ファツィオリ調律師さんインタビュー

続いては、今回のルービンシュタインコンクールで
ファツィオリの調律を担当している越智晃さん。

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越智さんはこれまでにも、ファツィオリが参入するようになって以降のショパンコンクール、チャイコフスキーコンクールなどの舞台で調律を担当しています。パオロ・ファツィオリ社長がその腕を信頼している才能と技術の持ち主であり、大きな現場を任されているお方。
当初スタインウェイで10年以上調律師として仕事をし、その後ファツィオリに移るという経歴をお持ちなので、両楽器のことをよくご存知です。
というわけで、さっそくインタビューをご紹介しましょう。

◇◇◇

─今回のファツィオリは、前回優勝したトリフォノフさんが昨年12月に選定し、会場に入れてからもアドバイスを受けつつ調整した楽器ということですね。オープニングコンサートではトリフォノフさん自身この楽器を弾いていて、やはりファツィオリを見事に弾きこなしているなという感じがしましたが。

彼は、ファツィオリからピアニシモをすごくきれいに出してくれますからね。加えて新しい楽器では、フォルテも充分に出るようになっていますし。ファツィオリの魅力を最もよく引き出してくれるピアニストだと思います。弾き慣れていますから、それも大きいと思います。
コンクールのピアノについて彼が最初に言ったのは、今回のスタインウェイは鍵盤が深く、ファツィオリのほうはどうしても浅く感じるということでした。多くの人はスタンウェイに慣れているから、ファツィオリも深めにしたほうがいいだろうということで、スタインウェイと同じほど深くはしませんでしたが、いつも仕上げるより0.5ミリくらい深く仕上げました。

─今回のピアノのキャラクターはどのようなものでしょうか?

やはりこれまでのファツィオリと一番違うのは、パワーがついたということ。そしてそのおかげでソロからコンチェルトまで、オールマイティに対応できる楽器になったということです。以前はコンチェルトになるとちょっと弱いかもしれないと思うところがあり、いつも問題意識として念頭に置いていたのですが、大きく改善されています。
今回、ボリュームの必要な作品がレパートリーにあるからファツィオリを弾きたいというコンテスタントがいるところを見ると、実際にだいぶ印象も変わったのだろうと思っています。

─ファツィオリのピアノには、何か特別なコントロール方法というのがあるのでしょうか。

社長のパオロが「ピアニストがピアノと格闘しているところは見たくない」と考えて新しいピアノを創ることにしたのが、ファツィオリの始まりです。それだけに、このピアノは力まなくても音が出るのですが、普段一生懸命弾かないと音量、音質とも出しにくいピアノに慣れていると、どうしてもファツィオリを前にしても力んで弾こうとする方が多いようには思います。ファツィオリをあまり弾いたことがない方だと戸惑ってしまうようなところは、あるかもしれません。そのあたりは、この楽器を弾いてもらえる機会をどんどん増やしていく他に解消する方法はないかなと思います。
とはいえ調律師の使命は、これまでファツィオリを弾いたことがないというピアニストにも気持ち良く弾いてもらえるようにすることだとは思っていますが。

─自らファツィオリを選んだピアニストでも、完璧にコントロールできているピアニストと、いまいち扱いきれていないように見えるピアニストがいると感じることがあります。実際話を聞いて、扱いにはコツがあって自分はしっくりきたと言う人と、扱いに特別な違いは感じないと即答する人とに分かれて、興味深いと思いました。

その感想の違いは、初めて弾いたファツィオリの個体にもよるかもしれません。ファツィオリのピアノはどんどん新しくなっていて、特にフルコンに関してはすごく良くなってきていますから。最近のピアノだと、扱いに大きな違いは感じないのかもしれません。僕が調整するときも、例えばスタインウェイを扱うときと同じ感覚でやっています。

─パオロ社長からは、何か調律についてアドバイスがあったりするのですか?

