ショパンコンクール2次予選、ピアノのこと、選曲のこと

2次予選が終わりました。
振り返りレポートは、こちらのぶらあぼONLINEに。

セミファイナリスト、個性的な顔ぶれが多いですね。それもなんとなく、やはり個性派ぞろいだった2010年の時とは、また少し違った感じで。
何が違うのか、うまく説明できないんですが、なんか2010年の個性派たちは、やったるぜ感(?)と、妙な自信満々ぶりが全員すごかった。今回はもうちょっと全体的に飄々とした雰囲気があるというか、ナチュラルにがんばって、ここまでたどり着いたという感じの人が多いような。
もちろん個々に相当な努力をしているのは確かで、ステージにかける思いもプレッシャーも、それぞれに大きいと思います。
たった11年でも時代が変わったということでしょうね! すでに変わり始めていたとはいえ、まだあの頃は、コンクールの一発にかける感が切迫していた。今はコンクールの意味合いも変わり、さらに活動の方法も一層いろいろ増えたということでありましょう。そのほうがいいのかもしれない。人々が求める音楽も、変わってきているのかもしれない。

そして結果については、もういろいろなところでいろいろな意見が出ていると思うのですが、ぶらあぼの記事の中に書いたことが、今の時点で私が思うことであります。

さて、今回も恒例、お時間のある方向け、2次予選期間中にお話を聞くことのできたコンテスタントのコメントです。選曲、ピアノ選びについてのお話中心にご紹介します。

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初日に演奏した、ゲオルギス・オソキンスさん(ラトヴィア)。前回もかなり個性的な演奏で注目を集めていたファイナリスト、再挑戦です。

—ワルシャワフィルハーモニーホールのステージに戻って、どんな気分でしたか?

このホールの雰囲気が個人的にとても好きで、それが演奏のインスピレーションになりました。1次は音響を確認しながらの演奏ですから緊張しましたが、今日の方がよりリラックスして、自由になることができました。

—曲目、リサイタルみたいでしたね。調性もすごく気にされているようでしたし。

それを感じてもらえたなら嬉しいです。ショパンはとても調性を気にした作曲家でしたから、それを考慮して組んだプログラムです。コンクールだからといって、それに合わせてプログラムを組むなんて僕にはできない。演奏は、いつだってアートでなくてはいけません。

—今回はヤマハのピアノを選びましたね。

5台ですから、選ぶのに2時間くらいほしかったけど。でもこの特別なコンクールという環境で、最初のタッチで感じたものから選びました。それから音のはり、品のある音も気に入っています。素晴らしいピアノです。ただ今日は湿度が低かったので、少し苦労したところがありました。

—あなたの演奏には、聴く人を覚醒させるようなところがありますよね。

グレン・グールドの言葉で、伝統的なやり方に従って全く同じように演奏する理由がどこにあるのか、私たちは常に発見しなくてはいけない、というものがあります。作品の構成の中に新たな発見をすること。それによってしか生きた音楽は生まれないと思います。音楽は、その場で生まれる魔法のようなものでないといけないのです。

—ときどき、ショパンすらそういう音楽が生まれると気づいていないんじゃないかという音を聴かせてくれていましたもんね。

ショパンの時代とはピアノが違いますからね。彼は今のピアノを聴いたらどれだけショックをうけることか。それに、モダンなアプローチを嫌う可能性もなくはない。でも、僕はオーセンティックという言葉が好きじゃないんです。200年前のように演奏するということは、研究者のすることであって、アーティストのすることではないんじゃないかと。現代の環境の音楽を見つけないといけません。

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相変わらずというか、なんとなくパワーアップしていましたね。
腕につけた紐も、おしゃれデザインのシャツも、6年前と同じ!と思い、あーそのシャツ、といったら、「胸元の開きかたは前のより狭い!」とすごく主張してきました。誰も開けすぎだなんて指摘してないのに。
ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、彼はゲオルク・フリードリヒ・シェンク先生門下。そう、2010年の入賞者で個性的な演奏が持ち味のボジャノフさんの弟弟子です。低い椅子もあの門下ならではでありました。
個性的なので評価が分かれるのもわかるのですが、ちょっと次も聴いてみたかった…また日本に来てね。

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3日目に演奏した、カイ・ミン・チェンさん(台湾)。

—とてもエレガントな音を鳴らされますね。

他の作曲家の作品を弾く上で美しい音を鳴らすには、普通に弾けばいいんですけれど、ショパンの場合はそこにエレガンスが必要なので、特別なタッチが求められます。ペダルもやさしくつかいながら、指先で、クリアで正確に鍵盤に触れなくてはいけません。

—プログラミングも、3つのエチュードが入るなど少し変わっていました。

師匠であるダン・タイ・ソン先生が提案してくれたことです。他の人が弾かないユニークな作品をいれることで、印象を残せるのではないかといわれて。僕も演奏を楽しみました。

—ピアノはスタインウェイ300を選びましたが、どこが気に入りましたか?

