に書くことはしませんが。

そしてもうひとつ考えたのは、審査員の顔ぶれについて。
コンクールの取材をしていると、どこに行ってもお会いする主な審査員の先生方が一定数いて、そのメンバーのいろいろな組み合わせプラス地域ならではの審査員という顔ぶれのことが多いなと思います。ここでも半分はいつもの先生方大集合という感じでした。
いつもお会いする審査員の先生たちはおもしろい方が多いので、あちこちでお会いできるのは楽しいのですが、ふと、これってこの固定メンバーから好かれていない種類のピアニストは、どこに行っても優勝しにくいんだろうな……という考えが頭をよぎりまして。
芸術の世界にひとつの答えはない。そんな中で、ピアニストが世に出る大きな足掛かりのひとつである大きなコンクールの世界がこの状況というのは、果たしてこの業界の発展にとってどうなのかねぇ、という疑問が頭の中で渦巻いておりました。スポーツの審判のように資格が必要なわけでもありませんし。

似た審査員同士があっちでこっちで招きあっていると、お互いの趣味や思惑もわかってくるし、どんどん変なつながりが強くなったりするんじゃないかな、中でも強い力を持つ人物が出てきたりするんじゃないかな……なんていう疑念まで頭をよぎりました。最初は純粋に審査をしていた人も、長く続けていけばだんだん考えが変わってきてしまうのではないかとか。もちろん、そういうことに巻き込まれずに審査をしている先生もたくさんいると思いますし、あるところで審査員を一新するコンクールなんかもありますが。
「権力は人を変えるものですよ」と、大学院のインド研究時代にお世話になった教授が言っていたことを、ふと思い出してしまいました。
(ちなみにこの発言が出たシチュエーションは、こうです。当時大学教授による学生へのセクハラ&アカハラ問題が取りざたされていて、この先生は女生徒が教官室を訪ねると必ずドアを開けておくよう指示するのでした。しかしこの先生、寡黙で真面目、いやらしげな気配は皆無の初老の男性なので「先生のような方のこと、誰も疑いませんよ」と言ったところ、この「権力は人を変える」発言が出たのでした。誰もが真面目と思う人間も、立場が変わればどんな心理変化が起きるかわからないと思っておかねばならないという忠告。深いなと思いました。…あ、脱線しすぎましたね)

さて、話がだいぶ逸れましたが、審査員の先生方のお話を紹介しましょう。
驚きの結果発表後、夜も遅く、ちょっとみんながざわついている空気の中での、短時間立ち話インタビューです。今回の審査員の中でも私が最もよく遭遇する3人の先生方にお話を聞きました。
ちなみにファイナルの審査方法を見ると、元弟子がファイナルに残った審査員は投票できないとあります。1位から順に、各審査員が当てはまると思うコンテスタントに投票し、半数以上を得るコンテスタントがいない場合は、得票数の多い2名に再投票を行います。これを、1位、2位、3位と順に決めていくということです。基本的に、ファイナルの室内楽、2つの協奏曲を総合して判断することになっていると聞いています。
つまりこの規定からいくと、ヴァルディ審査員、カプリンスキー審査員は投票できず、12名の審査員で投票が行われたということになりますよね。本当か!? 確認すればよかったな。ということで、ただ今確認中です。いつ返事がくるかわからないので先に記事をアップしちゃう。
それとひとつ付け加えると、このコンクールの予備予選は書類審査のみ。実演オーディションはもちろん録音の提出はなく、コンクール入賞歴と推薦状のみで、36人の参加者が選ばれました。大きなコンクールで、今どき珍しいです。

さて、コメントに移りましょう。まずは、ヨヘヴェド・カプリンスキー審査員。
ここ最近を振り返ると、去年のヴァン・クライバーン、直後の仙台、そして今回と続けてお会いしています。物事を明晰に分析し、いつも、なるほど……と思うご意見を聞かせてくださる、とても聡明な女性です。ジュリアード音楽院ピアノ科の長でいらっしゃいます。イスラエル人である彼女は、このコンクールでは第10回(2001年)から毎回審査員を務めていらっしゃいます。

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─結果について、いかがでしょうか?
結果は審査員全体の意見を代表したものです。ある人はそれに満足しているでしょうし、そうでない人もいるかもしれません。みんながとても僅差のレベルで演奏していましたから、結局は誰がファイナルでうまく生き残ったかが勝敗を分けたと思います。多くの聴衆は違う意見を持っていたかもしれませんし、ジュニア審査員も違う考えを持っていました。一部の審査員も違う意見を持っているかもしれません。
私としては、6人のファイナリストがみな良いピアニストで、これからも成長してくれる可能性を持った方々だったことをとても嬉しく思っています。
─審査員の先生方の間には、こんな人を選ぼうという共通の認識はあったのでしょうか?
私たちは結果を出したわけですから、それは共通の認識を持っていたということを意味していると思います。でも、事前に審査基準を合わせるということはしていません。審査とはそうして行われるべきものであって、そのために、異なる音楽の聴き方をするたくさんの審査員が集まっているのです。
─このコンクール中考えていたことがあります。カプリンスキー先生はじめいろいろな審査員の先生方と多くのコンクールでお会いしますが、それは多くのコンクールで審査員のメンバーが似ているということじゃないのかなとふと思ったのですが、どういうお考えをお持ちですか?
私は全部のコンクールで審査しているわけではありませんよ。
─……そうですね、たまたま私がよく会うというだけで。
ええ、それに、どのコンクールでもいつも違う人とご一緒しますし、今まで会ったことのない方と審査をすることもたくさんあります。このコンクールでもそうですが、自分の生徒に投票することはできません。初めて聴くコンテスタントにも出会います。例えば今回のファイナリストのうち、スティーヴン・リンとマリア・マゾ以外は初めて聴くピアニストでした。そして前に聞いたことのあるピアニストの演奏も、その場所にあるものを聴いているだけで、3年前にそのコンテスタントがどう演奏していたかを聴いているのではありません。例えばマリアのベートーヴェンのソナタは9年前にも聴いたことがありますが、そのときと比べて信じられない進歩をみせていたことに驚きました。
聴衆の皆さんにもう少し信じてほしいと思うのは、私たち審査員は若いピアニストたちのことを大切に思っているということです。それぞれが全力で審査をし、できるかぎり良い審査のメカニズムを取り入れようとしているのです。みなさんが結果を不服だと思っているときには、私たちも結果に不満だと思っていることもあるのです。

◇◇◇
カプリンスキー先生的にも、やはりちょっと納得いかない結果だったのでしょうか。そして最後の質問のとき、いつも穏やかなカプリンスキー先生が少し語気を強めてお話しされていたので、おっと、この質問は地雷なのか……?と思いながら、次の審査員に突撃です。

審査委員長のアリエ・ヴァルディ先生。ヴァルディ先生も、一昨年の浜松、去年のクライバーン、そして今回と、コンスタントに毎年お会いしています。

─優勝したバリシェフスキーさんについての印象をお聞かせください。
彼はとても真面目な音楽家です。正直で、アピールしようとしたり、媚びへつらうこともなく、ショーマンシップもありません。誠実さと深みを持つアーティストです。彼のそういう姿勢を尊敬しています。彼がステージ1で弾いたムソルグスキーの「展覧会の絵」は、多くのエネルギーとファンタジーが込められていて、私がこれまでに聴いたこの作品の演奏の中でも最高の演奏のひとつだったと思います。
─今回のこのコンクールで求めていたピアニストは、どのような人だったのでしょうか?
どのコンクールでも同じです。私たちを、笑わせ、泣かせてくれる、本物のアーティストです。鍵盤弾きでも、単なるヴィルトゥオーゾでもない……もちろんヴィルトゥオーゾであることは邪魔にはなりませんが、本物のアーティストを探しているのです。
─次の質問ですが、これをお聞きしても気分を悪くされないでほしいのですが……。
ええ、どうぞ。
─いつもいろいろなコンクールの会場でお会いできるのはすごく嬉しいのですが、それは、多くの有名なコンクールで主要な審査員が似たメンバーだということじゃないかとふと思ったのです。どうしてそういうことになるのかなと考えました。世界にはたくさんの教育者もいますし、それに……
第1回のルービンシュタインコンクールでは、ルービンシュタインが審査員でした。これまでにはミケランジェリやニキータ・マガロフもいました、そうやって始まって、今があるというだけです!
─ただ考えたのが、たとえばあるピアニストが主要審査員の気にいるタイプでなかったら、その人はどのコンクールでも優勝できないということになるのかなと、ちょっと思ったのですが……
……はい、ありがとう。

