タンドリー蟹

ムンバイには二日間しか滞在できませんでしたが、
仕事にまつわること以外の目的はすべて果たすことができました。

インドでは1月、2月に巨匠演奏家のコンサートが多く開催されます。
デリーではサントゥールの大巨匠シヴ・クマール・シャルマー氏
(4月にライブをする新井孝弘君の、先生です)を聴くことができました。
近くで見たらものすごくオシャレで品があってシュッとしていて、かっこよすぎました。
もう70代後半らしいですが。
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(演奏中は撮影禁止だったので…わかりにくい写真ですみません)

そして“生ける伝説”バンスリのハリプラサード・チャウラースィアの演奏も聴くことができました。
これもまたすごかった。ご病気で手が震えてしまうそうなのですが、
1時間半以上も演奏している後半になったらそれもピタリと止まり、ものすごく白熱した演奏。
以前サラーム海上さんがインドの笛のショパンと紹介していましたが、
一体誰がそう呼んだのか…でもわかる気もちょっとする、しなやかな歌心。
みなさんそうそう日本で演奏をしてくれないので、とても貴重な機会です。

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それで今回は、ずっと生で聴いてみたかったタブラの大巨匠、
ザキール・フセイン氏の演奏を、ムンバイで聴くことができました。
こちらはやはり4月にライブをするユザーン君の、先生です。
それはもう、すごかった。音がずしりと脳に響いてきます。
指の強さはピアニストと似ているかもしれません。一層強靭な、信じられない柔らかい筋力。
かっこいいリズムの洪水に身震いがしました。
世界にはすごい音楽家ががたくさんいるのだなとあらためて思い知りました。

さて、これまでムンバイではほとんど観光をしたことがなかったのですが、
某ガイドブックに「ムンバイで最も印象に残る光景になるでしょう」と紹介してあった、
ハッジ・アリー廟に行ってみました。
溺死したイスラム聖者の墓が聖地となっているといい、
海に浮かぶように造られた建物までは、海の中にある一本道を歩いて行きます。
ボリウッド映画などの撮影でも使われていることから、
よそから旅行でやってきたインド人も多く訪れるとか。
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インドの多くの観光地同様、
付近はたくさんの土産物屋、ジュースバーなどでにぎわっています。
ヤギもたくさんいます。物乞いの人もたくさんいます。
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私の友人のNGOスタッフのインド人は
「あそこに座っている物乞いは一日に俺より稼いでる」と言っていましたが、
あながち冗談でもないかもしれません。

それと、インドではよく道端に、
体重計の横に座ってじっとしている、体重計り屋さん(?)がいるのですが、
なぜかこの通りにはめちゃくちゃ体重計り屋がいました。
参道が平らで体重計が置きやすいからかも…。実際計ってる人も結構見かけました。
試したことはありませんが、計ると目盛も読んでくれるのだろうか。逆に迷惑なような。
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それにしても、海からの異臭がとにかくすごかった。
景色も建物もそれなりに印象的でしたが、異臭のすごさが一番の思い出です。

そしてもう一つ、ムンバイに行くならと楽しみにしていたのが、
タンドリー蟹! 魚介類の獲れる場所でしか食べられません。
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(あとで気づきましたが、お兄さんびっくりするほど得意気な表情)

タンドールで焼いた蟹は、身があまくて柔らかい!
今回頼んだのはすでにガーリックソースであえてあるものでしたが、とてもおいしかったです。
一瞬、昨日の異臭のすごい海のことが頭をよぎりましたが、
あの海で獲れた蟹だと言うことは考えないほうがいいと言われたので、
忘れて美味しさに集中しました。
まあ、そんな近くの海で獲ったものではないだろうけど。

ムンバイでは、4月のライブの紹介のためにと、
“ムンバイ行きっぱなし”新井孝弘君のインドな日常を、少し動画におさめてきました。
近いうちに公開しようと思いますので、お楽しみに。

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こちらは、新井君の家の近所にて、
左から、新井君、ムンバイ在住、北大路欣也似のサーランギ奏者ユウジさん、
そして、おなかの痛そうなポーズをとっているのが、
カルカッタに長期滞在中のタブラ奏者コウスケさん。
Tシャツの柄がちょっとやばい感じだったので、急遽手で隠しています。

インドのピアノワールド

ようやく、楽器の話題を。

少し前に、デリーの楽器店街に行ってきました。
案内してくださったのは、カシオ・インディアの中正男社長。
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カシオはインドで、まず腕時計のG-SHOCKをヒットさせ
(ボリウッドのスターが着用するなどして一気に流行ったそう)、
続いて、インド人が使い慣れている桁数の区切りを取り入れた電卓、
インド音階などを取り入れたキーボードで大成功しているそうです。
電子ピアノのことをインドの人は「カシオ」と呼ぶという話も聞きます。すごいことですね!
(昨年11月の東洋経済オンラインの記事が詳しいですので、ご参照ください)