まずはコントロールです。どんなにピアノの音が美しくても、自分がうまくコントロールができなければ仕方ないので、コントロールのしやすさを重視して選んでいます。
音質についても、あたたかく、僕自身がブライトな音は楽に出せるほうなので、ショパンを弾くにはこちらのほうがいいと思いました。479のほうで弾いたら、明るい音がしすぎてしまうと思って。

***
某所から手の大きさを聞けとの指令があり、そんな話になったところ、ご本人、手は小さい!とのこと。でも、指すごい長い感じですよね?
手が大きいというのは掌が大きいという意味だと思っているのか、なんだか話がかみあわなかったのですが、とにかくご本人は、手は開かないし小さい!と主張していました。なんかみんないろいろ主張してくる。
そしてプログラミング、ソン先生ナイスアイデア! フレッシュな選曲が生きてましたね。ちなみにソン先生につくようになったのはこの2年で、それまでは台湾国内で勉強していたそうです。

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そして、アレクサンダー・ガジェヴさん(イタリア/スロベニア)。

—今日もガジェヴさんならではの、よく計画されているけどその場で生まれてる感すごい演奏を聞くのがとても楽しかったです。今日のステージでのインスピレーションは、何でした?

たっぷりの水ですね。とくにはじめのところ。

—水?

はい、ウォータリーな音を聴こうとしていました。それから、土、地面。
ダンスの瞬間には、ライトが輝く舞踏会、そこから伝説のバラードにむかいました。いろいろなエレメントをつないでいきました。

—今回はシゲルカワイを選びましたね。どんなところが気に入っていますか?

音はどうだった? 中で聴いてたの?? 大きな音、良く聴こえてた?

—とても豊かによく聴こえていましたよ!

そう、よかった。僕は、カワイのあの空間に溶けるような音が出せる能力がとても気に入っているんです。今回のピアノも、夢のようなクオリティですね。

***
9月に日本に来てくれたばかりです。あの、計算づくと無計画のはざま、みたいな演奏(褒めてます!)がおもしろいんですよね。ショパンコンクールのステージでもそれは健在。
そして、マジで時間がない中でピアノについてのコメント聞いてるのに、聞き返してくるのやめてほしい(笑)。私の話はいいから!でも、気になるんでしょうね。
我らが浜コン優勝者。なんか、がんばってほしい。

 

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2010年ファイナリスト、ニコライ・ホジャイノフさんです。
遺作のフーガを入れ、絶筆のマズルカを繊細の極みみたいな音で奏でるという、かなり攻めたプログラミングでした。

—今日は、繊細な音で私たちを泣かせようとしましたね。

それはごめんなさいね(笑)。

—「英雄ポロネーズ」もとてもジェントルな音で始めましたけれど。

そう、お気づきだったと思いますが、それは僕がショパンの自筆譜を勉強していくなかで、ショパンがフォルテや大きな音を最初に書くことはなかったということを改めて知ったからでした。その意志には敬意が払われるべきだと思い、ああいう表現をしたのです。
それと、この曲を最初に置いたのは、ポロネーズというものがもともと舞踏会で最初に踊られるものだから。もちろんコンサートは舞踏会ではないからいつ弾いても自由ですが、僕は最後に弾くことはなんとなくしっくりこなくって。

—他のプログラムもユニークでしたね。

選曲に自由があったので、とても好きな曲から選びました。
まずバラードは第2番。マズルカはOp.41-1。どちらもマヨルカのヴァルデモッサで書かれたものです。彼は大好きな地にいながら、とても苦しんでいた。フーガはマヨルカから戻ってすぐに書かれたものですが、彼はマヨルカに大好きなJ.S.バッハのプレリュードとフーガを持っていき、いつも弾いていました。ショパンは常にポリフォニーの実験をし、作品にポリフォニックな要素やポリメロディックをたくさん取り入れていましたね。
それから最後の作品といわれるOp.68-4のマズルカ。以前、これが書かれたのではないかと思われるパリのショパン最後のアパートだった場所で演奏したことがありますが、特別な経験でした。ワルシャワで自筆譜を見ましたが、それはもう見ていて心が苦しくなるような筆跡で。偉大な作曲家が、歩くことはもちろんピアノにも触れられない状態で書いた作品です。
舟歌も晩年の苦しみと痛みに満ちた曲です。彼はヴェネツィアに行ったことはありませんから、船頭の歌とは別世界の舟歌。人生、もしくは人生の後にあるものの描写といえると思います。

