仙台コンクール、野島審査委員長のお話から

仙台国際音楽コンクールが終わって少し時間が空いてしまいましたが、
野島稔審査委員長のお話を紹介しつつ、今回のコンクールを振り返ってみたいと思います。

合同インタビューに基づく詳しい記事は、後日公式の媒体に寄稿予定ですが、
その時の話から、いくつか気になった点を。

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◇録音のクオリティについて

合同インタビューの最後に付け加えるように野島先生がおっしゃったこのお話に、
けっこうびっくりしました。曰く、
「多くの日本のコンテスタントが予備審査で落ちてしまったが、
録音のクオリティが良いものがあまりなかった。
焦点がはっきりしないというか、お風呂場状態だったり、味も素っ気もないものだったり。
自分の表現したいもの、自分らしい音質をちゃんと録ることができているか
もう少し気を付けたほうが良い」
そしてさらにもう一つ、へぇ、と思ったのは、
「韓国のコンテスタントのDVDはクオリティの良いものが多かった。
なんでだろうと思ったら、現地に良いスタジオがあるということだった」という話。
「こう言うと、プロに頼んでお金をかけとらなくてはいけないと勘違いする人がいるんですが、
そういうことじゃないんですね。センスの問題」と、野島先生。

(そういえば2010年のショパンコンクールで、
アヴデーエワが一度DVD審査で落とされてしまったという話を思い出しました。
それが録音クオリティのせいだったのかはわかりませんが)
多少録音状態に差があっても、本質的な音楽性はわかるかもしれませんが、
やっぱりあまりに酷ければさすがの審査員の先生方でも困るでしょうし、
さらにいえばボーダーラインにいたときは、当然良く録れているほうが評価されるでしょう。
そもそも、その音質で大丈夫だと思ってしまう感覚の持ち主だと示すことにもなりますよね…
もちろん、状況によってどうしても限界があった、という人もいるでしょうが。
ちなみに野島先生が付け加えておっしゃっていたのは、
「ロシア人はそんなにいい録音ではないんだけど、その人の音楽はわかるんですよねぇ」。
…さすがロシアの人々。みんな違ってみんないい、的な教育の成果でしょうか。
録音クオリティという概念を越えて伝わる個性をお持ちの人が多いのか。

◇ファイナルの審査

先の記事にも書きましたが、野島先生のお話を聞いていると、
今回のファイナリストは、何人かについて審査員によって評価がわかれたため、
結果的に平均的に高い評価を受けたピアニストが上位に入ったのではないかと思いました。

そんな状況がうかがえる各入賞者についての野島先生のコメントをごく一部抜粋すると…

「1位から3位の3人に共通していたのは、自覚をもって研鑽を積み、自分の音楽を追求しているという姿勢。そんな中で、1位の彼女には経験と気持ちの余裕があった」
(個々についてもお話がありましたが、それはまた別の場所で)

「4位のシャオユー・リュウさんには非常に光るものがあると思った。音楽に魅力がある。考えた末というより、本能で自然に出てくる音楽という印象。セミファイナルは良いところもたくさんありながら幼い部分がチラチラ見えた感じもあった」
(とくに1次のプロコフィエフ7番を高く評価されていました)

「5位のシン・ツァンヨンさんは、評価が割れたのではないかと思う。音がとても美しいので、私は才能を感じた。あれだけの良い音で弾ききることのできるピアニストは珍しい。ただ、そこに表現として表面的なものを感じたという方もいるようだ」

「6位の坂本彩さんは、1次などは音楽表現が安定していて、自信を持って弾いていてとてもよかった。スタミナもある。一方、自分のものにしきれていない感のある作品を弾いたとき、それをカバーする音の出し方やテクニック面でのひとがんばりがあれば良いと思った」

野島先生は、「自分でも偏っていると思うときもあるのですが…」と前置きしたうえで、
将来性を見るときに一番重視しているのは、音質だとおっしゃっていました。
「音がきれいとか汚いとかの話ではなく、
人の心に届く、目的にかなった表現をするうえで、音のパレットに限りがあるようでは
ピアニストとしてあるところで止まってしまう」との指摘。
その意味で、野島先生的には優勝者の現時点での音楽性の確かさを評価すると同時に、
4、5位の二人に今後の可能性を感じていらしたのだろうなと推測。

