第9回浜松コンクールの思い出

コンクールラッシュの2015年、10月以降、一体どうなってしまうんだろう…と不安に思っていましたが、そんな時期も無事に乗り越え、年内にアップすべき原稿は一応すべて提出でき、無事に年末を迎えることができました。
この3ヵ月は本当に充実していました。そしてものすごく書きました。

ショパンコンクールについての関連記事は、ガラ・コン日本ツアーまでこの後も更新していこうと思いますが、まずここで浜松コンクールについてのまとめの記事を一つ書こうと思います。

改めまして、2015年11月21日~12月8日まで開催された第9回浜松国際ピアノコンクール。今回はコンクール公式サイトの「オフィシャルレポート」で毎日の演奏の紹介と、終演後のコンテスタントのコメント、そして「審査委員インタビュー」で審査員のお話を書いていました。
終演後のコメントは、一人で書いている都合もあってどうしてもタイミングの合う方々をピックアップする形になってしまいましたが、やはりこうして見返すとなかなかみなさん、キャラ濃いですね。現代作品作曲家のインタビューからも、多くの発見がありました。

◇毎日のレポートと演奏後コメント、入賞者インタビューはこちら
http://www.hipic.jp/news/officialreport/

◇審査委員インタビューはこちら
http://www.hipic.jp/news/interview/

ファイナルまで残らなかったけれどすばらしい演奏を聴かせてくれた方、最初から最後までやたら存在感がすごかった方など、いろいろ。
3年ぶりに浜松に戻ってきて大人になっていたオシプ君、繊細で独特の表現力に注目していたんですが2次では演奏後異常に疲れた”と言っていたジャン=ミシェル君、個性的かつ気品ある演奏がものすごく主張してきて、個人的にはなんで1次で落とされねばならなかったのかよくわからないショイヒャーさん(自分が話した方々はかなりこの意見に同意してくれていましたが…審査員の先生方も含め…)、あと、こちらも3年ぶりのカムバック、ステージ上で昆虫気分だったというアシュレイ・フィリップ君
妙に貫禄のあった若いロシア勢も(演奏だけでなく存在感が)印象に残ります。現代作品を個性的に弾いて作曲家をびっくりさせていたマイボロダさん、いつもぷらぷらしているにいちゃんというイメージだったのにプロコフィエフ論を語り出したらやたら熱かったマーク・タラトゥシキンさん(今年プロコフィエフとバルトークの録音をリリースしたらしいのでご興味ある方はどうぞ)。
あとは、リード希亜奈さん、イアンジョー・チャン君、色白で不思議さんキャラ(と勝手に理解)な沼沢淑音さん、ドバイ&ロンドン育ちの三浦謙司さんも演奏が記憶に残っています。他にもいろいろあって挙げきれませんが、たとえばたった20分聴いただけでも演奏が記憶に残っている人もいるもので、人の感覚って不思議だなと。
演奏動画は、2016年1月31日まですべてこちらから視聴することができます。

今回のコンクールは、入賞者含めて明るくフレンドリーな人たちが多くて、なんだかとても楽しそうにしていたのも印象的でした。
前述のショイヒャーさんなんかは他のコンテスタントの仲間たちと富士山までいって、湖だか海だかで寒中水泳してきたようですし(ドイツやオーストリアに比べたら全然寒くないから平気だと言っていましたが……)、タラトゥシキンさんも滞在がよほど楽しかったのか、「それじゃあ多分また3年後~」と言って帰って行きました。また参加する気まんまん! ボランティアでホームステイを受け入れてくれたホストファミリーの方々のおかげですね。嬉しいことです。

さて、そして濃いキャラ揃いの入賞者の面々。最後にとったロングインタビューもようやく全部まとめました。公式ウェブで公開中です。
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アレクサンデル・ガジェヴさん(第1位、イタリア/スロベニア)
ローマン・ロパティンスキーさん(第2位、ウクライナ)
アレクシア・ムーサさん(第3位、ギリシャ/ベネズエラ)
アレクセイ・メリニコフさん(第3位、ロシア)
ダニエル・シューさん(第3位、アメリカ)
フロリアン・ミトレアさん(第4位、ルーマニア)