—なるほど、それでこのプログラムは全体にああいう音で、ああいう風に弾かれたわけですね。

そう、考えてのことですよ(笑)。

—ところでピアノ選びは難しかったですか? 1次のスタインウェイ300から、2次では479に変更されましたが。

難しかったのは、セレクションの時はピアノが舞台の後方にあったことです。1次でピアノに触った瞬間、選んだピアノだとは思えないくらい違って聴こえました。素晴らしい楽器だけれど、音がメロウで、もう少し狭い会場に最適な調整なのかもしれない。調律師さんは素晴らしい能力の持ち主なので、そこには問題がないのですけれど。今日演奏したほうは、より音が鳴らしやすくて、音色の違いを生み出しやすかったです。

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1次の大喝采にくらべると2次は客席の反応がおとなしめだったので、これは意図が伝わらないとお客さんも反応できなかったんじゃないかなと思い、ちらっとそんなことをいったら、「そうかもしれないけど、全部きれいな曲だからいいんじゃないですか? 僕は全部好き」と言われてしまいました。
そのとおりですニコライさん。
この感じは18歳の時から何もかわらない。そして通過おめでとうございます。

 

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最終日に演奏した、小林愛実さん。

—前回は椅子トラブルがありましたが、今回は事前に調整したのですか?

いえ、もう今回は低いままでいいかなって。今日もマックスにあげてもまだ低かったんですけど、技術的な曲もないし、もうこのまま弾こうと。

—すごい。1次のほうが緊張していたのかなと思いましたが?

どっちも緊張しました! すごく変な感覚だったんですよね。普段のコンサートは全然緊張しないのに。なんでこわいんだろう。歳とったからかな。

—6年前の、出るときに背中を叩いてもらうのは?

やってもらいました、撮影の方に(笑)。

—幻想ポロネーズの冒頭には引き込まれました。あれでいい雰囲気が作られたように思います。

最初のところはよかったんですけどねー(笑)。最初に後期作品を置いたので、地獄に突き落とされたみたいな始まり方の音楽を、そういう気持ちで弾きました。
「アンダンテスピアナートと華麗なるポロネーズ」は、一番頑張って練習したんだけど…。全部の音を聴いて、速い部分もアレグロだから、そこまでテンポをあげる必要もないと思って、一音ずつ、丁寧に弾くことを考えていました。

—ピアノはスタインウェイの479でしたね。どんなところが気に入りましたか?

コントロールがしやすいと思いました。それと、右手のメロディラインが綺麗に響くピアノだと思います。小さな音でもすごくよく響く。
ステージ上で自分で聞いていると、全然響いていないように、ドライに感じるんですが、ホールでの聴こえ方は違うと気づいたので、それを想像しながら弾きました。他の方の演奏を聴いて、舞台上で弾いている時に聴こえる感じと音の通りが違ったんです。参考になりました。

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2次では、6年という時間の大きさが感じられました。愛実ちゃん、立派になって…(と思って見ていた方は多いはず)。
今回は、前回とレパートリーを総とっかえしているということで、セミファイナルではプレリュードを弾きます。
ちなみに、ピアノを選ぶときは、結局最初にいいなと思ったものを選んだようです。でも、ヤマハを選んで弾く夢を見たっていってました。夢に見るほどだなんて、大変よ!

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最終日に演奏した、イ・ヒョクさん。

—みんなソナタのあとに拍手せずにいられなかったみたいですね。

すごいびっくりしてしまって、ポロネーズの1小節目でミスしちゃった(笑)。集中を失ってしまった!

—あなたのその明るくていつもハッピーそうなキャラクターを思うと、ショパンのような難しい性格の人についてどう感じているのかなと思ってしまうんですけど…。

そうなんですよ、彼を理解するということは今回、僕の大きなミッションでした。でもパンデミックの期間中、たくさんの本を読み、手紙を彼の母語であるポーランド語で読んで、彼をもっと理解しようと心がけました。
ご存知の通り、僕はいつもハッピーな感じの人間だけど(笑)、ショパンは違うから、本当に挑戦だった。今も100パーセント理解できたとは言えないけど。

カワイのピアノは、いかがでした?

とてもあたたかい音がして、広いダイナミクスが表現できて、高音部分はブライトな音が鳴ります。英雄ポロネーズなんかは、序奏のつぎの、タータターンのところをこのピアノの音で演奏するのがとても好きでした。品格のある明るい音が気に入っています。

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こういう明るいタイプの子って、ピアニストには本当に珍しいような気がします。そのうえ、とても賢い(言語の話もそうですが、チェスがすごく強いということでも知られています)。浜松コンクールのとき、共演した指揮者の高関さんが「天才タイプ」といっていましたが、なんか本当に、底の見えない若者です。
ソナタ大好き人間、次のソナタもたのしみです。

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結果的に最後の奏者となった、ブルース・(シャオユー)・リューさん。

—舞曲の作品を楽しそうに弾いていたのでお聞きしてみたいのですが、ショパンの音楽にはハーモニーとかポリフォニーとか歌とかいろんな魅力があると思うけど、リズムの魅力って感じますか?

