あっという間に2次予選が始まってしまいました。1次の総括的なもの、コンテスタントの演奏後の様子はぶらあぼONLINEでご紹介しましたが、こちらではそこで書ききれなかったことを書き連ねたいと思います。
まず1次の結果については、もちろん、あぁ次も聴いてみたかったのにという方もいましたし、逆に個人的に、通ったの!と思った方もいなくはなかった。
でも、過去のファイナリストを中心とした有力候補といわれる人たちは(ポーランド勢含め)残った印象。こんなに目立った番狂わせなしでスタートする展開ってあるのね、と思いました(地元ポーランド勢で、なぜ落ちた!と騒ぎになっている件もなくはないようですが)。
嫌なことをいうようですが、審査に政治的な感覚が働く場合、勝たせたい人の有力なライバル、危ないヤツは、みんなが見る前の早い段階で消しておく、みたいなことがあると言われたりするんですけれど、今回はあまりそういう力は働かなかったということかもしれません。単に、そういう力同士が拮抗しただけかもしれませんし、この後どうなるかもわかりませんが。
(…あぁ私、過去のコンクールのいろんな話を聞きすぎて、えらい疑い深くなってる。でもそれが現実なのです)
また、すでに人気だったり演奏活動をしている日本勢も、多くが残りましたね。仲よさそうにしている子たちがみんなで通って、リアル「蜜蜂と遠雷」みたい、なんてツイートしましたが、実際にはこれって、あの小説に出てくる「優勝者がその後頂点に輝くというジンクスがある、国際的なSコンクール」に舞台を移した、続編、という感じですよねー。
さて、かなり限られた数ではありますが、1次予選期間中にお話を聞くことのできたコンテスタントのコメントです。ピアノ選びについてのお話中心にご紹介します。
—コンクールに向けて準備するなか、ショパンとの距離感は変わりましたか?
もともと好きな作曲家でよく弾いていましたが、とくに関本昌平先生(2005年の入賞者)に師事してからは、何かしらショパンの曲は勉強していました。ただ、ショパンコンクールをずっと目指していたというわけではないんです。
でも予備予選を通過し、コロナの影響でコンクールが延期になった時、改めてもっと勉強しようと、例えば自筆譜を入手して勉強したりすることで、いろいろな角度からショパンを見られるようになったと思います。
—関本センパイからのアドバイスはありましたか?
とにかく自信を持てといわれました。今自分が100%完璧だと思えなかったとしても、今の段階の自分のショパン像を確信をもって提示してきなさいと。
—沢田さんもよく客席で他のコンテスタントを聴いていらっしゃいますが、関本さんも2005年当時そうだったんですよね…それで、僕は他人の影響は受けないからいくら聴いても大丈夫ですと言ってたのが印象的で。
先生はハートが強いですよね(笑)。僕の場合は、ホールの響きを確認すること、純粋に友達を応援することのために来ている感じです。
—ところで、ステージに出てきて弾くまでにけっこう時間をとりますよね?
そうですか? 確かに、会場が少し落ち着いてから弾き始めようとは思っていますが。ステージに出ると、時間の感覚がわからなくなるんですよね。
—そういうものなんですね…知らないうちに3年経ってたみたいな。
気づいたら石になってるかもしれない。
—ところで今回はカワイのピアノを選びましたね。
もともとシゲルカワイが好きなのと、弾き慣れているからというのが大きな理由です。とくにタッチが好きなんです。鍵盤の感覚で弾いているところが大きいので、その意味で、感覚がすごく掴みやすいです。
—感覚。
はい、鍵盤の深さとか、指先のタッチとか、しっくりくることが多いんです。1台目に弾いたピアノは少し軽く、次がシゲルカワイで、弾きやすいと思いました。そのあと、スタインウェイと最後の最後まで迷ったのですが、最終的には録音していた音を聴いて決めました。
—音の特徴はどう感じていますか?
迷ったスタインウェイは、強音で弾いた時にブリリアントに鳴るピアノで、僕の弾き方だとすこしビンビンしてしまうかもしれないと録音を聴いて思いました。
それに対してカワイは、派手さはないけれどまろやかで深い音がすると感じて。音の芯のまわりにボワッとなにか広がるような。やわらかい雰囲気の音がします。
—今は医学部の5年生ということですが、医学と音楽の共通するところはどこにありますか?