◇◇◇
歩きながらのインタビューで、すでにレセプションの会場の前に到着していたということもありますが、こうしてインタビューは打ち切られました。というわけで写真も撮れず。
ヴァルディ先生の反応に、わたくしけっこうびっくりしました。先生的に答えるのに居心地の悪い質問だったのかもしれませんけどね、でも、今後の国際コンクールがどうなっていくのかについての結構重要な質問だったと思っていたのですが……。
でも、めげずに次の審査員にアタックです。

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お次は、振り返って多分一番いろいろなコンクールでお会いしているような気がする、ピオトル・パレチニ先生。審査員席にお顔を見つけるとホッとする人です。会場でボソッとこぼす愚痴のようなコメントがいつもおもしろいので、見つけるとつい声をかけたくなってしまいます。写真を撮るというとサササとこの横分けヘアーを整えるのもいつも同じ。安心します。
ちなみに、このコンクールの入賞者は、パレチニ先生が芸術監督を務めるドゥシニキのショパンフェスティバルでのリサイタルに出演することになっています。

─あ、パレチニ先生! コメントをお願いします。
あ……ちょっともう帰ろうかなと思ってるんだけど。
─少しでいいので。結果についてはどうでしたか? 正直言って私はびっくりしましたが。
そうだね……それでちょっとあんまり話したくないんだけど……。なんていうか、結果は受け入れますよ。審査員の一人として受け入れなくてはいけないですから。私が気に入っていたのは他の人だったんだけどな、というだけです。ショパン賞も、私が良いと思ったのは別の人です。結果は14人の審査員の決断によって出すものですから、審査員になることを承諾したということは、全員で決断をすることを承諾しているということですので。
─審査員のみなさんの間で、「成熟した人を」とか、「若くても可能性のある人を」とか、そういう共通の認識のようなものはあったのですか?
ありません。それぞれが同じ重さの投票権を持って、単に良かったと思う人をそれぞれが選んだだけです。その中に政治的な何かが働く可能性もあるかもしれませんが、もちろんそれはあるべきでないと思っています……。ごめんね、ちょっと行かないと、おいて行かれちゃう。
─あとひとつだけ聞かせてください。このコンクール中ずっと考えていたことです。この質問をして怒らないでほしいんですが……さっきヴァルディ先生をちょっと怒らせてしまったかもしれないので……。いつもお会いできて楽しいのですが、それってメジャーなコンクールで多くの審査員が同じメンバーだということなのかなと思ったのです。世界にはたくさん優れた教育者がいるのにどうしてこういうことになるのでしょう。たとえばこういう人気の審査員たちが好かないタイプのピアニストは、どこのコンクールに行っても勝てないということになるのかな、なんて。
そんなことはないですよ。審査員はいつだって意見が変わります。レパートリーによってだって印象は変わりますし、ピアニスト自体も成長してどんどん変わっていきます。コンディションもその時によって違います。なので、そのことについては私は問題があると思っていませんね。例えば今日結果に納得していなくても、もしかしたら明日には納得しているかもしれない。1次ではすごくいいと思った人を、2次では全然良くないと思うかもしれない。そんなに大きな問題ではないと思います。
─なるほど。あとはコンクール同士の協力関係というのも、コンクール界を盛り上げているところはあるかもしれませんよね。優勝者が他のコンクールの予選免除をもらえるとか。
そうそう、たくさんのコンクールがあって、参加したいというピアニストもたくさんいて、コンクールは成長していると思いますよ。

◇◇◇
これまでいろいろなコンクールでパレチニ先生に話を聞いていますが、なんだか結果に不満そうなことが多いような。しかも結構、私が思っていることと意見が合う。そしてそれをあまり言葉を濁さず、正直に言ってくれるところが好きです。

ところでコンクールでよく持ちあがる話ですが、審査員の弟子だから……みたいなことは、言うだけナンセンスなんだろうなと最近思うようになりました。問題はもっと違うところにある。
いろいろなコンクールで見かける先生方は優れた教育者だから、優秀な生徒が集まり、上位に入賞している。それだけのことです。それに、出場しているピアニストには何も悪いことはないですもんね。

ただ、先にアーティスティックディレクターのイディトさんにしたインタビューで話に出てきた「ある審査員が、他の審査員の生徒に投票しなくては悪いかもしれない、投票しなかったら嫌われて自分を次の審査員に呼んでくれないかもしれない……などと感じて変な決断を下す」。こういう考えが働いて、さらにはその想いがつながってしまった場合は、最悪ですね。弟子に限らず、好き/嫌いなピアニストでも当てはまる話だと思いますが。

嫌なことを言うようですが、この世の中のシステムはある意味で平等なんかではない。その優位な立場を手に入れる運や頭の使い方も実力のうちといえるのではないかと思います。ズルは大嫌いですが、それをする人が存在するのは避けられません。世の中そういうことになっている。そして、そうやって何らかの幸運が巡ってきた人がその運を使うのは当然でしょう。
(とはいえ、今回のコンクールの優勝者が何かがあって決まったと言いたいわけではありません!! なんだか今回はいろいろな状況が相まって、そういうことを考えてしまったというだけです。)

とにかく今強く感じていることは、そういう妙な駆け引きに巻き込まれたり、利用されたりして辛い思いをする若いアーティストが出るということだけは、どうかやめてほしいということです。それは結果が良くなかった人かもしれないし、逆に例えば優勝した人でさえ、結果的に辛い目に遭わされることもあるかもしれない。まあ、私なんかが何をここで書いても何も変わりませんけど、そんなことをふと思った今回のコンクールでした。

というわけでなんだか長々暗いことを書いてしまいましたが、この件についてはまたどこかでいろいろ考察して書いてみたいと思っています。
この後このサイトでは、再びゆるやかに、コンクールにまつわる人々や、できればテルアビブやエルサレムの街について書いていみようと思います。

 

ファイナル結果発表、ピアニストの言葉

少し記事のアップまで日が空いてしましましたが、現地時間5月29日の深夜、ルービンシュタインコンクール、審査結果が発表されました。

第1位 アントニ・バリシェフスキー(ウクライナ、25歳)
第2位 スティーヴン・リン(アメリカ、25歳)
第3位 チョ・ソンジン(韓国、20歳)

ファイナリスト賞
レオナルド・コラフェリーチェ(イタリア、18歳)
アンドレイス・オソキンス(ラトヴィア、29歳)
マリア・マゾ(ロシア、31歳)

◇副賞
イスラエル人作曲家作品賞 アントニ・バリシェフスキー
室内楽賞 チョ・ソンジン、アンドレイス・オソキンス
ジュニア審査員賞 チョ・ソンジン
古典派協奏曲最優秀演奏賞 レオナルド・コラフェリーチェ
ショパン作品最優秀演奏賞 レオナルド・コラフェリーチェ
22歳以下のファイナリスト最優秀演奏賞 レオナルド・コラフェリーチェ
聴衆賞 マリア・マゾ

インターネットで聴いていたみなさん、結果についての感想はいかがでしょうか。
正直に申し上げまして、わたくしはびっくりいたしました。
優勝したバリシェフスキーさんは、完全にノーマークでした。演奏面からも経歴面からも、ノーマークでした。1次からノーマークな人でしたし、ファイナルの演奏を聴いてますますノーマークになった人でした。
バリシェフスキーさん、なんだか素朴でいい人そうだし、リサイタルの時は安定した演奏を聴かせてくれていました。そしてご自身は自分の音楽をしているだけで、私がたまたまそれに強く惹きつけられていないという、趣味の問題なのではありますが、この過去の記事を読んでくださっている方はお気づきのとおり、彼は私がモーツァルトで全然音が聞こえなかったと書き、プロコフィエフでねっとりした演奏だったと書いてしまった人です。
というわけで、結果にはそりゃまぁびっくりしました。むしろ、ご本人もびっくりしているようにすら見えました。それは単に彼の純朴そうなまぁるい目のせいかもしれませんが。

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結果発表の様子はこんな感じでした。
審査員やスポンサー、そしてコンテスタントが全員登壇すると、
ステージ1の演奏直後にあらかじめ撮影していた「優勝するのは、どんな気分か」についてのコメント動画が上映されまして。ステージ1のバックステージでとあるコンテスタントが「優勝するのはどんな気分かって今聞かれたんだけど。意味わかんない」と言っていて、なんのこっちゃと思っていましたが、ここで流すためのものを撮影していたわけですね。
そして、今年から始まったジュニア審査員(地元の音楽学生が審査員を務める)による審査結果、各種特別賞、聴衆賞が発表されました。合間には、5月28日に二十歳になったチョ君のお誕生日をお祝いするケーキが渡される場面も。

