カワイ調律師さんインタビュー


今回、セミファイナルに進んだガリーナ・チェスティコヴァさんやチ・ホ・ハンさん、日本人コンテスタントとして注目されていた竹田理琴乃さん、9年前の高松コンクールに15歳で入賞していたチャオ・ワン君、そして大人気のジュリアン君など、個性的なコンテスタントから選ばれていた、Shigeru Kawai

調律を担当していた小宮山淳さんにお話を聞きました。
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─今回ショパンコンクールのピアノを準備するにあたって、心掛けていたことはありますか?

ホールがわりと大きいので、ピアノの鳴りが良くなるよう、それにむけてパーツを選んで変えておくようにしました。そうして作り込んだ楽器をドイツに持っていき、日本の空気より湿気がない環境でしばらく置いてから、こちらに持ってきました。
私が以前ショパンコンクールの調律を担当したのは15年前、イングリット・フリッターさんがカワイを弾いて2位に入賞したときです。このときの経験からホールの響きなどは知っていたので、方向性は作りやすかったですね。

─ショパンだけを弾くコンクールということで、どんな音を心掛けましたか。

エチュードなどはコロコロした音が必要ですが、その他は民謡のような要素のある音楽が中心ですから、表面的な音ではなく、心からの叫びとか、ポーランド人に独特の優しさのようなものがあり、強く叫ばないような音を目指しました。……“チャラくない”音といいますか。
たとえば、静かに蠟燭の明かりで本を読んでいるというか、そんなものを感じる音です。他のピアノよりも、丸めの発音になっているのではないかと思います。ショパンはこの音色で流れれば一番合うのではないかという音を作りました。

─次々異なるピアニストが演奏するコンクールで心掛けていることは?

繊細な調整は必要なのですが、こういうタッチでなければこういう音がでないというようなタイプの繊細な調整だと、ピアノのキャパが狭くなってしまいます。なので、仕上がりとしては、図太さがあるというか、包容力がある調整にしておかないと、多くのピアニストが好んでくれるピアノにはなりません。

─カワイのピアノを選んだ方には、個性的なおもしろいピアニストが多かったですね。

はい、いろいろなタイプがいて、それぞれが、表現のしやすい良いピアノだと言ってくださいました。ガリーナなんかは、これだけピアノも良くて自分で満足のいく演奏ができたのに次に通過できないということは、私はどうしたらいいんだろう、少しピアノを触らないで考えるといっていました。それを聴いて、泣きそうになりましたね。そう言ってもらえて嬉しい反面、サポートできなかったことにがっかりしました……。

─カワイを弾いたピアニストの中でもジュリアン君は特に人気でしたが、ピアノに何かリクエストはありましたか?

ほとんどなかったですね。

─彼は家にカワイを持っているので、楽器に慣れていると言っていました。

そうなんですか。実際、コンクールやコンサートなどの本番でカワイを弾いたことがないというピアニストは、コンクールのセレクションで良いピアノだと思っても選ぶことができないという声を聞くことがあります。
2時間のコンサートをともにして、ようやく最後に楽器の本当の良さというのはわかってくるものですから。カワイのピアノでそういう経験をしたことがある方は、コンクールのセレクションの15分で良い印象をうけると、選択してくれるのだと思います。今後、多くの方にコンサートでカワイを弾く機会をもっていただけるよう、自分たちでも演奏会を用意していくことが必要だなと感じています。
いずれにしても、セレクションって初日の午前中がすごく大事なんです。限られた時間で選ばなくてはならないため、コンテスタントはみんな情報を集めているので、弾きにくいという話が出回ると、触ってもらえなくなってしまうんです……。どんなに努力しても、後半で盛り返すのは難しくなってしまうんですよね。

─最近ちょっと気になっているのが、時間をかけてピアノに慣れていくことができないコンクールという場で選ばれるピアノと、コンサートで良い楽器とされるピアノは違うのだろうかということです。

僕はそう思わないですかねぇ。コンクールで良いピアノはコンサートでもいいと思います。いずれにしても2時間リハーサルができるコンサートでは、その間に楽器に歩み寄ることができますから。

─鍵盤の重さにもコンテスタントたちの好みの傾向があったと思いますが、カワイのピアノについてはどんなことを心掛けましたか?

軽すぎず重すぎずは絶対的に心掛けました。鍵盤の深さや重さというのは、音色とのバランスで感じ方が変わります。同じ深さでも、音が明るいと浅く感じるし、音が太くて暗いと深く感じるんです。

─調律師という仕事は、音楽を理解していないとできませんね。

多少なりともそうですね。僕、実は音楽大学でトロンボーンやっていたんですよ。でも、演奏家の道に進むことはないとなったとき、カワイのコンサートチューナーという仕事を見つけて、この道に進みました。僕が演奏していたのは金管楽器ではありますが、ここで吹いている音が向こうでどう鳴っているかを聴くという癖はついていたと思います。

─どのような音を目指していますか?

世の中がデジタル化している中で、アナログ的なものを残したいという気持ちがあります。弦、そして木が振動して音が出ている感じがするような、自然に歌うアコースティック楽器ならではの音がする。それがカワイのピアノです。
良いピアノとは、キャパが広く、オールマイティで、その中で演奏家が好みの音を追求していくことができるピアノだと思います。