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頭の良さとハチャメチャさが絶妙なバランスで同居しているガジェヴさんとは、話をするたびに違う印象を受けたので、けっきょく彼が何者なのか未だによくわかりません! まだ粗削りなところがありながら、音楽性、キャラクター、バックボーンの全面から見て、このあと大飛躍の可能性のある人なのではないでしょうか。

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ロパティンスキーさんはあの親しみやすくかわいらしいおばさま顔(スカーフかぶったら似合いそう)と、やっぱりファイナルのラフマニノフ、ピアノ協奏曲第3番が印象に残ります。穏やかで控えめなピアノで始まり、ソロパートでずいずい自己主張をし、最後にはオーケストラを巻き込み一体となってぐわ~っと進んでいく様から、自分はなぜか「スイミー」の話を思い出しました。あの、赤い魚の仲間たちから仲間外れにされていた黒い魚が、最後みんなと一緒に大きな魚を形づくってマグロかなんかに対抗する話。思わずその感想を伝えたら「へぇ…ちょっとよくわかんないけど、そうですかぁ、おもしろいね」という反応をされましたが。そりゃそうなりますよね。わけわからなくてごめんね。

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ムーサさんは今回ゆっくり話すことができてすごくよかったと感じた人です。ショパンコンクールのときから何か興味をひかれる演奏で(でもコンクールだと難しいかなと思うステージもあったりして)、しかしワルシャワではやたらプレスから人気が高かったので話しかけるチャンスがなかったという。自由奔放でオープンでありながらクラシカルなものを愛する彼女。おもしろい人です。
なんとなく気が強そうな女性という印象を受けるかもしれませんが、とても繊細な人なんだなと私は思いました。ショパンコンクールのあともあまりに気持ちが疲れていたので、新作の暗譜のこともあったし、浜松はどうしようかだいぶ迷ったみたいです。それで今師事しているアリエ・ヴァルディ先生に意見を求めたら、「行け!」と背中を押されたそう。ナイス判断、ヴァルディ先生! とても尊敬し、信頼をよせる存在なのだと言っていました。

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ダニエル・シュー君は18歳とは思えぬ悟りっぷり。確かな自信と上を目指す気持ちが感じられると同時に、自分の中で音楽をする意味をもう見出しているのだと。あの一見パカーッと明るい様子に惑わされがちですが、ブラームスのOp.117をガラコンに選んでああいう演奏をするところからも、それはよくわかりますね。今後が本当に楽しみな人です。

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アレクセイ・メリニコフさんについては、1次から毎ステージ、しみじみいい演奏を聴かせてくれていました。スタートの選曲が常にシブい。しかしあの美しい独特の音色はちょっと忘れられません。ガラコンサートのシューベルトからスクリャービンで聴かせた音もずば抜けていました。また機会があるときには、必ずや聴きに行きたいピアニストです。

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ミトレアさんは、3次の演奏が本当に良かった。室内楽はもちろんですが、シューベルトとプロコフィエフも緊張感のある演奏で、緊張しいの性格がうまく作用したステージだったのではないでしょうか。常に折り畳み傘を持ち歩く心配性キャラが、かわいらしすぎました(ロンドン暮らしが長いせいだとは、ご本人の談)。
「ずいぶんハッピーな表情で弾いてましたね」「オーマイガ~!全部フェイクだし~!」という初めての会話が忘れられません。あのニッコニコが全部うそだったら人間不信になるところですが、さすがに室内楽の時の笑顔は本物と聞いて安心したという。

こうして取材をしたコンクールでも、正直言って時間がたつと「あれ、このときの入賞者6人て誰だったっけな」と思うことがあるのですが、今回の浜松コンクールの入賞者は忘れない気がします。それほど全員キャラが立っていました。