特にないですね(笑)。ですがとにかく、2010年のショパンコンクールからたった4年間で、いろいろな改良を加え、この状態にまでもってきてくれたことにすごく感謝しています。これまでのファツィオリ特有の良さは保ちながら、コンチェルトのときなどにグワッと押し出す底力が必要だということで、フレームの形をはじめいろいろなことが変わっています。いろいろな角度からよく見てみると、以前の楽器と比べて驚くほど変わっていますよ。
とはいえこのピアノはまだ新しい楽器なので、あと1、2年もするとますます良くなっているでしょう。3年後のルービンシュタインコンクールあたりではすごく良い状態になっていると思うんですが。

─それじゃあこのピアノを所有している地元のディーラーさんがこのままとっておいてくれれば……。

まあ、売るでしょうね(笑)。
とはいえ、今後の大きなコンクールに向けて、すでに良いなと思う楽器の候補はあります。今回の経験をもとに、またいろいろ調整をしていこうと思います。

─今回は、1次で36人中5人のコンテスタントがファツィオリを選びました。それぞれのリクエストに対応されたりするのでしょうか。

なぜか終盤に固まってしまったので、うまく対応できるか心配していましたが、幸い好みに大きな違いがあるピアニストが連続して登場することはなかったのでよかったです。たとえばキム・ジヨンさんは軽い鍵盤を好みましたが、ホ・ジェウォンさんは重いほうがいいということでした。ジェウォンさんの演奏の前には、鍵盤のハンマー側にひとつひとつ重りをつけて対応しました。ショパンコンクールの時のフランソワ・デュモンさんにした対応と同様です。デュモンさんの時ほど重くはしませんでしたが、今回は1グラムほど重くして対応しました。彼はずいぶん満足してくれていたようです。

─その作業にはどのくらい時間がかかるのですか?

1台に貼り付けるのにだいたい20分くらいですから、時間的にはたいしたことはないんです。それに、今回、スタインウェイの調律師さんが朝に作業をするというのでこちらは夜に作業をしていたため、睡眠時間さえけずればいくらでも時間をとることができ、じっくり作業できました。

─音に対してはみなさんからどんなリクエストがありましたか?

高音をブライトにしてほしいというリクエストが多かったです。会場が全然響かない空間だったので、少し調整を加えました。

─ファツィオリ最初の演奏者の後に会場でお会いしたら、のどから心臓が飛び出しそうとおっしゃっていましたが、やはり演奏中は緊張されるのですか?

そうですね、だんだん慣れてきましたが(笑)、さすがに一人目は緊張しました。ピアノが原因で失敗などにつながれば、自分の任務が果たせていないことになりますから、トラブルが起こらないようにと祈るような気持ちです。最初の演奏が始まるまでは、あのホールで楽器がどう鳴るのかもわかりません。何度かステージが続くうちに、これなら大丈夫かなと自分を納得させる要素が増えていくので、だんだん緊張もやわらいでいきます。

─どんなふうに弾いてもらえると嬉しいですか?

そうですねぇ……もちろんあまり汚い音は出してほしくないですが。でもファツィオリを選ぶピアニストには、あんまりガッツリ弾いて汚い音を出すというような人がいないので、助かります(笑)。

─調律とは、越智さんにとってどういう仕事なのでしょうか?

調律することによって、そのピアノを自分の音にするということは、したくないんです。楽器がこの音になりたいという方向に持って行くというか。楽器と自分との対話という感じですね。“こうしてやろう”という気持ちを起こすと、楽器って絶対に背中を向けてしまいます。僕が理想としているイメージは、ダンパーペダルを踏んで止音されていないときに、風が吹いたらフワ~っと弦が鳴り出すくらいの、ストレスのかかっていない状態です。楽器が鳴りたいように鳴ることができるようにしてあげるのが調律師の務めだといつも考えています。

─そこにピアニストがやって来て、思い思いに弾くわけですよね。

そうですね。ですから、ピアノをできるだけ無垢の状態でわたしてあげることが必要です。その後は、ピアニストが自分で色をつけていくわけです。まっさらな状態のピアノを提供できたときには、一番ちゃんと仕事をできたなという感じがします。

◇◇◇

越智さんは現代作品にご立腹の様子ではありませんでしたが、それには、コンクールの舞台でファツィオリを選ぶピアニストのタイプに一定の特徴があったからなのかもしれません。もちろん、弾いた人数にも違いがありましたけど。どうなんでしょうか…。
ちなみに越智さん、調律師になりたいと思ったのは小5のときのことで、小6のときには初めてのマイチューニングハンマーを持ち、家のピアノをいじるようになっていたのだということ。チューニングハンマーを握るべくして生まれてきた人物なのでしょう。

全然関係ありませんが、越智さんと雑談をしていると、たびたび「〇〇さんって〇〇にソックリじゃない?」という発言があり、この例えがとても秀逸です。
いつか許可を得て、「Mr.オチの例え語録」を公開したいところであります。

