中国のメーカーを弾いたピアニストに話を聞いてみた

コンクールは社会の縮図だと、以前あるピアニストが話していましたが、自分がコンクールに関心を持っている理由の一つは、これを追うことが社会や芸術について考えるきっかけを与えてくれるからです。
芸術の価値とは何か、時代とともに変化するのが当然なのか、そして芸術性の追求はビジネスと両立できるのか。夢を追う上で大切なことは何か、執念と引き際はどうあるべきなのか…。
そしてコンクールが開催される国の文化や生活習慣、歴史について、さらには政治とのかかわりを知ることができるのも、おもしろいところ。
そういう意味で特に、ロシアという国で開催されるこのチャイコフスキーコンクールには、本筋である記憶に残る音楽との出会いのほかにも、たくさん興味を引かれることがあります。

そのようなわけで、今回の私のコンクールへの関心の一つは、新しく中国のピアノメーカーが初参加したことです。
経済発展や国際社会におけるビジネス分野での成功も目覚ましい中国。そんな中国のピアノメーカーが、ロシアのコンクールに初めて挑む。芸術の世界の話とはいえ、ロシアと中国の経済面での複雑な関係性、中国の大企業の資金力の影響など、考えずにいられません。そして、そんな中で日本のピアノメーカーは、この状況をどう見ているのか。

最初中国のメーカーがピアノを出すと聞いたときは、えっ、大丈夫なの?みたいなことを考えてしまったわけですが、実際、楽器を聴いてみたこともないのにそんな風に思うのは失礼だったと反省しています。そもそも、今やこうして世界のピアニストから愛されているヤマハやカワイだって、1985年に初めてショパンコンクールのステージに乗ったときには、誰が弾くの?というスタンスで見られていたのかもしれません。メーカーの人たちの努力があってようやくステージに乗せることが実現し、そこから少しずつ評価を高めていって、今がある。何にでも始まりはあるわけです。

さて、その中国のピアノ。これはパーソンズ というメーカーの、長江(Yangtze River)という楽器です。

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ロゴマークが漢字なんですね。日本のメーカーは、そこは欧文と万国共通のマークというスタイルに合わせてきたわけですが、さすが中国、大胆さというか、自国文化への当然の誇りが感じられます。

今回、25人の参加者のうち、2人がこの長江を選びました。どちらも中国のピアニストで、初日に登場しました。思ったより普通にいいというか、そんなにクセもないピアノで、ただ弾き手によって全然違って聴こえるなという印象(まあ、それはどのピアノでも同じですが)。うわさによるとスタインウェイを追い求めている系のピアノだということなので、なるほど。この辺りのことは、近いうちにパーソンズ の方に聞いて見たいと思います。

さて、演奏を聴いたわたくし、好奇心が抑えきれず、長江を弾いたYuchong Wuさんに、お話を聞いてみました。


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(中国で生まれ育ち、ジュリアードで勉強しているWuさん。ちょっと日本の言葉を知っているみたいなのでびっくりしたのですが、2013年の仙台コンクールに出ていたようですね)

◇◇◇
—チャイコフスキーコンクールの舞台で演奏してみて、どうでした?

とても緊張しました。そうならないようにしたかったけど。あの強烈な空気を感じたら…こればかりはコントロールできませんね。今日の自分の演奏を評価するとなると、いいところも問題点もありましたが、今はそのことは考えないようにしてます…なるようになるって思うようにして。聴衆が楽しんでくれていたらいいです。

—今回は中国の長江を選んで演奏されましたね。私は今回初めて音を聴きましたが、クオリティに驚きました。この楽器を選んだ理由は?

中国のピアノが国際コンクールに参加するのは初めてのことですよね。そんななかで、自分の祖国のブランドのピアノを演奏できることは誇りだと思ったからです。ほんのちょっとしか弾いたことがないので、選ぶのはチャレンジでしたが。でも、このピアノは中国で作られたグランドピアノとしては最高の楽器だと思います。今回は、そのクオリティと価値を世界に紹介するとても良い機会だと思いました。

—ピアノのどんなところが気に入りましたか?

とてもいいピアノですよ。ただ、これはピアノではなくて僕自身のせいかもしれないけど、本番まで違うピアノで練習していたこともあって、ステージで最初にピアノに触った瞬間、音が変だって思ってしまったんです。でも、ホールや音響、もしくは僕のせいかもしれない。

—日本のメーカーは1985年に国際コンクールにピアノを出してからここまで少しずつ上を目指してきたわけですが、いまこうしてこのクオリティの中国のピアノが突然でてきてどこか恐れているようなところもあるでしょうし、ショックも受けているんじゃないかと思うんですよ。

ショックは、僕もですよ。最初に楽器を触ったときはショックをうけました。国際的な市場、音楽界のことを考えても、中国のピアノは大きく前進したと思いました。中国人にとって素晴らしいことです。

—以前このピアノを触ったのは、中国で?

はい、中国でほんの少しだけ。だから本当にチャレンジングな選択だったんですよ。

—勇気がありますね…すごい。

そうですね…特にホールで演奏したときにどうなるかはわかりませんから。とりえあず終わってよかった。少しリラックスしたいです。

◇◇◇

というわけで、なんと、この全世界に配信される舞台で長江を弾くことで、世界に中国のピアノのレベルを紹介したいというのが主な動機のようでした。25人に入るのも難しいなか、やっと出場の切符をつかんだこの大舞台で弾いたことのない楽器を選んだのですから、すごい使命感です。しかもセレクションを見ていた方の情報によると、Wuさんはほとんど、このピアノを弾くぞという雰囲気でセレクションに臨んでいたみたいです。
ちなみにWuさん、お話を終えると、僕に話を聞きにきてくれて本当にありがとう、気をつけてね、と言って去って行きました。いい子!