審査員の先生方のお話も本当に一つ一つ印象に残っています。
またここで紹介していくと長くなってしまうので控えますが、ぜひ、お時間がある時に読んでほしい。
ちなみに私の中で密かにヒットしているのは、いろいろな個性がありそれぞれの良さがあるという話のとき、その例としてアルゲリッチさんが「薔薇とジャスミン」と花を挙げたのに対して、海老さんが「トマト、ピーマン、なす」と野菜を挙げたところ。「わ、野菜で来たっ!海老先生かわいい…」と心の中で思ってました。でもそれにつづいて「それぞれから違う栄養を得られる」とおっしゃっているのを聞いて、ものすごく納得。

コンクールを受けるのって、時間も労力もかかるし、精神的にも本当に大変で、それでも若いピアニストたちは何かの可能性を見出して、全力で挑戦している。こういうイベントが、演奏家にとっても、音楽を楽しむ人にとっても、最高の形で生きるようであったらいいなと思います。
そのために何ができるか……。これからも考えてゆかねば。

チョ・ソンジンおまけインタビュー

【家庭画報の特集、ジャパン・アーツのガラコン冊子、ジャパン・アーツHPなどで書いても、
さらに書ききれなかったコメント(ユル会話中心)を紹介していきます】

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チョ・ソンジンさん(第1位、ポロネーズ賞)

─コンクール中の3週間で、印象に残っている出来事は?

そうですね、まずそんなに長い時間練習していませんでした。スタジオと大学の練習室で、だいたい1日4時間くらい。それで他の時間は、ほとんど毎日、部屋でゆっくりお風呂に入っていました。リラックスしながら、音楽を聴いていました。

─お風呂で音楽とはまた意外な。何を聴いていたんですか?

ラヴェルのコンチェルトです。

─ショパンじゃないんですね。

コンクールのあと演奏会で弾く予定があったので、耳で練習していたんです。でも、ショパンも聴きましたよ。アルゲリッチやコルトーの演奏を聴いていました。のんびり楽しみながら。

─ところで、ファイナルのピアノ協奏曲第1番の演奏はとても楽しかったとおしゃっていましたね。

はい、4ステージで初めて満足のいく演奏ができました。この作品はショパンが19歳のときに書いたもので、ピュアで若さに溢れ、繊細で、楽観的です。ショパンには当時、好きな人がいたこともよく知られていますね。だから、あまりにセンチメンタルに演奏されることなく、若く輝かしい、純粋な感情とともに演奏されるべきだと思っています。ブラームスのような演奏になるべきではありません。今回、ファイナルのオーケストラの演奏は、冒頭がちょっとマーラーのようなスタイルでしたけど。

─オーケストラとコミュニケーションをとるのに充分な時間はありましたか?

いいえ。リハーサルがあって、別れて、そのまま本番でしたから。でも、指揮のカスプシックさんは僕のアイデアやルバート、タイミングを理解して全部合わせてくれたので、よかったです。

─冒頭のオーケストラパートが長いですが、何を考えていましたか?

自分のテンポについてです。かなりゆっくりめの演奏だったので……。
僕の理解では、ショパンの初期のロマンティックな作品は、重すぎずフレッシュなテンポが良いと思っていたので。

─ショパンが今のソンジンさんくらいの年の頃に書いた作品ですよね。

僕はもう21歳ですから、彼のほうが若かったですよ。

─そうですね……ご自分の経験を重ねて演奏したりとか?

それはないですね、残念ながら。ふふふ……。

─ショパンコンクールにむけての準備で気を付けたことは?