スタインウェイ調律師さんインタビュー

さて、いよいよファイナルが始まりましたが、ここからが長い。
とはいえファイナルに入ると1日にピアノが弾かれる時間はぐっと減りますから、調律師さんたちにも少しだけ時間には余裕が出てくるようです(その分緊張感はアップするかもしれませんが)。
というわけで、各メーカーの調律師さんにお話を聞いてみます。

まずは今回スタインウェイの調律を担当している、
ウルリヒ・ゲルハルツ(Ulrich Gerhartz)さん。
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ゲルハルツさんは、ロンドンのスタインウェイホールのディレクター、そしてスタインウェイUKアーティストサービスのディレクターでもあります。
つまり調律師でありながら、普段からコンサートのアレンジやアーティストケアも担当しているということ。リーズ国際ピアノコンクールなどではひとりで両方の仕事をしているそうです。

で、私もこれまでさまざまな調律師さんとお話をする機会がありましたが、なんだかいままでにいないタイプでした。インタビューをお読みいただけば、おわかりいただけるかと思いますので、どうぞ。

◇◇◇

─コンクールのピアノを調律することの難しさはどんなところにありますか? やはり、コンサートでの調律とは違いますか?

違いますね。ピアノコンクール、特に1次や2次の段階では1日にたくさんの演奏が行われますし、そのそれぞれの演奏で、ピアノに普通のリサイタル以上の負荷がかかります。コンクールというのは、それぞれのピアニストが自分のできることを最大限披露しようとする場ですから。
今回のコンクールで本当に不運だったのは、イスラエル人作曲家による現代作品が、ピアノのイントネーションを損なうような書き方で作られた作品だったことです。フォルティシモの部分が多く、ピアニストが楽譜に書かれた通りに弾こうとするあまり、限度を越えた音を出そうとすることが多いのです。例えば、声楽家が1曲歌って声にダメージを受けるような作品を歌えば、その後声の調子は悪くなってしまいますよね。それと同じことです。
より成熟したピアニストたちは、ピアノにダメージを与えない限界を感じてそれ以上のフォルティシモは出しませんが。ピアノの音というのは、ある一定以上の音量になれば、必ず騒音になってしまうのです。
普段のリサイタルと違い、コンクールでは朝調律をして、2人のピアニストが2時間演奏したあと、少し調律の時間が与えられ、また再び演奏です。その限られた時間の中で、メカニック、音色、そしてもちろん調律をできるだけ良い状態に整えなくてはいけません。
そんな状況ですから、この現代作品が多く弾かれる日は、調律は狂わないにしても、一日の終わりに近づけば近づくほど音色が変わってしまいました。

─今回は、1次で36人中31人のピアニストがスタインウェイを選びました。そうなるとやはり、それぞれの要望に合わせるのというのは難しいですよね。

時間がありませんから不可能です。誰かに合わせてしまえば他のピアニストが苦しむことになります。できるのは、全員のコメントを聞いて、全員のプラスになるような状態に整えることです。まずは場所と音響に合わせ、続いてはレパートリーに合わせる必要が出てきますが、そこは多くのコンテスタントのレパートリーの傾向に合わせていくしかないのです。

─今回使用されているピアノは2013年製のハンブルク・スタインウェイだそうですが、このピアノのキャラクターはどのようなものですか?

豊かな音量と、基本的にクリアな音色を持っています。会場の響きはとてもドライで、ピアノの音をまったく助けてくれません。昨年12月にハンブルクで選定されてすぐにイスラエルに運ばれましたが、そこからはずっとテル・アビブのディーラーのショールームに置かれていました。5月8~9日にかけてホールに持ち込まれ、そこから11日のピアノセレクションまでに状態を整えなくてはいけませんでした。とても慌ただしかったのですが、しっかりと良い状態になったので、喜ばしく思っています。輝かしい音でありながら音楽的な部分を持っているピアノは、多くのピアニストにとってコントロールしやすいので、そういう音を目指しています。

─ステージが進むにつれてピアノの状態が良くなっているように感じます。

コンクールの期間は、一つのホールに置かれたピアノが数年間で弾かれるのと同じくらいの量使用されることになりますから、極めて特別な状況です。一日良い状態の音が保たれるように努力はしていますが、当然一日が終わると音が変わってしまい、それを毎朝もとに戻す作業をしていく中で、音がだんだん馴染んでくるのでしょう。

─ところで、コンクールでご自分が調律したピアノが弾かれているときはどのような気分なのですか? 緊張したりするのでしょうか?