ピアノを弾くことで嬉しいのは、演奏を聴いて癒されたと言ってもらえること。医者の仕事も、暗い顔だった患者さんが帰るときには明るくなっていることもあります。音楽で心を癒すこと、治療で体はもちろん心も治すこと。これが自分の生きる道なのかなと感じています。
—まったく正統的な回答でした…というのは、昔アンデルシェフスキさんにお話をうかがったとき、自分はピアニストじゃなかったら外科医になりたかった、ピアノと同様、人間の中が見えるからって言っていて、うわーとと思ったんですよね。
えー、本当ですか!?
でも人間の中なんて、単なる肉の集合体ですからね。音楽で人間の内面を見るのとは全然違うと思いますよ(笑)。さんざん見てきたので、麻痺してきているのかもしれませんが。
***
肉の集合体…確かに。
会場でお会いすると立ち話をしたりするのですが、ある日ふと、あれ、なんかけっこうサラっと変なこと言う子なんじゃないか?と気づきました。
そして、さすがお医者さんの卵、聞き上手なのよ。
気づいたら私、「湯船につかれないのが辛い」とか悩みを相談していました。今コンクール中で頑張ってる若者に一体何を話して聞かせてるんだ、っていう。
しかし沢田さんはやさしげに、「1泊だけ〇〇ホテル(湯船がある)に泊まったらどうですか?」とか、アドバイスまでくれたという。さすがプロ。
—1次のステージはどうでしたか?
実はストレスがすごくありました。衣装も何種類か用意していたのですが、胸元の開けられるものでないと苦しくなってしまうくらいで。
イタリアで初めて国際コンクールに参加した時は、イタリアン食べたいという呑気な理由で行って優勝してしまいましたが、今回は全く違います。ご飯を食べることで気を紛らわせています。
—ご飯が食べられているならいいですね。
それは大丈夫です。むしろストレスで食べすぎちゃう(笑)。あと、日頃から仲のいい小林とか角野とかがいてくれるので、本当に気が楽です。
メンタルは良好で、頭もクリアなんですが、体が緊張してついてこない感じですね。コンクールの本番でも、1音目を出した瞬間から、ホールや楽器を使いこなすにはどうしたらいいかを頭で整理しはじめました。だけど、背負っているものの重圧から勝手に体が硬くなってしまったみたいです。
でもこれだけ緊張したので、2次からはもう大丈夫だと思います!このあとのほうがプログラムも好みなので。1次で演奏したスケルツォ2番なんて、僕には正直よく理解できない。でも好きな3番や4番は、レパートリーや他の演目との兼ね合いで選べませんでした。
やれるだけはやったので後悔はありません。初めての大舞台でここまでできて、ちょっとだけ満足しています。
—今回は審査員席に師匠のパレチニ先生がいますね。
コンクール前の最後のレッスンは、4年勉強してきてこれが最後になるかもしれない、という状況だったのですが、最後にかけてくれた言葉と熱いハグに涙が出そうになって。その後、あのフィルハーモニーホールでピアノ選定をしていたら、先生のことを思い出してしまって泣きそうになりました。情緒がやばいです(笑)。先生には恩返しをしたいという気持ちがあります。
—そんなこと言われたらパレチニ先生泣いちゃいますね。
先生が入賞してから、半世紀ですもんね。ちなみに、先生がコンクールを受けたときの登録番号も、今回の僕と同じ、64だったんですって!
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すごい偶然。パレチニ先生泣いちゃう(ちなみに、審査員は自分の弟子に投票できません!)。
反田さんは1次でスタインウェイの479を演奏しました。ホールを出るまでに決めて申請しないといけないといわれ、でもなかなか決められず、迷いに迷って、4時間くらいうろうろホールの中にいたそうです。いすぎだろ!!とつっこみたくなるのは私だけでしょうか。
でもまあ、迷う気持ちはわかる。安心して演奏に集中できるか否かの重要な決断ですからね。
—ステージに出た時のご気分は?
