ファイナル結果発表、ピアニストの言葉


少し記事のアップまで日が空いてしましましたが、現地時間5月29日の深夜、ルービンシュタインコンクール、審査結果が発表されました。

第1位 アントニ・バリシェフスキー(ウクライナ、25歳)
第2位 スティーヴン・リン(アメリカ、25歳)
第3位 チョ・ソンジン(韓国、20歳)

ファイナリスト賞
レオナルド・コラフェリーチェ(イタリア、18歳)
アンドレイス・オソキンス(ラトヴィア、29歳)
マリア・マゾ(ロシア、31歳)

◇副賞
イスラエル人作曲家作品賞 アントニ・バリシェフスキー
室内楽賞 チョ・ソンジン、アンドレイス・オソキンス
ジュニア審査員賞 チョ・ソンジン
古典派協奏曲最優秀演奏賞 レオナルド・コラフェリーチェ
ショパン作品最優秀演奏賞 レオナルド・コラフェリーチェ
22歳以下のファイナリスト最優秀演奏賞 レオナルド・コラフェリーチェ
聴衆賞 マリア・マゾ

インターネットで聴いていたみなさん、結果についての感想はいかがでしょうか。
正直に申し上げまして、わたくしはびっくりいたしました。
優勝したバリシェフスキーさんは、完全にノーマークでした。演奏面からも経歴面からも、ノーマークでした。1次からノーマークな人でしたし、ファイナルの演奏を聴いてますますノーマークになった人でした。
バリシェフスキーさん、なんだか素朴でいい人そうだし、リサイタルの時は安定した演奏を聴かせてくれていました。そしてご自身は自分の音楽をしているだけで、私がたまたまそれに強く惹きつけられていないという、趣味の問題なのではありますが、この過去の記事を読んでくださっている方はお気づきのとおり、彼は私がモーツァルトで全然音が聞こえなかったと書き、プロコフィエフでねっとりした演奏だったと書いてしまった人です。
というわけで、結果にはそりゃまぁびっくりしました。むしろ、ご本人もびっくりしているようにすら見えました。それは単に彼の純朴そうなまぁるい目のせいかもしれませんが。

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結果発表の様子はこんな感じでした。
審査員やスポンサー、そしてコンテスタントが全員登壇すると、
ステージ1の演奏直後にあらかじめ撮影していた「優勝するのは、どんな気分か」についてのコメント動画が上映されまして。ステージ1のバックステージでとあるコンテスタントが「優勝するのはどんな気分かって今聞かれたんだけど。意味わかんない」と言っていて、なんのこっちゃと思っていましたが、ここで流すためのものを撮影していたわけですね。
そして、今年から始まったジュニア審査員(地元の音楽学生が審査員を務める)による審査結果、各種特別賞、聴衆賞が発表されました。合間には、5月28日に二十歳になったチョ君のお誕生日をお祝いするケーキが渡される場面も。

そして、ようやく最終の結果発表。

で、会場の雰囲気からして、結果に驚いたのは私だけではなかったようです。大きな拍手がもちろんわきましたが、多分熱心に最初から聴いていたと思われる人たちの中には、むっつりした表情ですぐに席を立つ人がけっこういました。
そこにきて、絶妙のタイミングでどーんと国歌斉唱。帰ろうとしていた人も立ち止まり、今にもお隣同士で論争を始めそうだった人たちも、おとなしく国歌を斉唱するのでした。
なんて計算しつくされた流れ……と、どうしても思えてしまいました。ひねくれていて、すみません。

その後、現地でコンクールを最初から聴いていたいろいろな人と話をしていて、「バリシェフスキーが優勝すると思ってた!」と言う人は、私が聞く限りはちょっといませんでしたね。やっぱり、多くの人にとって予想外の結果だったと思います。
バリシェフスキーさんが良いピアニストでないと言っているわけではないのですが、今回のファイナルの出来を多くの人が「ああ、彼はちょっと本選うまくいかなかったね」と認識していたため、みんなびっくりしたのかなと思います。同時に、インパクトの強い演奏をした人が他に何人もいましたし……さらに別の面から言えば、審査員の元弟子系の実力派もウヨウヨいましたからね。そんな意味でも、ダークホースでした。

