ピオトル・パレチニさん(ショパンコンクール審査員)インタビュー


コンクールの取材に行き、審査員席にパレチニ先生の姿があったら、話を聞かずには取材を終わることはできぬ……というくらい、あちこちのコンクールでお目にかかるパレチニ先生。もちろん今回のショパンコンクールでもお話を伺いました。
とにかく、ケイトが優勝しなかったことが残念だったようでした。

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ピオトル・パレチニさん(ショパンコンクール審査員)

─結果にはハッピーですか?

イエスとノーです。すばらしいレベルに満足しています。チョ・ソンジンのポロネーズはすばらしかったし、彼の音楽の信じられないほどの精密さに敬意を感じます。
でも、私が気に入っていたのは、ショパンの感情を見事に表現したケイト・リウの演奏でした。たくさんのすばらしいピアニストがいる中で、彼女は若いけれどショパンの音楽の魂に近く、フレーズには即興性があり、音楽を奏でるうえで決して急ぐことなく、技術を見せびらかそうとすることもありませんでした。彼女は単なるすばらしいピアニストではなく、すばらしい音楽家です。知性と芸術性を持っています。彼女の音楽性を、いろいろな観点から尊敬しています。

─こういう結果となったということは、ショパンらしいスタイルとは何かといったとき、審査員の間でもいろいろな理解があったということですね。

もちろん、ショパンが彼女の演奏を好きだったかどうかはわかりません。実際、ショパンは現代のヤマハもスタインウェイもカワイも触ったことがないわけですから。今のピアノがあったら、作品の書き方も違うでしょうからね。
いずれにしても、多くの人はペダルを使いすぎますし、フォルテで大きく弾きすぎます。ペダルを使いすぎることでアーティキュレーションの自由を狭めてしまうのです。真珠のようにすばらしいパッセージの部分ですら、すぐにペダルを踏みたがる。そうすると全部が混ざってしまって、自然な音楽の美しさが壊れてしまうのです。
特に感じているのは、女性ピアニスト、とくに日本の方の間でこれがすごく多いということです。日本人の女性はもちろん小柄で、力が強くないので、深く鍵盤を下げきれないことをカバーするため、音のボリュームを求めてペダルを踏むこともあるのでしょう。でも、でも大きな音を出すうえで大切なのは、鍵盤を深くおさえ、しっかりピアノとコンタクトすることです。強く叩くことでも、ペダルでごまかすことでもありません。

─確かに、ケイトは自然に豊かな音を鳴らしていましたね。

彼女はとても詩的で、ピアノへのコンタクトも持っていて、特別でした。彼女はもっと上位に入るべきでした。

─ケイトさんはマズルカ賞も受賞しましたね。

当然だと思います。あの演奏は、まるで詩のようでしたから。昨日、また聴き直しましたが、やはりとても自然でした。一つも無駄な音がなく、常に語りかけています。ステージの見栄えは地味かもしれませから、一般聴衆には人気が出ないかもしれませんが、とにかく、数少ない例外的な芸術家でした。
それぞれの突出した才能を評価したいと思いましたが、私は特に、彼女のショパンの解釈に近いものを感じたのです。

─日本の小林愛実さんの印象はいかがでしたか?

彼女が弾いたプレリュードOp.45を、私はずっと覚えていると思います。クリエイティブでアイデアにあふれていました。もしもすべての作品をこのプレリュードのように演奏していたら、違う結果が出たでしょう。私の意見では、聴衆を魅了したいという考えやジェスチャーを完全に忘れることができれば、より良いピアニストになると思います。

─審査員の一部は1位なしでも良いのではないかと考えていたと聞きました。

いくつかの視点ではそうだったのでしょう。レベルが充分でないと感じたのかもしれないし、あまりに異なる個性の間で、誰が自分の音楽的な感性にとって一番かわからなかったのかもしれない。
チョ・ソンジンの正確性はとにかく信じられないほどすばらしかったし、優れたピアニストだと思いました。彼の音楽は壮観ですから、聴衆にもアピールするでしょう。大きな成功を収めると思います。でも、私にとっては、明らかにケイト・リウが一番の座に近かった。
アムランは、ケイトとチョのスタイルのちょうど間だと思いました。彼は2番のコンチェルトを唯一弾いたので優位だったはずですが、その好機を生かしきれなかったと思います。
今、ピアニストたちは何かのプレッシャーからか、速く大きく演奏する傾向に向かっています。ですが、たった30分間でもケイトの演奏するような深い音楽を聴けば、喜びを感じることができます。彼女は若いけれどすでに成熟したものを持っています。ピアノを叩くこともありませんし、いつも歌っています。必要なときには大きな音を鳴らしますが、それはとても芸術的なものです。これこそが、ピアノを弾くことの文化だと思います。

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