チャイコフスキー国際コンクール、ファイナリスト発表&2次予選の様子


チャイコフスキー国際コンクールピアノ部門、ファイナリストが発表されました。
当初は6名の予定でしたが、最終的には7名がファイナルに進出します。
セミファイナルも、12名の予定が14名に増えた形だったので、ちょうどその半分がファイナルに進むことになりましたね。

Konstantin Yemelyanov RUSSIA
Dmitriy Shishkin RUSSIA
Tianxu An CHINA
Alexey Melnikov RUSSIA
Alexandre Kantorow FRANCE
Mao Fujita JAPAN
Kenneth Broberg USA

終演がおして、そのまま結果発表の予定時刻も同じくらいずれ込む形だったので、この7名という結果はわりとすんなり出たのかもしれません。
そんな中、日本の藤田真央さん、ファイナル進出です。
ピアノ部門で日本人がファイナルに残るのは、2002年の上原彩子さん以来です。さらにその前は、1982年の小山実稚恵さんまでさかのぼるという。

ファイナリストの名前、マツーエフさんが演奏順に読み上げていったのですが、最初藤田さんの名前が呼ばれず、先にブロバーグさんの名前が呼ばれたんですよね。そんな、うそでしょ…あれだけお客さん(と審査員)の反応もいいのにと思っていたら、マツーエフさん、微妙な発音で藤田君の名前を呼ぶもんで、最初、他に似たような名前の人いないよね?今フジタって言ったよね?となってしまい。スッキリ喜びそこねましたね。

当の藤田君もそうだったらしく、がーーーん、ダメだったかもと思っていたら、隣に座っていたブロバーグが、君の名前だよと教えてくれたらしい。
名前が飛ばされて無駄にがっかりさせられたのがだいぶ心臓に悪かったようで、その後ホールから出るまで、なんでとばされたのかなー、やめてほしいよーと、思い出してはわーわー言ってました。
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結果発表を見守っていて、やはり名前が聞き取れなかった人たちが、「最後の一人だれだ??」「フジタ?」「そう、マオ・フジタ。あの、ジャパニーズ・キンダーサプライズ…」って言っているのを小耳にはさみまして。Kinder Surprise っていうのは、卵型のチョコのなかからサプライズなおもちゃが出てくる、あれですね。
現地の聴衆の一部にとっては、あのニコニコ顔からあの演奏が出てくることや、名前も知らなかった日本人が、自分たちが押していたロシアのパワフルなピアニストをしのぐ勢いで聴衆を熱狂させてしまっていることに、脅威のようなものを感じているのかもしれません。そんなちょっとだけ皮肉めいたニュアンスを感じとりましたので、その集団にはわたくし日本人として、キリッとした口調で、「サンキュー」と言っておきました。

2日間のリハーサル空き日があって、ファイナルは6月25日からの3日間。それぞれ、2曲の協奏曲を演奏します。しかもいっぺんに続けて2曲。なんの試練だよ、という過酷さです。演奏順はこちらで見られます。

というわけで、ファイナルが始まる前に、今回も2次で印象に残ったことや、日本のファンのみなさんが応援しているでしょう、藤田真央さんの演奏の様子などを振り返ってみます。(全部の演奏のことは取り上げられませんが、本当に次も聴きたい良い演奏ばっかりだった!)

2次予選は、本当におもしろかったです。
コンクールとなると、いつでもどこでも、まるで言わないと呪われるんじゃないかって勢いで、「今回はレベルが高い」ってみんな言いますけど、まあ、今回はレベルが高いですね、本当に。
普段のコンクールでは、うん、みんなよく弾けるしすばらしい、それではこの中で今度コンサートがあるとき、また聴きたいと思える魅力的な人はだれだろうか? チケットを取って聴きに行きたいと思う人は誰だろうか? ということがポイントになってくるわけですが、今回に関しては、ほとんどのステージにその人ならではの魅力があって、また聴きたいと思いました。そもそも、もともとみんながチケット取って聴きに行くようなピアニストばかり出場していたわけですけど。1次でちょっと固い演奏をしていた人も、2次ではよく集中していたように思います。
日本でやるの、「チャイコフスキーコンクール入賞者ガラ・コンサート」もいいけど、どこかのホール2日間借りて「ピアノ部門セミファイナル再現コンサート」をやったらいいんじゃないかって思ったんですが、どうでしょうか。だめか。

さて、2次の課題ですが、演奏時間は50〜60分。ロシアの作曲家(バラキレフ、グラズノフ、メトネル、ムソルグスキー、ミャスコフスキー、プロコフィエフ、ラフマニノフ、スクリャービン、シチェドリン、ショスタコーヴィチ、ストラヴィンスキー、チャイコフスキー)の作品を1曲以上含めば、あとの選曲は自由です。そうなると、バッハから現代曲まで幅広く入れる人、ヘビーなロシアものばかり集めて攻める人など、タイプによってかなりプログラムの雰囲気が変わってきます。