ダンスのリズムの重要性はショパンに限ったことではないけれど、一番大切なのは、プロコフィエフやストラヴィンスキーみたいなリズムの魅力とはもちろん全くちがって、とにかくどんなときもよい趣味を保ち、エレガントに弾かないといけないということです。

—今回はファツィオリのピアノを選びましたが、どこが気に入りましたか?

コンクールでファツィオリを弾くのは初めてですし、普段から弾く機会はなかったのですが、セレクションで試してみて、すぐに音色が気に入ったので選びました。アクションやタッチに慣れるための時間のないコンクールという場で、弾き慣れていないピアノを選ぶということは、何が起きるかわからないから少しリスキーで攻めた選択だとは思ったんだけど。でもうまく行ったかなと思っています。
ノーブルでチャーミング、響の感じが気に入っています。絶対に嫌な音がしないし、とても明るいキャラクターを感じます。

—少し冒険でも選ぼうと思うくらい、音が魅力だったという。

そう。完全に心地いいものばかりじゃなく、新しいものを受け入れていくということが好きなのかも。そのほうがおもしろいときもあるから。

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心地いいものだけを選ぶのではなく、冒険したほうが、おもしろいことが起きる。
なんだかかっこいいじゃないの…。

彼は2016年仙台コンクールの第4位入賞者。当時19歳。おしゃれなハットをかぶっていたのが印象的だったのでその話をすると、わー、それものすごく昔のことだよねーと言われてしまいました。5年はすごく昔か。まあ。若者にとってはそうでしょうね。
ちなみにあのときはまだブルース表記はなかった記憶。それと、お父さんは画家っていう情報を思い出しました。
シャオユーくん、次のステージでは、ソナタとマズルカに加えて、Op.2の「ドン・ジョヴァンニの《お手をどうぞ》の主題による変奏曲」を弾きます。あのノリで弾いてくれたらたのしそう!

 

セミファイナルも個性豊かな人々が揃っています。まだつかまえたくてもチャンスがない人もたくさん。そのユニークな音楽の背景にある人物像とは、的な感じで、これからもご紹介していきたいと思います。
さて、どこまで長い原稿を書くための気力体力がもつか!

ショパンコンクール1次予選、ピアノとステージ

あっという間に2次予選が始まってしまいました。1次の総括的なものコンテスタントの演奏後の様子はぶらあぼONLINEでご紹介しましたが、こちらではそこで書ききれなかったことを書き連ねたいと思います。

まず1次の結果については、もちろん、あぁ次も聴いてみたかったのにという方もいましたし、逆に個人的に、通ったの!と思った方もいなくはなかった。
でも、過去のファイナリストを中心とした有力候補といわれる人たちは(ポーランド勢含め)残った印象。こんなに目立った番狂わせなしでスタートする展開ってあるのね、と思いました(地元ポーランド勢で、なぜ落ちた!と騒ぎになっている件もなくはないようですが)。

嫌なことをいうようですが、審査に政治的な感覚が働く場合、勝たせたい人の有力なライバル、危ないヤツは、みんなが見る前の早い段階で消しておく、みたいなことがあると言われたりするんですけれど、今回はあまりそういう力は働かなかったということかもしれません。単に、そういう力同士が拮抗しただけかもしれませんし、この後どうなるかもわかりませんが。
(…あぁ私、過去のコンクールのいろんな話を聞きすぎて、えらい疑い深くなってる。でもそれが現実なのです)

また、すでに人気だったり演奏活動をしている日本勢も、多くが残りましたね。仲よさそうにしている子たちがみんなで通って、リアル「蜜蜂と遠雷」みたい、なんてツイートしましたが、実際にはこれって、あの小説に出てくる「優勝者がその後頂点に輝くというジンクスがある、国際的なSコンクール」に舞台を移した、続編、という感じですよねー。

さて、かなり限られた数ではありますが、1次予選期間中にお話を聞くことのできたコンテスタントのコメントです。ピアノ選びについてのお話中心にご紹介します。

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初日に演奏した沢田蒼梧さん。2次に通過しました!

—コンクールに向けて準備するなか、ショパンとの距離感は変わりましたか?