そして、ようやく最終の結果発表。

で、会場の雰囲気からして、結果に驚いたのは私だけではなかったようです。大きな拍手がもちろんわきましたが、多分熱心に最初から聴いていたと思われる人たちの中には、むっつりした表情ですぐに席を立つ人がけっこういました。
そこにきて、絶妙のタイミングでどーんと国歌斉唱。帰ろうとしていた人も立ち止まり、今にもお隣同士で論争を始めそうだった人たちも、おとなしく国歌を斉唱するのでした。
なんて計算しつくされた流れ……と、どうしても思えてしまいました。ひねくれていて、すみません。

その後、現地でコンクールを最初から聴いていたいろいろな人と話をしていて、「バリシェフスキーが優勝すると思ってた!」と言う人は、私が聞く限りはちょっといませんでしたね。やっぱり、多くの人にとって予想外の結果だったと思います。
バリシェフスキーさんが良いピアニストでないと言っているわけではないのですが、今回のファイナルの出来を多くの人が「ああ、彼はちょっと本選うまくいかなかったね」と認識していたため、みんなびっくりしたのかなと思います。同時に、インパクトの強い演奏をした人が他に何人もいましたし……さらに別の面から言えば、審査員の元弟子系の実力派もウヨウヨいましたからね。そんな意味でも、ダークホースでした。

私が普段話をするのは、だいぶ音楽を聴き慣れた人々や関係者が多かったわけですが、それにしてももちろん“専門家”の審査員ではありませんから、その多くの印象がちょっとズレていたのかも。こればっかりはわかりません。その後のレセプションでも他のコンテスタントのほうがいろいろな人から声をかけられていて、バリシェフスキーさんがぽつんとしていることが多く、ますます変な感じがしてしまいました。
これから優勝者ツアーがありますが、彼がそれぞれの演奏会で、期待に応える演奏を披露してくれたらいいなと思います。
審査結果について、何人かの審査員にも話を聞いています。それはこの次の記事で。

さて、なにはともあれファイナリストたちのコメントなどをご紹介。
今回はファイナルの最後にピアノをスイッチする人が続出し、6人中5人がファツィオリで演奏するという前代未聞の出来事もあったので、その理由についても聞いています。

まずは、最年少でファイナリストとなり、いろいろな副賞をゲットしていたコラフェリーチェさん。結果発表前に聞いたお話です。
(それにしても、ファイナルであれだけの課題を演奏しながら上位3位以外には順位が与えられないというこのスタイル、いつもなんだかなーと思います……)

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─すべて演奏を終えて、今の気分は?
3週間近く、一生懸命毎日6、7時間練習して、ナーバスな時間を過ごし、やっとここまでたどりつくことができて、とにかくうれしいです。結果は重要なことではありません。このコンクールで演奏できたことがとてもいい経験になりました。
─ファイナルのラフマニノフではピアノをファツィオリに変更しましたが、その理由は?
スタインウェイ、ファツィオリ、どちらもすばらしいピアノでしたが、このタイプのホールでラフマニノフを演奏するならファツィオリがいいと思いました。
室内楽と古典派協奏曲で弾いたベートーヴェンのような、しっかりと組み立てられた構造を持つスタイルの作品では、スタインウェイの音がとても合いました。
一方、ラフマニノフはまったく別の世界を持っている作品です。ファツィオリはピアノが軽く、音も豊かで、ラフマニノフを弾くにはぴったりでした。弾いていてとても心地よかったです。

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続いて見事聴衆賞に輝いたマリア・マゾさん。
ファイナルの最終ステージ、最後の奏者として大いに会場を沸かせ、唯一アンコールも弾きました。日本での演奏会が企画されそうな話があるようなので、楽しみですね。

─このコンクールを受けることにした理由は?
以前からこのコンクールには挑戦してみたかったんですが、ヴァルディ先生の元で勉強していたので参加できませんでした。でも、先生の元から離れて演奏活動をするようになってずいぶん時間が経ったので、そろそろ受けてもいいかなと思って。
─ファツィオリを選んだのはどうしてですか?
以前、初めてファツィオリを弾いたときに、すごく自分に合うと思いました。でもおもしろいもので、私の友人のピアニストが演奏してみたときは、何かしっくりこないしうまく扱えないと言っていましたね。
今回も2台のピアノを試してみて、ファツィオリは私のためのピアノだと思うほどぴったりときたので、選びました。

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そして第1位に輝いたアントニ・バリシェフスキーさん。
そのワイルドな頭髪と髭のイメージとは少し違って、丁寧に言葉を選んで語る、優しそうな人でした。本選になってフルフェイスのヘルメット的な印象はちょっと薄れたので、少し髭を整えたのかな?と思って、ステージ1の動画と見比べてみましたが、同じでした。ただ見慣れただけかも。
結果発表が終わって、プレスの取材が一区切りつくと、何かものすごく急いでホールの外に去って行こうとします。
待って待って!と呼び止めますが、今にも立ち去りたいという感じ。外で誰か待ってたのかな?

─日本の聴衆のためにコメントをください!
え?
─みんなインターネットで聴いているんですよ。だから日本の人たちにもコメントを。
はぁ、そうなんですか。
─結果が出て、今の気分は。
とても幸せです。僕に票を入れてくれたみなさんに感謝しています。それから、僕がいいピアニストだと信じてくれた人にも感謝してます。うふふふ!
─ところで、最初から最後まで、普通のステージ衣装ではなくシャツ姿でしたね。
そうなんです、好きじゃなくって……。

(その後、レセプションで再び発見)

─ちょっとお話を聞かせてください。
ちょっと待って…(モグモグ)、飲んでいて、食べないと酔っ払っちゃうから…(モグモグ)。
─そうね、空腹にお酒は危険だよね。
(モグモグ)。…はいどうぞ!
─ひとつ加えてお聞きしたかったのは、ファイナルでどうしてピアノをファツィオリに変えたのかなということなのですが。
理由はこのホールです。ピアノ選びの時は、スタインウェイが心地よかったのでそちらを選びました。最初の3ステージはもっと小さいホールでしたし、そこで弾いていたレパートリーにはスタインウェイが合っていました。
でもこちらの広いホールでは、スタインウェイのソフトな音だと充分でありませんでした。ロマンティックな作品だったらよかったかもしれませんが、プロコフィエフには、音量、そしてブライトな音が必要でした。このファツィオリはとてもリッチな音を持っていて、これなら自分のアイデアが再現できると思ったので。
─ファツィオリの音の印象はどのような感じでしたか?
高音部のオクターヴを弾いたときのヴォイスがとても好きなんですよね。とても輝かしい音を持っています。これこそが、僕がプロコフィエフに必要だと思ったものです。

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第2位のスティーヴン・リンさん。
いつもいろいろなコンクールで見かけるんですけど、ちゃんとお話をするのは今回が初めてです。若いころ長らくジュリアードでカプリンスキー審査員のもと勉強していた人です。

─すべてを終えて、どんな気分ですか?
ファイナルまで参加できたことをとても幸運だったと感じています。全部が終わってとにかくうれしい。スケジュールもタイトでしたし、大変でした。
─最後のステージでピアノをファツィオリに変えたのはどうしてですか?
アントニ(・バリシェフスキ)がスタインウェイを弾いているオーケストラリハーサルを少し聴いて、彼のような大きい男が弾いているのに音が良く聴こえない、これは良くないなと思って変えることにしました。多分他のピアニストにとってもそれが問題だったんだと思います。後ろ半分の席に音が聴こえないというのは、問題でしょ。
─ファツィオリの音の印象は?
とてもブリリアントで、大きなホールであのピアノを演奏するのはすごく楽しかったです。
─ところで、このコンクールを受けることにした理由は?
アンドリュー・タイソンって知ってる? 仲のいい友達なんだけど、彼が受けようよというから、確かに一緒に行って向こうで楽しめばいいかなと思って一緒にエントリーしたのに、彼は急に自分だけ棄権したんだよ! 僕はもうその時には飛行機を予約してしまっていてキャンセルできなかったので、仕方なく来たんだ。ひどいよね(笑)、信じられないでしょ。これでしばらくコンクールに出るのはお休みしようかなと思っています。
─こちらでの生活はどうでした? ファイナル前までは練習がアップライトで大変だったのでは?
最初はすごく大変だと感じました。でもなぜかだんだんアップライトが気に入ってきちゃって。ファイナルになったらグランドで練習できるんだけど、なんだかアップライトピアノが恋しくなってしまいました。家にアップライトピアノ買おうかな。
─コンテスタント同士相部屋というのも大変そうだなと思いましたが。
最初はすごく変な感じだったけど、なんだかけっこう楽しかった。
─ステージ2では吉田友昭さんと一緒の部屋だったそうですね。
そうそう! 僕すごく楽しかった。トモアキのほうがどうだったかわからないけど(笑)。
─人生とか幸せとかについて語り合った、とかって聞きましたけど。
そうそう。いろいろ意見を交換してめちゃくちゃおもしろかった。彼と話をするのはすごく好きだったなぁ。あははは!
─やっぱり、既婚の一児の父の意見はオトナ?
そうそう、あははは!!