日本のピアノメーカーが国際コンクールに参入して35年。コンクールを舞台にしたメーカー同士の競争と技術革新はもちろん今も続いていますが、一旦それが少し落ち着いた戦いというか…あっちが勝つこともあれば、こっちが勝つこともある、という雰囲気が少し強くなっていたのが、ここからまた、新しい勝負の時代が始まるような予感がします。いい楽器が生まれ、調律の技術がどんどんあがることに純粋につながるといいですけれどね。

この後少しずつ、各ピアノのお話についてご紹介していくつもりですので、お楽しみにー。

 

チャイコフスキー国際コンクール、オープニング・ガラ

久しぶりに訪れたモスクワ音楽院大ホールは、冷房が入り、快適になっていました。
8年前はまだ改修工事が完了していなくて、冷房がきかず、ステージ上がかわいそうなくらい暑くなってしまっていたんですよね。あのときは、オーケストラも上着を脱いで登場。出場者もすごく暑そうでしたが、ついにトリフォノフがカーテンコールの何回めかで上着を脱いでしまったことが思い出されます。

昨日はこの会場で、ゲルギエフ指揮、マリインスキー・オーケストラによるオープニング・ガラ・コンサートが行われました。わたくし、16時に空港について、大急ぎで19時開演のコンサートへ。着いて早々モスクワの路地裏を爆走し、ロシア人のアニキたちをビクッとして振り返らせるということをやらかしてしまいました。(背後から駆け寄ってきた強盗じゃないから安心してくれ…)

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プログラムはオール・チャイコフスキーで、「くるみ割り人形」の抜粋、前回コンクールグランプリのモンゴルのバリトン歌手、アリウンバートル・ガンバートルのソロによる「スペードの女王」から「あなたを愛しています」、そして、前々回のグランプリ、ダニール・トリフォノフのソロによる、ピアノ協奏曲第1番。

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トリフォノフは、昨年冬の来日ツアーがキャンセルされたので、聴くのはとても久しぶりでした。隣に座っていたとあるマネジメントのお方が、「高坂さんの記事に出てた、斜め掛けバッグしたまんま写ってた写真、8年前ですもんねー。なつかしい」とおっしゃっていましたが、本当にトリフォノフ氏、立派になりましたね。
大音量のオーケストラと重なる部分でもがっつり抑揚が聴かせられる音の通りはさすが。大胆な歌い回しも相変わらずで、おもしろかったです。ピアノはファツィオリ。

トリフォノフは2010年のショパンコンクールでファツィオリのピアノを弾いて3位入賞しましたが、翌年2011年のチャイコフスキーコンクールではスタインウェイを弾いていました。
思えば、ファツィオリがコンサートグランドの大幅なモデルチェンジをしたのは、その直後のこと。2014年のルービンシュタインコンクールでは、ものすごくパワーのあるピアノになっていました。あのコンクールを境に、パオロさん(社長)の中で、ロシアもののレパートリ、それもコンチェルトではえる音が鳴らせるピアノに…という想いが強まったものと思われます。
ちなみに、ルービンシュタインコンクール中に調律師さんに伺った話はこちらで読めます。

さて、話がそれましたが、ガラコンサートは大いに盛り上がって終演。
コンサートの様子はアーカイヴで聴くことができます。

そして翌日6月18日、いよいよ1次予選がスタートします。
初日から実力派揃いですが(というか、毎日そうですが)、日本でおなじみの面々は、2015年ショパンコンクールファイナリストのイーケ・トニー・ヤン君(今回はYang Yi Keの名前で登録されていますね)、ドミトリ・シシキン君あたりでしょうか。
ライヴ配信でも、アーカイヴ配信でも観られます。

ちなみに、エイベックスの方(mediciの日本語配信サイトをやっている)からいただいたチラシの情報によると、各日のライヴ配信スタートの日本時間は、こんな感じだそうです。
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(持ち歩いていたらクシャッとしてしまいましたすみません…)

チャイコフスキー国際コンクール、モスクワから記事を更新します

6月17日~29日に開催される第16回チャイコフスキー国際コンクール、ピアノ部門を現地で取材することになりました。
こちらの「ピアノの惑星」やツイッターでゆるやかに情報を配信していきますので、
みなさまのネット鑑賞、そしてお気に入りのピアニスト発見のお役に立てていただけたらと思います。

ピアノ部門出場者は、わずか25名。出場者リストはこちら

相当な数の実力者が応募していたようなので、書類&DVD審査を通過するだけでもかなり大変だったようです。結果、1次予選から、すでに注目されている若手ピアニストのミニリサイタルを連続して聴くみたいなことになりそうです。
もう日本にマネジメントがあったり、来日リサイタルをしたことがあったりする人もたくさんいますね。日本人では、藤田真央さんが出場します。

1次予選の演奏順も発表されました。こちらで見ることができます。

1次予選は6月18日(火)、現地時間13時スタート。
ライヴ配信ももちろんあります。日本とモスクワの時差は6時間。
上記のページは「Select Time Zone」から日本を選ぶことができるので、日本での配信の時間を簡単に確認できてべんりですね。