私はこれまでたくさんのコンクールで調律を担当していますし、時にはアーティストケアまで自分で行っている立場なので、平静でいられますね。各コンテスタントの演奏を注意深く聴くようにしていますが、耳をフレッシュな状態で保つため、全ての演奏は聴きません。全員の演奏をすべて聴いてしまうと耳が疲れてしまいますから。
ごくまれにあるのは、ナーバスになるというより、怒りに近い感覚を持つことですね……。それは、自分の調律したピアノが、そのピアノが弾かれるべきでない方法で弾かれているときです。構造上それ以上押さえつけられるべきでない方法で鍵盤が叩かれたり、ピアニストがあるべきトーンを見つけられていなかったりすると、音はひどいものになってしまいます。そんなときの気分は最悪で、本当にガッカリしてしまいます。ピアニストに、ピアノから離れてほしいとすら思ってしまいます。私はそのピアノが持っている能力も、どう触れるべきかもわかっているわけですから。そのピアノが持つトーンを見つけてもらうことがとても大切なんです。
もちろん普段は、演奏、そして演奏家の傍でとても特別な思いで聴いていますよ。良い音を引き出してくれたときには最高の気分です。ピアニストが、そのピアノから良い音を引き出すことができる人かどうかは、そうですね……30秒見ていればわかります。

─ご自身でもピアノを弾かれるのですか?

私はもちろんピアニストではありませんが、毎日何時間もピアノの鍵盤に触れていますから、リーズ国際ピアノコンクールの審査委員長、ファニー・ウォーターマン女史にもタッチをほめられたくらいで。全ての音をしっかり整えるために、そして鍵盤の反応を確認するためには、繊細に鍵盤に触れる能力を持っている必要があります。

─……なにかこれまでインタビューしてきた調律師さんとは少し視点が違って、とても興味深くお話を伺いました。

そうですか。私は自分ができることをやっているだけなのですけどね! もうスタインウェイの仕事は28年やっていて、20年以上コンサートグランドピアノ関係を担当し、たくさんのアーティストと仕事をしてきました。自分が世話をしたコンサートグランドピアノは、私にとって家族のようなものです。それぞれに個性を持った彼らを最高の状態にしてあげることが私の仕事です。内田光子、アンドラーシュ・シフ……さまざまなピアニストがやってきますが、彼らピアニストのためにピアノに生命を吹き込まなければいけません。とても大変な仕事で、単純にピアノを調律するという作業を越えているような気がしています。

◇◇◇

…いかがでしょうか。

なんだかすごく、ピアノ目線なんですよね。
ピアニストのためにという想いは当然心の中にあるのでしょうけれど、なんだかどちらかというと、すごくピアノ寄りの目線なんですよね。
私も大音量で叩かれているピアノの音を聴いていると悲しくなるほうなんですが、ゲルハルツさんの場合は、もはやご立腹ということで。おもしろいなぁ。自分の家族がひどい扱いを受けているみたいな気持ちになるんでしょうかね。
10分ほどの短いインタビューでしたが、多くのことを語ってくださいました。

ここからは、室内楽、異なる2つのオーケストラとの共演が続き、ピアノにも細かな調整が加えられていくことでしょう。インターネットの配信だとなかなか聴き取り切れないものもあるかもしれませんが、ぜひその変化にご注目ください。

続いて今回のファツィオリのお話

さて、続いて今日はファツィオリのピアノの出所のお話。

ファツィオリは、ルービンシュタインコンクールには初めての参加です。
今回ステージに乗っているピアノは、ファツィオリのF278。
ファツィオリには、普通のフルコンサートグランドよりも少し大きい
F308(つまり全長が3m8cm)という型があることが知られていますが、
今回使用されているのは通常サイズのフルコンです。
製造年は2013年。
ピアノフォルティの公式ブログでも紹介されている通り、
昨年12月にトリフォノフが、イタリア、サチーレの工房で選定した楽器です。
前回のコンクールで演奏したときの経験をもとに慎重に選ばれ、
その後改良を重ねられたとのこと。

ファツィオリといえば、前述の特大サイズをはじめ、4本目のペダルなど、
革新的な技術をどんどん開発し取り入れてゆくメーカーというイメージがありますが、
実際、「ピアノが完成することはない」というのがパオロ・ファツィオリ社長の信念だとか。