トップ奏者となったのは、ロシアのコンスタンチン・イエメリャノフさん。
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彼が奏でるラフマニノフの「コレッリの主題による変奏曲」を聴きながら、ロシアという国には、こういう重くてバネのある音を、軽々、的確に打ち鳴らすピアニストがゴロゴロいるんだよなと、改めて思わずにいられませんでした。他に、チャイコフスキーの交響曲のピアノ編曲版やバーバーを演奏し、ファイナル進出です。ピアノはヤマハ

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シシキンさんは、ショパンのマズルカとスケルツォから始めるプログラム。あれだけのずっしりした音の持ち主ですから、重いロシアものばかり並べてもおかしくないのに、こういう繊細なレパートリーから入るというところにピアニストとしての意気込みを感じます。切なげなメロディに込める感情も、たっぷりだけれどどこか冷静なところがあって、独特の魅力がありました。ピアノはスタインウェイ。ファイナルに進出です。

中国のAn Tianxuさんは、変奏曲責めでした。ラフマニノフの「ショパンの主題による変奏曲」と、ブラームスの「パガニーニの主題による変奏曲」がメイン。おもしろいね。
ピアノのセレクトは、長江でした。1次の時は少し叩いているように聞こえた音が、うまくしっとり響いて、さらに低音が重く。椅子からお腹に振動が伝わってきて、なんてパワーのあるピアノなんだと驚きました。
現在カーティス音楽院でマンチェ・リュウ先生に師事とあったので、小林愛実さんと同門ということです。ファイナル進出が決まって、「とにかく幸運だっただけ、しっかり準備します」と、真面目そうに話してくれました。笑顔をリクエストしたら、想定を超える満面スマイル。すごくいい人そうです。こう見えて二十歳です。
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浜コン組、ガジェヴさんは、1次よりずっとオープンな演奏に聴こえて、私はとても楽しみました。ファイナル進出がならず残念です。リスト、スクリャービン、プロコフィエフというプログラムの構成も、いろいろな面が見られてよかった。ピアノは迷った挙句スタインウェイを選んだわけでしたが、これだけ振れ幅の広いプログラムを2次で用意していたということで、正しいセレクトだったんだろうなと思います。ものすごく多彩な音が引き出されていました。

同じ浜コン組、メリニコフさん。リストのロ短調ソナタからスタートです。この選曲を見ると、浜松コンクールのときに審査員の方々が口を揃えて語っていた「君たちロ短調ソナタ選ぶってことがどういうことかわかってんだろうな」的発言が思い出されるわけですが(つまり、優れたピアニストならだれでも自分の強い解釈をもっているマスターピースだから、相当な自信がなければ持ってくるべきでない、ふわっとした状態で弾くとオレたちイライラしちゃうよ、ということ。※意訳)、ここのコンテスタントは百戦錬磨メンバーが揃っていますから、安心して聴けますね。
私的に、天国風シーンで息を大きく吸いたくなるリストのロ短調ソナタはいいロ短調ソナタ、だと思っているのですが、この日は吸っちゃいましたね。メリニコフさんは、絶対にピアノを叩いたりしない。この広いホールであの小さな音を鳴らすことができる勇気もさすが。プロコフィエフでも、スタインウェイのピアノで淡々と狂気じみた音を一発ずつキメていくさまがクールでした。ファイナル進出です。

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浜松のときより髪型がおしゃれになっていたので、ナイスなヘアスタイルだねといったら、普通にサンキューといわれました。言われ慣れてる感じで。

コパチェフスキーさんも、シューマンの謝肉祭から、メトネル、スクリャービンの「焔に向かって」、そしてペールギュントという、ちょっとどういう感覚だとコンクールでこういう選曲になるのかなっていうおもしろいプログラムでしたね。パワーのある音がゴツゴツ鳴らされていく。こういうロシアの人たちって、ポップなフレーズ弾いていてもほんと体動かさないですよね…体の軸が地面に埋まってるんじゃないかっていう。
ヤマハCFXから、楽器が持ちうる限りのいろんな種類の音が鳴らされていて、ピアノ自身も、ほら、こんな音も持ってるんだぜ、聴いてくれよ!という気持ちになったんじゃないかと思いました。

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そして私、コパチェフスキーさんに対して、演奏の感じからもっとイケイケな雰囲気の方を想像していたんですが、写真を撮らせてといったらかしこまったポーズでしばし硬直してくれるという、思いのほか素朴な方でした。ファイナルでも聴きたかった。

