ユーリ・シャドリン&ティアン・ル、音楽とピアノについて語る


前回2010年のショパンコンクール、セミファイナルに進みながらも腕の故障で棄権をした、ユーリ・シャドリン。
コンクールの華やかなステージで、ショパン音楽大学からもってきたという会議室にあるような背もたれ付きの椅子に座り、豊かにピアノを鳴らしながら深い味わいのある音楽を聴かせてくれたピアニストです。親しみやすい風貌も相まって人気を集めていたので、棄権を残念に思った方も多いことでしょう。

さて、今回のショパンコンクールに彼の奥様であるティアン・ルさんが出場しているということは以前の記事でご紹介しました。彼女は残念ながら第2次予選への進出がなりませんでしたが、演奏翌日にお聞きした二人のインタビューをご紹介します。

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ぽんぽん明るく感性で話すティアンと、案外慎重で論理的なユーリ、なんとも絶妙なカップル。
ふたりはショパンコンクールの後に結婚。小さなお嬢ちゃんは、今回コンクール中、親御さんに預けてきているそうです。
最近は教える立場にもあるというユーリ。興味深いメッセージを残してくれました。

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以下、ユーリ・シャドリン(Y)&ティアン・ル(T)

─まずティアンさん、ショパンコンクールを受けることにしたきっかけを教えてください。やはりユーリさんから勧められて?
T まず、私がアメリカで師事した最初の先生から彼がショパンコンクールのファイナリストになったときの話を聞いていて、挑戦も勧められたこと。それにもちろん、前回出場した夫からも、ぜひ一度経験してみるべき場所だと勧められたので。実際、参加してすごくよかったです。ステージに一歩出た瞬間、いっぱいの聴衆が目に入って、ワオ!って。すごくいい気分になりました。幸せでした。

─今回、唯一ファツィオリを選んだコンテスタントということでみんなその音に注目していました。演奏してみていかがでしたか?
T 特別に豊かな音がとても気に入って選びました。厚みがあってパワフルです。大きな音である必要はありません。たくさんの深みと幾重にもなっている層を感じました。このピアノで音楽をつくっていくことをとても楽しみました。私は、あまりに軽いアクションのピアノが少し苦手なんです。
このファツィオリは少し重めで、演奏していてとても楽しかったです。他の人がファツィオリを選ばなかったのは、鍵盤が重くて少し深かったため、うまく演奏できないかもしれないという不安を感じていたからみたい。私はあまりそういうことは気にならないし、技術的になんの問題もなく演奏できたので、嬉しかったです。今回の4台では、スタインウェイが一番軽く、次がヤマハ、カワイ、そしてファツィオリの順だと感じました。

─ティアンさんにとって良いピアノとはどういうものなのですか?
T ブランドには関係なく、簡単すぎず、一緒に音楽を作るための、深みがあるピアノが好きです。

─ユーリさんにとっては?
Y その場合によります。例えばコンサートなどで、そのピアノで練習する時間が取れる場合は、少し難しいピアノもいいと思います。でも、コンクールの場合はちょっと状況が違いますよね。15分で4台のピアノを試さなくてはなりません。だからみんな、コントロールしやすそうだと感じるピアノを選ぶのだと思います。
音としては、深い音が好きです。ピアノが深い音を持っていれば、コンサートホールで弾く時に何かをピアノに何かを強制する必要がありません。ピアノを強くたたき、何かを強制して音を出さなくてはならないというのは最悪です。ハンマーが強く弦を叩くということで、音はどんどん悪くなっていきますから。
それと、すばらしいピアノというのは、パーフェクトでないとも思います。今回のショパンコンクールのファツィオリを少し触らせてもらいましたが、決して簡単なピアノではないけれど、本当にすばらしい楽器でした。
深くいろいろな音を持っている。そして、強制されることが嫌いだと感じました。リスペクトとともに演奏されるべきピアノなんだと思います。ピアニストが、これをしたいと勝手なことをすると、ピアノが受け入れない。ピアノを納得させないといけないんです。ピアノがやりたくないことを強制なんてしたら、多分殴り返してくる(笑)。
T そう、弾く前にちゃんと対話しないといけないの。良い子にしてねって。
Y 本当にいろいろな音を持っているピアノですからからね。だからこそ、扱うのは大変なのかもしれません。


─ところで、ショパンコンクールとはティアンさんにとってどんな存在?
T ピアニストなら、ショパンをどう演奏するかを理解しないといけない。卓越したショパン弾きになる必要はないけれど、その言語を理解しないといけないし、ショパンを演奏するための伝統を理解しないといけない。巨匠が伝える古い伝統を学ばないといけない。それを披露することができた、特別な場所でした。

