ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクール史上、最年少の金メダリストとなった、イム・ユンチャンさん。
登場したときの、これは何か持ってるな、という感じは特別でした。めちゃくちゃ良く弾ける、でもその先に何かがある感じ。年齢は関係ない、でもやっぱり18歳ですでにここまできているのはすごい。
終演後に話しかけたとき、英語はできないからといいながらポツポツと静かな口調で応えてくれる様子に、浜松コンクールに出場していた15歳のチョ・ソンジンさんのイメージが重なりました(言葉が通じないものだから、演奏の前に何食べたかとか、映画何が好きかとか、苦し紛れにそんなことばかりきいた記憶)。
とはいえ、すぐにコンサートツアーを回ることができるピアニストが求められるこのコンクールで、18歳のユンチャンさんが優勝させてもらえるのかなとは思っていました。しかしファイナルであれだけの演奏をすれば、やっぱりこういう結果になりました。
優勝後のコメントなどを聞いてもご本人もとても真面目そうだし、先生もしっかりした方のようだし、きっとこれからもうまく勉強とコンサート活動のバランスをとって進んでいってくれるのではないかと思います。というか、そう願いたい。
ニコリともせずステージに出てきて、弾き始めると豹変する様子はなかなかのインパクトでしたが、ステージ外で、おめでとう!と声をかけたときにふっとみせる笑顔は、しっかり18歳でした。
ちなみにこれは取材する側の本当に勝手な事情なんですけれど、コンクールの取材でいちばん「やっちまったー」となるのは、ファイナルまで一度も話しかけていなかったピアニストが優勝することなんですよね。
その理由は、チャンスがなかったとか、シンプルにノーマークだったとか、いろいろですが。優勝してからそそくさと寄っていくと、やっぱり、優勝したからきたよねっていう感じになっちゃうよなぁと気が引けるのです。別に気にする必要ないんでしょうけど。
そしてなぜか運良く、これまでのコンクールでそういうことはあまりない…特にフリーになってから取材したコンクールでいうと、一度だけかな。いつとは言いませんが。
で、その意味で今回も、予選の演奏のあとにしっかりイム・ユンチャンさんに話しかけていた私、よくやったと言いたい。演奏順の都合でどんなに関心をもっても声をかけられないときもあるのですが、最終奏者だったこともラッキーでした。
ロシアのアンナ・ゲニューシェネさんは、最初から最後まで安定感のある演奏、内側から湧き出してくるような音楽表現、経験豊富なピアニストならではの貫禄で、入賞に相応しい存在だったと思います。
出産を控えた体でこのハードなスケジュールをこなすだけでもすごい。ファイナルからは、夫のルーカス・ゲニューシャスさんも現地にかけつけて側で支えていたそうです(お子さんはおじいちゃんおばあちゃんのところに預けてきた、とルーカス談)。
結果発表後はアンナさんももちろん嬉しそうでしたが、ルーカスが本当にめちゃくちゃ嬉しそうだった。よかったね!
(授賞式のオープニングでウクライナ国歌を演奏したホロデンコさん(右)と。二人ともうすっかりベテラン感漂います。ショパコンに入賞した20歳の頃が懐かしいよルーカス)
ウクライナのドミトロ・チョニさんについては、私はその音にとても魅力を感じました。可憐なのよ。音量で勝負するわけではないんだけど、ぴちぴちした音がよく通ってくる。
祖国で起きていることを思えば、コンクールに集中することが難しい瞬間もあったかもしれませんが、しっかりとご自分の音楽を届けてくれました。
それにしても、このコンクールでは、関係者はもちろん聴衆もどんな国のコンテスタントに対しても受け入れる態度を保っていたのが印象的でした。少なくとも私は、ロシアやベラルーシのコンテスタントにきつく当たる人は見なかった…もちろんご本人たちに聞いたら何かあったかもしれないけど。
少し前に、アメリカでUFC(総合格闘技ですね)の試合を見たというジムの先生が、ウクライナの選手には声援が出て、ロシアの選手にはブーイングが飛んでいた、という話をしていたのが印象的でした(オリンピックならまだわかりますけど、そういう大会じゃないですからね。逆に先生は、アメリカ人にとってはUFCがそれだけ自分の感情と重ねてみる身近なイベントなんだと思った、と話していましたが、それはまた別の話)。
クライバーンコンクールの場合は、クライバーンさんが冷戦下のソ連でアメリカ人なのに優勝させてもらえたという成り立ちの背景もあるし、そもそもクラシックの聴衆は、ソ連時代の作曲家…当局の圧力に苦しめられて作品を生み出した人たちのことをよく知っているから、ロシア人アーティスト個人とロシア政府のやっていることは切り離して考えようと思う人ばかりなのかもしれません。わからないけど。
まあいずれにしても、自国のアーティストが国外で冷遇され、才能がつぶされようとも、政府のトップ権力者にとっては痛くも痒くもない。そもそも、自分達の方針に迎合しないアーティストは自分達でその才能を潰す、もっといえば、迎合させることで才能を潰すこともあるのだから。一度戦争状態になれば、ロシアに限らずどの国でもやることでしょうけど。
話を戻して、そのほか入賞を果たせずとも印象に残った面々。
まずやはっぱり、ケイト・リウさんです。予選もクオーターファイナルの演奏も、私は本当に好きだったし、彼女のプロコフィエフを聴くことができてとてもよかった。ベートーヴェンのOp.110も心に沁みた。ファイナルのコンチェルトも聴きたかった。
ショパンコンクール以後、しばらく演奏活動をお休みする時期もあり、奏法を大きく変える必要があったと話していましたが、その経験を経て音楽もまた深まったのではないかと思います。またすぐに来日してくれるといいです。
ゲオルギス・オソキンスさんも、また日本に演奏しに来てほしい。こういう、自分の音楽とやっていることに確信を持っているピアニストというのは、今日は何を見せてくれるのだろうという期待があって、毎回のステージが純粋に楽しみです。で、聴いてみてどう思うかはその時次第!