緊張は階段を上っていったらなくなったのですが、今日は雨が少し降り、客席に人も入って湿気があがり、ピアノの感触も変わっていたことと、あと練習しすぎて右手が思うように動かなかったのとで、ミスが出てしまったなぁと。
—当日にならないとわからないこともありますね…15分でピアノを選ぶのは大変でしたか?
そうでもないですね、最終的に選んだファツィオリと、ヤマハで迷ったのですが。ファツィオリは豊洲のシビックホールにある楽器をよく弾いたことがあって慣れていたのと、先生からも勧められたのとで、選びました。
—ピアノの気に入った点、こういうところが助けてくれたと思うことはありますか?
やっぱりあの芳醇なうるおい、みずみずしい音と響きですね。それがもっと完全に引き出せたらよかったのですが。単純に音だけ聴いていて、ピアノっていいなと感じられるピアノ、うるっとくるようなピアノが好きです。
—真ん中あたりのあたたかめの音と、高音のキラキラを生かして、いい感じに立体的な音楽が聞こえていましたよ。
ありがとうございます。今回のピアノは非常に整っていたので。
僕自身の音楽が、パリッ、キラッとしたものではないので、今回はコンクールという場ですし、自分にないものを補ってくれる、ヤマハ、ファツィオリ、スタインウェイを選んだらバランスが良さそうだなと思いました。自分の性格通りなら、カワイなんですけどね!
—渋めで落ち着いた感じですか?
そういうピアノも大好きなんです。でもコンクールだとそれだけが良くても十分でないので、キラッとかパリッとかいう、自分に足りないものを補いたいと思いました。
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この、「ピアノに自分にないものを補ってもらう」っていう感覚。いわゆる人間のパートナーについての話を聞いているみたいでおもしろいし、なんかいいなぁと思いました。そして楽器も生き物だから、その時によってご機嫌が変わってしまう。奥が深い。
渋く素敵な演奏、次も聴きたかった…また日本でリサイタルに行こう。
—ステージを終えて、いかがでしたか?
もっとピアノを鳴らせたんじゃないかという反省もありますが、自分がやりたいと思ったことは、その枠はもしかしたら小さかったかもしれないけど、なんとか全部できたと思います。課題として自分の中に残るものもたくさんありました。
—今回はスタインウェイで、選んだ人の少ない300のほうを演奏されましたね。
正直、300と479がどちらなのかというのはよくわからなかったのですが、シゲルカワイとスタインウェイで悩んでいました。シゲルカワイもとても好きなピアノだったのですが、いい音を出せる人とそうでもない人がいる気がして。男性でパワーのある人が繊細に演奏するといい音が出るのではないかと思ったのですが、私は打鍵も強くないので、スタインウェイにしました。最終的には、自分の性格に合うかなと感じるほうを、人との付き合い同様、合う合わないの感覚のようなもので選びましたね。
—スタインウェイのどんなところが気に入りましたか?
今回選んだスタインウェイは、小さな音が繊細によく鳴ってくれるところが気に入りました。そういう音が鳴らしにくいピアノもあったので。
きらびやかでキラキラした音が鳴るので、それをいかしながら、繊細なところをどれだけ美しく弾けるかを目指しました。私はfであまり強い音は出せないので、pでどれだけ会場の雰囲気を作ることができるかを考えていましたね。
***
この舞台に立てたこと自体が大きな経験だったと、とても爽やかで前向きな口調で語ってくださいました。実は彼女、私の地元の隣町である埼玉県の三芳町在住で、三芳町の星としてこのポーランドへ!個人的に注目しておりました。三芳町にワルシャワの経験を持ち帰り、さらに素敵なピアニストになってほしい!