もともと好きな作曲家でよく弾いていましたが、とくに関本昌平先生(2005年の入賞者)に師事してからは、何かしらショパンの曲は勉強していました。ただ、ショパンコンクールをずっと目指していたというわけではないんです。
でも予備予選を通過し、コロナの影響でコンクールが延期になった時、改めてもっと勉強しようと、例えば自筆譜を入手して勉強したりすることで、いろいろな角度からショパンを見られるようになったと思います。

—関本センパイからのアドバイスはありましたか?

とにかく自信を持てといわれました。今自分が100%完璧だと思えなかったとしても、今の段階の自分のショパン像を確信をもって提示してきなさいと。

—沢田さんもよく客席で他のコンテスタントを聴いていらっしゃいますが、関本さんも2005年当時そうだったんですよね…それで、僕は他人の影響は受けないからいくら聴いても大丈夫ですと言ってたのが印象的で。

先生はハートが強いですよね(笑)。僕の場合は、ホールの響きを確認すること、純粋に友達を応援することのために来ている感じです。

—ところで、ステージに出てきて弾くまでにけっこう時間をとりますよね?
そうですか? 確かに、会場が少し落ち着いてから弾き始めようとは思っていますが。ステージに出ると、時間の感覚がわからなくなるんですよね。

—そういうものなんですね…知らないうちに3年経ってたみたいな。
気づいたら石になってるかもしれない。

—ところで今回はカワイのピアノを選びましたね。
もともとシゲルカワイが好きなのと、弾き慣れているからというのが大きな理由です。とくにタッチが好きなんです。鍵盤の感覚で弾いているところが大きいので、その意味で、感覚がすごく掴みやすいです。

—感覚。
はい、鍵盤の深さとか、指先のタッチとか、しっくりくることが多いんです。1台目に弾いたピアノは少し軽く、次がシゲルカワイで、弾きやすいと思いました。そのあと、スタインウェイと最後の最後まで迷ったのですが、最終的には録音していた音を聴いて決めました。

—音の特徴はどう感じていますか?
迷ったスタインウェイは、強音で弾いた時にブリリアントに鳴るピアノで、僕の弾き方だとすこしビンビンしてしまうかもしれないと録音を聴いて思いました。
それに対してカワイは、派手さはないけれどまろやかで深い音がすると感じて。音の芯のまわりにボワッとなにか広がるような。やわらかい雰囲気の音がします。

—今は医学部の5年生ということですが、医学と音楽の共通するところはどこにありますか?
ピアノを弾くことで嬉しいのは、演奏を聴いて癒されたと言ってもらえること。医者の仕事も、暗い顔だった患者さんが帰るときには明るくなっていることもあります。音楽で心を癒すこと、治療で体はもちろん心も治すこと。これが自分の生きる道なのかなと感じています。

—まったく正統的な回答でした…というのは、昔アンデルシェフスキさんにお話をうかがったとき、自分はピアニストじゃなかったら外科医になりたかった、ピアノと同様、人間の中が見えるからって言っていて、うわーとと思ったんですよね。
えー、本当ですか!?
でも人間の中なんて、単なる肉の集合体ですからね。音楽で人間の内面を見るのとは全然違うと思いますよ(笑)。さんざん見てきたので、麻痺してきているのかもしれませんが。

***

肉の集合体…確かに。
会場でお会いすると立ち話をしたりするのですが、ある日ふと、あれ、なんかけっこうサラっと変なこと言う子なんじゃないか?と気づきました。

そして、さすがお医者さんの卵、聞き上手なのよ。
気づいたら私、「湯船につかれないのが辛い」とか悩みを相談していました。今コンクール中で頑張ってる若者に一体何を話して聞かせてるんだ、っていう。
しかし沢田さんはやさしげに、「1泊だけ〇〇ホテル(湯船がある)に泊まったらどうですか?」とか、アドバイスまでくれたという。さすがプロ。

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2日目に演奏した反田恭平さんです。反田さんも2次に通過。

—1次のステージはどうでしたか?
実はストレスがすごくありました。衣装も何種類か用意していたのですが、胸元の開けられるものでないと苦しくなってしまうくらいで。
イタリアで初めて国際コンクールに参加した時は、イタリアン食べたいという呑気な理由で行って優勝してしまいましたが、今回は全く違います。ご飯を食べることで気を紛らわせています。

—ご飯が食べられているならいいですね。
それは大丈夫です。むしろストレスで食べすぎちゃう(笑)。あと、日頃から仲のいい小林とか角野とかがいてくれるので、本当に気が楽です。
メンタルは良好で、頭もクリアなんですが、体が緊張してついてこない感じですね。コンクールの本番でも、1音目を出した瞬間から、ホールや楽器を使いこなすにはどうしたらいいかを頭で整理しはじめました。だけど、背負っているものの重圧から勝手に体が硬くなってしまったみたいです。
でもこれだけ緊張したので、2次からはもう大丈夫だと思います!このあとのほうがプログラムも好みなので。1次で演奏したスケルツォ2番なんて、僕には正直よく理解できない。でも好きな3番や4番は、レパートリーや他の演目との兼ね合いで選べませんでした。
やれるだけはやったので後悔はありません。初めての大舞台でここまでできて、ちょっとだけ満足しています。