◇自分を知るということ

そんなわけで、野島先生のコメントを聞いているうち、
「自分を知る」ということについてなんだかとても考えこんでしまいました。
ちょうどファイナル2日目を聴き終えた時の記事でも、
ピアニストが自分に合う選曲をするということについて考えたと書きましたが、
自分に合ったものを選べる能力、自分ができることとできないことを見極める能力を持つ、
つまり自分を知るということは、とても大切で難しいことだなと。

野島先生が1位のヒョンジュンさんについてたびたび言っていたのが、
「彼女は自分ができること、できないこと、自分が表現したいことをわかっている」
ということ。
「そこにたどり着くまで、試行錯誤しながら自分の道を探ってきた痕跡も感じた。
例えばブラームスのピアノ協奏曲は、
体格の大きな男性ですら技術的に難しい箇所もある作品だが、
彼女の場合、女性特有のしなやかさのようなものを貫き、
ちょっと体の使い方を工夫してブラームスの厚みを壊さないような演奏をしていた」

プログラム選びから、ピアノ選び、体に合ったテクニックなど、
自分に合ったものを的確に判断しなくてはいけない場面って本当にたくさんあります。
音楽への思いが強いほど、そういう客観的な視線って失いがちかもしれないから難しい。
でも同時に、自分が周囲にどう見えるかばかり気にしている表現というのも、
それがわかってしまった瞬間聴く人を興ざめさせてしまうような気がする。
そのバランスもまた、本当に難しいですね。

究極的にいえば、正直に物事に向かっていればなんでもいいのでしょうけれど。
“あのプログラム、合ってなかったよ”と言われても、
“弾きたくて一生懸命勉強して自信をもって弾いたんだけど、
共感してもらえなくて残念だったなー。別にいいけど。”
くらいに本人が思えるならそれでいいのかもしれない。

でもやっぱり、的確に「自分を知る」ことができたら人生だいぶ楽になるだろうな。
そのためには何か考え方の転換が必要なのではないだろうか。
(↑完全に、ピアニストに限らない人生の話に置き換えはじめている)

そんなことを悶々と考えていたところ、
レセプションの会場で一人で立っている野島先生を発見。
もう帰ろうとしているところをわざわざお引きとめして、質問してみました。
「自分を知るためにはどうしたらいいのでしょう。
迷える子羊たちのためにアドバイスを……」(本当は自分が聞きたいだけ)

『そうねえ。まぁ、いろいろ試してみればいいんです。
それで失敗すればいいの。できるだけ失敗したほうがいいんです。
いつも言っているけど、失敗は成功のもとっていうのは、本当ですよ。
それには勇気が必要だけれどね。めげない精神力も必要だし。
やっぱり、そういうのも演奏するうえでは必要ですよね』

ああ先生、失敗する勇気のことをおっしゃるとは。しかもその穏やかな語り口で!
最近ちょうど、精神力ハンパなく強い人について思いを巡らせる機会が続いていたので、
その意味でもなるほどと思いました。
精神力強すぎて失敗してもまったく反省しないというのも
困りものな気がしないでもないですが。
結局は何事もバランスなのか。

と、結局コンクールの本筋からまったく外れたものごとを悟ったところで
この記事を閉じようとしていますが、
実際、コンクールを聴きに来るといつも勝手に人生勉強をしている感があります。
コンクールの間違った楽しみ方をしているような気がしないでもありませんけど。
今回は素敵な課題曲のおかげもあって、本当にいろいろな発見がありました。
先にお伝えしたとおり、優勝者と審査委員長のインタビューなどは
公式関係の媒体で掲載されると思いますので、公開されたらご紹介します。