そんなに準備したという感覚はないんです。「24のプレリュード」以外は、もともと子供のころから弾いてきた作品ですから。
例えば、ポロネーズやスケルツォは浜松コンクールでも弾いていますし、ピアノ協奏曲第1番はモスクワのショパンコンクールで2008年に弾いています。幻想曲は14歳で弾いていますし、マズルカやノクターンも演奏したことのある作品でした。だから、僕の人生のショパンレパートリーの集約みたいな感じでしたね。

─21歳、人生のレパートリーということですね。

……この歳で、ちょっと変かな(笑)。
僕はもともと6歳で趣味としてピアノを習いました。とてもシャイな子供で一人っ子だったから、一人ぼっちにならないように何か楽器をということで、ピアノを始めたんです。ヴァイオリンも習いましたが上達しませんでした。
ずっと1本ずつの指で弾いているようなレベルだったんですが、10歳のときに10本の指で弾き始めました。そこから本当に急速に勉強したんです。練習は好きではありませんでしたが。

─それで、5年半後には浜松コンクールに優勝したんですね。あれだけの技術をそんな短期間で……。

僕の技術は、伝えたい音楽を表現するには充分かもしれませんが、特にずばぬけているわけではないと思います。15歳のときからほとんど手の大きさも変わりません。

─手といえば、コンクールの動画配信を見ていたら、ステージに出る前に手のストレッチをしつつ指をポキポキ鳴らす様子が映っていましたね。けっこう大きな音がしていて、若干心配になるレベルでしたよ。大丈夫なんですか?

癖なんです。8歳くらいからやっていますが、今のところ大丈夫です。20年後には手がおかしくなっているかもしれないけど(笑)。まあマッサージみたいな感じで気持ちがいいんですね。多分指の動きのためにも良いんだと思います。

[ここからは、チョ君の“ひねくれジョーク劇場”です]

─ところで、ピアノとはあなたにとってなんですか?

楽器です。あとはダイナミクスの表記です。小さく弾きなさいという。

─……おっしゃる通りです。それでは、ピアノから美しい音を出すための秘訣は?

いい調律師さん、ですかねぇ。

─なるほど。それでは、ショパンはあなたにとってどんな存在ですか?

偉大な作曲家です。あとは、僕たちに仕事をくれる雇用者。

─なかなか現実的なご回答で。

ショパンのことが嫌いになれるはずないですよ。彼はあんなにたくさんピアノの作品を書いて、僕たちに仕事をくれるのですから、彼のことは尊敬しなくては!

─……浜松コンクールで会った15歳の頃は、そんなジョークは言わなかったのにね。どうしたんですか。

あのころは英語がうまく話せなかったから、言えなかっただけです。

─確かに、こちらも韓国語はできないから、困ってステージの前に何を食べたかばかり聞いていた記憶が。

覚えてますよ……。

◇◇◇

……というわけで、気になって昔の浜松コンクールのレポートを見返したところ、会話のトピックスは「スパゲティ」「うなぎ」「ハウル」でした…。それにしても発言が初々しいチョ君15歳!

http://www.hipic.jp/hipic/history/7th/topics/7th/13.php

http://www.hipic.jp/hipic/history/7th/topics/7th/22.php

http://www.hipic.jp/hipic/history/7th/topics/7th/3-2.php

(まともなインタビューは下記をご覧ください)

★ガラコン会場で販売される、ジャパン・アーツ公式プログラム冊子や、
下記サイトもあわせてご覧ください。
ジャパン・アーツHP チョ・ソンジンインタビュー

[家庭画報 2016年1月号 Kindle版]

ケイト・リウ おまけインタビュー

【家庭画報の特集、ジャパン・アーツのガラコン冊子、ジャパン・アーツHPなどで書いても、
さらに書ききれなかったコメント(ユル会話中心)を紹介していきます】

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ケイト・リウさん(第3位、マズルカ賞)

─コンクールの準備を始めたのはいつごろでしたか?