—今回は審査員席に師匠のパレチニ先生がいますね。
コンクール前の最後のレッスンは、4年勉強してきてこれが最後になるかもしれない、という状況だったのですが、最後にかけてくれた言葉と熱いハグに涙が出そうになって。その後、あのフィルハーモニーホールでピアノ選定をしていたら、先生のことを思い出してしまって泣きそうになりました。情緒がやばいです(笑)。先生には恩返しをしたいという気持ちがあります。

—そんなこと言われたらパレチニ先生泣いちゃいますね。
先生が入賞してから、半世紀ですもんね。ちなみに、先生がコンクールを受けたときの登録番号も、今回の僕と同じ、64だったんですって!

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すごい偶然。パレチニ先生泣いちゃう(ちなみに、審査員は自分の弟子に投票できません!)。

反田さんは1次でスタインウェイの479を演奏しました。ホールを出るまでに決めて申請しないといけないといわれ、でもなかなか決められず、迷いに迷って、4時間くらいうろうろホールの中にいたそうです。いすぎだろ!!とつっこみたくなるのは私だけでしょうか。
でもまあ、迷う気持ちはわかる。安心して演奏に集中できるか否かの重要な決断ですからね。

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4日目の最後に演奏した、伊藤順一さん。

—ステージに出た時のご気分は?
緊張は階段を上っていったらなくなったのですが、今日は雨が少し降り、客席に人も入って湿気があがり、ピアノの感触も変わっていたことと、あと練習しすぎて右手が思うように動かなかったのとで、ミスが出てしまったなぁと。

—当日にならないとわからないこともありますね…15分でピアノを選ぶのは大変でしたか?
そうでもないですね、最終的に選んだファツィオリと、ヤマハで迷ったのですが。ファツィオリは豊洲のシビックホールにある楽器をよく弾いたことがあって慣れていたのと、先生からも勧められたのとで、選びました。

—ピアノの気に入った点、こういうところが助けてくれたと思うことはありますか?
やっぱりあの芳醇なうるおい、みずみずしい音と響きですね。それがもっと完全に引き出せたらよかったのですが。単純に音だけ聴いていて、ピアノっていいなと感じられるピアノ、うるっとくるようなピアノが好きです。

—真ん中あたりのあたたかめの音と、高音のキラキラを生かして、いい感じに立体的な音楽が聞こえていましたよ。
ありがとうございます。今回のピアノは非常に整っていたので。
僕自身の音楽が、パリッ、キラッとしたものではないので、今回はコンクールという場ですし、自分にないものを補ってくれる、ヤマハ、ファツィオリ、スタインウェイを選んだらバランスが良さそうだなと思いました。自分の性格通りなら、カワイなんですけどね!

—渋めで落ち着いた感じですか?
そういうピアノも大好きなんです。でもコンクールだとそれだけが良くても十分でないので、キラッとかパリッとかいう、自分に足りないものを補いたいと思いました。

***
この、「ピアノに自分にないものを補ってもらう」っていう感覚。いわゆる人間のパートナーについての話を聞いているみたいでおもしろいし、なんかいいなぁと思いました。そして楽器も生き物だから、その時によってご機嫌が変わってしまう。奥が深い。
渋く素敵な演奏、次も聴きたかった…また日本でリサイタルに行こう。

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5日目の朝一番で演奏した、岩井亜咲さん。

—ステージを終えて、いかがでしたか?
もっとピアノを鳴らせたんじゃないかという反省もありますが、自分がやりたいと思ったことは、その枠はもしかしたら小さかったかもしれないけど、なんとか全部できたと思います。課題として自分の中に残るものもたくさんありました。

—今回はスタインウェイで、選んだ人の少ない300のほうを演奏されましたね。
正直、300と479がどちらなのかというのはよくわからなかったのですが、シゲルカワイとスタインウェイで悩んでいました。シゲルカワイもとても好きなピアノだったのですが、いい音を出せる人とそうでもない人がいる気がして。男性でパワーのある人が繊細に演奏するといい音が出るのではないかと思ったのですが、私は打鍵も強くないので、スタインウェイにしました。最終的には、自分の性格に合うかなと感じるほうを、人との付き合い同様、合う合わないの感覚のようなもので選びましたね。

