チャイコフスキー国際コンクールピアノ部門、最終結果


チャイコフスキーコンクールの全日程が終了しました。

ピアノ部門の最終結果は下記の通りです。

1位 Alexandre Kantorow FRANCE
2位 Mao Fujita PAN
2位 Dmitriy Shishkin RUSSIA
3位 Konstantin Yemelyanov RUSSIA
3位 Alexey Melnikov RUSSIA
3位 Kenneth Broberg USA
4位 Tianxu An CHINA

優勝は、フランスのアレクサンドル・カントロフさん。
そして日本の藤田真央さん、ロシアのドミトリー・シシキンさんの2名が第2位に入賞しました。そして第3位が3名。

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最終結果発表のアナウンス、まず5、6位はなしというアナウンスがあって、今回も前回のような順位が団子状態の結果になるのだろうなという予感とともに始まりました。しかも今回ははじめから1人多いわけで。
3位が3人続いた時は、このまま何人も3位だったりしてという妙な妄想が頭をよぎりましたよね。結果、ピラミッドスタイルの人数配分になりました。

前回の第15回コンクールの団子状態の結果は、実際に聴きに来ていなかったこともあって、“誰々は何位までに入れたい“という人々の想いがうずまいた結果なんじゃないかなどと勘ぐってしまいましたが、今回はこれだけのいい演奏をたくさん聴いて、みんな3位以内に収めたくなる気持ちがわかる…。
その後、少し審査員の先生方に話をきいたことによると、このタイプの「いいピアニストにはみんないい順位の称号を与えてあげたい系」順位づけは、マツーエフさんの意向らしいです。
ちなみに当のマツーエフさんにもお話を聞きたいところでしたが、結果発表の翌日には、すでにご自分のコンサートの本番のためにモスクワを発っていたという。すごいハードスケジュール。
マツーエフさん、前にインタビューしたとき、「どんなにハードスケジュールでも、私はステージに立てば癒される。これを、ステージセラピーと呼んでいるのだ(ドヤ顔)」と言っていましたが、そういうのってスーパースターになるための素質の一つなのかもしれませんね。

というわけで少し時間が経ってしまいましたが、ファイナルの様子を簡単に振り返ってみたいと思います。

ファイナルでは、チャイコフスキーのピアノ協奏曲と任意のピアノ協奏曲、2曲を、ヴァシリー・ペトレンコ指揮、ロシア国立交響楽団と演奏します。
こういう場合、2曲を別の日に演奏するコンクールが多いですが、2曲いっぺんに続けて演奏するというのがチャイコフスキーコンクールのしきたり。それも今回は、カーテンコールもアナウンスで早々に打ち切られてさっさと2曲目にうつるという、ひと息つく暇もない勢いで2曲演奏させられていました。プロになっても、特殊なケース(何人か思い浮かびますよね、いっぺんに何曲もコンチェルトを弾く企画をしているスタミナたっぷりのピアニストたち)を除いてはなかなか経験しないこと。それもつい先日までリサイタルのレパートリーを弾いていた数日後に本番ですから、これを経験しておけばあとは怖いものなしという感じです。

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一人目の奏者となったのはロシアのエミリャーノフさん。ピアノはヤマハです。
プロコフィエフの3番。完璧でうまい。オーケストラの音と親和性の高い音を鳴らしながら、一つの塊となっって突き進んでいく感じ。仙台コンクールのとき、講評で野島稔審査委員長が、コンチェルトでは、ピアノはオーケストラと同じエネルギーの音を鳴らさなくてはいけない…と話していたことを思い出しました。パワーのある音の持ち主なのです。なにか驚きのある表現をするというタイプではないかもしれませんが、確かな実力を感じました。

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二人目の奏者は、ロシアのシシキンさん。ピアノはスタインウェイです。
チャイコフスキーの1番では、いろいろなタッチで、シリアスに、丁寧に表情をつけて、じっくりと聴かせてくれます。2楽章を聞いている時、夏の森の木漏れ陽の景色が思い浮かびましたが、もしかしたら2日前にトレチャコフ美術館で、画家のシシキンの絵をたくさん見たからかも(発想が安直)。
イヴァン・シシキンは、森の絵をたくさん描いたことで知られる19世紀ロシアの画家ですね。この、シシキンが描いた森に、別の人がクマを書き加えちゃった絵はとても有名です。ロシアのチョコレートのパッケージにもなっていると記憶。
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話がそれましたが、シシキンさんの2曲目は、エミリャーノフさんと同じプロコフィエフの3番を選んでいましたが、力強く走り抜けていくスタイリッシュな動物のような演奏で、すごくシシキンさんにあっていた感じ。