仙台コンクール、入賞者こぼれ話

仙台国際音楽コンクールピアノ部門、レセプションでの出来事をご紹介します。
(入賞者全員とお話しできたわけではありませんが…)
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まずは4位となったシャオユー・リュウさん。白ハット姿の激写に成功。
19歳の彼はオーケストラとの共演経験も決して多いわけではないそうですが、
本当にステージでの姿が堂々としていました。
アーティストの家系(父が画家)ならではなのでしょうか。
一緒に写真を頼まれた時のポージングとかも、いちいちさりげなくイカしていました。
いつも帽子を持っているのはおしゃれか身だしなみのこだわりなの?と聞くと、
「単に日差しが強いからかぶっているだけなんだけど。
でも、おしゃれのためだと君が思うなら、それでもいいけどね」
という、またしてもなんとなくイカした返答。
やはり、今後もイカした青年街道まっしぐらであることに間違いありません。

こちらのお写真は、記者会見後の北端祥人さんと坂本彩さん。DSC_1639

北端さん、記者会見のコメントのときはわからなかったけど、
しゃべってみたら、ところどころクッキリとした関西の言葉で、
「あっ、そうだ。関西の人なんだった」と思い、
なんか仙台にいたので新鮮でした(だからなんだって話ですが)。
日本ショパン協会主催の2010年日本ショパンコンクールで
ショパンの協奏曲を演奏していた…と先日の記事で書きましたが、
オーケストラとのコンチェルト経験はそれ以来だったそうです。
「この2週間で一気にどばっとコンチェルトのチャンスがやってきたんです。
これからもっとやっていかな、思ってるんです」とおっしゃっていました。
これぞ仙台コンクールを受ける意義ですね。

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2位のエヴァン・ウォンさん。
このコンクール期間中の経験で最も印象に残っているのは、
「お客さんから感じた愛情と、仙台フィルのすばらしさ」とのこと。

「これまでにオーケストラとの共演経験は数回しかなかったので、
この短い時間に違うレパートリーで“4回”演奏したのはすごい経験だった。
仙台フィルもすばらしかったけど、なにより指揮者が良かった。
ときどき、なぜそこでそんなに時間をとるの?こうしたら?なんて提案をしてくれて、
試してみるとすごくよくなる。
もちろん押し付けたりすることはなく、すごくいいアドバイスをくれた」とのこと。
コンクールの指揮者さんは聞き役に徹するとけっこう聞きますが、
ヴェロさんは程よくアドバイスもしてあげていたのですね。すごい。
ところで、彼が“4回”のコンチェルトといっているのは、
たぶん先月のエリザベートコンクールのセミファイナルで
モーツァルトの25番のコンチェルトを弾いたことを入れているのだと思います。
この短期間で全レパートリーを用意するのは本当に大変だった模様。
(ちなみに仙台のオーケストラのほうがずっと良かったと言っていたことを
こっそりお伝えしておきます)

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そして1位のキム・ヒョンジュンさん。
長いインタビューコメントは後日コンクール公式関係の媒体で紹介しますが、
そのうちのこぼれ話的なものを。
ステージで目をひいたドレスは全て日本人デザイナーのタダシ・ショージのもので、
このコンクールのために用意し、色などプログラムに合わせて着ていたのだそう。
タダシ・ショージ、調べてみたら、仙台ご出身なのですね!
偶然のようですが、これまたびっくり。

以上、こぼれ話的エピソードたちでした。
入賞者たちのちゃんとしたコメントは、記者会見でたくさん語られていました。
そんな記者会見の様子は、見事なことこまかさで、
こちらの広報ボランティアさんのブログにて紹介されています。
ブログ記事、そのほかもとても充実しているので是非ご覧ください。
メインで記事を書いているミスターO、
本当に会社に行ってるんだろうかと他人事ながら心配になるレベルの内容と速さで
連日記事をアップされていました(会社にはちゃんと行っているらしいです)。
他にも会場のボランティアスタッフなど、多くの方がコンクールを支えていました。

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期間中いつもめちゃくちゃ楽しそうに活動していたボランティア&事務局の方々

仙台コンクールピアノ部門最終日と結果

仙台国際音楽コンクールピアノ部門、全日程が終了しました。
審査結果はこちら

第1位 キム・ヒョンジュン(25歳 / 韓国)
第2位 エヴァン・ウォン(26歳 / アメリカ)
第3位 北端 祥人(28歳 / 日本)
第4位 シャオユー・リュウ(19歳 / カナダ)
第5位 シン・ツァンヨン(22歳 / 韓国)
第6位 坂本 彩(27歳 / 日本)