で、今回のピアノ部門、豪華なコンテスタントの顔ぶれに加えて注目すべきは、ピアノメーカーがなんと5社出るということ。コンクールでおなじみのスタインウェイ、ヤマハ、カワイ、ファツィオリに加えて、なんと、中国のパーソンズも初参加するのです。
ついに! 中国のピアノが! コンクールのステージに…!
どんなピアノなんでしょうね。楽しみです。

ちなみに、ピアノ搬入の様子を紹介したロシアのニュース番組の映像がこちらで見られます。

ロシア語なので何を言っているのか私にはわかりませんが、
モスクワ音楽院大ホールへのピアノ搬入は、担いで登るしかないということが、とりあえずわかります…。

さて、チャイコフスキーコンクールでは、今回からこれまでのピアノ、ヴァイオリン、チェロ、声楽に加えて、木管、金管楽器部門も新設されました。ますます巨大化して、全部門一斉に開催。もし自分がコンクール事務局のスタッフだったらと思うとゾッとします。想像でしかありませんが。
開催地は、ピアノとヴァイオリンのみモスクワ、そのほかはサンクト・ペテルブルクです。
ゲルギエフが総裁に就任して3度目の開催…しかし、実務を担う事務局の体制が毎回のように変わり、さすがロシアンな混乱の中で全てが進行していることが、日本にいながらにしてじんわり感じられます(コンクール事務局とやりとりをしている感触で)。

4年に1度のチャイコフスキーコンクール、わたくし前回は取材をパスしているので、8年ぶりの訪問となりますが、諸々スムーズにいくのか、今から不安でいっぱいです。まあでも、行けばなんとかなる。

そのようなわけで、現地からの記事の更新、どうぞお楽しみに。

ホロデンコ、ゴドフスキー&スクリャービン&プロコフィエフを弾く

ヴァディム・ホロデンコ、今回は過去の優勝者として、
最年少で仙台国際音楽コンクールの審査に参加していました。
仙台コンクールもスタートして18年。
過去の優勝者が、審査員を務められるような
世界で認められるピアニストとなったということでもあり、感慨深いですね。
ちなみに野島稔審査委員長は、ホロデンコが優勝した
ヴァン・クライバーンコンクールで審査員を務めていらしたんですよね。
そのときホロデンコの圧倒的なステージについて、
「なんといいますか…聴衆を手玉にとるような演奏」とおっしゃっていて。
あの表現、結構インパクトあったなー。実際そんな感じだったし。

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(コンクール最後のレセプションに現れたホロデンコ氏。
いろいろ気になってつっこみたいと思いますが、まあちょっと待て。)

さて、そんなホロデンコ、
6月11日(火)に豊洲シビックセンターでリサイタルがあります。

6月11日(火) 豊洲シビックセンターホール
ショパン=ゴドフスキー:ショパンのエチュードによる53の練習曲より 作品10- 1・2・3・4・8・12、作品25- 9・11
スクリャービン:ピアノソナタ第6番 作品62、エチュード 作品2-1、作品42-5
プロコフィエフ:ピアノソナタ第6番「戦争ソナタ」イ長調 作品82

ショパンのエチュードが原曲より数倍難しくなっているゴドフスキーの難曲は、
なかなか生で聴く機会のない作品。
また、スクリャービン&プロコフィエフのソナタという、
ホロデンコ・ワールド全開になりそうな内容です。
で、仙台でお会いした際、演奏会について一言だけコメントちょうだいといったら、
すごく語り出してしまったので、せっかくなのでご紹介しますね。

◇◇◇

ーゴドフスキー、演奏するんですねー。楽しみです。

この作品は単なる“原曲よりも技巧的に難しいエチュード”というものではありません。ゴドフスキーは、ショパンが書いた音楽的なイメージを、外側は変えながら、優れたテイストを保って膨らませています。
それにこの曲は、19世紀から20世紀初めに存在していた、特別なテクニックのショーケースでもあると、僕は思うんですよね。
現代の私たちは何かを失ってしまった…みたいなことは言いたくないのですが、でも確かに、現代のピアニストのマナーやアプローチ、音は変化したといわざるをえません。そんな中、このゴドフスキーの作品は、古き時代のテクニックの記憶を呼び起こしてくれるように思うのです。

ーそれから、スクリャービンとプロコフィエフを演奏しますね。

スクリャービンのソナタは、これまで4番、5番と弾いてきて、今度は6番を演奏します。チクルスをしようとしているわけでもないのですが、僕にとって、スクリャービンのソナタは演奏するのがとても楽ししいのです。とくにこの4番から5番へ、そして5番から6番へと移る間に見られる作風の進歩が、とにかくおもしろい。
そして後半はプロコフィエフの6番。他の2曲の戦争ソナタに比べると、あまり知られていないうえ、一番簡単な曲だと思われているかもしれませんが、でもこの6番のソナタにはたくさんの特別な小さなディテールが隠されているんです。練習するたびに日々何かを見つけ、どんどん好奇心が増していく、とてもエキサイティングな作品です。

ーゴドフスキーのエチュードが入っているのを見た瞬間、ホロデンコさんがヴァン・クライバーンコンクールでリストの超絶技巧全曲を弾いていたステージのことを思い出しましたよ。

あー、弾きましたねぇ。

ーこういうプログラムを弾くのは、楽しいんですか?