(よっしだ君の話になると、なぜかものすごく嬉しそうなスティーヴン氏でした。)

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そして第3位のチョ・ソンジンさん。
(最終ステージ終演後、結果発表前に聞いたお話です)

─最後のステージ、お客さんの盛り上がりがすごかったですね。チャイコフスキーの協奏曲、アグレッシブな感じがして素敵でしたよ。
アグレッシブ……そう(笑)?
─あ、私の個人的な感想だから無視してください。とにかくフレッシュなエネルギーを感じたということです。
チャイコフスキーのピアノ協奏曲は、とてもロマンティックな作品ですよね。僕ももう20回も弾いている作品です。いつもこの協奏曲を弾く時は、この作品を弾く初めての人間が、初めて弾いているような気持ちを持つようにしています。より深い情熱を込めて、ダイナミックに演奏したいから。それがそういう印象になったのでしょうかね。とくに1楽章と2楽章で大きなコントラストをつけたいと思っていました。2回ほどオーケストラとうまく合わなかったところがあったけど、指揮者もオーケストラも素晴らしかったです。
─ファツィオリにピアノを変更したのでびっくりしました。
僕もびっくりしました(笑)。本番の朝リハーサルで弾いてみて、変更したんです。
─どうして変えることにしたんですか?
古典派協奏曲のあと、音がクリアでなく2階では聴こえにくかった、同じ曲をファツィオリで弾いたマゾさんの演奏は聴こえたという意見を聞いたんです。最初はそういう話は気にしていませんでした。他の人たちもスタインウェイを弾いていたから条件は同じです。でもインターネットで最終ステージ初日の3人が全員ファツィオリに変えているのを聴いて、びっくりして。リスクを取るべきでない、僕も同じ状況で演奏したほうが良いと思ったんです。でもね、正直言ってどんな楽器かということは大きな問題ではないんです。これまで数々の大変なピアノで演奏をする経験がありました。もちろん、ピアノが良い音であることは重要なんですけど、弾きやすいかどうかなど、実は僕にとってあまり関係ないんです。
─ファツィオリの音の特徴をどう感じましたか?
とてもクリアな音でした。このホールは音響が良くないので、スタインウェイだと音が分散してしまう感じがしました。ファツィオリの音は密度が濃くまっすぐに届く感じがしたんです。
─パリでの生活ももうだいぶ経ちましたね。
2年近く経ちました。でも、演奏活動などで留守にしていることが多いので、実質パリにいるのは1年くらいかも。
─コンサート活動がたくさんあるけれど、さらに今回もこのコンクールを受けることにした理由は?
ヨーロッパでの演奏活動をもっと増やしていきたいからです。アジア人、とくに韓国のピアニストにとってはやはりコンクールでの経歴が必要ですから。僕が日本でコンサートをできるのも、浜松コンクールに優勝できたからです。みんな僕があまり緊張していないと思っているみたいですけど……いつも表情がこんな感じですから……演奏会の前はすごく緊張するし、とくにコンクールは好きじゃないんですけどね。
ところで僕、昨日(28日)が20歳の誕生日だったんです。僕はステージ2の演奏順が4番目だったから、ファイナルに進んだら日程的にきっと初日になって、ステージの上で誕生日を迎えられると思ったのに、僕の前3人が全員通ったから2日目になっちゃって。おかげで昨日は誰にもおめでとうと言われず、一人でずっと練習して誕生日を過ごしたんですよ。

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最後に、なんだかかわいく撮れたチョ君とスティーヴン氏の写真。
あんまり似ていない兄弟みたい。
チョ君、誕生日は練習漬けで寂しかったようですが、その後の受賞式でステージ上で誕生日ケーキを贈られ、2000人の聴衆からお誕生日を祝われたので、よかったよかった!
彼には次の来日公演についてなどいろいろお話を聞いていますが、それは別の場所でご紹介します。

 

アーティスティックディレクター、イディトさんインタビュー

今夜いよいよファイナル最後の演奏があり、その後夜遅くに結果発表が行われますが、その前に、コンクールのアーティスティックディレクター、イディト・ズビさんのインタビューをご紹介します。一部ちょっと際どいコメントのような気もするのですが、せっかくお話ししてくださったので、結果が出る前に掲載したいと思います。

◇◇◇
─このコンクールの正式な名称は、「The Arthur Rubinstein International Piano Master Competition」ですね。この“マスター”という言葉にはやはり意味があるのですか?

このコンクールに出場することが許された全てのピアニストは、すでにピアノの“マスター”であるという意味が込められています。すでに演奏活動をしている人、演奏活動をするに値する能力を持っている人が参加するコンクールです。若くてもすでに世界で演奏活動をしている人もいますし、若いころに幸運を掴めなくて歳を重ね、今演奏活動をしている人ももちろん参加しています。

─イディトさんは審査員ではないとは思いますが、お聞きします。審査員の間に審査方針についての共通の認識のようなものはあるのでしょうか?

わかりません。一つ言えるのは、審査員はお互いに意見交換をしてはいけないことになっているということです。そして、私が彼らと一緒にいる限りは、彼らが何か一つの方針を持っているという印象はありません。誰か輝きをもったピアニストがいれば、審査員の意見はおのずと一致するし、それは同時に聴衆の意見とも一致するということなのではないでしょうか。前回のトリフォノフが優勝したときはまさにその状態でした。今回もそうなってくれるといいと思っています。

─そういう意味では、1次の審査結果は聴衆のリアクションとわりと重なっていた感じがしましたが、2次の後は結果発表のときにブーイングも起きるなど、そうでもありませんでしたね。それもあって、審査の方向性がどういうものなのか少しわからないなと思ったところがあるのですが。

それについては、単に2次になったときにはここの聴衆はすでに好きなコンテスタントに
気持ちが入っていて、よりエモーショナルな反応をしたというだけだと思いますけどね。それに対して、審査員はいつでも客観的で、できる限り専門家としての姿勢を保つべきです。ここの聴衆はとてもあたたかいですが、幸い専門家ではありません。聴衆が全員専門家だったら……むしろいろいろ難しいですよね。

─このコンクールにこんなにも実力のあるピアニストが集まるのはなぜでしょうか? 多くのいわゆる大きなコンクールは、旅費も宿泊もほぼ全部サポートしてくれるものが多いですよね。一方でこのコンクールは、コンテスタントは基本的には部屋を二人でシェアし、一人部屋を希望する場合は自己負担が必要ですし(※部屋にはアップライトピアノがあり、決められた時間内で練習できます。ホテルの部屋をシェアする場合は無料、一人部屋を希望する場合は1泊100ドル弱を自己負担するそう。2次に進んだら、一人になった者同士で部屋をまとめられますが、さすがにファイナルになると1人部屋になります)、音楽院での練習もほとんどアップライトピアノしかないということで、条件としてはなかなか厳しいところもあると思うのです。

そう? 一人の部屋を希望しなければ宿泊も無料で、わざわざ出かけて行かなくてもいつでも部屋で練習できて、友達もできるし、状況はとても恵まれていると思うけど! 多くの人がお互いを知っていますから、一緒に宿泊するのも問題ないでしょうし。とはいえ、普段グランドピアノに慣れていればアップライトで練習するのはちょっと辛いだろうというのは確かですね。ただ、そういう場合は、グランドピアノのあるショップやプライベートな家を見つけて弾かせてもらっている人もいるみたいです。旅費も、最高で500ドルサポートしています。
私たちは残念ながら36人分のグランドピアノを用意して部屋に入れることはできませんが、状況は回を重ねるごとにかなり改善されています。今回は、入賞者の副賞として、これまでで最も多くのコンサートを用意しています。入賞賞金だけがコンクールの目的ではありませんよね。コンクール事務局として海外のコンサートをアレンジするのは簡単なことではないのですが、できる限りのつながりを駆使してコンサートを作りました。
とはいえ私たちのコンクール事務局はお金がたくさんあるわけではありませんし、スタッフもたった3人しかいません。もしかしたら多くのコンクールほど十分なサポートはないかもしれない…それでもみんなが受ける理由は、なんでしょうね。いろいろなコンクールを見て比べているあなたにむしろ教えてほしいです。ホスピタリティと温かさ、でしょうかね。