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最終日の最後にブラームスのピアノ協奏曲第1番を立派に弾ききった
キム・ヒョンジュンさんが見事優勝に輝きました。
確かに、あのブラームスは、もしかしてと感じさせる堂々たる演奏でした。
というわけで、すでに結果は出ているので今さらですが、
一応、最終日の様子を簡単に振り返ってみようと思います。

まずはシャオユー・リュウさん(カナダ/1997年生まれ)のモーツァルト、K.459。
彼は最年少なのに、オーケストラを前にしたステージ上での立ち居振る舞いが
すごく慣れた感じで堂々としていているんですよね。
演奏はみずみずしく、第2楽章は小鳥のさえずりのような繊細な音が聞こえ、
終楽章はなんだか粋な感じ。白いハットを持っていた姿が思い起こされます。
若いって素敵ね、とつい心の中でつぶやいてしまう爽やかな演奏でした。

シン・ツァンヨンさん(韓国/1994年生まれ)のモーツァルトはK.453。
コロコロした音で、快い自然な抑揚の音楽が始まった瞬間、
そうそう、モーツァルトの音ってこういうのだよねぇ、と。
腕の重みで自然に鳴らしている音が美しく、味わい深い。
モーツァルトの音楽には、素敵な音が一番大切で
他には何もいらないんじゃないかと思ってしまいました。
もちろん実際にはいろいろなことがとり行われているから、そう聴こえるんでしょうけど。

そして後半、エヴァン・ウォンさん(アメリカ/1990年生まれ)は
ラフマニノフの「パガニーニの主題による狂詩曲」。音が伸びて、迫力ハンパない演奏。
緊迫する音楽、躍動する音楽と、変奏ごとに鮮明に異なる世界を描き出していました。

そして、最後の演奏者、キム・ヒョンジュンさん。
真っ赤なドレスで現れた姿に、隣の隣の席のおじさんが「ホゥ…」とため息をもらしていました。ブラームスのピアノ協奏曲第1番という大曲を選んでいます。
一つ前の記事で「自分に合う作品」について考えたことを書きましたが、
まさにこの日のヒョンジュンさんは、一見ギャップのある組み合わせで
予想外に素敵な側面を見せてくれたという感じ。
無理のない自然なやりかたでこれだけ豊かな音が鳴らせるのはすごい。
とくに女性ピアニストの場合に多いですが、ブラームスの重めの曲って、
ブラームスが大好きで、恋い焦がれて、でもヨハネスさんはなかなか振り向いてくれないの、
みたいな演奏がよくあるような気がします。
それがブラームス特有の“もどかしい気質”みたいなものと重なってすてきに響くときもある。
が、今日のヒョンジュンさんは、ちゃんと振り向いてもらっている感じがするんですね。
無理をしている感じがしないからなのか。
しかも彼女の場合、せっかく振り向いてもらったというのに、ふと気づいたら
ヨハネスさん放置してどっかいっちゃいそうな無邪気さを感じさせるところがまたいい。
(完全なる想像ですけど)

そんなわけで、すべての演奏が終わり、
それから約2時間ほどのちに冒頭に紹介した結果が発表されました。
ヒョンジュンさんの優勝は、最後のブラームスを聴いた瞬間、
あるかもしれないなと感じていたと同時に、全体的な順位には意外なところも。
まあ、コンクールとはそんなものですね。
その後の野島先生のコメントを聞いても、
評価がまっぷたつとなったコンテスタントが何人かいたようで、
どちらかというと安定して票を集めた面々が上位に入った感じみたいでした。

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こちらは結果発表後の記者会見後の写真。
「いつも仙台コンクールの入賞者会見では、必ず全員牛タンという単語を発する」
という自分なりの説を持っていたのですが、
今回は仙台の街の印象とかおいしかったものとかの質問が出ず、
そんな私のささやかな持論は崩壊してしまいました。

