スタインウェイ──ショパンが弾ける調律師


世界各地で行われるコンクール。それぞれのレパートリーや音楽文化の特徴にあわせて、または単にスケジュールやいろいろなご事情にあわせて、同じメーカーでも異なる調律師さんがメイン・チューナーを担当されることが多いです。
今回おもしろいなと思ったのが、先の記事でもちらりとご紹介したスタインウェイの調律師、ヤレク・ペトナルスキさん。ポーランド人でワルシャワ・フィルハーモニー・ホールでの調律経験も豊富、ピアニストでもあるという方です。
私が見てきた過去2回(2005年、2010年)ではポーランド人調律師が担当していたことはなかったので、今回の一つの試みだったのかもしれません。
ちなみに前回5年前は若手ホープの調律師さんがコンクールが始まる直前に急病で倒れ、急遽(このあとの話にも出てくる)ジョルジュ・アマンさんが駆けつけて調律を担当していました。このときアマンさんがくださった名刺が薄い木でできていて、やっぱり“調律師の神”は違うな…と思ったなぁ。
さて、ここで少し前になりますが、1次予選のときにアーティストサービス、ゲリット・グラナーさん(以下G)と調律師のヤレクさん(Y)に聞いたお話をご紹介します。

P1000649

◇◇◇
─今回のショパンコンクールの調律では、どんなことに気が配られていますか?
G ショパンにふさわしい音を作るため、音楽的な反応を聴きとることができる調律師が担当しています。ポーランド人のヤレクはピアニストでもあり、今回のコンクールのレパートリーはほとんど演奏することができます。彼は単に技術者の観点で音を判断するだけでなく、ショパンを弾くタッチでピアノに触れて楽器を理解することができるのです。この、普通の技術者とは違うアプローチにより、演奏家と理想的なつながりを持つことができるピアノが生まれます。それで今回の調律は、彼が担当してくれているのです。

─今回の音を作るうえで一番意識したことは?
Y ショパンを演奏するのに合った、柔らかく歌うことのできる音を作ることです。とにかく、ショパンのスタイルにふさわしい音を目指していますね。

─今回は、楽器の準備段階ではベテラン調律師のジョルジュ・アマンさんも参加していたそうですが。
G はい。ピアノの最終的な調整は、セレクションの1週間前から、アマンとヤレク、あとシモンという3人の調律師が担当し、いろいろな方向から3人でピアノを整えていきました。それぞれの技術者が同じ方向を向き、アーティストのような精神でピアノに向かっている。それによって毎日お互いに学んでもいる。ベテランだから何にでも優れているとは限りません。お互いに意見を交換しあうことで、それぞれの技術者がより向上していくというのが、スタインウェイの考えです。
それと、もうひとつ。スタインウェイのピアノは、そのピアニストならではの音が出る楽器を目指していますから、ピアニストの気持ちがイガイガしているときに弾いたらそういう音になるし、気持ち良く楽しんで弾いていたら、そういう音が出ます。ですから、ピアニストが安心して弾けるようなサポートも必要なんですね……つまり、調律師はサイコロジストの能力も持っていないといけないのです。

◇◇◇
このあともう少し詳しくヤレクさんのお話を聞いてここでご紹介しようと思っていましたが、こちら、のちのち別の形でご紹介できることになりそうなので、その誌面をお楽しみに。

調律師さんがショパンを弾けるということは、確かにひとつの大きなプラスになるだろう思います。ショパンの音楽の心を自分なりに理解していなければ、絶対にその演奏にふさわしい音はできませんよね。自分でその“ショパン向きのタッチ”を試せるというのも、なるほど、というお話でした(2014年ルービンシュタインコンクールのスタインウェイの調律師さんも、優れたタッチでピアノを試せる能力は必要だと言っていたことを思いだしました)。

だからといって、それじゃあショパンに限らず演奏する場では、ピアノがうまい調律師さんのほうがいいのかというと、そういうわけでもない。
調律師には鋭敏な耳と感性、技術が求められ、でも結局最後にピアノを弾くのはピアニストなわけですから、考えれば考えるほど複雑です……。

今回、ピアノの音の流行や、何を大切にするべきなのかということについて、勝手にすごく考えさせられています。コンクールはもうファイナルに突入しようとしていますが、今後もいくつかピアノにまつわる興味深いお話をご紹介しながら考えていきたいと思います。