ファツィオリ調律師さんインタビュー

先に、ファツィオリを選択した唯一のコンテスタント、ティアン・ルさんと、夫のユーリ・シャドリンのインタビューを紹介しましたが、今度は調律を担当した越智晃さんのお話を紹介します。
越智さんには、昨年2014年のルービンシュタインコンクールのときにもお話を伺っています。

このコンクールの際には、ファイナルの2ステージ目で4人がピアノをスタインウェイからファツィオリに変更し、6人中5人がファツィオリを演奏するということが起きて、話題になりました。

この時に使用されたピアノは、5年前のショパンコンクールの後、リムやフレームの形をはじめ、基本的な構造を大幅に改良した新モデル。コンチェルトでのパワー不足が否めなかった旧モデルから、力強い音を実現する方向に大きく舵を切って設計されたピアノでした。

今回のショパンコンクールで使用したピアノは、その改良後のモデルでありながら、78人中選択したピアニストは1人という結果となりました。越智さん、そのことについて今後の課題を考察するとともに、最近のピアノのトレンドについても興味深いお話を聞かせてくれました。

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─今回のファツィオリはどんなピアノだったのでしょうか?

チャイコフスキーコンクールで使用したのと同じものです。ただ、中のアクションは二つ用意してありました。1台のはチャイコフスキーコンクールと同じもの、もう1台は、ショパンコンクール用に調整してあった新しいものです。ショパンらしく、少しやわらかくあたたかい音がする方向性で仕上げてありました。
ですが、いざ会場に持って来てみたら、他にパワフルな楽器が揃っていたこともあり、チャイコフスキーコンクール用のアクションのほうを採用しました。直前まで主に手を入れていた新しいほうのアクションを使いたいという気持ちはありましたが、他と比べてしまうとパワー不足で難しいなと思って……。

─ショパンを弾くのに向いているピアノとは、どういうものなのでしょう?

あたたかく、よく歌う音が出せるものです。社長のパオロ・ファツィオリとも、その方向性にしようという一致した見解があり、それにむけて音を作りました。

─ティアン・ルさんは、自分でコントロールして音が出せるピアノが良かったから、4台の中で一番鍵盤が重めだったファツィオリを選んだとおっしゃっていました。それが逆に、多くの人にとって、リハーサルができないコンクールでうまくコントロールできるだろうかという不安につながり、他を選ぶという結果になったのではとも言っていました。

その意見に、全く同意ですね。このピアノの鍵盤は、一般的にみて特別重いわけではないのですが、他が軽かったようです。動かしやすくて軽いピアノにしておけば、結果は違ったのかなと……。経験不足、認識不足だったと思います。

─そうなると、コンクールで選ばれるためには、普段のコンサートで良いピアノだとされるピアノとは必ずしも同じでないピアノが求められるということに?

今回、そうしなくてはだめなのだろうなと思いました。鍵盤が軽く、押さえると一気にバッと音が出てきてくれる。そして嫌な音が出にくい。そういうピアノが、こうした場では求められていると感じました。
あと、ファツィオリは湿度などの環境の変化でそんなに大きな影響を受けていませんでしたが、ずいぶん敏感に反応している楽器もあったようなので、そういう楽器は弾きやすさのためにきわどい線で作っているんだろうなと。
かつては簡単に音が出てしまうピアノは敬遠されていて、川真田豊文さんなどが第一線で活躍していらした頃は、意図するより後に音が出てくるような調整をされていたように思います。

─今回のファツィオリは、簡単に音が出るピアノではなかったと……。パオロ社長がピアノづくりを始めたときのことについて、ピアニストがピアノと格闘しなくていいピアノが作りたかったと言っていたことを思い出したのですが。その、格闘しなくていいということと、簡単に音が出るということのニュアンスの違いは?

あまりに簡単に音が出てしまうピアノって、弾いているところを見たらほとんど格闘しているように見えるのではないかと。意図するより早く大きく音が出るとしたら、それをよほどうまくコントロールできる力がないといけませんから。

─水がすごい勢いで出ているホースをつかんでコントロールする、みたいな?

はい……。でも今のトレンドはそれなんでしょうね。

─5年前のショパンコンクールとの違いは感じますか?

すごく感じます。もっといろいろな音が聴けたような気がするんですけれどね。でもこれが、これからピアノの標準的な音になるのかもしれません。とはいえ、5年後にはまた変わっているのかもしれませんが……戻るということもあるのかなぁ。でもこのまままでは寂しいかなぁ。

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今回ご紹介したのは、あくまで今回越智さんが感じたご意見なわけですが、実際、もともと豊かに鳴る楽器を鳴らしきった大迫力の演奏に多く出会った印象はあります。ただ、私はずっと1階で聴いており、このホールは場所によってずいぶん聴こえ方が違うので、2階で聴いたらどう聴こえるのかわかりません。

