噂の自動演奏ピアノ、スタインウェイSPIRIO

ヴァン・クライバーンコンクールはスタインウェイとの協力によりいろいろな場面にピアノが提供されています。
そんなわけでホールのロビーには、噂の世界最高峰のハイレゾリューション自動演奏ピアノ、スタインウェイのSPIRIOを展示中。
日本では今年2017年の後半にリリースされる予定いうことで、ちょっと話題になっているピアノです。

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コードが下から伸びているくらいで、外観は普通のグランドピアノと変わりません。
ピアニストの演奏や過去の音源から、独自のソフトウェアでハンマーの動きの速度やペダルの動きなどを測定し、現代の演奏家はもちろん、歴史上のピアニストの演奏も忠実に再演させることができるというもの。
再現できる演奏のライブラリーには、ラン・ランやユジャ・ワンなどのスタインウェイアーティストはじめ、ホロヴィッツとかミケランジェリもあるんだとか。

自動演奏はiPadで制御され、従来の自動演奏ピアノより、一段と細やかなニュアンスの違いが反映されるそう。映像からの情報も解析しているらしいです。
サンプリングされた演奏データは今もどんどん増えていて、新しい記録をとる(というのかな?)のは1年以上の順番待ちとのこと。

「ピアニストのコンサートを自宅で聴くことを可能にするピアノ」というコンセプト。キャッチコピーは「ホロヴィッツを家に連れて帰ろう」的な(勝手に考えました)。
ただし「ちゃんとピアノのメンテナンスと調律をしておいてもらわないと、ホロヴィッツがホンキートンクで弾くことになっちゃう」とスタインウェイの人が冗談を言っていましたが。たしかに、デジタル化された巨匠は、調律の狂ったピアノに文句を言いませんからね。
(あと、「グールドの演奏を再現する場合は、うなり声は入らない」とも言っていました。そりゃそうだ)

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ロビーではいろいろな演奏のデモンストレーションが行われていました。
ときどき、たった今までホール内でコンテスタントが演奏していたのと同じ曲目を自動演奏させていたりして、ちょっとびっくりしましたが。
(自分がコンテスタントだったら、ものすごい巨匠の名演を自分が弾いた直後に流されたらちょっとイヤかもしれぬ…)

SPIRIOのデモンストレーションを見たある方が、「大ピアニストの自動演奏を見ていると、鍵盤を押し下げ、戻すときのコントロールの繊細さがつぶさにみられておもしろい。たとえば若いピアニストのものと比べると明らかに違う…」とおっしゃっていましたが、実際、人の姿も指もないから、鍵盤の動きが本当によく見えるんですよね。同じ曲を違うピアニストで再生したときの鍵盤の動きの違いを見比べることも、とてもおもしろいはずです。

ここフォートワースは、もともとコンクールを立ち上げたのも地元の富裕層たちということで、リッチな方々が多いことでも有名。コンクールの休憩中に、ホロヴィッツやユジャ・ワンの生演奏を家に持ち帰ることができるピアノをちょっと衝動買いしちゃった…的な人がいたかもしれませんね。確認していませんが。

クライバーンコンクールファイナル、室内楽

ファイナル、2日間の室内楽のステージが終わりました。

コンテスタントはそれぞれ、1回きりのリハーサルで本番に臨むことになります。
共演はブレンターノ弦楽四重奏団。内田光子さんとよく共演しているクァルテットですね。

Kenneth Broberg e170
Photo:Carolyn Cruz

1日目、最初に演奏したのはケネス・ブロバーグさん。
演目はドヴォルザークのピアノ五重奏曲。
彼のピアノの音はわりと硬質な印象なのですが、弦楽と合わさったときには、よく言えばその音が目立ち、悪く言えばそれがなじまずという印象。ちょっと変な例えかもしれませんが、アグレッシブな雰囲気で会話をしている4人の周りで、ピアノの人が、どうした、どうしたと顔を出そうとしているような、そんな感じだったかな…。あくまで個人的な印象ですが。