パオロさんに前にお話をうかがったとき、
「ピアニストがピアノと格闘しているのを見るのが耐えられなかった。
もっと楽に豊かな音が出るピアノが創りたかった」
とおっしゃっていたのが印象に残っています。
この方、普段からなかなか自由というか、70歳近いのに“少年”みたいな人で、
確かにこの人なら普通の人間が想像もしないような思い切ったことをしそう、
という独特の気配をお持ちです…。

実際にはもちろんパオロさんの思いつきだけで事が進んでいるわけではなく、
科学的な研究チームとともにさまざまな開発がなされているそうですが。

そんなわけで今回ステージに乗っているファツィオリも、
「今までとはかなり違う」のだそうです。

2010年のショパンコンクール、2011年のチャイコフスキーコンクールでの経験をもとに、
大きな改良が加えられ、あの時のピアノとはフレームの形をはじめ
いろいろなことが変わっているとのこと。

ほとんどのコンクールの調律、アーティストケアは日本のチームが担当していますが、
そんな日本側からの意見が大いに取り入れられ、大胆な改良が施されたらしいです。
結果、ファツィオリ特有の良さは残しつつ、
オーケストラとの共演などでも負けない底力が充分についた、とは、
ショパンコンクール、チャイコフスキーコンクール、
そして今回も調律を担当している越智晃さんのお話。

いよいよステージ1の5日目、6日目にはファツィオリのピアノが登場する予定です。
ピアニストたちがどう弾きこなすのか、楽しみであります!

まずはスタインウェイの出所について


今日はバックステージで、ファツィオリの方、スタインウェイの方、
イスラエルの“伝説の”調律師さんによるトークセッションが行われていました。
演奏のインターミッションの間にライブ配信されていたものの
アーカイヴがこちらで見られます。(1時間46分あたりから)

個々のピアニストのリクエストにいかに対応するかというテーマも出てきます。
こういうトークセッションは初めての企画だったらしいです。

さて、今日はまずこれまでのところ連日ステージに登場している
スタインウェイのピアノについての情報を。


今回のステージで使用されているスタインウェイのピアノは、
昨年2013年に製造された、新しいハンブルク・スタインウェイだそうです。
審査委員長のアリエ・ヴァルディさんが、
ご自身の門下生(日本人とイタリア人の生徒さん)を同伴して、
一緒に選定したとのこと。
実際の出場者に近い年代のピアニストの意見を聞こうという目的なんでしょうかね。

そのピアノを地元テル・アビブで一番大きなディーラーさんが購入。
今回はそのディーラーさんからの提供で使用しているとのこと。
そしてコンクール終了後には売られてゆくことが、ほぼ決まっているらしいです。
というのも、
「ピアニストが全力で弾いて、スタインウェイのトップ調律師が休憩のたびに調律する。
コンクール期間中これが何度も何度も繰り返され、
コンクールが終わるころにはこのピアノのコンディションは最高になっているはず!」
…だから、とのこと。
終わるころに最高の状態って! と心の中で軽くつっこみましたが、
もちろん今もすでにいい状態のものが、もっと良くなるということですからね!

このお話を聞かせてくれたのは、
上記のトークセッションで真ん中に座ってお話をしているゲリット・グラナーさん。
わからないことがあったらなんでも聞いて!僕の足のサイズでもなんでも教えるよ!
と言ってくれました。(デカそう)

グラナーさんはアーティストのケアを担当されていて、
どこのコンクールに行っても必ずお見かけします。
確か、2011年のチャイコフスキーコンクール某局のドキュメンタリー番組でも、
ロマノフスキーのリハーサル中のシーンの中で、
グラナーさんがロマさまと話している様子が放送されていました。
その時「ロマノフスキーさんが、ファンの男性から話しかけられています」みたいな
微妙なナレーションが流れていて、
リハの邪魔をしてアドバイスするファンの人みたいな扱いをうけているグラナーさんに
ちょっとウケた記憶が。

さて、今のところまだファツィオリのピアノは登場していませんね。
どうやら選んだコンテスタントが最後の2日あたりに集中しているようで。
今しばらく、登場を楽しみに待ちましょう!