少し感じたのは、普通は、そのホールで与えられたピアノで、リハーサルの時間を使いピアノを手なずけることってプロの演奏家には絶対に求められる能力だけど、弾きやすいピアノが揃うコンクールでは、そこが見られなくなってしまうのかなぁと。あとは、楽器の耐久性との両立というのも難しい問題なんだなと思いました。
コンクールは間違いなくピアノという楽器の“進歩”に大きく役立っているともいますが、コンクールのピアノは別ジャンルみたいになっていくのでしょうか。いわば、レーシングカーと一般の車の開発の違いみたいな? もちろん、そこに互いの技術革新は生かされ合うものだと思いますが。

良い楽器ってなどんな楽器のことなんだろうなぁ、
と、今回はピアノについていろいろ考えるショパンコンクールなのでした。

 

スタインウェイ──ショパンが弾ける調律師

世界各地で行われるコンクール。それぞれのレパートリーや音楽文化の特徴にあわせて、または単にスケジュールやいろいろなご事情にあわせて、同じメーカーでも異なる調律師さんがメイン・チューナーを担当されることが多いです。
今回おもしろいなと思ったのが、先の記事でもちらりとご紹介したスタインウェイの調律師、ヤレク・ペトナルスキさん。ポーランド人でワルシャワ・フィルハーモニー・ホールでの調律経験も豊富、ピアニストでもあるという方です。
私が見てきた過去2回(2005年、2010年)ではポーランド人調律師が担当していたことはなかったので、今回の一つの試みだったのかもしれません。
ちなみに前回5年前は若手ホープの調律師さんがコンクールが始まる直前に急病で倒れ、急遽(このあとの話にも出てくる)ジョルジュ・アマンさんが駆けつけて調律を担当していました。このときアマンさんがくださった名刺が薄い木でできていて、やっぱり“調律師の神”は違うな…と思ったなぁ。
さて、ここで少し前になりますが、1次予選のときにアーティストサービス、ゲリット・グラナーさん(以下G)と調律師のヤレクさん(Y)に聞いたお話をご紹介します。

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─今回のショパンコンクールの調律では、どんなことに気が配られていますか?
G ショパンにふさわしい音を作るため、音楽的な反応を聴きとることができる調律師が担当しています。ポーランド人のヤレクはピアニストでもあり、今回のコンクールのレパートリーはほとんど演奏することができます。彼は単に技術者の観点で音を判断するだけでなく、ショパンを弾くタッチでピアノに触れて楽器を理解することができるのです。この、普通の技術者とは違うアプローチにより、演奏家と理想的なつながりを持つことができるピアノが生まれます。それで今回の調律は、彼が担当してくれているのです。

─今回の音を作るうえで一番意識したことは?
Y ショパンを演奏するのに合った、柔らかく歌うことのできる音を作ることです。とにかく、ショパンのスタイルにふさわしい音を目指していますね。

─今回は、楽器の準備段階ではベテラン調律師のジョルジュ・アマンさんも参加していたそうですが。
G はい。ピアノの最終的な調整は、セレクションの1週間前から、アマンとヤレク、あとシモンという3人の調律師が担当し、いろいろな方向から3人でピアノを整えていきました。それぞれの技術者が同じ方向を向き、アーティストのような精神でピアノに向かっている。それによって毎日お互いに学んでもいる。ベテランだから何にでも優れているとは限りません。お互いに意見を交換しあうことで、それぞれの技術者がより向上していくというのが、スタインウェイの考えです。
それと、もうひとつ。スタインウェイのピアノは、そのピアニストならではの音が出る楽器を目指していますから、ピアニストの気持ちがイガイガしているときに弾いたらそういう音になるし、気持ち良く楽しんで弾いていたら、そういう音が出ます。ですから、ピアニストが安心して弾けるようなサポートも必要なんですね……つまり、調律師はサイコロジストの能力も持っていないといけないのです。

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このあともう少し詳しくヤレクさんのお話を聞いてここでご紹介しようと思っていましたが、こちら、のちのち別の形でご紹介できることになりそうなので、その誌面をお楽しみに。

調律師さんがショパンを弾けるということは、確かにひとつの大きなプラスになるだろう思います。ショパンの音楽の心を自分なりに理解していなければ、絶対にその演奏にふさわしい音はできませんよね。自分でその“ショパン向きのタッチ”を試せるというのも、なるほど、というお話でした(2014年ルービンシュタインコンクールのスタインウェイの調律師さんも、優れたタッチでピアノを試せる能力は必要だと言っていたことを思いだしました)。

だからといって、それじゃあショパンに限らず演奏する場では、ピアノがうまい調律師さんのほうがいいのかというと、そういうわけでもない。
調律師には鋭敏な耳と感性、技術が求められ、でも結局最後にピアノを弾くのはピアニストなわけですから、考えれば考えるほど複雑です……。

今回、ピアノの音の流行や、何を大切にするべきなのかということについて、勝手にすごく考えさせられています。コンクールはもうファイナルに突入しようとしていますが、今後もいくつかピアノにまつわる興味深いお話をご紹介しながら考えていきたいと思います。