─コンクールの規定について、前年の8月以降審査員の弟子である人は参加できず、さらに過去の生徒にも投票できないというのは、結構厳しいルールですね。自分の生徒には投票できないというルールはよく聴きますが。

私がこのコンクールに携わって11年ですが、このルールは以前からありました。この規定には、プラスとマイナスの面があります。プラスの面は、おかげで不正が行われないこと。ある審査員が、他の審査員の生徒に投票しなくては悪いかもしれない、投票しなかったら嫌われて自分を次の審査員に呼んでくれないかもしれない……などと感じて変な決断を下すことはなくなります。過去の生徒に対しては、もしも投票してもカウントされません。できるだけ審査をクリーンにする試みです。とはいえ、不正をしようと思えば方法はあるかもしれませんが、私はそんな審査員はいないと信じています。
マイナスがあるとすれば、審査員がみなすばらしい教育者であるために、すばらしいピアニスト達がたくさん参加できないということなのです。

─とても厳密なルールがあっても、どうしてもコンクールの結果が出たあとは審査の“政治”が話題になることもありますよね。

私自身に直接言う人はいませんが、このコンクールについてもそういう噂はあるのかもしれません。私が言えるのは、このコンクールには100%政治はないということ。なぜこんなことが言えるかというと、私は誰も疑っていないし、誰も疑いたくないからです。
審査員の先生たちはお互いに意見交換をしてはいけないことにはなっていますが、同じホテルに泊まって行動を共にしていますし、夜はバーで一緒に飲んだりもするでしょう。私はそこにいませんし、それを取り締まる警察がいるわけでもありませんから、何もできません。
それともう一つの問題は、誰も人の心の中は覗けないということです。誰かが、このコンテスタントは上昇志向のある人物の生徒だと思い、そういう上昇志向のある人物同士がつながっていれば……。14人も審査員がいれば、もしかしたら完全に正直でない人もいるかもしれない。わかりません。彼らはみんな人間ですから、いつでも完全に正しくいられないかもしれない。
私自身はいつでも正直でいたいと思っています。でも残念ながらすべてをコントロールできるわけではないのです。でも、このコンクールは他の某コンクールよりそういう噂が少ないと信じています。より大きいコンクールであればあるほど、やっぱり結果についてそういう噂が出てしまうものなのだと思いますが。
有名になればなるほど、敵は増えるものです。敵はみんな、相手を傷つけようとするものです。こんな話も聞いたことがあります。あるコンクールの事務局に、予備審査を通過したコンテスタントについて、その人は犯罪者だから参加させてはいけないというメールがとどいたことがあるそうです。その1席をとりたい別のピアニストの陰謀なのか、わかりません。こういう話は本当に嫌ですね。

─11年間このコンクールの歴史を見てきて、変化は感じますか?
このコンクールはもはや私の生活の一部のようなものです。でも、基本的にはコンクールというものは好きではありません。すばらしいピアニストと途中でお別れしなくてはいけないのは本当に辛いからです。そのため、せめてこのコンクールをできるだけフェスティバルの雰囲気にして、競い合うという空気をなくすよう心掛けています。ただ一人で練習して、一人で部屋で夜を過ごし、そのうえ結果もよくなかったなどという経験はしてほしくないのです。
室内楽を入れたのはここ数回のことで、管楽器との五重奏は今回が初めてです。室内楽の課題は、ピアニストの互いに聴く能力を確認することもできるうえ、演奏者にとってリフレッシュになるのではないかと思います。毎回新しいことを取り入れたいと思っています。

─今回は40周年ということで、何か特別なことはあったのでしょうか?
審査員はいつもより多く、2人コンテスタントを多く受け入れましたが、それ以外はほとんど同じですね。オープニングコンサートは豪華にやりました。それと、賞金は前回よりずっと上がりました。例えば前回は優勝賞金25000ドルでしたが、今回は40000ドルです。

─ルービンシュタインについて思い出はありますか?
とても良く覚えていることがあります。ニューヨークで勉強していた頃、彼がマスタークラスにやってきました。その中で話していたことのほとんどはあまり覚えていないのですが、その時の生徒に、「若者よ、恋をしなさい。そうすればあなたの演奏はずっと良くなりますよ」と言った、そのことだけはっきり覚えています(笑)。
それからイスラエルに移り、ラジオ局のプロデューサーとしてこのコンクールを録音していて、彼の奥さまにインタビューをしました。ルービンシュタイン自身はインタビューを嫌がったので。ルービンシュタインは、とても生き生きとした、人生を愛している人でしたね。すばらしい人物でした。

 

交通事故とラフマニノフ(ファイナル最終ラウンド)

ファイナル二巡目は、  Asher Fisch指揮、イスラエル・フィルとの共演です。
外には何台も中継車が停まり、会場もさすがにほぼ満席。
ここまでなんとなくゆるい感じで続いてきたこのコンクールも、いよいよクライマックスを迎えているのだなということがわかります。

今日は、普段のコンクールではなかなか起きない驚くことがありました。
ここまでスタインウェイを弾いていた今日の奏者3人が、全員ピアノをファツィオリに変更したのです。オーケストラと合わせるにあたってピアノを変える人がチラホラいるということはわりとありますが、さすがにこんなにゴッソリ変更になるというのは、なかなかないこと……。
コラフェリーチェさんなどは、ラフマニノフに合わせて変えたいとわりと早い段階から決めていたようですが、バリシェフスキーさん、スティーヴン・リンさんあたりは、当日のリハーサルをファツィオリで弾いてみてから、迷いに迷って、変更を決めたみたいです。
それはもちろん、できることならここまで弾き慣れたピアノで最後までいけたほうが良いですもんね。それでもやはりこの広いホールでは、自然に鳴り、素直なまるい音がでるファツィオリが味方になると感じたということでしょうか。確かに一巡目、マリア・マゾさんがモーツァルトを弾いた時、調律師の越智さんが言っていたとおりの、自然で素直に鳴っている感じがするなと思いました。
(とはいえこのモーツァルトは1階で聴いていて、2階で聴いたときの音の通り具合は確認できませんでしたが。なぜか毎回あてがわれる席が違うので)

それで、今日聴いてみた雑感。
全員ファツィオリにスイッチして、確かにどのピアニストのステージでも楽器が無理なく鳴って音が通ってきたという感じがしました。良い楽器だなぁとしみじみ。爆発力のあるイスラエル・フィルの音に対抗するには、やはりこのくらい音にエネルギーのある楽器のほうが良いのかもしれないなと。
が、楽器に助けられた人と、逆にアラが目立ってしまった人がいたような気がしないでもない……。

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プロコフィエフの2番で安定した良い演奏を聴かせたのはスティーヴン氏。
バリシェフスキー氏は前回と違って断然音が良く聴こえたけど、なんだか初めて聴く種類の、じっとりとしたプロコフィエフでした。二人が弾いたのは同じ作品とは思えないほど、印象が違う仕上がり。おもしろいね。

コラフェリーチェ氏は、相変わらずのびのびやりたいように弾いていてよかったんだけど、正直、彼のタッチでファツィオリを弾くならもう少し違うレパートリーが聴いてみたかったような気もしないでもない。何が聴いてみたかったかなぁ、とか演奏中に考えてしまいました。ごめんなさいね。
でもご本人曰く、ラフマニノフの3番はこれまで演奏した経験もあってとても好きな曲だということ。
さらに終演後おもしろいエピソードを聞かせてくれまして。
以前、車で大好きなこの作品を聴いていて交通事故にあったことがあるそうで。車がぶつかって、自分たちは急いで車の外に逃げたんだけど、ラフマニノフの3番だけがずっと車から流れ続けていて、その場面がすごく印象に残っていると言っていました。
なんつー思い出。

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今回ちょっとウロウロしてからふらっとバックステージに行ってみたら、コラフェリーチェ氏は既にお着替え済みでした。足元が、今流行りらしい、しかしあれでどうやって普通に歩けるのかどうしてもよくわからない、ヒモを通していないコンバースでした。
さすが今どきの若者です。