─ユーリさんにとっては、5年前のコンクールの経験はどんなものでしたか? 5年前にこの質問をしたら、時間がたてばわかるかもねといっていました。
Y いい記憶も、悪い記憶もあるんです。すごくいろいろな感情が混在しています。それでもいつも感じるのは、ショパンはロシア人である僕にとても近いということ。ポーランドは、人の見た目も食文化も似ているし、僕は言葉もだいたいわかる。クラシック音楽を愛していると言うことも一緒。長くアメリカにいると、たとえばアメリカ人にとってのクラシック音楽とは、ぜんぜん関係性が違うように感じるんです。僕はロシアを離れてだいぶ経っているけど、きっとショパンがポーランドに帰る感覚は、僕がロシアに帰る感覚に似ているんじゃないかと思います。

─ショパンコンクールを受けるにあたって、ユーリさんから何かアドバイスはあった?
T 彼は私の先生でもあるんです。フライシャー先生のレッスンを受ける前に、彼のレッスンを受けています。こういうところに注意しなさいとかこうしたらいいよなど……。
Y わかった、わかったから……。
T 私、彼をとても尊敬しているの、ピアノの先生のときだけは(笑)。
Y なんか別の話してたんじゃなかったっけ!?

─照れてますね。ところでティアンさん、「ユーリ先生」から学んだことで一番大きなことはなんですか?
Y ちょっと恥ずかしいからやめてくれる……?
T 「音楽への誠実さ」だと思います。いつも音楽に対して、純粋で、誠実であること。私はオールドファッションな演奏が好きなので、とても誠実な彼の演奏を尊敬しています。そもそも、同じ先生のもとで育ってきたから、私たちの音楽の趣味はとても似ていますし。
Y 誠実……というのはね、こういうことです。例えば、ステージに出て音楽を感じているふりをするような音楽は、誠実じゃないと思うんです。僕も最近教える立場になって感じるのは、若い学生たちがみんな、拍手と歓声欲しさに、大きく早く弾くようになってしまっているということ。そのうえ、録音を聴いて、いいと思った巨匠の演奏をコピーする……。

─それで自分で感じている“ふり”をすると…。
Y その通り。50年前はそんなことは起きていなかったはずです。そういうことを見ている中で、よりいっそう、誠実であろうという気持ちを持つようになったのです。音楽が充分でないから、顔の表情や身体の動きで表現を追加するなんて、本当にばかげています。天才たちが書いた作品は、ちゃんと音で表現すればそれだけで十分に感動的なものであるはずです。それがわかっていたら、顔をつくったりはしない。音楽に対して失礼ですよ。

─ティアンさん、師であるフライシャー氏から学んだ一番大きなことは何でしょうか?
T 本当の音楽をどのようにして掴むかということ。彼が教えてくれるのは、どうやって演奏するかではなく、どうやって作品を理解するか。楽譜を読み取る方法を教えてくれるんです。どうしてこうするべきなのか、ロジカルに考えて音楽を組み立てるべきだということです。
Y 僕には、ピアノを勉強している若い人たちに言いたいことがあります。試しに、1曲でいいから鉛筆で五線紙に楽譜を書き写してみてほしい。やってみると、本当に大変なんです。
T 以前、ノクターンの最初の1ページを書き写してみたら、1時間半もかかりました。書き写すだけでもこんなにかかったんですから、考えて書いていくのに費やす労力は膨大です。そこに込められた想いがどれほどかが実感できます。
Y 今は楽譜もコンピューターで作れますから、気が付きにくいんです。これをやってみると、とても大切なことを知ることができます。作曲家が何かを書くと言うことは、そこに意味があるから。なにひとつおろそかにしてはいけないのだということがよくわかります。

─ところで、日本に来る計画があるとか?
Y 中国に行く予定があるので、そのときに日本で演奏会ができないか、計画中です。昔からずっと日本に行くことに憧れていて。とくに京都に行ってみたいんです。実現するといいな!

◇◇◇
ティアンがインタビューの準備をしているのを待っている間、
ユーリがショールームにあったファツィオリで、シューベルトを弾き始めました。
最近プロモーション録音したばかりだという、「さすらい人幻想曲」です。
澄んだ美しい音が響いて、しみじみ、良いピアニストだなと思いました。
なんだかとてもなつかしい光景。
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オフショットがファツィオリ・ピアノフォルティのブログで紹介されていますので、ぜひご覧ください。