うーん、楽しんでいるっていうとちょっと違うんですよね。ただ、まず肉体的に弾けるうちに弾きたいという気持ちがあるのは確かです。この年齢になると、これから身体能力が高まっていくことはないと思いますから。
ただ、この曲の技巧的な要素は一つの側面にすぎません。たくさんの要素を持つエチュードで、それぞれの曲が音楽的に大きく異なります。求められる技術にまったく遜色ない量の、多くのことを音楽的に語る曲です。
聴衆のみなさんには、この曲は確かに技巧的に難しく書かれているけれど、技巧ではなく、そこから浮かび上がる音楽的な要素を楽しんでほしいということです。

ー豊洲のホールに置かれているファツィオリを演奏しますね。

はい、とても気に入っています。
実はスクリャービンのプロジェクトを思いついたのは、ファツィオリのピアノのおかげなんですよ。楽器がインスピレーションを与え、パレットを広げてくれました。
例えば僕、最近、アレクセイ・リュビモフがハンマークラヴィーアを演奏するのをライブで聴いたのですが、その演奏と音自体が、この曲をどう弾いたらいいかというイマジネーションを広げてくれたんですよね。ファツィオリという楽器もそれと同じように、別の世界への扉を開いてくれたんです。
アイデア、想像、音の広がり。それから、音の混ざり方。…というのも、ファツィオリのピアノの魅力は、ポリフォニーを弾いたときの美しさにあると思うからです。何声も重なる曲を弾いたとき、このことを強く感じます。新しい地平を見せてくれるピアノです。

◇◇◇
往年のピアノテクニックのショーケースだというゴドフスキーも楽しみなのですが、お話を聞いてみて、ホロデンコが楽譜のあちこちからいろんなものをほじくり出した(言い方)というプロコフィエフ6番への期待が、がぜん高まってきました。

ちょこっとビデオメッセージをお願いしました。
相変わらず渋いお声。

 

で、みなさん気になっているでしょう、こちらのクマTシャツ。
クマが好きなんだそうです。
ああ、似てますもんね…っていう言葉が喉元まで出かかりましたが、
ぐっとこらえました。
言わずに我慢できたなんて、私も成長しました。

グリゴリー・ソコロフを聴いた

 今回の旅で特に楽しみだったイベントの一つは、モナコでグリゴリー・ソコロフのリサイタルを聴くということでした。日本に来てくれないソコロフ…ヨーロッパにいるときにうまくタイミングが合って聴けないものかと、いつもその機会をうかがっておりました。

モナコのモンテ・カルロへは、ニースから電車で30分ほど。そんなわけで滞在はニースです。

ニースには良い美術館がたくさんありましたが、中でもシャガール美術館は特別な空間でした。そして土曜日の昼なのに、すいている。
シャガール自ら生前に建造にかかわっていて、聖書の物語を描いた連作が展示されています。シャガールはユダヤ系ロシア人なので、いわゆる旧約聖書の物語が描かれています。自身の独創的な観点で物語が紐解かれていて、それは優しい光を放っていました。
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シャガールは神様と対話していた…音楽でも美術でも、心身を削ってこういう本質的なものを掴んで見せてくれるアーティストは尊いですね。改めてシャガールの宗教作品に囲まれてみると、本当に優しい人だったんだろうなと感じました。自分としては、この美術館に来て、なんとなくシャガール好きだなと思っていた理由がやっとわかった感じ。

 

さて、ソコロフのリサイタルです。モナコ公国、もしかしてビザが必要だったりするのかと思ったら、そのようなものは必要なく。さらにはフランスからするっと国境をこえて、いつの間にか入国できます。
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景色がとにかくすごい。光の感じ、色の感じがずばり違う。

会場は、モンテ・カルロのカジノに併設されたホール。
モナコは海と山が隣り合って勾配がすごく、ホールも、屋根は見えているのにどうしたらたどり着けるかしばし悩みました(このカラフルな部分が、ホールの屋根)。

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ホールの横から振り返るとこんな景色。
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会場はこのような感じです。
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ロビーには錚々たる顔ぶれの指揮者の写真が飾られていましたが、その中にヤマカズさんのいつもの写真発見。そういえば、モンテカルロ・フィルの芸術監督なんですよね。
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普段は音のことを考えて後ろのほうの席をとりますが、初ソコロフだし前の方でよくタッチを見たいなと、前から2列目のかなり左端のほうの席をとっていました。
すると開演直前に隣同士で座りたいカップルが、席をかわってくれないかと。彼女の持っていたのが、なんと一列目のど真ん中の鼻血シート。初ソコロフをすごい場所で聴くことに。この席で聴くことは滅多にないけど、たまに座ると、何もかも見えて楽しいものです。

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ソコロフのリサイタル、演目はベートーヴェンのソナタ3番とバガテルOp.119、ブラームスのOp.118と119。最高かよ…というプログラム。

ベートーヴェンは、初期のOp.2と後期のOp.119で全くタッチが変わって、そうですよね、そういうことですよね、と思う。正統的。なのに最初から最後まで、次は何が来るのかワクワクしっぱなし。1950年生まれということで今年69歳になるソコロフですが、全く枯れないタイプなんですね。こんなにいい意味でギラギラとしたブラームスのOp.118、119は初めて…でもそれがまたいい。逆立った毛をブラシで梳かして撫でてくれるような、そんな演奏(変な例えですみません)。