中社長は、インド駐在が今回で3度目。
最初の駐在は1996年のことで、これまでの駐在期間は合計12年になるそうです。
なんだかとてもいい声でヒンディー語をお話しになり、
もう、登場された瞬間からインドな気配が漂っていました。

最近カシオは、ボリウッド映画音楽の大家
A.R.ラフマーン氏をイメージキャラクターに起用しているそうで、
お店の看板にも大きくその姿が見られます。
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そしてこちらがインド文化対応のミニキーボード。
ハルモニウム(左手でパフパフ空気を吹き込みながら右手で鍵盤を弾くインドの楽器)と
同じサイズのもので、よく売れているそうです。
右上に、持ち運びやすいくぼみ付き!という表示がありますが、
通常、パフパフするはずの左手が手持ちぶさたになるので、ここを握って弾く人もいるとか。
ちなみに、ハルモニウムとはこんな楽器(件のパフォーマーのコロニーにて撮影)。
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インドでよく売れるのはやはり電子ピアノということで、
アコースティックのピアノは、まだまだこれから、という状況だそうです。

そんな中、気になるお店が。
なんとインドに「PIANO WORLD」ですと!
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(見にくいですが、手前のオヤジではなく、奥の看板にご注目ください。O、とれてるけど)

カワイの代理店だそうです。
音楽教室も併設しているらしく、入口にはこんな看板が。
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“ミュージック・フォー・リトル・モーツァルト”とあります。
この近所の住民でモーツァルトがなんなのか理解している人は
おそらく、あまりいないと思われますが。

広い店内には美しいグランドピアノがずらり!
ひときわ目をひく白いグランドピアノの中には、除湿剤が放り込まれていました。
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(そして鍵盤の上になぜか横たわる手袋)

以前、とある日本企業でインド駐在のアマチュアヴィオラ奏者の方が、
デリーの雨季の湿度はものすごく、楽器がおかしくなったので帰ったら直そうと思ったら、
日本に持ちかえっただけで直った…と言っていたことがありましたが、
それほど、こちらの気候はアコースティック楽器には過酷です。

楽器店の方に、グランドピアノを購入する方に
どんなケアをするようアドバイスしているのですかと尋ねると、
「特別なことは必要ありません!
なぜならカワイのピアノのアクションの素材は、カーボンファイバーの入ったABS樹脂の…」
とプレゼンテーションが始まったので、知ってるから結構ですと遠慮しておきました。
インドまで来て、まさかウルトラ・レスポンシブ・アクション的な説明を聞くことになろうとは!
日本企業の世界にゆきわたる見事なディーラー教育(?)、
そしてインド人販売員の素直で従順な精神を見た気がしました。

インド人というと、一般には
時間にルーズで大ざっぱ、自己中だったりするというイメージがあると思いますが、
同時にものすごくせっかちで、手先が器用で細かく、とても素直という一面もあります。
そうした感性がどうやって共存できるのか。…ミステリーです。
が、そんな日本人や日本企業が思いもよらない感覚を活かしたことが、
カシオのインド戦略成功の秘訣だったのだろうなと思います。
ヒンディー語をペラペラ話してインドに溶け込む中社長や日本人の社員の方を見て、
そんなことを思った、楽器店街訪問のひとときでした。

 

久しぶりにスラムを訪ねる

デリーに着いてすぐ、学生時代にフィールドワークをしていた
パフォーマー・カーストの人々が暮らすコロニーに行ってきました。

コロニーの名称は「カティプトゥリ・コロニー」といい、木製パペットコロニーの意味。大道芸人の住むスラムとして有名な場所です。
ジプシーのルーツともいわれる、ラジャスターン州を故郷とするパペッティア・カーストの世帯を中心に、蛇遣いやマジシャン、ジャグラーなど、700世帯ものパフォーマー・カーストの人たちが、肩を寄せ合って暮らしています。

芸能カーストは基本的に、不可触民と呼ばれる「カースト外」の人々です。かれらは大昔は、大衆向けに路上パフォーマンスを行ったり、富裕層のパトロンを持って儀礼の余興を行ったりしていました。
1947年のインド独立によって社会システムが変容すると、農村での生活が難しくなり、一部の人々が都市に流入。異なる種類のパフォーマー同士、集まって暮らすようになったのでした。

私がここで調査をしていたのは、大学院生だった11年前のこと。今回みんなを訪ねるのは5年ぶりです。

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(明日のパペットショーで使うという、鳥的ななにかを作っている)

ここは、スラムといわれる種類の場所なのですが、ストリートのスラムと違って、
似た職能を持つカーストの一族たちが助け合って暮らしているので、
わりと秩序立っています。人々も明るくて優しいです。路地を歩けば、ジャグリングの練習をする少年やドラムを叩く青年、むやみに踊り狂う子供などがあちこちに出没します。