上位3名はガラコンサートでの演奏が控えていましたが、
なにはともあれ、長いコンクールが終わってみんな安心した表情。
記者会見ではみんな口々に、「たくさん寝たい」と言っていました。
これだけ短期間に3曲のコンチェルトを弾く課題がいかに大変だったか、
この言葉に集約して現れていたような気がしました。

仙台コンクールピアノ部門、ファイナル2日目

仙台国際音楽コンクールピアノ部門、ファイナル2日目まで終わりました。
セミファイナル、ファイナルと聴いてきて今なんとなく思うのは、やっぱり、
いろんな角度からその人に合った選曲をすることって大切なんだなということ。
ベートーヴェンの3番と4番どちらを選ぶかのときも感じていましたが、
やはり特にファイナルは、この少ないリハーサルで
2曲もの協奏曲を弾かねばならない状況とあって、
ますますそのあたりが重要になりそうですね。
憧れていた曲で想いの強い演奏をするというのも素敵だと思いますし、
演奏効果の高い曲を選ぶという考えも、やはりコンクールだからあると思います。
でもここ一番というときに、自分の魅力が最大限にアピールできる曲を
冷静に選べるということも、ピアニストとして大切なんでしょうね。
セルフプロデュース能力的な意味で。
例えばよくある、「先生に言われてこの曲を選んだ」という話を聞くと、
ふーん、そうなんだとつい思ってしまいがちですが、
特に若いピアニストの場合は自分を知る意味でも、それが得策なのかもしれませんね。
自分のことって意外と自分ではわからないこともありますからね。
何にでもいえることだと思いますが…と、突然自分についても反省しだす。

さて。
今日のトップはエヴァン・ウォンさん(アメリカ/1990年生まれ)。ピアノはカワイ。
演奏したのはモーツァルトのK.453。
サラサラとした繊細な音がオーケストラとなじんでいました。
彼に対して抱いていた勝手なイメージからするとちょっと意外な演奏でした。
そしてソロ演奏の部分になると表現がめいっぱい詩的に。
キム・ヒョンジュンさん(韓国)は、K.459。
スタインウェイのピアノで、生き生きした音を鳴らしていました。
いつものように、自らも口で歌っているだけあって、ピアノもなめらかな抑揚で歌っています。
どちらも、間違っても下ネタのジョークなど言いそうにない品のあるモーツァルトでありました。

そして後半は昨日に引き続き日本勢二人の登場です。
彼らはこれでいち早く全ての演奏を終えることになります。
(今回のような演奏順だと、
初日後半に弾いた2人だけ2曲のコンチェルトに中1日もらえるんですよね)
背筋を伸ばし堂々とした姿でステージに現れた坂本彩さん(日本/1989年生まれ)は
ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番を演奏。
オーケストラと対等な掛け合いを繰り広げるべく、
勇ましさも感じる勢いでピアノに向き合い、華やかな演奏を繰り広げていました。
真っ赤なドレスが音楽に似合っています。
そして北端祥人さん(日本/1988年生まれ)は、ショパンのピアノ協奏曲第1番。
唯一の初期ロマン派さわやか系選曲です。
(そして、連日これを聴きまくったワルシャワの思い出がよみがえる…)
緊張感を持ってスタートしたショパンは、
落ち着いたリズム感とともに、穏やかに弾き進められます。
2010年の日本ショパンコンクールで3位になった時に演奏しているのは確かなので、
もう何年にもわたって弾いているレパートリーなのでしょうね。
それでもどこかフレッシュな雰囲気も保った繊細な演奏でした。
客席は、演奏が全部終わる前から拍手が起きるほど、大いに盛り上がってました。

仙台フィルさんも、そろそろお疲れがピークの頃でしょうか。
新しい課題曲体制で、先月のヴァイオリン部門から1ヵ月、本当に大変だったと思います。

そんなコンクールも今日で最終日。夜には結果が発表されます。

仙台コンクールピアノ部門、ファイナル1日目

仙台国際音楽コンクールピアノ部門、ファイナルが始まりました。

今回、ファイナルでは2曲のピアノ協奏曲を演奏します。
(前回までは2曲を用意しておいて、直前に決まった1曲を演奏するという、
“ファイナルまで進んでも、用意してきた曲を絶対に全部弾けない”ルールだったのですが。)
1曲目の課題は、モーツァルトのピアノ協奏曲から第15番~第19番という、
作曲家が1784年にウィーンで書いた6曲中の5曲から選択します。
超有名どころの曲ではなく、ちょっとシブめの選択肢。
それにしても1年でこれだけの曲を書くって(ピアノ協奏曲以外も書いているわけだし)、
改めてモーツァルトすごい。