大歓声の客席を前にしても、ひとっつもニコリともせず、それなのに6曲もアンコールを弾いてくれる。ツンデレおじさんっぷりにまたシビれてしまいます。ロシア系のピアニストって、わりとときどきそういう人いますよね。プレトニョフとか、コブリンとか、なんかそういう美学があるんだろうなって思ってカーテンコールを眺めていると、逆にかわいらしく(?)思えてきます。このアンコールがまた、ラモーからラフマニノフ、ドビュッシーなどと、本当にいろいろなものを弾いてくれて、いろんなタッチと音を聴くことができました。

強音も弱音も、お腹の底から、脳の内側から揺さぶってくる。単に美しい音という表現では似合わない。ところどころで、強烈に含蓄のある音が鳴る。ソコロフの音は特別だというのはこういうことか…と思いました。生で聴くことができてよかったです。

時差や長距離のフライトがいやだという理由で、ずっと演奏活動はヨーロッパのみに限っているということですが、たくさんのピアノファンがいる日本にも来てくれたらいいのに。
誰かちょっとずつ移動させながらリサイタルをセッティングして、はっ、気づいたらウラジオストック!もう日本すぐそこだから行っちゃいなよ、みたいな感じで、だましだまし連れて来てくれたらいいのに。

一度聴けて満足したかと思いきや、次もヨーロッパにきたらチャンスを狙って行くと思います。

インドのオーケストラ、イギリスへ行く

シンフォニー・オーケストラ・オブ・インディアが、イギリスデビューする!
ということで、そのロンドン公演を聴いてきました。

演目はふたつ。先日私がムンバイで聴いた、ザキール・フセインのタブラ協奏曲を含むプログラムと、純西洋クラシックのプログラム(組み合わせを変えて数種類)。今回は、タブラ協奏曲なしの下記の演目を聴いてきました。場所はCadogan Hallです。

Weber: Overture to Oberon
Bruch: Violin Concerto No. 1 in G minor, Op. 26
Rachmaninoff: Symphony No. 2 in E minor, Op. 27

そもそもこのシンフォニー・オーケストラ・オブ・インディア(SOI)というオーケストラ、ナショナル・センター・フォー・パフォーミング・アーツ(NCPA)のディレクターであるサントゥクさんがロンドンであるオーケストラの公演を聴き、「我がムンバイのNCPAにもオーケストラを!と思い立って始めたものだということです。
そのロンドンでのコンサートでソリストをしていたカザフスタン人ヴァイオリニストのマラト・ビゼンガリエフさんを音楽監督に招き、SOIはスタートしました。
そのため、オーケストラの団員には、臨時でシーズンにやってくるカザフスタン人がとても多い!あとはロシア人。インド人団員は15人ほど。

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こちらのカザフスタンの大木凡人さん的な方が、ビゼンガリエフさん。この日のロンドン公演では、ヴァイオリン協奏曲のソリストをつとめました。

カザフスタン人は東アジア人と似た見た目の人も多いです。
ビゼンガリエフさん、日本では日本人に間違えられて普通に日本語で話しかけられるよ!とおっしゃっていました。
(たしかに、この色メガネとアーティスティックなヘアスタイルを除けば日本人ぽいかな…ちょっと個性的な風貌の日本人として話しかけられているんでしょうね)

私もバックステージでうろうろしていたら、カザフスタン人?と話しかけられました。さらにビゼンガリエフさんには、KOSAKAって、コサックじゃないか!私もコサックだよ!!と言われました。カザフスタンの人にとって、私の名前はコサックになるみたいです。

私がロンドンで聴いた演目は、ザキールさんのタブラ協奏曲がない、いわばごまかしのきかない演目なわけでしたが、指揮者がイギリス人のマーティン・ブラビンズさんということで、ムンバイで聴いた時よりもまとまりのある印象。とはいえ、弦の人々が思い思いの弓使いで演奏しているのは相変わらずです。

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お客さんの入りは6、7割。後半のラフマニノフの交響曲第2番のあとは、客席から大歓声があがっていたので、イギリスのお客さんからは好意的に受け入れられたようです。楽章ごとにためらいがちな拍手が出ていたので、この日の客層がどんな方々だったのかはよくわかりませんが。

今回、開演前のプレトークやビゼンガリエフさんのお話を聞いて、そもそも、自分(や周りの人達)が抱いていた、インド人が15人ほどしかいなくてインドのオーケストラといっていいのか?という疑問の答えというか、そもそもこの疑問を勝手に抱くこと自体が、彼らの考えていることからするとズレているのかもということを思いました。

彼らは、単に、ムンバイをベースにしたまともなオーケストラを持ちたかった。もちろんインド人の奏者が育って増えればいいと考えて、教育プログラムも行なっているけれど、インド人団員は結果的に増えればいいというだけで、第一の目的ではない。
むしろ、日本のオーケストはには外国人が少なく、そのことはある意味不自然なのではないかという議論が最近あることを思い出しました。
ビゼンガリエフさんともこの辺りの話をしましたが、「私たちはなに人だろうが、より優れた人の方をオーケストラに入れているだけだ」と言われてしまいました。さらには、日本オーケストラは、「例えば日本人と外国人の演奏家カップルが日本に住むことにして、演奏レベルが低くても日本人の方がすぐオーケストラに就職できて、外国人のほうはなかなか仕事が見つからないという例を聞いたけど」とも言われてしまいました…。
とはいえ、この外国人たちがシーズンごとに外国から呼ばれてやって来るわけで、めちゃくちゃにお金がかかるということ、そのお金があるならローカルな音楽家の育成やサポートに力を入れるべきでは?という疑問があるのも確かです。

