ショパンコンクール2次予選、ピアノのこと、選曲のこと

2次予選が終わりました。
振り返りレポートは、こちらのぶらあぼONLINEに。

セミファイナリスト、個性的な顔ぶれが多いですね。それもなんとなく、やはり個性派ぞろいだった2010年の時とは、また少し違った感じで。
何が違うのか、うまく説明できないんですが、なんか2010年の個性派たちは、やったるぜ感(?)と、妙な自信満々ぶりが全員すごかった。今回はもうちょっと全体的に飄々とした雰囲気があるというか、ナチュラルにがんばって、ここまでたどり着いたという感じの人が多いような。
もちろん個々に相当な努力をしているのは確かで、ステージにかける思いもプレッシャーも、それぞれに大きいと思います。
たった11年でも時代が変わったということでしょうね! すでに変わり始めていたとはいえ、まだあの頃は、コンクールの一発にかける感が切迫していた。今はコンクールの意味合いも変わり、さらに活動の方法も一層いろいろ増えたということでありましょう。そのほうがいいのかもしれない。人々が求める音楽も、変わってきているのかもしれない。

そして結果については、もういろいろなところでいろいろな意見が出ていると思うのですが、ぶらあぼの記事の中に書いたことが、今の時点で私が思うことであります。

さて、今回も恒例、お時間のある方向け、2次予選期間中にお話を聞くことのできたコンテスタントのコメントです。選曲、ピアノ選びについてのお話中心にご紹介します。

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初日に演奏した、ゲオルギス・オソキンスさん(ラトヴィア)。前回もかなり個性的な演奏で注目を集めていたファイナリスト、再挑戦です。

—ワルシャワフィルハーモニーホールのステージに戻って、どんな気分でしたか?

このホールの雰囲気が個人的にとても好きで、それが演奏のインスピレーションになりました。1次は音響を確認しながらの演奏ですから緊張しましたが、今日の方がよりリラックスして、自由になることができました。

—曲目、リサイタルみたいでしたね。調性もすごく気にされているようでしたし。

それを感じてもらえたなら嬉しいです。ショパンはとても調性を気にした作曲家でしたから、それを考慮して組んだプログラムです。コンクールだからといって、それに合わせてプログラムを組むなんて僕にはできない。演奏は、いつだってアートでなくてはいけません。

—今回はヤマハのピアノを選びましたね。

5台ですから、選ぶのに2時間くらいほしかったけど。でもこの特別なコンクールという環境で、最初のタッチで感じたものから選びました。それから音のはり、品のある音も気に入っています。素晴らしいピアノです。ただ今日は湿度が低かったので、少し苦労したところがありました。

—あなたの演奏には、聴く人を覚醒させるようなところがありますよね。

グレン・グールドの言葉で、伝統的なやり方に従って全く同じように演奏する理由がどこにあるのか、私たちは常に発見しなくてはいけない、というものがあります。作品の構成の中に新たな発見をすること。それによってしか生きた音楽は生まれないと思います。音楽は、その場で生まれる魔法のようなものでないといけないのです。

—ときどき、ショパンすらそういう音楽が生まれると気づいていないんじゃないかという音を聴かせてくれていましたもんね。

ショパンの時代とはピアノが違いますからね。彼は今のピアノを聴いたらどれだけショックをうけることか。それに、モダンなアプローチを嫌う可能性もなくはない。でも、僕はオーセンティックという言葉が好きじゃないんです。200年前のように演奏するということは、研究者のすることであって、アーティストのすることではないんじゃないかと。現代の環境の音楽を見つけないといけません。

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相変わらずというか、なんとなくパワーアップしていましたね。
腕につけた紐も、おしゃれデザインのシャツも、6年前と同じ!と思い、あーそのシャツ、といったら、「胸元の開きかたは前のより狭い!」とすごく主張してきました。誰も開けすぎだなんて指摘してないのに。
ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、彼はゲオルク・フリードリヒ・シェンク先生門下。そう、2010年の入賞者で個性的な演奏が持ち味のボジャノフさんの弟弟子です。低い椅子もあの門下ならではでありました。
個性的なので評価が分かれるのもわかるのですが、ちょっと次も聴いてみたかった…また日本に来てね。

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3日目に演奏した、カイ・ミン・チェンさん(台湾)。

—とてもエレガントな音を鳴らされますね。

他の作曲家の作品を弾く上で美しい音を鳴らすには、普通に弾けばいいんですけれど、ショパンの場合はそこにエレガンスが必要なので、特別なタッチが求められます。ペダルもやさしくつかいながら、指先で、クリアで正確に鍵盤に触れなくてはいけません。

—プログラミングも、3つのエチュードが入るなど少し変わっていました。

師匠であるダン・タイ・ソン先生が提案してくれたことです。他の人が弾かないユニークな作品をいれることで、印象を残せるのではないかといわれて。僕も演奏を楽しみました。

—ピアノはスタインウェイ300を選びましたが、どこが気に入りましたか?

まずはコントロールです。どんなにピアノの音が美しくても、自分がうまくコントロールができなければ仕方ないので、コントロールのしやすさを重視して選んでいます。
音質についても、あたたかく、僕自身がブライトな音は楽に出せるほうなので、ショパンを弾くにはこちらのほうがいいと思いました。479のほうで弾いたら、明るい音がしすぎてしまうと思って。

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某所から手の大きさを聞けとの指令があり、そんな話になったところ、ご本人、手は小さい!とのこと。でも、指すごい長い感じですよね?
手が大きいというのは掌が大きいという意味だと思っているのか、なんだか話がかみあわなかったのですが、とにかくご本人は、手は開かないし小さい!と主張していました。なんかみんないろいろ主張してくる。
そしてプログラミング、ソン先生ナイスアイデア! フレッシュな選曲が生きてましたね。ちなみにソン先生につくようになったのはこの2年で、それまでは台湾国内で勉強していたそうです。

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そして、アレクサンダー・ガジェヴさん(イタリア/スロベニア)。

—今日もガジェヴさんならではの、よく計画されているけどその場で生まれてる感すごい演奏を聞くのがとても楽しかったです。今日のステージでのインスピレーションは、何でした?