さて、いよいよ明日29日は最終日。イスラエル時間で19時半から3人が演奏したあと、最終の結果が発表されます。

ファイナルが始まりました

ファイナル、室内楽の二日間が終わり、コンチェルトの一巡目が始まりました。

ところで室内楽の課題について振り返って説明しますと、これは指定のピアノ四重奏またはピアノと木管のための五重奏作品から選んで演奏するというものでした。
“ピアノと木管のための五重奏”を導入したのは今年が初めてだったとのこと。今回エントリーしていた36人のコンテスタントのうち、木管のほうを選んでいたのはわずか3人!
幸い、6人のファイナリストのうちコラフェリーチェさんがベートーヴェンのピアノと木管のための五重奏を選んでいたため、共演のNew Israel Woodwind Quintetのみなさんにも無事に出番がありました。

最近コンクールの課題曲に室内楽を取り入れるところが増えていますね。
共演の方々にインタビューをしていても感じるのは、結局短い時間のリハーサルでは、音楽的なものを一緒に練り上げるということまではどうしたってできないということ。そうなるとここで試されるのは、コミュニケーション能力、そして、他の楽器とのバランスを聴いて、自分の音をコントロールする技術、なのでしょうね。
その意味で、スティーヴン・リン君とチョ君は、いけてるなぁと、私は思いました。
特にチョ君のヴィオラ奏者さんからの愛され度はすごかった。
チョ君の終演後、客席で知らないおじいさんから、「君は彼と知り合いなのかい?すばらしかったねぇ。私は今の演奏を聴いて、そのままその場でとろけてしまいそうだったよ」と声をかけられました。
年季の入ったジイサンまでもとろけさせる男。シャイボーイ、やるね!

さて、コンチェルトの話に移りましょう。
課題曲は古典派の協奏曲、モーツァルトの20~27番、ベートーヴェンの1、2番から選ぶというものです。共演はAvner Biron指揮イスラエル・カメラータ・エルサレム。そして会場は一気に広い場所に移ります。

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客席数は2100ほどと、東京で言えばサントリーホールと変わりませんが、ものすごく横幅が広く奥行きがあり、バルコニー状になっていないため2階席の前の方に座ってもステージを遠く感じます。ホールのデザインもすごく変わっていて、こういうのを何て呼んだらいいのかよくわかりません。宇宙船みたいな感じ。1階の方は、かなり大き目の升席みたいにブロックでわかれています(もちろん椅子はあります)。
後方の席は残念ながらガラ空きです。コンクールのファイナルでお客さんがいっぱいじゃないのって、初めて見たかも…。二巡目のほうはプログラムも華やかだしいっぱいになるのでしょうか。
ちなみに審査員たちは2階席の一番前の列に座っています。
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(ステージからの風景。ステージの天上も響きを助けようという気持ちが感じられない形状)

さて、最初のバリシェフスキーさんが登場しまして、モーツァルトです。
ああ、この人相変わらずフルフェイスのヘルメットをかぶったような、豊かな毛髪と髭。そしてファイナルの夜の公演でもシャツ姿、裾をパンツにインしないジャズピアニスト的スタイルなのねと思いながら、ホールでどんな音がするのか楽しみに待っていると……

あら、全然ピアノの音が聴こえない。
オーケストラはまあ、少し遠いけどまともに聴こえるのですが、ピアノの音はどこかに反射してもんやり届いているという印象。例えるなら、東京国際フォーラムのホールA(5000席)の2階のだいぶ後ろの席で聴いているみたいです(って、例えがわかりにくいか)。
ちなみに私が今日座っていたのは、審査員の3列後ろです。
こんなふうにしか聴こえないホールで一体審査員はどうやって審査するんだろう?これじゃあミスしたか否か、オーケストラと合っているか否か以外は判断のしようがないじゃないかと、本気で思いました。途中からは、耳のペラペラの部分を指で起こして聴いたくらいです。これやるとけっこう聴こえが変わるんですよね。だから織田裕二とか、めちゃくちゃいろんな音がよく聞えているんだろうなと思います。

いろいろモヤモヤした気持ちのまま、次のスティーヴン・リンさんのベートーヴェン1番へ。
あれ、けっこう聴こえる。やっぱりスティーヴン氏くらい音が出せる人は、こういう場所でもけっこうちゃんと遠くまで届くんだな。でもまだやっぱり、薄いビニール一枚隔てて聴いているような気分。

そして、同じベートーヴェンの1番で、今度はコラフェリーチェ君。
うわー、ぜんぜん音が通ってくるじゃないの…。
もちろん、サントリーホールの2階席で聴くような感じに綺麗に聴こえるまではいきませんが、ちゃんと細かいニュアンスも聴き取れ、“薄いビニール”的な感じもなくなり。
結局、ピアニストの出す音の違いだったということがよくわかりました。音響の良いホールでないからこそ、技術やセンスの違いがここまで明白に表れてしまう。恐るべし、音響の悪いホール。
コラフェリーチェ君、前進するような良い演奏で、少し荒削りっぽいところもありましたが、これだけ音が違うとね…。
ちなみに今日は全員スタインウェイですから、同じピアノです。

とはいえ、あくまでこれは私の耳で聴いた主観によるものですので、他の方がどう思うのかはわかりません。まあ、他にも同様の意見をちらほら聞きましたが。

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終演後のコラフェリーチェ君。先生と一緒に。
ベートーヴェンの1番は、子供の頃初めてオーケストラと共演した、思い出のピアノ協奏曲なのだそう。ここにはコンペティションをしに来ているつもりではなく、ただ演奏をしに来ているだけだ、演奏中は何も考えずただ音楽に没頭するようにしている、と、18歳にして落ち着いたコメントでした。
一方の先生は、弟子のコンクールを聴くなんて自分で出る以上にストレスがたまる! やきもきして見ているだけで自分では何もできないんだから! と言っていましたが、なんだか嬉しそうでした。

さて、明日は一巡目の残りの3人。
そして1日間をあけ、28、29日で最後の協奏曲と結果発表が行われます。

 

ファイナリスト発表!ここまでを振り返ります

ルービンシュタインコンクール、ファイナリストが発表されました。

アントニ・バリシェフスキー Antonii BARYSHEVSKYI(ウクライナ)
スティーヴン・リン Steven LIN(アメリカ)
レオナルド・コラフェリーチェLeonardo COLAFELICE(イタリア)
チョ・ソンジン Seong-Jin CHOO(韓国)
アンドレイス・オソキンス Andrejs OSOKINS(ラトヴィア)
マリア・マゾ Maria MAZO(ロシア)

ファイナルでは、室内楽、そして2回の協奏曲の3ステージが行われます。
発表後はすぐに、翌日から始まる室内楽にむけてリハーサルが行われたようです。
空き日がないと大変です…。
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室内楽の演奏順はこちら
23日は14時から、24日は11時からで3人ずつ演奏します。

さて、ファイナリストが発表された後ではありますが、ここまでバックステージなどで撮ってきた写真やコメントを、ドバッとご紹介したいと思います。

まずはステージ1のバックステージから。

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一昨年の浜コンでセミファイナリストとなったオシプ・ニキフォロフさん。
演奏順を選ぶのが最後になって、初日2番目に弾きましたが、一番目の人と同じピアノとは思えないあたたかい音が出ていて、この若者、やはりいいもの持ってるな!と思いました。聴衆もすごく盛り上がっていました。ご本人は、ステージでは自分の音がよく聴こえなかった…音のバランスはどうだった?と不安げでしたが。
ステージ2に通過しなかったのが残念だったピアニストのひとりです。

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初日3番目に登場した須藤梨菜さん。
堂々としたプロコフィエフのソナタ6番が印象的でした。「普通はもう少し後のステージにもってくるようなレパートリーかもしれないけれど、大好きな作品なので思い切って最初のステージにもってきた」とのこと。
そういえばステージ1の後半で、隣に座っていたドイツ人のジャーナリストと誰がよかった?という話をしていたとき「僕、なんだかよくわからないけど彼女の音がけっこう好きだったんだよね」とちょっと恥ずかしそうに言っていました。
なぜ照れる!