私が普段話をするのは、だいぶ音楽を聴き慣れた人々や関係者が多かったわけですが、それにしてももちろん“専門家”の審査員ではありませんから、その多くの印象がちょっとズレていたのかも。こればっかりはわかりません。その後のレセプションでも他のコンテスタントのほうがいろいろな人から声をかけられていて、バリシェフスキーさんがぽつんとしていることが多く、ますます変な感じがしてしまいました。
これから優勝者ツアーがありますが、彼がそれぞれの演奏会で、期待に応える演奏を披露してくれたらいいなと思います。
審査結果について、何人かの審査員にも話を聞いています。それはこの次の記事で。

さて、なにはともあれファイナリストたちのコメントなどをご紹介。
今回はファイナルの最後にピアノをスイッチする人が続出し、6人中5人がファツィオリで演奏するという前代未聞の出来事もあったので、その理由についても聞いています。

まずは、最年少でファイナリストとなり、いろいろな副賞をゲットしていたコラフェリーチェさん。結果発表前に聞いたお話です。
(それにしても、ファイナルであれだけの課題を演奏しながら上位3位以外には順位が与えられないというこのスタイル、いつもなんだかなーと思います……)

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─すべて演奏を終えて、今の気分は?
3週間近く、一生懸命毎日6、7時間練習して、ナーバスな時間を過ごし、やっとここまでたどりつくことができて、とにかくうれしいです。結果は重要なことではありません。このコンクールで演奏できたことがとてもいい経験になりました。
─ファイナルのラフマニノフではピアノをファツィオリに変更しましたが、その理由は?
スタインウェイ、ファツィオリ、どちらもすばらしいピアノでしたが、このタイプのホールでラフマニノフを演奏するならファツィオリがいいと思いました。
室内楽と古典派協奏曲で弾いたベートーヴェンのような、しっかりと組み立てられた構造を持つスタイルの作品では、スタインウェイの音がとても合いました。
一方、ラフマニノフはまったく別の世界を持っている作品です。ファツィオリはピアノが軽く、音も豊かで、ラフマニノフを弾くにはぴったりでした。弾いていてとても心地よかったです。

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続いて見事聴衆賞に輝いたマリア・マゾさん。
ファイナルの最終ステージ、最後の奏者として大いに会場を沸かせ、唯一アンコールも弾きました。日本での演奏会が企画されそうな話があるようなので、楽しみですね。

─このコンクールを受けることにした理由は?
以前からこのコンクールには挑戦してみたかったんですが、ヴァルディ先生の元で勉強していたので参加できませんでした。でも、先生の元から離れて演奏活動をするようになってずいぶん時間が経ったので、そろそろ受けてもいいかなと思って。
─ファツィオリを選んだのはどうしてですか?
以前、初めてファツィオリを弾いたときに、すごく自分に合うと思いました。でもおもしろいもので、私の友人のピアニストが演奏してみたときは、何かしっくりこないしうまく扱えないと言っていましたね。
今回も2台のピアノを試してみて、ファツィオリは私のためのピアノだと思うほどぴったりときたので、選びました。

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そして第1位に輝いたアントニ・バリシェフスキーさん。
そのワイルドな頭髪と髭のイメージとは少し違って、丁寧に言葉を選んで語る、優しそうな人でした。本選になってフルフェイスのヘルメット的な印象はちょっと薄れたので、少し髭を整えたのかな?と思って、ステージ1の動画と見比べてみましたが、同じでした。ただ見慣れただけかも。
結果発表が終わって、プレスの取材が一区切りつくと、何かものすごく急いでホールの外に去って行こうとします。
待って待って!と呼び止めますが、今にも立ち去りたいという感じ。外で誰か待ってたのかな?