ショパンの作品には、ずいぶん昔から取り組んでいました。そうしたレパートリーを改めてちゃんと勉強し始めたのは、書類選考を通ったことがわかった頃です。その後予備予選を通ってから、これまで勉強したことのない作品にとりかかりました。ショパンのピアノ協奏曲も演奏したことがなかったので、新たに勉強しなくてはいけませんでした。
ただ、新しい試みに次々挑戦しているという感覚だったので、コンクールのためだけに半年で勉強したという感じでもないんです。

─どのようにしてご自分のショパンの音楽を見つけていったのでしょうか。

何かをコピーするのではなく、インスピレーションを大切にしました。
今回、コンクールにむけて勉強している中で、自分にとってお気に入りのピアニストをようやく見つけたんです。その演奏を聴いていると、どんどんモチベーションも上がるし、とにかく楽しかった。ピアノや音楽を通じて、いろいろなことができるような気がしてくるんです。
これが、私がコンクールの準備をする中、インスピレーション得ながらモチベーションを保つことができた秘訣だったのかもしれません。

─……それで、そのピアニストとは、どなたなのでしょう?

エミール・ギレリスとグリゴリー・ソコロフです。ようやく、彼らが私の好きなピアニストだって確信したんです。ショパンの演奏に限って言えば、クリスチャン・ツィメルマンも加えます。
ギレリスを聴くときには、ショパンコンクールの前だからといって作品を限定することなく、プロコフィエフやバッハなどいろいろな作品を聴きました。

─そういえば、ケイトさんはプロコフィエフあたりを弾いたらすごくよさそうですよね。

えっ、本当に~!?(なぜか大爆笑)
昔の私はクールで派手な作品が大好きで、みんなをワオ!と言わせたいという気持ちから、プロコフィエフが大好きだったんですよ。今よりもっとエモーショナルにピアノに入り込んでいたと思います。今もプロコフィエフの作品は弾いて楽しんでいますが、どちらかというとリリカルな作品を好むようになりました。

─そうだったんですかー。いつか聴いてみたいです。ところで、ソロのステージではヤマハを弾いていて、コンチェルトでスタインウェイに変えましたが、その理由は?

ヤマハのピアノの音は厚みがあって、レンジが幅広く、音を楽しめそうだったのでソロのステージで演奏しようと思いました。ウナコルダのペダルもとてもうまく働いていました。
うまくコントロールしないとメタリックな音になりそうだったので、そこは注意が必要でした。
スタインウェイの音は輝いていてブライトな印象があり、遠くの聴衆まで届くと思ったので、コンチェルトで演奏しようと思いました。オーケストラと演奏するときは、自分の音がオーケストラの音の間をぬけてホールの後ろまで届かないといけません。ただ大きく弾くだけでは音が割れてしまいますから、よく考えてコントロールする必要がありました。
実はファイナルのリハーサル中、2階席で聴いてくれていた人から、音が割れているし、ピアノを壊しそうな勢いだと言われちゃって! スタインウェイは音が遠くに飛んでいく楽器だから、そんなに強く鍵盤をたたかなくて大丈夫だといわれました。だから、本番ではすごく注意して演奏しました。

─あのホールは、ステージで自分の音がよく聴こえますか?

はい、いつもだいたい良く聴こえていたのですが、オーケストラリハーサルのときは良く聴こえなくて、ずいぶん鍵盤をたたいてしまったんです。でもそんなことをしなくても大丈夫だとわかったから、本番は心配せずに演奏しました。

─ファイナルでは、ドレスもそれまでの黒から白に変えましたね。

赤いドレスも持っていたのですが、ショパンには合わないかなと思って(笑)。白のほうが上品でショパンの音楽に良いかなと思いました。

─あとは、マズルカ賞も受賞されましたね。

そうなんです、驚いています(笑)。最初、マズルカの感覚をつかむことは難しかったのですが、自分の中で一度理解したあとは、ダンスの感覚を自然に再現していきました。

─マズルカといえば、ケイトさんの先生のダン・タイ・ソンさんが全曲録音をしていますよね。彼から学んだこともありましたか?