—スタインウェイのどんなところが気に入りましたか?
今回選んだスタインウェイは、小さな音が繊細によく鳴ってくれるところが気に入りました。そういう音が鳴らしにくいピアノもあったので。
きらびやかでキラキラした音が鳴るので、それをいかしながら、繊細なところをどれだけ美しく弾けるかを目指しました。私はfであまり強い音は出せないので、pでどれだけ会場の雰囲気を作ることができるかを考えていましたね。

***
この舞台に立てたこと自体が大きな経験だったと、とても爽やかで前向きな口調で語ってくださいました。実は彼女、私の地元の隣町である埼玉県の三芳町在住で、三芳町の星としてこのポーランドへ!個人的に注目しておりました。三芳町にワルシャワの経験を持ち帰り、さらに素敵なピアニストになってほしい!

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同じく5日目に演奏したニコライ・ホジャイノフさん。
演奏後の一瞬をつかまえて撮った写真で、演奏についてのお話はちゃんと聞けていないのですが。
ショパンコンクールには11年ごしの再チャレンジ。確信に満ちた演奏、明るくて憂いのある魅力はあの頃から変わりませんが、一段と独創性と安定感が増したような気がします。

その演奏、そして客席から上がるブラボーの声を聴きながら、まだ英語もうまく通じなかったホジャイノフ18歳の頃のことを思い出し、感慨深いものがありました。
今や日本語も話すことはファンの皆さんには知られたこと。狭い部屋のことを「方丈」と言ってきて(鴨長明の方丈記が好きみたい)、いまコンテスタントの泊まっている部屋も方丈だ、といっていました。そんな表現する人、日本人でもみたことない。
普段英語で話すのはもちろん、地元ポーランドの媒体のインタビューにはポーランド語で答え、他にもイタリア語、スペイン語、フランス語など、普通にいろいろしゃべっていました。脳みそどうなってるんだろう。少しその機能分けて欲しい。

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同じく5日目、小林愛実さん。
お写真は、演奏よりも前、お友達の演奏を聴きにきたときに撮った写真です。
「緊張する!」「やばい!」とふわっと明るく言うので、うっかり本気ととらえずに聞き流してしまいそうですが、前回のファイナリスト、そしてすでにキャリアのある人気ピアニスト。プレッシャーは半端でないと思います。
本番の舞台では、2015年に続き椅子問題が発生し、英語が通じない会場係のおじさんが椅子を持って右往左往する場面などがありましたが、一度演奏が始まればパリッと集中。堂々とした音楽を聞かせてくれました。
ちなみに終演後、裏のカフェテリアに行ったら反田くんがいて、愛実ちゃんの演奏中、緊張したーーと言っていました。ものすごく硬直した表情から、本当に緊張していたらしいことがわかりました。そう、それはちょうど、よく演奏中のコンテスタントのお母さんが客席で見せる表情そっくり。

…お母さんか!!(お父さんですらない)

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そして、最終日の最後に演奏することになった、中国のチャオ・ワンさんです。
アルファベット順でWであればもう少し前の日程ですが、中国で演奏活動があったため、最終日にまわったそうです。

—最後に演奏するというのは、いかがでしたか?
とてもエキサイティングでした!でも数日前に中国からこちらに着いたばかりなので、体がまだ時差で疲れていますね。

—第一回高松コンクールで3位に入賞されてるんですよね。大きくなっていて、プロフィールをよく見るまで気づきませんでしたよ。
そう、あの頃は16歳でした。もう歳をとったからね(笑)。高松コンクールでの入賞は、僕のピアニストとしてのキャリアの始まりでした。そのときヤマハのピアノを選んで弾いたんです。コンクールへの挑戦は今回が最後になると思いますが、またヤマハを選びました。

—コンクールの始まりと終わりをヤマハで!
そういうことです。普段の練習でもCF3をつかっています。去年は新しいピアノを選びに掛川に行く予定でしたが、コロナの影響で叶いませんでした。今回は実際に触れてピアノを選ぶことができない中だったので、慣れているヤマハを選びました。今この舞台が初めてこのピアノに触れた瞬間です。

—それは普通のコンサートではありえない状況ですね。弾いてみて、楽器はいかがでしたか?
さまざまな異なる音を作り出すことができました。自分が出したいと思う音を自在に作れて、とても良かったです!