さて。いくつかのロンドン公演の批評に目を通すと、アンサンブルの面や、とくにインド系イギリス育ちのダダルさん指揮の公演について、安全運転重視の演奏に厳しい評価が下された印象。

1960年にN響が世界ツアーをしたとき、ときどき酷評はあったものの概ね好評だったことを、ソリストだった中村紘子さんや堤剛さんが回想していたことと、ふと重ねました(16歳の紘子さんが振袖で弾いたことで有名な、あのツアー)。
中村紘子さん曰く、「黄色い顔をした発展途上国の蛮族が、自分たちの文化をこれだけ真似をして、いい子ちゃん、いい子ちゃんみたいな、非常に見下して寛大に迎えるというような形(中略)冒頭にはいつも、戦争で戦った敵国日本という表現が必ず入っていました」。
もう今は時代が違うということですね。他にも、団員がその国の人でないなど、いろいろ違うことはありますが…。

ザキールさんのタブラ協奏曲については、「パウダーのついた指と手のひらで、複雑なリズムを叩き、カデンツァはまるで催眠術のようだった!」なんて書かれていました。
ただ、厳しめの記事には、一握りのインド人しかいないこのオーケストラが、その名前にという名前にそったものになる日は来るのかだろうかということ、またザキールさんの曲自体について、西洋と東洋をつなぐという意味では月並みな結果だったし、もっとザキールさんが二本の手と二つの太鼓でオーケストラみたいな表現をするところを聴ける曲であって欲しかった、というようなことも書かれていました。

演奏を聴くというよりは、ロンドンでの反応が気になって見守りに行ったという感じのこの公演。聴衆は盛り上がっても、やはり批評は思った通り少し厳しいところもありました。

パペットショーどうでしょう

デリーでは今年も、学生時代にフィールドワークをしていたパフォーマーカーストのコロニーに顔を出してきました。相変わらずみんな元気そうでした。
(彼らについて紹介した過去の記事は、こちら

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こちらの中央のどっしりした男性が、コロニーの中で最も成功しているパフォーマー一座の長である、プーランさん。孫を両脇に抱えながら。

ピアノ雑誌の編集部時代、無謀にもインド特集を組んだとき、ピアニストの青柳晋さんを連れてこのスラムでパフォーマーと音楽的交流をしてもらったのですが、青柳さんが「京唄子師匠に似てるねぇ…」と言い出したので、プーランさんと話していると、ときどき唄子師匠のことが頭にちらつきます。
(そして、今改めてグーグルして見比べると、とくに似てないっていう…)

一家にリクエストされていたおみやげに加えて、子供が多いから日本のお菓子をと思って、この三角の小袋がたくさん入った柿の種のファミリーパック的なものを持っていったんです。
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すると彼ら、サモサだサモサだ!日本のサモサだ!とひとしきり盛り上がっていました。サモサっていうのは、こういう形の餃子風の皮にじゃがいものスパイス炒めが詰まった揚げ物です。形以外はまったく別物です。この人たち、三角紙パックの牛乳見ても、サモサだっていうのかな。

ところで彼らは数年前、デリーの政策で、もう60年も彼らが(勝手に占拠して)住んでいたスラムを立ち退くことを命じられ、700世帯ほど集まって住んでいたパフォーマーのカーストの家族たちは、何箇所かのキャンプにわかれて住むようになりました。キャンプといわれてどんな住環境なのか心配していましたが、むしろ衛生状態もよくなっていたし、警察署も隣にあって安全そう。本人たちも、クールな場所だぜと気に入っているようでした。

とはいえ、世界で一番有名なスラムと呼ばれた場所には、自然と世界のフェスティバルのオーガナイザーがスカウトに来ていて、それで仕事がなりたっていたのに、急に移動を余儀なくされたことでコンタクトが減り、一年ほどは仕事がなくて大変だったそうです。予期せぬいろんな問題が起こるもんだ。

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こちらは去年の写真から。結婚式開催ウィークだったので、みんな踊ってます。そのセンターで黙々とチャパティを焼く若奥さん。

 

彼らの伝統的なパフォーマンスは、この木製パペットでのショーなのですが、最近は仕掛けのある手の込んだ人形や、テレビからの仕事の依頼でセサミストリートのぬいぐるみを操ったりもします。

 

 

最近のホットな演目は、このビッグパペットによるショー。3メートルくらいあるでしょうか。ステージの横にスタンバっているだけで、子供はもちろん大人も集まってきてはしゃいでいました。

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(もし日本人の友達が一緒にいたら、じゃんがじゃんが的な…と言うところでしたが、残念ながらこのくだらない感想を分かち合える人は近くにいませんでした)

さて、わたくしが近年なんとか実現させようと思っている、このスラムでヴァイオリンなどの楽器を教えるプロジェクト(もともとパフォーマーなので、プラスワンのの技として取り入れて収入アップを狙う&天才発掘の企み)、実はヴァイオリンの先生を失って立ち往生中だったのですが、また新しいツテができて再スタートできそうです。

ちなみに先生が行かなかった期間、唄子師匠、一度子供達を集めて自分たちで弾いてみようと、私が置いてきたヴァイオリンを開けてチャレンジしてみたそうです。
「ギターとかは独学で弾く子も多いけど、やっぱりヴァイオリンは先生がいないとだめだね、3日で断念しちゃったー」
とのこと。むしろ3日も自分たちでやろうとしたことがすごい。