もちろんダン・タイ・ソン先生のレッスンは受けましたが、マズルカについて集中的に何かを習うことはありませんでした。彼の演奏するショパンの録音は、今回ショパンの作品を準備するうえで大きな助けになりました。
彼は、出場していた4人の生徒のうち3人が入賞して本当に喜んでいました。私たちがステージに出る時、いつもすごく緊張したとおっしゃっていました(笑)。これまで師事した先生の中でも、最高のすばらしい人物です。

◇◇◇
以上、ケイトさんのおまけインタビューでした。
ショパンについての想いを語り出したときの夢見るような表情が忘れられません。
(そのコメントは、別のところで紹介していますが…)
彼女の演奏について、後に公開された採点表で、ポーランド人の審査員勢がみんな高評価をしていることが印象に残りました。なかでもパレチニ審査員にはお話を聞くことができたので、またご紹介します。すごい褒めっぷりです。

★ガラコン会場で販売される、ジャパン・アーツ公式プログラム冊子や、
下記サイトもあわせてご覧ください。もう少し真面目です。
ジャパン・アーツHP ケイト・リウ インタビュー

[家庭画報 2016年1月号 Kindle版]

シャルル・リシャール=アムランおまけインタビュー

【家庭画報の特集、ジャパン・アーツのガラコン冊子、ジャパン・アーツHPなどで書いても、
さらに書ききれなかったコメント(ユル会話中心)を紹介していきます】

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シャルル・リシャール=アムランさん(第2位、ソナタ賞)

─1次の後、あまりにすばらしい演奏に、このまま上位入賞したら(その時はまだエントリーしていた、2015年11月の末から開催の)浜松コンクールに来なくなってしまうかもしれないよねと言ったら、そんな結果にはならないよとおっしゃっていましたよね~。

そうでしたねぇ(笑)。さすがに、出場は辞退することになりました。でも、日本にはガラ・コンサートで行けるようになりましたから。初めての日本で、6都市も回ることができて嬉しいです。テクノロジーの進んだアジアの大都会を見ることが本当に楽しみなんです。韓国に行ったときも、とてもおもしろかったので。

─コンクールで演奏したヤマハのピアノはいかがでしたか?

すばらしいピアノで、選ぶときにも迷いませんでした。やわらかい表現がちゃんと伝わるピアノです。コンクールでは、印象を強くするために大きく弾くという考えもあるかもしれませんが、感じるままにやわらかい表現をすることで演奏がより親密なものになり、お客さんが咳もみじろぎもせず、より真剣に聴いてくれるということもあると思います。

─ピアノを始めたのはアマチュアピアニストのお父さまの影響だとか。

はい、父はコンピューター関係の仕事をしていた人で、同時にアマチュアのピアニストです。母は精神分析医をしています。

─お母さまが精神分析医というのは、なんだかすごいですね。

いえいえ、普通ですよ。日本では少し文化が違うのかもしれませんけど、カナダでは精神分析医に診てもらうのはかなりポピュラーですからね。僕自身は通ったことはありませんけど(笑)。

─家族にいるなら必要ないですよね(笑)。

そうですね。その意味で、僕の母は、単純な母以上の存在ですね(笑)。ワルシャワでのガラ・コンサートには、両親も来ていました。あのコンサートで、僕が受け取った花束を渡した女性がいたでしょう。あれは母だったんです。
……というのも、実はちょっとおかしな話があって。最前列に座っていた母の後ろで、ステージの写真を撮ろうとしている人がいて、係の人がそれをやめさせようと合図をしていたらしく。それを見た母は、「立て」という合図だと思って、慌てて立ち上がった(笑)。
ステージにいた僕は、母が一人だけ急に立ち上がったのを見つけたものだから、花を渡してみたんです。ちょっと笑っちゃうでしょう! でも、とても喜んでいました。

─お母さんかわいいですねぇ。ところで、ショパンの演奏をする上で大切にしていることは?