─日本の聴衆のためにコメントをください!
え?
─みんなインターネットで聴いているんですよ。だから日本の人たちにもコメントを。
はぁ、そうなんですか。
─結果が出て、今の気分は。
とても幸せです。僕に票を入れてくれたみなさんに感謝しています。それから、僕がいいピアニストだと信じてくれた人にも感謝してます。うふふふ!
─ところで、最初から最後まで、普通のステージ衣装ではなくシャツ姿でしたね。
そうなんです、好きじゃなくって……。

(その後、レセプションで再び発見)

─ちょっとお話を聞かせてください。
ちょっと待って…(モグモグ)、飲んでいて、食べないと酔っ払っちゃうから…(モグモグ)。
─そうね、空腹にお酒は危険だよね。
(モグモグ)。…はいどうぞ!
─ひとつ加えてお聞きしたかったのは、ファイナルでどうしてピアノをファツィオリに変えたのかなということなのですが。
理由はこのホールです。ピアノ選びの時は、スタインウェイが心地よかったのでそちらを選びました。最初の3ステージはもっと小さいホールでしたし、そこで弾いていたレパートリーにはスタインウェイが合っていました。
でもこちらの広いホールでは、スタインウェイのソフトな音だと充分でありませんでした。ロマンティックな作品だったらよかったかもしれませんが、プロコフィエフには、音量、そしてブライトな音が必要でした。このファツィオリはとてもリッチな音を持っていて、これなら自分のアイデアが再現できると思ったので。
─ファツィオリの音の印象はどのような感じでしたか?
高音部のオクターヴを弾いたときのヴォイスがとても好きなんですよね。とても輝かしい音を持っています。これこそが、僕がプロコフィエフに必要だと思ったものです。

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第2位のスティーヴン・リンさん。
いつもいろいろなコンクールで見かけるんですけど、ちゃんとお話をするのは今回が初めてです。若いころ長らくジュリアードでカプリンスキー審査員のもと勉強していた人です。

─すべてを終えて、どんな気分ですか?
ファイナルまで参加できたことをとても幸運だったと感じています。全部が終わってとにかくうれしい。スケジュールもタイトでしたし、大変でした。
─最後のステージでピアノをファツィオリに変えたのはどうしてですか?
アントニ(・バリシェフスキ)がスタインウェイを弾いているオーケストラリハーサルを少し聴いて、彼のような大きい男が弾いているのに音が良く聴こえない、これは良くないなと思って変えることにしました。多分他のピアニストにとってもそれが問題だったんだと思います。後ろ半分の席に音が聴こえないというのは、問題でしょ。
─ファツィオリの音の印象は?
とてもブリリアントで、大きなホールであのピアノを演奏するのはすごく楽しかったです。
─ところで、このコンクールを受けることにした理由は?
アンドリュー・タイソンって知ってる? 仲のいい友達なんだけど、彼が受けようよというから、確かに一緒に行って向こうで楽しめばいいかなと思って一緒にエントリーしたのに、彼は急に自分だけ棄権したんだよ! 僕はもうその時には飛行機を予約してしまっていてキャンセルできなかったので、仕方なく来たんだ。ひどいよね(笑)、信じられないでしょ。これでしばらくコンクールに出るのはお休みしようかなと思っています。
─こちらでの生活はどうでした? ファイナル前までは練習がアップライトで大変だったのでは?
最初はすごく大変だと感じました。でもなぜかだんだんアップライトが気に入ってきちゃって。ファイナルになったらグランドで練習できるんだけど、なんだかアップライトピアノが恋しくなってしまいました。家にアップライトピアノ買おうかな。
─コンテスタント同士相部屋というのも大変そうだなと思いましたが。
最初はすごく変な感じだったけど、なんだかけっこう楽しかった。
─ステージ2では吉田友昭さんと一緒の部屋だったそうですね。
そうそう! 僕すごく楽しかった。トモアキのほうがどうだったかわからないけど(笑)。
─人生とか幸せとかについて語り合った、とかって聞きましたけど。
そうそう。いろいろ意見を交換してめちゃくちゃおもしろかった。彼と話をするのはすごく好きだったなぁ。あははは!
─やっぱり、既婚の一児の父の意見はオトナ?
そうそう、あははは!!