カントロフさんは、1次の時に薄目で確認した「火の鳥」がどんな演奏になるのか、始まるまえから楽しみでした。実際、あの激しい曲で、カワイのピアノからあらゆる音を引き出していました。ヘビーな音もそうなのですが、逆に絞りきった柔らかい音は、このピアノからその音が出ることをしっかり発見して、ギリギリを攻めて行く感じ。
「火の鳥」でモーレツに盛り上げたあと、わざわざフォーレを持ってくるところにフランス人の誇りを感じます。ピアノの状態が心配になる勢いの曲順ですけどね。フォーレがちょっとアンコールみたいになって、リサイタルを聴いている気分になりました。
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彼の先生は、前回のチャイコン4位入賞で話題になったルカ・ドゥバルグと同じ、レナ・シェレシェフスカヤ先生なんですって。先生の生徒さん、みんなすごく個性的ね…個性伸ばすタイプの先生なんでしょうね。

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続くタラセーヴィチ・ニコラーエフさん(ニコラーエワのお孫さんです)もまた、あれだけの音を鳴らしても体がびくりとも動かないタイプ。ロシアンピアニズムってすごい。でも前にメールインタビューしたとき、自分は、そんなものはないっていう意見だっていう答えがかえってきたんです。
これは同じロシアのピアニストでも意見がわかれるところですが、こういう、ロシアンピアニズム的な血筋を引いている本流の人がそういうと、いろいろ考えずにはいられませんね。ちなみにそのインタビューはこちら
ファイナルには進めませんでしたが、もう日本のマネジメントもあるので、また日本で聴けることでしょう。

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ブロバーグさんは、たくさんお客さんが出ていってしまった藤田さんの後という演奏順でしたが、残った聴衆は、しっかり盛り上がっていました。メトネルの世界がかっちりした音でくっきりと描き出されて、とても気持ちのいい演奏。ピアノはスタインウェイ。ファイナルに進出です。

そして、最後に藤田真央さんの演奏の様子について。
開演前、ホールは補助席まで使われる超満員になっていました。土曜日の午後だからかな、くらいに思っていたら、藤田君の演奏が終わるとたくさん人が出て行ってしまったので、彼らはマオ目当てだったんだということがわかりました。ちなみに演奏後、ロシアの国営新聞の記者さんが、わざわざあなたを聴きに来たんだと言って藤田君に取材をしていました。ロシアの音楽ファンの間でどんな認識になってるのかなと思い、彼女に声をかけると「私たちはこれまで彼のことなんて全然知らなかったから、みんな驚いている」「He is the man of this competition」と言っていました。今回のコンクールの行方を揺るがした重要人物ってところでしょうか。そりゃキンダーサプライズ呼ばわりされますね。

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で、そんな藤田君の演奏。ピアノはスタインウェイです。
最初、今日は少し音量抑え気味みたいだな…大丈夫かなと一瞬思ったのですが、いわばその「中以下」の音量で奏でられていく音楽に、聴く方の耳がどんどん吸い寄せられていくという現象が起きていました。もやがかかったような音で始められたスクリャービン、繊細に弾き進められるショパン。
進んでいくうちに、どんどん客席の方が静かになっていくわけです。普段はシャシャシャシャおしゃべりしている人があっちこっちにいるんですが、少なくとも私の周りからはそういう人が消えました。こんなにおとなしいモスクワの聴衆初めてだと思いましたよ。藤田君がやりたいことがしっかり聴衆に伝わったからでしょうね。それをちゃんと聞いてやろうと、聴衆の姿勢も変わったのだと思います。
3楽章の、あの間を長くとった部分も、ものすごく効いてましたよね(聴いた方はどこのことを言っているかわかるはず)。よくやったなぁと、その勇気に感服しながら聞いていました。そうしたらあとでご本人も、「パレチニ先生(ショパンの祖国ポーランドの審査員)がいるのにやっちゃったー」と、バタバタしながら楽しそうに話していました。大丈夫、パレチニ先生は懐が深い男だよ(たぶん)。
プロコフィエフも、音楽が自由自在に伸縮するような、なめらかで楽しい演奏。生き生きとした音楽がパーンと閉じられると、客席では周りの人たちが、キミ日本人よね、よかったじゃないのこんな子がいて的な目で顔を覗き込んでくるんです。もうこうなったらと思って、ドヤ顔でうなずき返しておきました。

ご本人、最初緊張して、スクリャービン、記憶に残らない演奏になっちゃうと思った、と言ってましたが、音量のインパクトに頼らない演奏に聴衆の耳がどんどん吸い寄せられて、結果的に全てが成功していたと思います。

ファイナリスト7人、全く個性のバラバラな男たちが揃いました。オーケストラとの共演で、どんな演奏を聴かせてくれるでしょうかね。あー楽しみ。