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中桐望さんは、豊かにピアノを鳴らす力強いバッハ=ブゾーニのシャコンヌから、やわらかく繊細なシューマン、ラヴェルへと運んでゆくプログラム。やはり彼女もステージ上で音のバランスが聴きとりにくかったと言っていました。今回の会場は、客席で聴こえる感じとステージで聴こえる感じがだいぶ違うようで、そんな話をよく聞きます。
各コンテスタントには、ホテルからホールへの送り迎えなどをするボランティアさんがつくのですが、中桐さんお世話係のおばさんが、「彼女すごくかわいいわよねぇ。私、養子にしたいんだけど」と言ってきて、どう反応したらよいのかちょっと困りました。
かわいいから養子、という発想がすごい。

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ニコライ・ホジャイノフ君は、多くのコンテスタントが華やかなプログラムを持ってくる中で、例によって独自路線を貫きました。ラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」でこれでもかというほど静かに始め、ラフマニノフのソナタ1番でじわっと盛り上げてゆく感じ。
次のステージではクライバーンで聴いてしみじみいいなと思ったハイドンを弾く予定だったので、ぜひまた聴きたかったのですが、残念です。
とはいえ、彼は8月に来日が決まっています。サントリーホールでの読響サマーフェスティバル「三大協奏曲」(8月20日)、浜離宮朝日ホールでのリサイタル(8月25日)で聴くことができるので、楽しみに待ちましょう。
リサイタルについては、後日ジャパン・アーツのHPにインタビューを寄稿する予定です。

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チョ君が優勝した2009年の浜コンで第3位だったホ・ジェウォンさんも、のびのびとした演奏で良かったんですが、ステージ2に進まずちょっと残念でした。昨日会場で会ったら「明日からエルサレムに行く!」と言っていました。うらやましいな。
彼はファツィオリのピアノを選んでいましたが、かなりダイナミックに鳴らしても音がキツくならないところなど、ピアノにうまく助けられているなと思いながら聴いていました。
実際あとで話を聞いてみると、自分のレパートリーはつかみにくい和音をフォルテで鳴らすものが多いので、そういうときに今回の新しいスタインウェイだとメタリックな音になりそうなリスクを感じたためファツィオリにしたとのこと。
バックステージには、現代作品の作曲家、ユスポフ氏が来ていて「これまで聴いた中で一番自分がイメージしていた演奏に近かった! 録音したくなったらぜひ連絡して」と言っていました。果たして録音は実現するのでしょうか。

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工藤レイチェル奈帆美さん。
彼女をショパンコンクールで聴いたのは2005年のことだから、9年も前のことか! あれからいろんなことがあったなぁ、と、勝手に感傷に浸りながら演奏を聴いていました。工藤さんは日本と韓国のハーフで、アメリカで生まれたんだそうです。
彼女もファツィオリを選んだひとり。今回のファツィオリはかなり音のボリュームがある楽器だと思っていましたが、彼女は不必要に鳴らしまくることなく、楽器のまろやかな音を活かし、女性的でしなやかな演奏を聴かせてくれました。どんな種類の弱音が出るかを重視した結果、ファツィオリを選んだとのこと。「楽器がインスピレーションをくれた。一緒に音楽をしてくれると思った」と言っていました。

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マリア・マゾさんは、今回ファイナリストの中で唯一ファツィオリを選んでいるピアニスト。
ステージ1では弾き始めてすぐに、なんと見事にファツィオリの扱いをわかっている人なのだ!と感じました。演奏に少し乱れるところがあっても、それをカバーするに十分の魅力のある音。一方、それで自分が期待しすぎたせいか、ステージ2のときは、何かステージ1とは違う様子だったというか、音の印象も違ったように感じましたが、どうなのでしょう。
ところで彼女の登場時の話。
名前がコールされて拍手が起きたあと、マリアさんが出てくるわ、と思って注視していた舞台袖から、ひょっこりヒゲ面の男性が出てきて、もんのすごくギョッとしました。あまりの衝撃に、しばらく笑いが止まらなくて苦労しました。
後で聞いたらそれは彼女の旦那さんだったそうです。このシーンは配信では映っていなかったのかなー。

続いてステージ2から。

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個性的な衣装、そしてそれに似合った個性的な演奏で楽しませてくれたイリヤ・コンドラティエフさん。ステージ衣装も私服も個性的ですけどファッションにこだわりがあるの?と聞いたら、特にないと言っていました。特になくてアレになるってすごいよなー。髪はモスクワで切っているそうです。モスクワの美容院イケてるな。ホジャイノフのクルクルも、モスクワ美容院製ですもんね(※彼のクルクルはパーマではありませんが)。

ファイナルには進出できませんでしたが、聴衆からの人気も高く、結果発表後はたくさんの人から声をかけられていました。そしてご本人もかなり納得のいっていない模様で、いろいろ胸の内を熱く語ってくれました。一応、日本からもみんな応援していたよと伝えてみましたが、少しは励みになったでしょうか…。早くまた元気を取り戻してほしいです。

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尾崎未空さん、ステージ1の後には「演奏できて楽しかった!」と晴れやかな表情でしたが、ステージ2のあとはいろいろ思うところがあったようで、「ショパンはもっともっと音楽的に練り上げなくてはいけないと、こういう場所で弾いてみて改めて感じた」というコメント。こういう大舞台の経験を繰り返して、ひとつひとつのレパートリーが徐々に手の内に入っていくのですね。そんな成長の瞬間を目の当たりにした気分でした。
そういえばこのステージ2の演奏中、少し舞台から目を離してもう一度未空さんを見たら、まるっと肩が出ていました。あれ、こんなセクシーなドレス着てたっけ?と思ったら、どうやら弾いている間に肩の部分が落ちてきたらしいことがわかって、「それ以上落ちるなー!」とハラハラしながら見ていました。そんな状況でも、しっかり落ち着いて最後まで弾ききりました。
そういえば、漫画「ピアノの森」でもそんな場面ありましたね。あれは肩ひもが切れちゃうっていう話でしたけど。
未空さん、見た目の印象はかわいらしいですが、お話ししてみるとなんだかいい感じにクールで、おもしろい18歳!

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そして、吉田友昭さん。
「展覧会の絵がこんなにかぶったのは予想外だった」と言っていましたが、確かに今回、ステージ2で3人も「展覧会の絵」を選んでいる人がいたのは驚きでした。それも18歳(Yuton Sunさん)、24歳(Suh Hyung-Minさん)、31歳(よっしだ君)…ということで、それぞれの人生のステージ(?)に似合った演奏を聴き比べることになりました。吉田さんの演奏は、さすが最年長かつ1児の父、しんみりと力強く、アル中を克服した後、酸いも甘いも知って意識のはっきりしたムソルグスキーといった感じでした。
ちなみに先にご紹介した、結果に不満だったコンドラティエフさん、「なんでヨシダが通らなかったのか意味がわからない!」としきりに言っていました。
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以前からお知り合いだというふたり。

 

そして結果発表後の様子から。

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ものすごく爽やかな笑顔のキム・ジヨンさん。
抽選会でお見かけしたときから、ちょっとクラシックのピアニストとは違う、ギラギラした元気溌剌の気配を醸していた彼。演奏もとても健康的。現代作品はとくにスポーティーな印象。
人を惹きつけるキラキラ感を持っている方ですね。ムフッと大きく息を吐きながらファツィオリのピアノをリンゴン鳴らし、この人きっと懸垂とかやったらめちゃくちゃ回数いくんだろうなと、全然関係ないことを思ったりしながら聴いていました。

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こちらも、結果がダメだったとは思えない満面の笑み、マルチン・コジャクさん。
私はこれまで彼の演奏を、2010年ショパンコンクール、2013年クライバーンコンクールと聴くことがありましたが、間違いなく今回が一番よかったです。相変わらず、見かけによらず荒々しい部分もありましたが、のってくると、こんなに丁寧に歌える人だったっけ? 自信満々に弾く人だったっけ?と、まるで昔とは別人を見ているような演奏。これはこの一年で何かあったに違いない…と思い聞いてみたところ、とくにブラームスやベートーヴェンばかりを選んでいた前回のクライバーンに比べて、バルトークやラフマニノフ、ドビュッシーとレパートリーを大幅に変えたのは大きいかもしれないとのこと。そしてそれだけではなく、彼はこの1年ほどで心の平和を手に入れたのだろうなと思いました。人生なるようになるさ! その時の気持ちにしたがって生きればいいのさ! と、4年前ショパンコンクールのバックステージで見かけたときとは別人のような幸せそうな表情で語っていました。
聴衆からの人気は絶大。彼がファイナル進出できないとわかった瞬間、聴衆からは大ブーイング。コジャクさん自身も「こんなに温かい聴衆は初めて。すごくいい経験だったので結果は気にしていない」と、結果にブーイングが起きたという状況自体をずいぶん楽しんでいたようでした。
ちなみに、昨年クライバーンコンクールの取材をしていたときのブログで書きましたが、彼はクライバーンのステージで執拗なほどに鍵盤を拭きまくっていて、どうしちゃったんだろうと気になったものでした。今回はそれがなかったので、もう今なら聞いてもいいかなと尋ねてみたところ「実はあの後いろんな人からそう言われたんだけど、あのピアノの鍵盤はまるで湖のように濡れていて、滑るから拭いていただけなんだよ。今回の鍵盤はすごくドライだった」とのこと。
いや…あの拭き方は、鍵盤が汗で濡れてるとかそういうレベルじゃなかっただろ…と思ったんですが、ご本人曰くそういうことです。