音楽の持つ自然な魅力を充分に見出すため、まずは、ハーモニーへの感受性。そして、楽譜に忠実であることを大切にしています。
楽譜に書かれたことを体に馴染ませ、演奏中はそれを忘れて演奏しなくてはなりません。とても難しいことですが、楽譜に書かれたことの詳細一つ一つと一体化できていないと、実際に“忘れて”演奏することはできません。
僕自身、聴く側としても、楽譜への注意と個性のバランスが良い演奏を好みます。とはいえ、ピアニストの個性があまりにすばらしい場合は、個性が強調された演奏でも聴く価値が大いにあると感じます。例えば、グレン・グールドのようなピアニストの演奏がそうです。僕の個性はグールドほどに特殊なものではありませんから、バランスのよいところを見つけるほうがいいのです。

─なるほど……。グールドはカナダのピアニストにとってやはり特別ですか?

もちろん全員が好きだとは言わないと思いますが、やはり特別なピアニストで、彼がすばらしい人物だということを否定できる人はいないと思います。かの有名なバッハの「ゴルドベルク変奏曲」の音源などは、史上最高の録音の一つだと思います。彼独自の“声”を聴くことができます。彼の演奏を聴く時は、作曲家の作品を聴くというよりは、彼の音楽が聴きたくて聴くんですよね。例えば、バッハを聴きたければアンドラーシュ・シフを聴くかもしれませんが、グールドの録音を聴く時は、グールドが聴きたくて聴くんです。

─でも、現代の演奏家というのは、一般的には作曲家の解釈者と考えられていますよね。

もちろん、僕の仕事はそうです。グールドは特殊な例外だと思います。個性があまりにすばらしいので、そのバランスなど気にしなくて良いのです。アルゲッチなんかも、その種類のピアニストだと思います。特殊な個性ですから、みんな、彼女を聴くということを楽しむのです。

─ショパンの演奏については、ポーランド舞曲の理解も重要だと思いますが、そうした理解はどのように深めていったのですか?

基本的には、直感的に持っているものを深めていったと思います。加えて、いろいろな録音を聴きました。作品を勉強していれば、音楽それ自体が語っているので、マズルカやポロネーズについての本を読む必要は必ずしもありません。良い感覚がつかめたら、それに従うだけです。

─ショパンにじっと向き合ってきたコンクール中、ショパンがそばにいると感じた瞬間とか、ありませんでしたか?

それはなかったなぁ(笑)。ショパンはきっと、社会に適応できた人ではなかったと思います。孤独で、不安を抱えていたということは、彼の作品にたくさん内包されている人間の感情からもわかります。
コンクール中にふと、ショパンは彼の音楽がこんなにたくさんの人に楽しまれているということはすばらしいと感じているだろうけれど、コンクールというオリンピックか競馬のような場で演奏されていることや、ソロ作品がこんな大きな会場で弾かれていることは、彼の想定外だろうなとは思いました。
それにしても、彼はきっと人生の中でアジアの人に会ったことはなかったでしょうね。この50年ほどのことだと思いますが、今これほどアジアの人が彼の音楽を受け入れていることには驚くだろうと思いました。クラシック音楽のなかでもショパンの音楽が特に人類にとってユニバーサルな存在だということを示していると思います。

◇◇◇

以上、リシャール=アムランさんのおまけインタビューでした。
ひとつ印象的だった出来事。
もう日本ではたくさんの人があなたのファンになっていますよ!と言ったとき、
「いやぁ、今だけだってわかっているよ……」とボソリとつぶやかれるということがありました。ほんわかした外見に惑わされがち(?)ですが、
なかなか現実主義というか、冷静というか、そういった一面もときどき感じました。
あたたかく感情豊かだけれど、クールで悲観的なところもある。
もしかしたら彼はショパンっぽい人なのかもしれません。
……まぁ、ショパンには実際に会ったことがないのでわかりませんけど。

★ガラコン会場で販売される、ジャパン・アーツ公式プログラム冊子や、
下記サイトもあわせてご覧ください。もう少し真面目です。
ジャパン・アーツHP シャルル・リシャール=アムランインタビュー

[家庭画報 2016年1月号 Kindle版]