去年楽器を持っていった時も、いきなり見よう見まねで楽器を持って弾いてました。完全に初めて手にしたわりには、なんだかいい感じです。さすが。

さてこれからどんな展開になるか…新しい道を切り拓くために。がんばろう。

ヤマハがインド現地生産を開始、チェンナイ工場を見てきました

ムンバイまでは、インド楽器奏者の友人たちに助けてもらいながらなんの問題もなく過ごしてきましたが、チェンナイに夜遅く着いて、久し振りにインドあるあるのトラブルに遭遇。
レセプションで「今朝電話したけど出なかったから、部屋はキャンセルしたので、お前が泊まる部屋はない」っていわれるやつ…。

ここはひとつ頑固に譲らないぞ、でも怒っても仕方ないし…と思って悲しげな表情を見せたら、近くの同じ系列の別のホテルに部屋を用意してあげるから我慢してくれと。そしてご丁寧に、オーナー夫妻の妻が一緒にオートリキシャー(バイクタクシー)に乗ってついてきてくれるという安心のサポートっぷり。悲しげな表情がかなり効いたみたいです。
ただ、スーツケースもあってリキシャーの中は超ギュウギュウなのに、奥さんは膝に小学生の子供を乗せてついてきました。なんだろう、ちょっとしたアトラクション感覚なのか。

到着して早々あちこち連れまわされて疲れましたが、こういう優しいフォローは初めてです。まあそもそも、勝手にキャンセルするのがひどいんですけどね…。

そして部屋のバスルームに入ったら、トイレットペーパーが、立ち上がってなお見上げる位置にセッティングされていました。今まで見た中で最高です。
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チェンナイは南インドの大都市のひとつ。
言葉はタミル語なので、連邦公用語のヒンディー語は基本的に通じません。なので、困ったことがあるともうお手上げ…。

ヒンドゥー寺院の雰囲気も特徴的です。私はまだチェンナイは2回目なのですが、このカーパレーシュワラ寺院のプージャ(礼拝)の音が妙に気に入っていて、今年も見にいったりしました。

 

 

さて、ヤマハ・ミュージック・インディアのお話。

今年からインドで現地生産を開始、そのチェンナイ工場を見学してきました。まずはアコースティックギターとキーボードから、今後は音響機器の製造も予定しています。

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インドでアコースティック楽器の大規模生産をするのはヤマハが初めてだそう。
ただ、アコースティックピアノの現地生産の予定は、さすがに今のところないみたいです。
本社からの期待も大きいそうです…インドがヤマハさんの中で期待されているだなんて、なぜかしら、他人事ながら嬉しい。

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この工場では、積極的に女性を雇用しているということで、工場内にはたくさんの若い女性スタッフの姿が見られました。女性が外で働きにくいこのインドの地で、すばらしいこと!中心地から車で1時間半ほどのこの工業エリアには、日本の企業の工場がたくさんありますが、ほとんどが自動車関連なので、女性は働きにくいんだって。

食堂も完備で、朝昼ごはんが出るそう。海外の生産拠点あるある的な手口(?)みたいですが、朝ごはんを出すと、出勤をサボる人が減るらしい!

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社長の芳賀崇司さんは、これまでにも海外の生産拠点のお仕事を何箇所も経験しているそうです。(ランチをオススメするポージングの写真に付き合ってくださった、優しい芳賀社長)

いろいろとお話を伺いましたが、さすが素敵ななんとかなる精神の持ち主であります。2008年の開設以来、歴代のヤマハミュージックインディア社長にお目にかかっていますが、みなさんそんな感じ。そうじゃなきゃインドの社長なんてできませんよね…。

芳賀さんは今回、次の工場は(世界の中の)どこにするか、その段階から携わっていたそうです。インドでのビジネスは、法的な手続き関係でものすごく時間がかかることが多いですが、今回は新記録な勢いでスピーディにことが進んだみたい。それには、モディ首相のメイク・イン・インディア政策の流れもあったと思いますが、ちょうどチェンナイ州が、外資企業の受け入れ手続きがのろすぎるという評判がたってしまったのを払拭しようとしていたタイミングだったからだとか。幸運でしたね。

芳賀さん、ヤマハのものづくりの未来はもちろん、地元の人たちへの貢献も大切にしていて、かっこいいなと思いました。いろいろと詳しくお話を伺いましたので、のちの記事をお楽しみに…。

部品の巣窟的空間、ムンバイの楽器修理工を訪ねてみた

去年ヤマハ・ミュージック・インディアの方からその存在を聞いて、会いに行ってみたいと思っていた、ムンバイの楽器修理工の家族の工房。ヤマハの現地スタッフ、アンシュマンさんに案内していただき、ついに訪ねることができました。

すごいすごいとは聞いていましたが、なかなかの穴蔵っぷり。細い路地を入り、半地下に下ったところに工房はありました。

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今は三兄弟で職人をしていて、とくに長男のムンナさんはこの狭い部品の巣窟風スペースに座って、ひたすら作業をしています。ムンナさん、長いルンギー(インドのおじさんがよく着ている腰巻き布)をしてなくて足が写っちゃうって気にするしぐさが、かわいらしかったです。でも、作業中のワイルドな手元の動きはかっこいい。

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(左のお二人が、次男、三男。一番右はヤマハのアンシュマンさん)