そして最後に、ファイナル進出となったチョ・ソンジンさん。

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また隠れる。

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さらに隠れる。

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そして、目を逸らして1枚。リアクションからして本当に写真が嫌だとは思えないんですよ。こういう写真もあるので。
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(頼んでもいないのにカメラ目線)

写真を撮らせないで困らせることに快感を覚えてしまっているのでないといいんですが。
やはり、シャイボーイの心理はわかりません。
肝心の演奏ですが、ステージ1、ステージ2とも、みずみずしくドラマティック、正統的な中に自由さのある音楽が強い印象を残し、聴衆からも大きな人気を集めていました。とくに、バルトークの「野外にて」とリストのロ短調ソナタは、ガッツリ心に届きました。また聴きたい!

長くなりましたが、ここまでツイッターでばらばらとつぶやいていた情報も含め、一気にまとめて書いてみました。
これから5日間にわたるファイナル、引き続きすばらしい演奏を楽しみにしましょう!

ステージ2、通過者と演奏順

昨日夜遅く、ルービンシュタインコンクール、
ステージ2に進む16名の参加者が発表されました。

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審査方法は、各審査員が次のステージに進むべきと思う16人と、予備としてmaybeの3人を選び、集計するというシンプルなスタイル。審査委員長のアリエ・ヴァルディ氏が通過者の名前を読み上げ、コンテスタントたちが登壇します。
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昨夜11時すぎまでおこなわれていた結果発表から一夜、日をあけることなくステージ2が始まります。通過者が後半に集中したので、中盤以降に登場した人も今日いきなり弾くことになります。

日本勢、尾崎未空さん、吉田友昭さん、そして工藤レイチェル奈帆美さんとかなり残ってます。ファツィオリを弾いた人も5人中3人が通過。若い可能性を秘めたピアニストと、成熟したピアニスト、両方が半々くらいという感じでしょうか。楽しみな顔ぶれです!

一方、次のステージも聴いてみたいと思っていた何人かのピアニストが残らず、残念に思ったり、事情を聞いて驚いたりする部分もありましたが、これもコンクールの常ですね。また別のステージで聴けることを楽しみに。

さて、ステージ2は、ステージ1より少し長い50~60分のリサイタル。
課題曲はステージ1と同様とても自由。どんな演奏が飛び出すでしょうか。

テルアビブの人々、そして選曲について考えたこと


ここテル・アビブの街にはとにかくネコが多いです。
人間より多いんじゃないか?というくらい、頻繁に猫が出没します。
ネコ好きの人なら、いちいちつっかかって前に進めないだろうというくらい、味のあるネコさんがあちこちに。ホールのエントランスはネコさんのたまり場のようで、夕刻になるとだいたい集合しています。

ところでここでテル・アビブについて改めてご紹介。
イスラエルという国は、東側に、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖地エルサレムがあることでも知られていますね。
一方のテル・アビブは地中海に面した西側に位置する、イスラエル最大の都市です。
国連ではイスラエルの首都はテル・アビブとしていますが、イスラエル側は、首都はエルサレムだと主張しているとのこと。
ご存知の通り、地域によっては宗教的、政治的問題を抱えていて、治安も悪いです。
今回イスラエルを訪れるにあたってどんな街だろうかとうっかり“イスラエル”のワードでGoogle画像検索をしてしまったところ、ものすごく陰惨な画像がたくさんヒットしてしまいましたので、みなさんくれぐれも試さないように。
テル・アビブは治安も良く安全です。なので、テル・アビブで検索すれば問題なかったんですが…。

テル・アビブにはどこまでも続く美しいビーチがあり、この季節には特に、休暇を過ごす長期滞在の観光客も多く見られます。緑も多く、人は親切で、それぞれが良い感じに自由に(自己中に?)生きているという印象。
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外国人にとって少し驚きなのは、ユダヤ教の「安息日」(シャバト)の習慣。金曜日の日没から土曜日がそれにあたります。
そのため、ホールもお客さんが増えるのは金曜と土曜。日曜日の日中は、平日以上に人が少なかったです。

安息日には機械を操作したり、火を扱ったりしてはいけないそうです。そのためたくさんのレストランなどが閉まっているのはもちろん、例えばエレベーターが各階停止の自動運転になっていたり(ボタンを押すことによる電気の反応で火花が発生することがダメらしい)、はたまた聞くところによると、ホテルのロビーにあるエスプレッソマシンのスイッチも入れられないようになっていたりするとかで、初めての滞在だと驚くような習慣に遭遇します。
そういえば、金曜、土曜とアパートの階段の電気が消えて真っ暗でかなり怖かったのですが、これもシャバトゆえか…。それともたまたま消えていただけなのか。

一方、安息日はどうした?というくらい、年中無休24時間営業のスーパーも多いので便利なところもあります。しかもそれを教えてくれる店員さんが大体ものすごく得意気です。こういうときには、イスラエルの人かわいいなと思います。

ただ、イスラエルの人の自由さ、無邪気さをかわいいと思えないのが、ホールでのマナーです。配信をご覧の方はお気づきかもしれませんが、携帯が鳴ることはしょっちゅう。
ある日など、となりのおじさんはワルトシュタインに合わせて貧乏ゆすりをしているし、前に座っているおばさんは膝の上に置いたビニール袋を意味もなく手でモミモミして音を立てつづけているし、その横には演奏中に何度もひそひそ話を続ける人がいて、それをなんと前述のモミモミおばさんが注意するなど、無法地帯状態でした。
いつもそうだというわけではないのですが、おかげでこの滞在中で、雑音を排除して演奏だけに集中する能力が鍛えられそうです。

さて、そんなルービンシュタインコンクールも、ステージ1の5日目が終了。
明日19日が最終日となり、直後に結果発表が予定されています。

ここまで聴いてきて感じていることは、つくづく、プログラムの選び方って重要だなということ。派手で聴衆の反応を得やすいとか、技巧や音楽性で審査員にアピールできるとか、そういう意味でももちろん重要だとは思いますが、やっぱりピアニストの個性に合ったプログラムであることが大切だなぁとつくづく。
以前ご紹介したとおり、このコンクールのリサイタル課題曲はかなり自由で、「ステージ1、ステージ2のいずれかで、古典派、ロマン派、既定の現代作品が入っていればあとはなんでもいい」というものです。
つまり、苦手な分野があれば、ある程度“ごまかせる”わけで。
それなのに、例えば(あくまで私の視点から見てですが)あまり色気のあるタイプと思えないのにやたらロマン派や近代作品から妖艶系のプログラムを選んでいたり、あまり音の粒を揃えて弾くのが得意そうに見えないのに、バッハやモーツァルトばかりのプログラムを組んでいたり。いや、もちろんこれはあくまで私がそう感じるというだけで、実際には見事にその作品向きの技術をお持ちなのかもしれませんけど、やっぱり、もったいないなと思ってしまいます。
だからといっていかにも“課題曲に古典派が入っていたからできるだけ短くて華やかなものを弾いてごまかします”みたいなのがミエミエでも、微妙ですけどね。
プログラムの組み立てって難しいですね。

まあ、これはコンクールに限った話ではないのかもしれません。普段の演奏会でも、ご本人が得意と思っている作品と、聴く側がこの人にはこれが合うと思うものが違うというのは、時々あること。
ポートレイトなどで、他人が選ぶ写真と本人が気に入っている写真が違うというのと似たようなものかもしれません。というより、何のジャンルにおいてもあることですよね。
前に誰かが言っていました。人は自分のことには絶対に客観的になれないと。
その事実を心の片隅で覚えておくか否かの違いは大きいと思いますが。

というわけで、最後はだいぶ話がそれましたが、明日はいよいよステージ1最終日&結果発表です。みなさんが次のステージも聴きたいと思ったピアニストは残ってくれるでしょうか…。