アリョーシャ・ユリニッチ インタビュー


【家庭画報の特集などで書ききれなかった
第17回ショパンコンクール、ファイナリストのインタビューをご紹介します】

P1000759
アリョーシャ・ユリニッチさん(ファイナリスト)

◇100%の成果を求めるなら最高の努力が必要

─ショパンコンクールに参加して、いかがでしたか。

自分の将来のキャリアに大きな影響のある経験でした。世界中が注目している大切なコンクールですから、期間中は音楽のことだけを考えていようと心掛けていました。コンクール中は自分のパーソナルスペースにいて、外の社会と隔絶している感じでしたね。
たくさんの方が演奏を聴いて、インターネット上などに、良いこと、悪いことなどいろいろなコメントを残します。これはプラスの面もあり、マイナスの面もあると思いますが、そこに書かれていることの影響を受けることがなければ、アドバンテージにしかなりません。ですから、目にする情報は、気を付けてコントロールしていました。

─ショパンという作曲家にはどのような理解をしていますか?

ショパンの音楽はユニバーサルで、どこの国の人でも彼の音楽を同じように理解することができると思います。とはいえ、僕自身がクロアチアというスラヴ系の国で生まれ、ポーランド人と共通する文化を持っていることは、音楽を理解する助けになっています。
ショパンは故郷を破壊される経験をしています。僕も小さいころにユーゴスラビア紛争を経験していて、幼少期の最初の記憶は、シェルターの中でのものでした。僕の人格を形成する大きな経験の一つです。
例えばピアノ協奏曲は、ショパンがコンスタンツィアに恋をしていたときに書かれたものです。僕が彼女を愛する必要はありませんが、この作品をしっかりと解釈するには、誰かを愛する気持ちを知っていなくてはいけないと思います。
それと同じように、ショパンの作品を解釈するうえで、あの時代の戦争を体験する必要はありませんが、似た環境で同じ心境を味わったことは大きいと思っています。幸運にもというべきか、不幸にもというべきか、僕にはその経験があるわけです。

─コンクールの準備で気を付けたことはありますか?

この15ヵ月ほど、ショパンだけに集中していました。
僕は今26歳です。自分の音楽が、このコンクールに入賞できた場合の状況に見合ったレベルに成熟するのを待っていたといえます。例えば僕が17歳のときに入賞してしまっていたら、バランスをどう保ったらいいのかわからなくて、その後大変だったことでしょう。今ならレパートリーもたくさんあります。
人生におけるすべてのことと同じで、95%の成果を求めているなら最大の努力はしなくていいでしょうけれど、残りの数パーセントまですべて得たいのならば、できる限りのことをしないといけません。それで、1年以上の期間をかけて、ショパンに集中することにしたのです。

◇楽譜に書かれていないことは何一つやっていません

─ショパンへの理解を深めるためにどのようなことをしましたか?

一つこだわっているのは、他の解釈を聴かないということです。特に自分が演奏する予定の曲は聴かないようにしました。
他の録音を聴いてしまえば、自然とこの作品がどう演奏されるのかの知識がついてしまいます。いくらオリジナルでありたいと思っても影響を受けてしまうかもしれません。それはいやなのです。
僕の演奏は変わっているといわれることがありますが、楽譜に書かれていないことはやっていません。
書かれていることの中で自分の個性を表現するのは、絶対的に大切なことです。そこから外れてしまえば、作品を解釈するのではなく、作曲になってしまいます。楽譜を無視してオリジナルな演奏をするほうがずっと簡単でしょう。
書かれていることに従って、自分だけの特別なタッチ、小さな特徴を出していくべきだと考えています。

─ショパンはあなたにとってどんな存在ですか?

ショパンは僕が初めて愛した作曲家であり、クラシック音楽を好きにさせてくれた作曲家です。さまざまな経験の中で、いつも僕を涙させ、笑顔にさせてくれた唯一の作曲家です。
人間は個々がそれぞれ異なりますが、同時に抱く感情には共通したものがあります。彼の音楽は私たちの感情を、語る以上に見事に物語ってくれるものだと思います。

◇◇◇

アリョーシャさん、どちらかというと個性的な演奏という印象だったのですが、楽譜に忠実であることを貫き通した結果の個性的な解釈ということで、興味深くお話を聞きました。
ところで、話を聞くためにバックステージで最初に声をかけたとき、照明のせいもあったのかもしれませんが彼の瞳があまりにキラッキラに輝いていて、それはもうびっくりしました。ものすごい輝きですね!というと、そうかなぁ……という反応。“よく言われるんです”くらいのリアクションが来ると思っていたので、勝手に肩すかしをくらいました。
人の眼球って、どうするとあんなに輝くんだろう……。

[家庭画報 2016年1月号 Kindle版]