コンクールにピアノを出すわけ

いよいよ演奏順も決まり、明日からコンクールの演奏が始まります。
ピアノの選定は11日から行われていました。
各人の持ち時間は15分。
ステージ上に置かれたファツィオリ、スタインウェイの2台から選びます。


(写真は、選定が始まる直前の様子)

自分にとって弾きやすいか、演奏するプログラムに合うかどうか、
本選まで進んだ場合、オーケストラと合わせても負けない力をもっているか、
そしてとにかく自分好みの良い音がするかなど、
コンテスタントはいろいろな観点からピアノを選ぶのだと思います。
そして、選ぶ人が多くないピアノをたまたま選んだりすると、
演奏順のタイミングによっては自分の好みに合わせてじっくり調整してもらえる…
ということも、あったり、なかったり。
ピアノ選び、けっこう奥が深いです。

ピアノメーカーの方と突っ込んだお話をしていると時々出てくる話題に、
コンクールのステージにピアノを乗せるということをメーカーが一体なぜ続けるのか、
というものがあります。
その意義は一見明らかなようで、とても微妙なものだったりするんですよね。
ホール自体が所有していることが多いメーカーはまだ良いかもしれませんが、
そうでない多くのメーカーの場合は、コンクールの度に、
海を越えての運送や、長らく運搬された後の楽器の調整などが必要で、
資金も労力もかかります。
同時に、少しでも優れたピアノをつくりたい、
ピアニストの力になる楽器をつくりたいという熱い想いがいくらあっても、
モノをつくるメーカーである以上、そのモノが売れなければ成り立たないわけで。

優勝者が使ったメーカーだからといって
すぐに世界のホールがそのピアノを買い求めるわけではありません。
ファンの人が、ポンっ!と買うということも、そう多くはないでしょう。
もちろん認知度はあがってその良い音を多くの人が聴くことになるし、
さらに言えば、将来活躍するであろうピアニスト達に
一度でもそのピアノを弾いてみる機会を持ってもらうきっかけにはなると思いますが。

その意味で、コンクールのステージにピアノをのせるというのは、
単にビジネスのことを考えればちょっと遠回りな“プロモーション”と
考えられなくもありませんね。
それでも確かに、根気よくコンクールへの挑戦を続けることで、
少しずつ世界のホールでも導入されることが増えているというのは、実際あると思います。

まあ、そんなピアノメーカーの商売事情はさておき、
私たちピアノ好きにとって大切なのは、
こうしたコンクールの舞台をひとつの目標にメーカーがより優れた楽器を開発し、
調律技術者の方々もその技を磨いていってくれるということ。
こうして世の中に良い音のするピアノが増えていくのですから、すばらしいことですよね。

コンクール、活躍中のピアノに迫る!

コンクール期間中、ピアニストの大切なパートナーとなる楽器。
ここ数回のヴァン・クライバーンコンクールのように、
1社のメーカーのピアノから選ぶスタイルをとっているコンクールもありますが、
多くのコンクールの場合、数社のピアノの中から選ぶという形になっています。

今回ルービンシュタインコンクールのステージにあがるのは、
ふたつのメーカーのピアノ。
世界のコンサートホールでの常設率がダントツでナンバーワンだという、
お馴染みのアメリカの老舗メーカー、スタインウェイ&サンズ。
そして、最近急激に存在感が増大しているように思えてならない、
創業1981年、イタリアの新進メーカー、ファツィオリ。
この2択です。なんかすごいでしょ。

今回、日本のピアノメーカーは参加していません。
普段はコンクールの取材に行くと、
バックステージは日本の技術者さんだらけでとても落ち着くのですが、
今回はそうじゃないので、ちょっとさみしいです。
とはいえ、ファツィオリの調律を担当するのは日本人の方です。
それはそれで、良く考えるとすごいことですよね!

そして、今回使用するファツィオリのピアノはトリフォノフが選定したとのこと。
ヘンタイ(いい意味で)が弾きこなして良いと感じる特別なピアノで、
他のピアニスト達は大丈夫なのだろうか…
というささやかな疑問はさておき、どんな音色の楽器なのか、
まず13日夜のオープニングコンサートで確かめることができそうです。
(こちらもライブ配信ありですよ!)

そんなわけで、今回のコンクール取材では、
コンクールのステージで使われるピアノの情報、
調律技術者さんの現場での動きに注目し、
ピアニストとピアノの関係にも迫ってみようと思います。

ちなみに、ファツィオリの情報については、
日本総代理店のピアノフォルティの公式ブログに、
けっこうな裏ネタが登場しそうな気配なので、あわせてチェックしてみてください!