もう1曲は、指定されたロマン派~近代の16の協奏曲から選びます。
曲のタイプはもちろん、演奏時間もさまざま。
コンクールのファイナルでよく起きることですが、
例えばブラームスのピアノ協奏曲(約50分)と、
リストのピアノ協奏曲やラフマニノフの「パガニーニの主題による狂詩曲」(約20分)では、
倍以上の長さの違いがあるわけで。
ちなみに今回最終日は、そんな短長の2曲が揃っています。
(課題曲については以前公式サイトのコラムでも紹介しています)

ヴァイオリン部門では各人が2曲続けて演奏する形でしたが、
ピアノ部門はそれだと大変だということで(ピアノの方がソリストは大変なんでしょうかね?)、
別日に1曲ずつ演奏するスケジュールになっています。
各日、前半に2曲モーツァルが、後半に2曲自由なコンチェルトが弾かれます。
ちなみに演奏順はここで抽選し直し。
セミファイナルからファイナルまで3日間の空き日がある日程ならでは。

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さて、初日です。
セミファイナル、ファイナルと実際に聴いてみて、
ベートーヴェンとモーツァルト、両方のコンチェルトを見事に弾くって、
さりげなくものすごく大変なことが要求されているよねと改めて…。

演奏順、最初に日本人二人が続けて演奏するという形になりました。
二人とも、ピアノはスタインウェイ。
坂本彩さん(日本/1989年生まれ)はモーツァルトの第18番K.456を演奏。
ベートーヴェンのときも力強い音にインパクトがありましたが、
モーツァルトでも地に足のついた安定感のある感じ。
弾いていない左手で曲の雰囲気を感じながら演奏している姿も印象に残りました。
北端祥人さん(日本/1988年生まれ)は第19番K.459。
これは6人中3人が選んでいる作品です。
軽やかなやわらかい音が、オーケストラの音と自然とコントラストをつくって、
なんだかモーツァルト的かわいらしさ。清々しい演奏でした。
どの曲を選ぶかで、印象にけっこうな違いが生じますね。

と、そんな曲が続いたあとで、後半ズドンズドンとラフマニノフ2曲。
感覚を切り替えて聴かないと、一瞬混乱(?)します。
まずは最年少シャオユー・リュウさん(カナダ/1997年生まれ)の
「パガニーニの主題による狂詩曲」。ピアノはヤマハです。
パワーも充分、キラリン音もばっちり。
各変奏の表情ごとに、ご本人のまわりに灰色やらパステルカラーやら
いろんな色が、もわーんと発生するようでした。

ところでラフマニノフのパガ狂の第18変奏を聴いていると、
以前、小曽根真さんがおっしゃっていた話を思い出します。
“あの変奏が始まった瞬間に、キタキタ~オレの見せ場!と
冒頭からメロメロに弾くピアニストは、オーケストラから嫌われると思う。
そのあと管弦楽でクライマックスが訪れるのに、空気読めてないみたい”
…的なご意見。さすがいつもご自分のビッグバンドと
即興の掛け合いを繰り広げているジャズ・ミュージシャンだなと思ったわけですが。
この話を聞いて以来、「そういう演奏」を聴くと、ぷぷぷ、と思ってしまうわけですが、
この日のシャオユーさんは見事に空気(というか曲の流れ)読んでましたね。

そして、最後はシン・ツァンヨンさん(韓国/1994年生まれ)のラフマニノフの2番。
ピアノはスタインウェイ。
聴かせどころをひとつひとつばっちりキメてくる演奏。音もズドンとまっすぐ飛んできます。
2楽章はかなりゆったりめ。一方の3楽章はワイルドな感じで、
セミファイナルの時にも感じた自由で感情豊かなキャラクターが発揮されていました。