—曲順がちょっとおもしろかったですよね、最後にエチュードのOp.10-1を演奏するって!
はは(笑)。そう、あのショパンコンクールのスポット映像あるじゃないですか。あれはとても感動的でしたけれど、この曲がコンセプトでしたよね。それを見て、この曲で1次を終えるのはいいのではないかと思ったんです。

—あれを見て演奏する曲順を変えたってこと?
そう(笑)。もちろんほかに、バラード1番を最後に弾くのは合わないような気がしたという理由もあるのですが。

***
コンクール人生の始まり終わりとヤマハの話といい、エチュードOp.10-1の話といい、階段と廊下を移動しながら慌ただしく聞いた話だったのに、なんというネタの宝庫なんだ、ワンさん。
高松がキャリアのはじまりだというのもいい。応援したい。また日本にリサイタルに来て欲しいですね。

…と、それぞれのピアノの選び方、ステージに立った心境など、ご紹介してまいりました。
雑談や余談中心ではありますが、全てのコンテスタントが色々な想いを抱えて舞台に立っていることがわかります。そして、性格って演奏に出るよね。

 

ショパンコンクールがはじまった…

はじまってしまいました、第18回ショパン国際ピアノコンクール。
6年ぶりに、ワルシャワに取材に来ております。

今回、最新の現地レポートはぶらあぼONLINEに書きます。
そして、ここまでショパンコンクールに向けての記事を連載してきたONTOMO webには、少し別の角度からコンクールの魅力を紹介する記事を寄稿する予定です。
そしてこれらに書ききれないようなピアノ好きのみなさんのための情報は、こちら、「ピアノの惑星」に書いていこうと思います。

他にも帰国後に紙媒体ほかでいくつか情報発信する予定がありますので、また順次お知らせいたします!

さて、ショパンコンクールは、10月2日、オープニング・ガラコンサートで開幕しました。
そして本日から、コンクール1次予選。モーニングセッションは午前10時から、15時から2時間休憩で、17時から22時ごろまでイブニングセッション。「10時間演奏聴いてることになる」と誰かが言っているのを聞いて、知りたくなかった…と思ってしまいましたね。
ちなみにわたくしごとで恐縮ですが、朝食を食べて出てきて、途中30分弱の休憩があって15時までですから、昼の部の終盤は、お腹がすいて演奏聴くどころではない、ということに初日に気がつきました。
どうしてこういうスケジュール?と思いますが、ポーランドでは、朝食べて出て、昼前にちょっと軽くなにかつまんで、15時ごろに「ディナー」といってがっつりご飯を食べるらしいので、ポーランドの人たち的には、ノーストレスなのかもしれません。

気になる初日のお客さんの入りですが、昼は大体5割くらい、夜で7割くらいでしょうか。日曜日だったというのに、思ったより少なかった印象です。

また、審査員の変更があったのはぶらあぼの記事に書いた通りですが、今日はさりげなく、サ・チェンさんの姿が見られませんでした。つまりは、審査員は当初の予定からマイナス二人の人数でスタートしたということになりますね? …まあ、そんなもんなんでしょうか。
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(審査員のみなさま。ハラシェヴィチさんがなにかっていうとマスクはずしたそうにしているのが印象的でした)

それから今回は、バックステージへのアクセスが厳しく管理されているので、これまでのように、終演後に裏に走っていってコンテスタントとお話をするということが基本的にできません(事前に申請して通った特別なパスを持った人たち、しかもPCR検査済みの人たちしか入れてもらえない)。
そんなわけで、いつものような取材はしにくいところだったりするのですが、まあなんとかうまいこと、ゆるやかにホットな情報をお届けしたいと思います。どうぞお楽しみに。

最後にちょっと、どうでもいい余談を。
私のコンクール取材の旅の必需品をご紹介したいと思います。

まずは、耳栓。
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飛行機の中はもちろん、宿の場所によっては騒音が気になる時、ホテルの廊下でお掃除レディが早朝から大声でわーわーする時なんかに使えます。難点は、目覚ましのアラームが聞こえにくいこと。
ちなみに今回、アパートの上の階で老夫婦が真夜中に壮絶なバトルを繰り広げており、思いがけず役にたってしまいました。まあ、なくても疲れ果てて寝ちゃいますが。

づづいて、ノート。
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コンクール取材中はいっぱいメモをとるので、そしてなんとなくたびの記憶になるので、現地調達することが多いです。今回は何を血迷ったか、スーパーで見かけたハリネズミ柄をチョイスしてしまいました。アウチ!アウチ!って書いてある。

そして、日本から必ず持参する、胃薬。
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コンテスタントの緊張感にずっと触れて、一緒に心配したりハラハラしていたりすると、ごくまれに、気が小さいもんで、こっちが胃をやられることがありまして。これは、食べ過ぎとか飲み過ぎとかじゃなくそういうストレスの何かから胃を守る薬ということで、長らく旅の常備薬としています。
最近は図太くなってきたので、それほど胃が痛くなることもなくなりましたが。

と、完全にどうでもいい話になりましたが、今回もどんな演奏に出会えるのか、たのしみですね!