ただ、この5年でますます人口が増えたようで、人が溢れかえっていました。
雑な増築(というか、単にビニールシートで屋根作ってるだけだけど)が
あちこちでなされていて、ますます町並みはワイルドに。
デリーの街がどんどん綺麗になっている中、
衛生環境も5年前に比べてサッパリ良くなっていません。
設備はもちろん、人々の意識や価値観も関係していると思いますけど。
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(一番きついエリアは写していません…)

そして相変わらず、あちこちから何かを練習しているらしい太鼓の音が聞こえてきます。
ここは「世界で最も有名なスラム」と言われているのですが、
それは、質の高いパフォーマンスをする住民はNGOの支援を受けて、
海外のフェスティバルなどに頻繁に参加しているから。
そのため成功している家族はけっこう豊かな暮らしをしていて、
パソコン、バイクや車、さらには近くにゲスト用のアパートまで持っています。
でも、ここに自ら選んで住み続けているんですね。
居心地の良さ、仕事の得やすさ、長くこの場所で生きてきたプライド、理由はいろいろでしょう。
そんなわけで、実はスラム内の格差もますます広がっています。

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写真は、コロニー内で最も成功しているパペッティアの一家の子供たち。
11年前、彼らがまだ幼く、彼らの父がまだ青年だったころの
ホーリー(色の粉をかけあうインドの激しいお祭り)の動画を観て、盛り上がっています。
女の子たちもちゃんと学校に通っていて、かなり英語を話していたのでびっくりしました。
将来何になりたいの?と聞くと、近くにいるおじいちゃんに聞かれないように、
「ファッションデザイナーになりたいの」と小声で教えてくれたのでした。

このスラムには、相変わらず、やることがなくて昼間から酔っぱらって
道に座り込みカードゲームに興じているオヤジもたくさんいますが、
一部の子供たちの意欲の高さに、かなり明るいものを感じました。
人というのは、頑張れば何かあるという現実を見ていると意識が変わるものなんですかね。
お手本になる姿が身近にいるかいないかはとても大きいのだなと思いました。
近くにそういう人がいなくても、努力や希望という感覚を掴める子供もいると思いますが、
やはりそれは、けっこう難しいよね…。
そんなことを思う、彼らとの久しぶりの再会でした。

それにしても、5年も10年も経つと子どもたちが倍ぐらいの背丈に育っていることもあって、
道端で「わー!」とか声をかけられても、誰だか全然わからない。
特に男の子たちから可愛らしさが見事に消え去り、
普通に外で話しかけられたら無視するレベルの眼光鋭い男になっていることも、しばしば。
にっこりすればかわいいんだけどね。
久しぶりに地元に帰って同級生のお母さんを見かけ「こんにちは!」と声をかけて、
「え、誰だこれ…」という反応をされることがしばしばありましたが、
今まさに、自分が逆の立場になっているのだということを思い知りました。
おばさんは、何年も経ってもあんまり変わんないからね…。

 

客引きがお上品になっていたデリー空港

デリーに到着しました。
5年ぶりのインディラ・ガンディー国際空港はものすごくきれいになっていて、
さらに空港を出たところの客引きも大変お上品で控えめだったので、びっくりしました。
外がどこもかしこも薄暗くてもんやりしている風景は、相変わらず。

とはいえガイドブックによると、この空港からの真夜中のタクシーで、
そのままあやしい旅行会社に連れていかれ(目的地として伝えたホテルは潰れたとか言って)
高額ツアーを組まされるトラブルが後をたたないそうです。
なんでそんなところに連れていかれて黙って契約することになるのか疑問に思いますが、
なんかそういう気持ちになるんでしょうね。
インドひどい、とも思いますが、オレオレ詐欺も似たようなもんでしょう。
老若男女問わずひっかかるというのが、インド版の大きな違いかな。
ま、そこ、けっこう大きな違いですね。
人間の心理というのはよくわからなものです。

ところで今回の旅のひとつ目の目的は、
私が学生時代に研究していたインドの仲間たちに会いにゆくことです。
私は学生の時、伝統的な職能を生かした自立支援プロジェクトの研究として、
インドのフォークパフォーマーのスラムで調査をしていました。
わかりやすいものだと、蛇遣いとか、ああいう方々が一つの例です。
カースト制度では、基本的には世襲で職業が決まっているので、
蛇遣いファミリーは代々蛇遣い。
蛇遣いのコロニーに遊びに行くと、
あっちこっちに蛇の入った布袋と一緒に日向ぼっこしているおっさんがたくさんいるという。
(蛇って布袋に入れておくとおとなしくなるんだって)
ちなみに私が一番よく触れあっていたのは、
ラジャスターン出身のパペット遣いの人たちです。
明るくて気のいい人が多い一族でした。

こういうパフォーマンスにはだいたい
素晴らしくエネルギッシュな音楽がくっついているので、
随分前から、いつか彼らを日本に招聘したいと思って少しずつ動いては頓挫してきました。
今回は、いよいよそれを実現するための下準備をします。

他にもいくつかの無謀な野望がありまして、
今回はそのためのリサーチをしようと思っています。
がんばるぞ。