主に修理をしているのは管楽器。インドでは結婚式にウエディングバンドを呼ぶ習慣があるので、管楽器の需要はかなり大きいのです。

楽器修理工を始めたのは、彼らの父親だそう。もともと車の修理工をしていたところから、興味を持って路上の楽器修理屋で技術を習得。その技術が息子たちに伝えられて、今につながっているようです。つまり、すべてが口頭伝承的な技術。しかも起源もよくわからない。
難しい修理の依頼も、経験と三人の知恵(あと、ネットの情報)でなんとかしちゃう。輸入品でしかない部品は、自分たちで作っちゃう。

インドの暮らしの中では、いろんな場面で、壊れた何かが、ひらめきと経験(その場しのぎともいう)で修復されているのを見ます。いわば、そのプロフェッショナル版ですね。あと、今や機械で作られているのしか見ないものがハンドメイドで作られていたり。糸車をまわすガンティー的思想が受け継がれている…というとすごい感じがしますが、単に彼らはずっとそういうふうに生きているんですよね。

もう15年も前の話ですが、インドで自転車のスペアキーを作ろうと思って鍵屋さんに行ったら、目視で確認しながら、普通のヤスリで、手削りでスペアを作ってくれたことを思い出します。それで、これがちゃんと開くんですね。ちょっとひっかかるけど。

ちなみにヤマハさんは数年前、この我流リペア職人さんたちに、楽器修理についてのワークショップを行ったそうです。今までそんな話をもちかけた楽器メーカーはヨーロッパにひとつもなく、ヤマハさんが初めてだったんですって。
ヤマハの楽器が修理に持ち込まれることももちろんあるそうですが、
「やっぱり他のメーカーと比べて品質が良い」とのこと。
(通訳で入ってくれていたアンシュマンさんが、ちょっと盛り気味に説明してくれて、インド人スタッフのヤマハ愛ステキと思いました!)

この場所の写真だけ見せてもらっていた時は、労働環境が厳しい作業場なんじゃないかと勝手に思っていたんですが、三兄弟、とってもこの仕事を愛しているようでした。素敵な職人魂を感じる。(そして、実際けっこう儲かっているっぽい)

やっぱりなにごとも、行って見てみないとわからないものです。

ザキール・フセインさんのタブラ協奏曲

ムンバイに再び戻ったあとは、シンフォニー・オーケストラ・オブ・インディアの春シーズン定期公演を聴いてきました。お目当ては、タブラ奏者のザキール・フセインさん作曲によるタブラ協奏曲「ペシュカール」。

開演前、ホワイエを見渡すとたくさんの人が飲んでいた、冷たいミルクコーヒー。サモサとのセットで100ルピー(150円くらい?)という、コンサートホールなのにそこらへんのカフェより断然お安い値段で購入できて、しかも辛いと甘いでおいしい。ムンバイ のジャムシェッド・ババ・シアターでコンサートを聴く機会があったらぜひ試してみてください。甘辛のコンビネーションに夢中すぎて、写真は撮り忘れました。

ベルリオーズの序曲「ローマの謝肉祭」がおわると、台がセッティングされて、タブラを持ったザキールさんが登場。
タブラソロに始まって、ティンパニ、低弦、ファーストヴァイオリンがインドらしい旋律をつぎつぎ受け渡していきます。西洋の語法の中で音楽を育んできた人では書かないだろう旋律がからみあう。怒涛のタブラの音の波、管との掛け合いがかっこいい。

演奏後は、客席総立ちでした。さすがスーパースタータブラ奏者。みんな大好き。
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日本でもこの曲を公演できたらいいのに…。

どうですか、指揮者のみなさん、そして日本のオーケストラ関係者のみなさん!!
ちなみにこちらは2015年の演奏の動画です。

私がインド古典音楽を生で聴く経験はまだまだ全然浅いのですが、それでもザキールさんの演奏は、技術はもちろん、音がすごく特別なんだなということがわかります。
先日、ザキールさんのお弟子さんであるユザーン氏のプチ解説を聞く中で、その音作りの精神のお話がちらりと出て、他のインドの有名タブラ奏者とザキールさんの音の印象が違うように思うのはそういうわけか…と納得しました。

SOI全体の演奏に関しては、やはり、海外のオーケストラで活動する外国人臨時メンバーばかりだけに、個々の技術は一定レベル以上で普通にうまい。いつも一緒に演奏していないからアンサンブルの面が少し大変そうですが、スケールの大きな演奏が特徴です。

ところでちょっと関係ないですけど、ユザーン氏と環ROYさん、鎮座DOPENESSさんが最近発表したこの曲とミュージックビデオ。

音もかっこよく、なんだか(いい意味で)様子がおかしくて笑っちゃうと同時に、インド古典音楽、そしてそのほかの音楽の歴史も知ることができて、とても素敵です。なんなんでしょうこのセンス。いい仕事してますね…。

そしてこのユザーン氏と、サントゥール奏者の新井孝弘氏による、毎年恒例、インド古典音楽のツアー、今年も開催されるそうです。新井くんは、今年ムンバイであったら、またしっとりとインド人度が増していました。いつか本当にインド人になってしまうかもしれません。
二人が発するインドの匂いを嗅ぎたい方は、お近くの会場でぜひご体験ください。

公演スケジュールは、こちら。

(最後はインドでいつもお世話になるお二人のコンサートのお知らせでした。)