それにしても、彼の演奏を最初に聴いたのは、2015年のショパンコンクールだから、20歳の頃? 1次予選終盤の疲れた頃に登場して、うわ、すごいの出てきた!と思って、疲れがばっと吹っ飛んだことを覚えています。
話しかけるにも気を使ったあの時に比べたら、ほんとうに丸くなりましたよね。音楽は相変わらず尖ってるけど。
すみっこで一人、オソキンスさんがばっちりキメてた。
(思わずモノクロ加工) pic.twitter.com/Hs6DOpk3Vj— 高坂はる香(音楽ライター) (@classic_indobu) June 14, 2022
こちらは動物園パーティで、プレゼントのウエスタンブーツを試着した時の一コマ。
こう見えてすごい好青年なのです。この写真添えたら説得力ないか。
ソン・ユトンさんは、5年前のクライバーンコンクール、昨年のショパンコンクールはじめ、あちこちのコンクールで聴いてきたピアニストです。美しく、どこか闇も感じさせる音楽に対して、直接話しかけるとやわらか~い雰囲気のギャップがなかなかすごい。 5年たってまたこのステージに戻ってきた感想は?と聴いたとき、「少なくとも、5年前よりは悪くはないんじゃないかなと思います、今回はセミファイナルまでこられたからー(笑)!!」といって、自分でめちゃくちゃに笑っていたことがすごく印象に残っている。謎のユトンジョークと、置いていかれる私。
ソン・ユトンさんもうすぐ初来日、ということで、日本のファンのみなさんにメッセージをもらいましたよ。やさしそうなお方。 pic.twitter.com/niACuWjpfx
— 高坂はる香(音楽ライター) (@classic_indobu) June 9, 2022
ユトンさんはもうすぐ初来日!
2022年7月16日(土)14:00 東京 トッパンホール
2022年7月19日(火)18:30 ミューザ川崎シンフォニーホール
ときめく夏~東京交響楽団 WITH 中国のライジングスターズ~
ものごしやわらかといえば、ホンギ・キムさんも。
ブリリアントな音、ピアノを弾いている時の独特のタッチが印象的で、あれはどうやって編み出したの?と聞いたら、「実は8年前に右手を怪我してピアノを弾けなくなった時期があった。その時、腕に負担をかけないようにするなかで今の奏法を編み出した」という話をしてくれました。
弾けなかった時は本当に悲しくて、でもおかげでピアノへの感情が全く変わった、と、穏やかな口調で話してくれました。みんないろいろな経験をしてピアノへの愛を深めているのですね。
で、ホンギさんの声色どこかで聞いたことあるなと思ってしばらく考えこんで、あ、ちびまる子ちゃんの永沢くんだ、と。
…どうでもいいですね。
そしてこちらは今回参加していたコンテスタントではありませんが、前回の銅メダリストであり、浜コン第3位のダニエル・シュー!!
今回、コンクールファイナルの中継で、コメンテーターとして活躍していました。すっかり貫禄がつき(といったら、すかさず、「太ったってこと??」とツッコんでくる自虐反射神経のよさも相変わらず)、落ち着いた雰囲気になっていたので、また演奏も深まっているんだろうな、聴きたいなぁと思いました。
それこそ彼も浜コンで入賞したときは18歳で、若いのに成熟していると言われ、でも本人は、年齢って関係あるのかな?と疑問を投げかけていた人。自分でiPhoneのアプリを開発して何かの賞を受けるなど、音楽以外の才能も持っていましたが、今はピアノに集中していきたいと話していました。
クライバーンコンクールって、アメリカの富豪に支えられているコンクールらしく、合間にパーティーがたくさんあって、その中でコンテスタント同士が交流する機会もけっこうあります。ホームステイなので、最後までそのまま滞在するコンテスタントも多い。
また次にどこかのコンクールや留学先、演奏旅行先での再会を約束している場面もたくさんあって、いいものでした。
気になった人を全員紹介しきることはできませんでしたが、今日はこのあたりで。