Yury Favorin044
Photo:Ralph Lauer

ユーリ・ファヴォリンさんはフランクのピアノ五重奏曲を選択。
あたたかい音で、ときに後ろにさがり、あるときにはググッと前に出てくる。室内楽慣れしているんだろうなという、さすがの安定感の演奏でした。

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Photo:Ralph Lauer

ソヌ・イェゴンさんは、ブロバーグさんと同じドヴォルザークを選択。
これがまた、先ほどはアグレッシブな演奏をしていたクァルテットが同じメンバーとは思えないほど違った演奏をしていました。ピアノと弦楽器の掛け合いも楽しく、感動的な瞬間がちらほら。
ソヌさん、クァルテットの面々と肩をたたき合いながらステージからはけていきました。レディを先に退場させるところなどにも、こなれ感が。さすが、アンサンブル能力が重視される仙台コンクールの覇者であります。

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Photo:Ralph Lauer

そして二日目の一人目は、ゲオルギ・チャイゼさん。
ドヴォルザークのピアノ五重奏曲。持ち味の魅力的なもんやりサウンドは、弦楽四重奏となじむような、少し埋もれるような。しかしアンサンブルとしては無駄に目立ちすぎず、ぴたりとクァルテットに寄り添ってまとまった音楽を聴かせていた印象です。

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Photo:Ralph Lauer

レイチェル・チャンさんは、ブラームスを選択。
冒頭のピアノの入りのところ、セミファイナルで聴かせてくれたキラリン音を期待していたら、そこでいきなり予想外の音だったのでビックリしましたが。ブラームスというセレクトのためか、最初から最後まであたたかく重めの音を鳴らし、弦楽の中で堅実に演奏していた印象。

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Photo:Ralph Lauer

そして最後の奏者、ダニエル・シューさんはフランクを選曲。
弦楽器に合わせるところは合わせ、自分が出るべきところは一気に出て、存在感充分。いろいろな音を鳴らしています。若さを感じる場面もありながら、それはそれで魅力的だなと感じられました。
以上、あくまで個人的な、そしてざっくりした音や演奏の印象でありました。

ファイナルで室内楽を演奏するというのはわりとめずらしいケースかと思いますが、このタイミングでアンサンブル能力を試すということが、最終結果にどんな影響を及ぼすのか、興味深いところです。

そんな中、あるジャーナリストが審査員がたむろしているところにやってきて、「室内楽って、どのくらい審査に影響しますか?」という大変興味深い質問を投げかけていました。そこで小耳にはさんだひとつの意見。

「でも実際、プロとして室内楽を演奏するときは、共演する相手を選ぶことがほとんど。それに、音楽性が合わない人とやってうまくいかないことなんてプロになってもあるけれど、それはどうにもならない。しかもたった1回のリハーサルで本番に臨むことなんて、実際にはあんまりない」

つまりこの課題で、基本的なアンサンブル能力や意欲のあり方を見ることはできても、室内楽の演奏としての音楽的な完成度をまともに評価しようとすると共演者との相性に大きく左右されるので、そのあたりは差し引いてみてあげないといけない、ということになるかと。

一方今日の審査員によるシンポジウムでは、「室内楽の演奏には、ピアノソロ作品以外の作品にも興味を持ち、聴いているかも現れる」という話がありました。
これもまた、なかなか興味深い。

さて、ファイナルの協奏曲はいよいよ今夜から。
下記の時間から、3人ずつ2日間にわたって演奏します。
ライブ配信はこちら

現地時間6月9日(金)19:30 [日本時間 10日(土)午前9:30]

ユーリ・ファヴォリン(ロシア、30歳)
ケネス・ブロバーグ(アメリカ、23歳)
ソヌ・イェゴン(韓国、28歳)

現地時間6月10日(土)15:00 [日本時間 11日(日)午前5:00]

レイチェル・チャン(香港、25歳)
ゲオルギ・チャイゼ(ロシア、29歳)
ダニエル・シュー(アメリカ、19歳)