小林愛実 インタビュー


【家庭画報の特集などで書ききれなかった
第17回ショパンコンクール、ファイナリストのインタビューをご紹介します】

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小林愛実さん(ファイナリスト)

◇楽譜を読めば、マズルカのリズムが見えてくる

─コンクールに参加して、ショパンへの気持ちに変化はありましたか?

すごく好きになりました。もちろん、もともと好きでしたが、これほどではありませんでしたね。コンクールを受けることになって、ショパンに真剣に取り組んで、本を読んだり楽譜を読み直したりすることで、まったく違うものが見えてきたんです。
ショパンに実際に会うことはもちろんできませんから、想像ではありますが、ショパンがどんな人だったかを自分の中で理解することができたと思います。作曲された背景を照らし合わせて作品に向き合うと、これまでよりずっと深いものが見えてきました。ショパンの音楽は一見ただ美しいと思われがちですが、強いし、切ないものがたくさん込められています。とても深い音楽です。

─ワルシャワで過ごしたことで、その感覚がより深まったのですか?

そうですね。子供のころにもコンサートのために何度かポーランドに来たことはありましたし、ショパンが弾いたというピアノを弾いたこともありましたが、まだショパンへの思い入れがそんなになかったから、正直そんなに感じるものもなくて。でも今は全然思うことが違いますね。
ショパンの心臓がある聖十字架教会にもほぼ毎日通って、ただぼーっとしたり、ショパンについての本を読んだりして過ごしました。いるだけで、すごく落ち着けました。

─ショパンコンクールにむけて準備する中で、心掛けてきたことは?

ショパンばかり弾いていると、ここはどうしたらいいんだろうと考えているうちにダレてきそうになるのですが、そんな中でまた新たな発見をして、まだやること、知ることがあると気付く。その繰り返しでした。

─マズルカを弾く前、ちょっとリズムにのってから弾き始める様子が印象的でした。

そうですね、最初どんなテンポで出ようか考え、リズムを感じてから入っています。

─あの感覚はどうやって身につけたのですか?

楽譜から読んだという感じですね。特別ダンスを見たというわけでもありませんし……。
楽譜をしっかりと読めばリズムが見えてくると思います。ペダリング、フレージングも一つ一つ全部違うので、それを丁寧に見ていきました。ゆったりめのマズルカはノクターンのようになりがちですが、そこでも強いもの、踊っている感覚を持たせようと考えていました。

─好きなショパン弾きはいますか?

特別この人というピアニストはいないのですが……ユリアンナ・アヴデーエワさんの演奏はすごく好きです。楽譜を見ながら彼女の演奏を聴いていると、なにもかも楽譜通りなので本当に尊敬してしまいます。一つ一つの音に意味があるということが伝わってきて、作品に敬意をもって演奏していることがわかります。

◇一人の作曲家にじっくり向き合う楽しみを教えてくれた

─ショパンという人についてはどんな理解をしていますか?

ショパンの書いた手紙などを読むと、皮肉やひねくれたことばかり書いていて、かわいいなと思ってしまいます。ちょっと変な人だったのでしょうね(笑)。

─そんな性格が作品に出ている?

そう思います。協奏曲を書いた二十歳くらいのころは、コンスタンツェに想いを寄せていたようですが、1年くらい告白できなくて、好きだということがバレないように他の人を好きだと見せかけてみたり。ちょっとめんどうな男性ですよね(笑)。
当時はその後ポーランドに戻れなくなるだなんて考えていなかったでしょうし、本当の苦しみもなかったと思います。前向きで意欲に満ちていて、恋もしていましたから、協奏曲は思いっきり弾いていいと考えました。

─確かに、のびのびとした演奏でしたね。

何度か演奏したことのある作品なので、オーケストラのスコアも見たことがありましたし、他の楽器がどう出てくるかもわかっていたから、少し余裕がありました。オーケストラがいつもの自分のテンポより遅めでしたが、それに合わせて弾こうと思って本番に臨みました。自分のテンポを主張することも時には大事ですが、リハーサルが少ない今回のような場合は、お互い譲らないといけないかなと思って。

─ショパンはあなたにとってどんな存在ですか?

コンクールを終えて、今、ショパンのことをすごく愛しているなと思います。毎日教会に通って、彼と彼の作品を理解しようとつとめました。みなさんもそうかもしれませんが、自分が一番愛したと思えるくらい!

─それじゃあ、ショパンみたいな男性が実際にいたら?

それはちょっと……(笑)。

─これほど一人の作曲家に向き合う時間って、これまでにありましたか?

ありません。他の作曲家についてもこうして向き合っていったら、いろいろなものが見えてくるのでしょうね。本当に楽しかったと思います。ショパンコンクールがそれを知るきっかけを作ってくれました。それだけでも、参加して良かったと感じています。

◇◇◇

人間としてのショパンに改めて向き合うことで、想いが深まってきた様子がひしひしと伝わってきました。でも実際に目の前にショパンが現れたら「それはちょっと」という本音がポロリ。
昔、ショパンについての作品を書いた某女性作家さん(60代)に同じことを聞いたら、「もう絶対守ってあげちゃう!」という答えが返ってきたことを思い出しました。
愛実さんもあと40年くらいたったらそう答えるようになるのでしょうかねぇ。
…ないかぁ。

[家庭画報 2016年1月号 Kindle版]