そして、初日最後の3人目に登場した中国のアンさんの演奏のときに事件は起こりました。
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ラフマニノフのパガニーニの主題による狂詩曲の冒頭、アンさんがあの最初の和音を弾き遅れたのです。
最初、まさか緊張しすぎてぼーっとしてしまったのかと思いましたが、そうではありませんでした。なんとオーケストラ側のスタッフの手違いで、指揮者とオーケストラがアンさんが希望していた演奏順とは逆の演奏順を予定していたという。コンクール公式のアナウンスは、こちらに記載されています。

しかも不幸なことに、間違いのパターンが、「チャイコフスキーの1番を想定していたら、ラフマニノフのパガニーニの主題による狂詩曲が始まった」という。考えられます?チャイコフスキーのあの壮大なオーケストラの前奏を想定してピアノの前に座っていたら、いきなりパガニーニの短い序奏が始まって、一発目のあの印象的な音を鳴らさなきゃいけない焦りが。せめてショパンの協奏曲と間違えられたのなら、気持ちを切り替える暇もあるでしょうけど。
アンさん、それでも少し遅れてあの最初の和音をつかみましたが、ものすごい瞬発力ですね。何人かのピアニストに、あんなこと起きたら反応できる?と聞いたら、「アドレナリン出てるから意外といけるかもしれないけど、その後オーケストラパートが長いから、自分なら指揮者に言うかも」「考えたくもない」など、いろいろな反応がありました。
その後演奏中、マツーエフさんが隣のペトルシャンスキーさんに何かしきりに話しかけていましたが、終演後事情が判明すると、もう一度弾き直しをしてもいいとアンさんに提案があったそうです。しかしアンさんは断ったとのこと。これについては「自分も弾き直しはいいっていうだろうなー」というピアニストが多い感じ。
アンさんは動揺を乗り越えて、最後まで弾ききりました。生真面目そうな性格がそのまま反映されたような、かっちりとした音楽。ピアノは中国の長江を選んでいました。オーケストラと合わせても負けないボリューム、輝かしさがありますが、叩かれてしまうと少しきつい音が鳴る印象です。でもまあ、それはどこのピアノでも同じかもしれない。
ちなみに、後で遭遇したアンさんに声をかけたら、「いえ、あれは誰かのせいではありません、自分がステージに出る前に指揮者に曲を確認しなかったので、僕のミスです」というではありませんか。こんな状況でも、怒らず、誰のことも責めずにいるアンさん、本当に何かいいことが起こってほしいなと思いましたね。

しかもこのニコニコ顔。
でももしかしたら、誰かのミスだと思うより、自分のせいだと思ったほうが、気持ちがおさまるし、怒りで時間を無駄にすることもない、ということもあるのかもしれない…。

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4人目の奏者はメリニコフさん。ピアノはスタインウェイです。選曲はチャイコフスキーの1番と、ラフマニノフの3番。甘いフレーズもクールな表情で弾き、情熱的なフレーズは雪崩が押し寄せるように。さすがに緊張しているのかなと思う場面もありましたが、細かい音もちゃんと聴かせてくれるし、重い音ももちろんしっかり鳴っているし、ロシア風な哀愁のある景色も見せてくれるしで、正統派のロシア音楽を聴かせてもらったという感じ。

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5人目は、カントロフさん。ファイナルからピアノはスタインウェイにスイッチしました。
カントロフさんはチャイコフスキーの協奏曲に、王道の1番ではなく2番を選びました。しかしこれが彼の濃密な音楽性によくあっていた。民族色漂うこってりとしたフレーズを大胆な表情付けで歌わせる。フレーズごとに音量やタッチを巧みに変え、またオーケストラの楽器とアンサンブルになるときもしっかり音を変えて、とにかくうまい。マツーエフさんも大拍手を送っていました。
もう1曲の選曲も、チャイコフスキーコンクールにしてはめずらしめの、ブラームスの2番です。こういう思い切りの良い音を鳴らす人の弾くブラームスは本当におもしろいですね。溜め込んだ情熱をほとばしらせる瞬間がそれは見事に再現されて。パワー、エレガンス、狂気の全てを持ち合わせた演奏という感じでした。楽しかった。

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そして最終日、6人目に登場したのは藤田真央さん。ピアノはスタインウェイです。
いつものようににこやかに登場。
チャイコフスキーの協奏曲が始まると、どっしりした音で堂々とした音を鳴らしていきます。注意深く全てに気持ちを込めた音と、ひとフレーズずつ、いかにも天然な感じでニュアンスを変えていく表現が藤田さんの演奏の魅力かもしれません。それにオーケストラがどんどん引き寄せられていく感じ。藤田さんもオーケストラとの掛け合いを楽しんでいたのでしょう、リハーサルの時点で、やっぱりロシアのオーケストラらしい迫ってくるような音がする、アンサンブルになるところでオーケストラ奏者を見ると、ちゃんと見つめかえしてくれるんだと話していたのが印象的でした。
それで、いつもの藤田さんなら弾き終わった後ニコニコしていますが、なんだかちょっと様子が違ってかたい表情。どうも自分で少し満足のいかない感じだったようですが、すでに藤田さんの虜になっているモスクワの聴衆は拍手喝采でした。