同じく5日目に演奏したニコライ・ホジャイノフさん。
演奏後の一瞬をつかまえて撮った写真で、演奏についてのお話はちゃんと聞けていないのですが。
ショパンコンクールには11年ごしの再チャレンジ。確信に満ちた演奏、明るくて憂いのある魅力はあの頃から変わりませんが、一段と独創性と安定感が増したような気がします。
その演奏、そして客席から上がるブラボーの声を聴きながら、まだ英語もうまく通じなかったホジャイノフ18歳の頃のことを思い出し、感慨深いものがありました。
今や日本語も話すことはファンの皆さんには知られたこと。狭い部屋のことを「方丈」と言ってきて(鴨長明の方丈記が好きみたい)、いまコンテスタントの泊まっている部屋も方丈だ、といっていました。そんな表現する人、日本人でもみたことない。
普段英語で話すのはもちろん、地元ポーランドの媒体のインタビューにはポーランド語で答え、他にもイタリア語、スペイン語、フランス語など、普通にいろいろしゃべっていました。脳みそどうなってるんだろう。少しその機能分けて欲しい。
同じく5日目、小林愛実さん。
お写真は、演奏よりも前、お友達の演奏を聴きにきたときに撮った写真です。
「緊張する!」「やばい!」とふわっと明るく言うので、うっかり本気ととらえずに聞き流してしまいそうですが、前回のファイナリスト、そしてすでにキャリアのある人気ピアニスト。プレッシャーは半端でないと思います。
本番の舞台では、2015年に続き椅子問題が発生し、英語が通じない会場係のおじさんが椅子を持って右往左往する場面などがありましたが、一度演奏が始まればパリッと集中。堂々とした音楽を聞かせてくれました。
ちなみに終演後、裏のカフェテリアに行ったら反田くんがいて、愛実ちゃんの演奏中、緊張したーーと言っていました。ものすごく硬直した表情から、本当に緊張していたらしいことがわかりました。そう、それはちょうど、よく演奏中のコンテスタントのお母さんが客席で見せる表情そっくり。
…お母さんか!!(お父さんですらない)
そして、最終日の最後に演奏することになった、中国のチャオ・ワンさんです。
アルファベット順でWであればもう少し前の日程ですが、中国で演奏活動があったため、最終日にまわったそうです。
—最後に演奏するというのは、いかがでしたか?
とてもエキサイティングでした!でも数日前に中国からこちらに着いたばかりなので、体がまだ時差で疲れていますね。
—第一回高松コンクールで3位に入賞されてるんですよね。大きくなっていて、プロフィールをよく見るまで気づきませんでしたよ。
そう、あの頃は16歳でした。もう歳をとったからね(笑)。高松コンクールでの入賞は、僕のピアニストとしてのキャリアの始まりでした。そのときヤマハのピアノを選んで弾いたんです。コンクールへの挑戦は今回が最後になると思いますが、またヤマハを選びました。
—コンクールの始まりと終わりをヤマハで!
そういうことです。普段の練習でもCF3をつかっています。去年は新しいピアノを選びに掛川に行く予定でしたが、コロナの影響で叶いませんでした。今回は実際に触れてピアノを選ぶことができない中だったので、慣れているヤマハを選びました。今この舞台が初めてこのピアノに触れた瞬間です。
—それは普通のコンサートではありえない状況ですね。弾いてみて、楽器はいかがでしたか?
さまざまな異なる音を作り出すことができました。自分が出したいと思う音を自在に作れて、とても良かったです!
—曲順がちょっとおもしろかったですよね、最後にエチュードのOp.10-1を演奏するって!
はは(笑)。そう、あのショパンコンクールのスポット映像あるじゃないですか。あれはとても感動的でしたけれど、この曲がコンセプトでしたよね。それを見て、この曲で1次を終えるのはいいのではないかと思ったんです。
—あれを見て演奏する曲順を変えたってこと?
そう(笑)。もちろんほかに、バラード1番を最後に弾くのは合わないような気がしたという理由もあるのですが。
***
コンクール人生の始まり終わりとヤマハの話といい、エチュードOp.10-1の話といい、階段と廊下を移動しながら慌ただしく聞いた話だったのに、なんというネタの宝庫なんだ、ワンさん。
高松がキャリアのはじまりだというのもいい。応援したい。また日本にリサイタルに来て欲しいですね。
…と、それぞれのピアノの選び方、ステージに立った心境など、ご紹介してまいりました。
雑談や余談中心ではありますが、全てのコンテスタントが色々な想いを抱えて舞台に立っていることがわかります。そして、性格って演奏に出るよね。