(よっしだ君の話になると、なぜかものすごく嬉しそうなスティーヴン氏でした。)

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そして第3位のチョ・ソンジンさん。
(最終ステージ終演後、結果発表前に聞いたお話です)

─最後のステージ、お客さんの盛り上がりがすごかったですね。チャイコフスキーの協奏曲、アグレッシブな感じがして素敵でしたよ。
アグレッシブ……そう(笑)?
─あ、私の個人的な感想だから無視してください。とにかくフレッシュなエネルギーを感じたということです。
チャイコフスキーのピアノ協奏曲は、とてもロマンティックな作品ですよね。僕ももう20回も弾いている作品です。いつもこの協奏曲を弾く時は、この作品を弾く初めての人間が、初めて弾いているような気持ちを持つようにしています。より深い情熱を込めて、ダイナミックに演奏したいから。それがそういう印象になったのでしょうかね。とくに1楽章と2楽章で大きなコントラストをつけたいと思っていました。2回ほどオーケストラとうまく合わなかったところがあったけど、指揮者もオーケストラも素晴らしかったです。
─ファツィオリにピアノを変更したのでびっくりしました。
僕もびっくりしました(笑)。本番の朝リハーサルで弾いてみて、変更したんです。
─どうして変えることにしたんですか?
古典派協奏曲のあと、音がクリアでなく2階では聴こえにくかった、同じ曲をファツィオリで弾いたマゾさんの演奏は聴こえたという意見を聞いたんです。最初はそういう話は気にしていませんでした。他の人たちもスタインウェイを弾いていたから条件は同じです。でもインターネットで最終ステージ初日の3人が全員ファツィオリに変えているのを聴いて、びっくりして。リスクを取るべきでない、僕も同じ状況で演奏したほうが良いと思ったんです。でもね、正直言ってどんな楽器かということは大きな問題ではないんです。これまで数々の大変なピアノで演奏をする経験がありました。もちろん、ピアノが良い音であることは重要なんですけど、弾きやすいかどうかなど、実は僕にとってあまり関係ないんです。
─ファツィオリの音の特徴をどう感じましたか?
とてもクリアな音でした。このホールは音響が良くないので、スタインウェイだと音が分散してしまう感じがしました。ファツィオリの音は密度が濃くまっすぐに届く感じがしたんです。
─パリでの生活ももうだいぶ経ちましたね。
2年近く経ちました。でも、演奏活動などで留守にしていることが多いので、実質パリにいるのは1年くらいかも。
─コンサート活動がたくさんあるけれど、さらに今回もこのコンクールを受けることにした理由は?
ヨーロッパでの演奏活動をもっと増やしていきたいからです。アジア人、とくに韓国のピアニストにとってはやはりコンクールでの経歴が必要ですから。僕が日本でコンサートをできるのも、浜松コンクールに優勝できたからです。みんな僕があまり緊張していないと思っているみたいですけど……いつも表情がこんな感じですから……演奏会の前はすごく緊張するし、とくにコンクールは好きじゃないんですけどね。
ところで僕、昨日(28日)が20歳の誕生日だったんです。僕はステージ2の演奏順が4番目だったから、ファイナルに進んだら日程的にきっと初日になって、ステージの上で誕生日を迎えられると思ったのに、僕の前3人が全員通ったから2日目になっちゃって。おかげで昨日は誰にもおめでとうと言われず、一人でずっと練習して誕生日を過ごしたんですよ。

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最後に、なんだかかわいく撮れたチョ君とスティーヴン氏の写真。
あんまり似ていない兄弟みたい。
チョ君、誕生日は練習漬けで寂しかったようですが、その後の受賞式でステージ上で誕生日ケーキを贈られ、2000人の聴衆からお誕生日を祝われたので、よかったよかった!
彼には次の来日公演についてなどいろいろお話を聞いていますが、それは別の場所でご紹介します。