さて、ファイナル2日目には、再び日本人の2人が登場します。
坂本さんはラフマニノフの2番、北端さんはショパンの1番。
どんな演奏になるでしょうか。

※ファイナルの演奏、アーカイヴはこちらから聴くことができます。

仙台コンクールピアノ部門、セミファイナルを終えて

ただいま開催中の仙台国際音楽コンクールピアノ部門。
ベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番または第4番を演奏するという、
ユニークな課題曲のセミファイナルが終わり、ファイナリスト6人が発表されました。
ファイナリストと演奏順はこちらで確認できます。

仙台コンクールはいつも、普通の(?)コンクールとは
一味違ったタイプのピアニストが優勝するというイメージが私にはあります。
派手ではないけど、ユニークだったり、堅実だったり。
若いピチピチのスターというよりは、わりと年齢も高めのオトナが頂点に輝くという印象。
協奏曲が中心の課題曲だということが、やはり大きいのでしょう。

さて、今回はセミファイナルの3日間をまず現地で聴いてきました。
ベートーヴェンの3番と4番だけを12人分ひたすら聴くというのは
どんな気分だろうと思いましたが、想像より辛くなくて、むしろかなり楽しかったです。
(ベートーヴェンの4番のコンチェルトがとくに好きなので。)

ちなみにこの課題曲、副審査委員長の植田先生が思いつき、
審査委員長の野島先生が「イイネ~!」となって、決まったそう。
今年の課題曲は、仙台コンクール史上最高だと、野島先生的にも太鼓判らしいです。

音の美しさ、音楽の構成力、作品への向き合い方という各人の音楽性がよくわかる。
なんというか、演奏家の“哲学度”もわかるという意味で
(高ければ良いということでもなく、そこは好みだと思いますけど)、
もしかしたらモーツァルト以上に“ごまかしがきかない”のではないかと。
続けて聴いていると、ピアニストごとに際立たせる声部とかパートとかが異なって、
ベートーヴェンはこの作品の中になんてたくさんのネタを仕込んでいるんだ!と、
改めて感じるのでした。
演奏のアーカイヴはこちらから聴くことができます。

今回12人のピアニストのベートーヴェンを聴いておもしろいなと思ったのは、
概して、女性陣が音量たっぷりに力強い演奏をして、
男性陣がすごく繊細な表現をしていたということ。
一瞬、これはなんですか、現代の世相を反映しているんですか、と思いましたが
(草食系男子と肉食系女子的な。でもそれって日本だけの話ですよね)、
ふと、女性の目で見たベートーヴェン像(男らしくてパワフル)と、
同性の目で捉えるベートーヴェン像の差から生まれた傾向の違いなのかも…
とか思いました。もちろん、個人差はあると思うんですけどね。
なんでしょう、男兄弟の中で育った人が女性に抱く幻想、の逆バージョンみたいな?
(ちょっと違うか。)

さて、今回は現地で終演後にバックステージでコンテスタントにお話を聞く機会は
あまりなかったのですが、たまたま会えた何人かの話題をご紹介しようと思います。

まずは、チーム韓国。
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イ・スンヒョンさん、キム・ヒョンジュンさん、シン・ツァンヨンさん。
なんだか仲がよさそうでした。
(写真をウェブ上に載せるといったら、右の二人が一生懸命うつりをチェックしていました)
一番左のスンヒョンさんは、4番の協奏曲で、
3楽章のカデンツァにただひとりバックハウスバージョンを弾いていました。
そこまでわりとおしとやかに弾いていたのに一気にゴージャスになったので、
かなりのインパクト。録音を聴いて気に入ったので、耳コピして弾いたといっていました。
中央のヒョンジュンさんは、
2009年の浜松コンクール(チョ・ソンジン優勝回)で5位だったあの子です!
当時はまだ18歳でした。
ステージに出る直前に袖でバナナを食べて、スタッフに皮を託して出ていくという
謎の習慣が当時話題になっていましたが、それは7年経った今も変わっていないそうです。
あの力強い演奏はバナナのエネルギーによるのだろうか。
右のシン・ツァンヨンさんも、初日にとても情感豊かなベートーヴェンを聴かせてくれました。
今をときめく(?)カーティス音楽院、ロバート・マクドナルド門下。
去年のショパンコンクールに入賞したケイト・リウ&エリック・ルーと同門です。
右の二人はファイナルに進出しました。