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そして最後の奏者となったのは、ブロバーグさん。ピアノはスタインウェイ。
アンさんと同じパガニーニの主題による狂詩曲からスタートということで、最初に指揮者が曲を確認するような動きをしたため、会場がすこしざわめきます。
この曲は、ブロバーグさんにとっては銀メダルを取ったヴァン・クライバーンでも弾いた勝負曲ですね。彼特有の硬質で華やかな音が曲によく合っていたと思います。選曲大事。

結果は、演奏が終わった時間が押したことを考えると、予定よりむしろスムーズに出されたように思います。
前回のコンクールでは結果発表後にいろいろな噂が飛び交っていたように記憶していますが(現地にいなくても聞こえてくるレベルで)今回はまあ、あまり文句のつけようもない結果におさまったのかもしれません。マツーエフさんの、せっかくの優れた才能には3位入賞までの称号を与えたいという考え、僅差なら順番をつける意味などないのではないかという考えも、これだけ優れた演奏をたくさん聞かせてもらい、楽しませてもらったあとだと、納得できてしまうのでした。

結果発表のあと、夜も遅かったですが、藤田さんを囲んでホテルのレストランで軽く食事をしました。
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レストランの閉店時間をまわってしまいましたが、藤田さんが2位入賞者だと知ったレストランのスタッフが、お祝いにサービスでデザートを持って来てくれるというサプライズ。お皿にがんばってピアノの模様を描いたといっていました。なんかいいですね。

入賞者たちは、この翌日から2日間にわたって、モスクワとサンクトペテルブルクでの入賞者ガラコンサートに出演しました。その様子はジャパン・アーツの記事で簡単にご紹介しています。サンクトペテルブルクのガラコンサートでは、最後に、全部門のグランプリとして、カントロフさんの名前が発表されました。
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それにしても、入賞者にとっては、このガラコンまわりのスケジュールがとにかく過酷でしたね。
本選の翌日、サンクトペテルブルクで行われた部門の入賞者もモスクワに集合し、授賞式とガラコンが行われたあとは、レセプションが深夜2時すぎまで…(でもここで入賞者たちは、審査員とお話ししたり、入賞者同士で今度共演しようという話をしたりと、交流を深めていました)。
そして翌日はみんな、朝6時台の電車でサンクトペテルブルクへ。このサンクトペテルブルク公演、白夜祭の最中で遅くまで明るいとはいえ、全入賞者が出演する予定という中で21時開演という時点で、おいおい何時までやる気だよと思いましたが、実際には開演が40分遅れ(21時に会場についたらまだステージ上でリハーサルをやっていた…)、終演は午前1時半。

そのあと別の会場に移動し、レセプションという流れでした。もはや「なにこれ罰ゲーム」という声もちらほら聞こえるほど、みんな疲れ切っていましたね。超人マツーエフ氏のような「必殺ステージセラピー」が効かない普通の演奏家たちには、大変だったと思います。
そんな中、最後まで変わらぬキリッとした表情で元気だったのが、ゲルギエフさんでありました。
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授賞式のあと、ゲルギエフさん、カントロフさん、藤田さんが長くお話ししていました。

ところでこちら、レセプションで話し込むプレスラーさんと藤田真央さん。IMG_5947 2

今だから言いますけど、1次の藤田さんの、あのコンクールの流れをガラッと変えた演奏の直後、私がバックステージにいたら、車椅子を押されてプレスラーさんが通りかかったんですね。すごく嬉しそうな様子で。それで日本人の私を見ると、なんとおもむろに手をとってキッスしてくださいまして!そして、よかったねぇ…とおっしゃったんです。
…果たして私が藤田さんの何だと思われていたのかは謎ですが(何かしら、日本チームの一味だと思われたのでしょうね…まさかお母さんだと思われたのかな…)、とにかく、自分も藤田さんの1次の演奏の特別なエネルギーを肌で感じた直後だったので、ああ、お客さんはもちろん、審査員の先生たちもみんな同じ気持ちで聴いていて、それが心の中に抑えきれないほどになっていたんだなと思えて、とても幸福な瞬間でした。

さて、このようなわけで、チャイコフスキーコンクールは全日程が終了しました。
日本のみなさんは、10月のガラ・コンサートで上位入賞者たちの演奏を聴くことができます。出演者も発表されたようですので、どうぞチェックしてみてください。

コンクールは終わりましたが、わたくし、コンテスタントや審査員のお話、そしてさらには、中国のピアノ、長江の社長さんなどに聴いたお話が、たんまりたまっております。
しばしお時間いただきますが、順次このページで紹介していきますので、気長にお待ちいただけたらと思います。