初日、ツァンヨンさんの前に、同じ曲をまったく違う理性的なアプローチで弾いて、
この演奏は仙台コンクール好みだろう…と思ったのが、ニキータ・ムンドヤンツさん。
ホロデンコが優勝したヴァン・クライバーンコンクールでファイナリストになっていたので、
配信で演奏を聴いたことのある方もいらっしゃるでしょう。
お父さまもピアニスト&モスクワ音楽院教授で、
クライバーンコンクールの過去の受賞者ということもあり、
当時テキサスではあたたかく迎えられていました。

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(結果発表前に控室で撮った写真。
話しかけたら立ち上がってくれて、わりと長らく話をした後に撮ったんだけど、
よく見たらリュック背負いっぱなしじゃないの…ごめんね)

モーツァルト&プロコフィエフのコンチェルトを聴いてみたかったので、
ファイナル通過ならずで本当に本当に残念です。
派手さはないけど、渋めがお好みの仙台コンクールだし、
あの演奏なら通るだろうと思いましたが、わかりませんね。
ちなみに、作曲家でもある彼、クライバーンコンクールのときは
モーツァルトの協奏曲で自作のモダンなカデンツァを披露していたので、
今回も楽しみにしていると言ってみたところ、
「今回弾く曲にはモーツァルトのオリジナルのカデンツァがあるからそれを弾くけど…」
と言われてしまいました。
(某所の講座に参加してくださったみなさん、いろんな意味で予想外でした。すみません)

あとは、日本人のセミファイナリスト、北端祥人さんと、坂本彩さんは、
揃ってファイナルに進出!
お二人とも、関西出身で今はドイツで勉強しているという共通項があります。

それからカナダとアメリカ国籍の二人は、いずれも中国系。
エヴァン・ウォンさんは台湾育ちで、15歳からジュリアードで勉強した人です。
プログラムに載っている写真と実物が全然違います。
(実物のほうが良いと思う。でも写真は撮り忘れました)
一方の最年少19歳シャオユー・リュウさんは、フランス生まれ、モントリオール育ち。
結果発表を待っている部屋でずっと手に白いハットを持っていて、
19歳にして、さすがモントリオール紳士…と思いました。
(これまた写真は撮り忘れましたが。)
絵を描くのが趣味らしいですが、お父さんが画家なんですって。
そんな家庭環境、この後もイカした青年街道まっしぐらという感じですね。

ところで、国際コンクールについて思うこと。
これだけ世界にコンクールがあると、すべての内容や結果を追いきることもできず、
やっていたことにも気づかないことすらあります。
よって私としては、たまたま何かのきっかけで聴く機会があるコンクールは、
真剣に聴いて、予期せぬ出会いに期待したいと思っているところ。

コンクールの意義については、ここしばらくずっと議論されていることですけど、
例えばこの仙台コンクールのようなものの場合、現地に来てみると、
地元の音楽好きからの注目度の高さ、コンテスタントを迎えるあたたかさがすごくって、
地元の方々の喜びを生み、それがピアニストに伝わっているという意味だけでも
本当に価値あるイベントなんだと改めて感じます。

もちろん音楽界での権威が高まって、優勝すると世界で認められるようになるなら
それに越したことはないし、
関係者や音楽ファンが結果に高い関心を寄せているなら、それもそれに越したことはない。
でも、それとはまた別の価値が、ローカルな国際コンクールにはある。
そういう盛り上がりのないコンクールもあるのが現状だとは思いますが、
少なくとも、ガラコンのチケットがさっさと完売になったり、
ボランティアさんたちの熱量がすごかったり、
仙台は、なんかすごいと思います。
普段の仙台フィルの活動の成果もあるのでしょうね。

というわけで、ファイナルは6月23日から。
各人モーツァルトと自由選択のコンチェルトを弾きます。楽しみです。