たっぷりの水ですね。とくにはじめのところ。

—水?

はい、ウォータリーな音を聴こうとしていました。それから、土、地面。
ダンスの瞬間には、ライトが輝く舞踏会、そこから伝説のバラードにむかいました。いろいろなエレメントをつないでいきました。

—今回はシゲルカワイを選びましたね。どんなところが気に入っていますか?

音はどうだった? 中で聴いてたの?? 大きな音、良く聴こえてた?

—とても豊かによく聴こえていましたよ!

そう、よかった。僕は、カワイのあの空間に溶けるような音が出せる能力がとても気に入っているんです。今回のピアノも、夢のようなクオリティですね。

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9月に日本に来てくれたばかりです。あの、計算づくと無計画のはざま、みたいな演奏(褒めてます!)がおもしろいんですよね。ショパンコンクールのステージでもそれは健在。
そして、マジで時間がない中でピアノについてのコメント聞いてるのに、聞き返してくるのやめてほしい(笑)。私の話はいいから!でも、気になるんでしょうね。
我らが浜コン優勝者。なんか、がんばってほしい。

 

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2010年ファイナリスト、ニコライ・ホジャイノフさんです。
遺作のフーガを入れ、絶筆のマズルカを繊細の極みみたいな音で奏でるという、かなり攻めたプログラミングでした。

—今日は、繊細な音で私たちを泣かせようとしましたね。

それはごめんなさいね(笑)。

—「英雄ポロネーズ」もとてもジェントルな音で始めましたけれど。

そう、お気づきだったと思いますが、それは僕がショパンの自筆譜を勉強していくなかで、ショパンがフォルテや大きな音を最初に書くことはなかったということを改めて知ったからでした。その意志には敬意が払われるべきだと思い、ああいう表現をしたのです。
それと、この曲を最初に置いたのは、ポロネーズというものがもともと舞踏会で最初に踊られるものだから。もちろんコンサートは舞踏会ではないからいつ弾いても自由ですが、僕は最後に弾くことはなんとなくしっくりこなくって。

—他のプログラムもユニークでしたね。

選曲に自由があったので、とても好きな曲から選びました。
まずバラードは第2番。マズルカはOp.41-1。どちらもマヨルカのヴァルデモッサで書かれたものです。彼は大好きな地にいながら、とても苦しんでいた。フーガはマヨルカから戻ってすぐに書かれたものですが、彼はマヨルカに大好きなJ.S.バッハのプレリュードとフーガを持っていき、いつも弾いていました。ショパンは常にポリフォニーの実験をし、作品にポリフォニックな要素やポリメロディックをたくさん取り入れていましたね。
それから最後の作品といわれるOp.68-4のマズルカ。以前、これが書かれたのではないかと思われるパリのショパン最後のアパートだった場所で演奏したことがありますが、特別な経験でした。ワルシャワで自筆譜を見ましたが、それはもう見ていて心が苦しくなるような筆跡で。偉大な作曲家が、歩くことはもちろんピアノにも触れられない状態で書いた作品です。
舟歌も晩年の苦しみと痛みに満ちた曲です。彼はヴェネツィアに行ったことはありませんから、船頭の歌とは別世界の舟歌。人生、もしくは人生の後にあるものの描写といえると思います。

—なるほど、それでこのプログラムは全体にああいう音で、ああいう風に弾かれたわけですね。

そう、考えてのことですよ(笑)。

—ところでピアノ選びは難しかったですか? 1次のスタインウェイ300から、2次では479に変更されましたが。

難しかったのは、セレクションの時はピアノが舞台の後方にあったことです。1次でピアノに触った瞬間、選んだピアノだとは思えないくらい違って聴こえました。素晴らしい楽器だけれど、音がメロウで、もう少し狭い会場に最適な調整なのかもしれない。調律師さんは素晴らしい能力の持ち主なので、そこには問題がないのですけれど。今日演奏したほうは、より音が鳴らしやすくて、音色の違いを生み出しやすかったです。

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1次の大喝采にくらべると2次は客席の反応がおとなしめだったので、これは意図が伝わらないとお客さんも反応できなかったんじゃないかなと思い、ちらっとそんなことをいったら、「そうかもしれないけど、全部きれいな曲だからいいんじゃないですか? 僕は全部好き」と言われてしまいました。
そのとおりですニコライさん。
この感じは18歳の時から何もかわらない。そして通過おめでとうございます。

 

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最終日に演奏した、小林愛実さん。

—前回は椅子トラブルがありましたが、今回は事前に調整したのですか?

いえ、もう今回は低いままでいいかなって。今日もマックスにあげてもまだ低かったんですけど、技術的な曲もないし、もうこのまま弾こうと。

—すごい。1次のほうが緊張していたのかなと思いましたが?

どっちも緊張しました! すごく変な感覚だったんですよね。普段のコンサートは全然緊張しないのに。なんでこわいんだろう。歳とったからかな。

—6年前の、出るときに背中を叩いてもらうのは?

やってもらいました、撮影の方に(笑)。

—幻想ポロネーズの冒頭には引き込まれました。あれでいい雰囲気が作られたように思います。

最初のところはよかったんですけどねー(笑)。最初に後期作品を置いたので、地獄に突き落とされたみたいな始まり方の音楽を、そういう気持ちで弾きました。
「アンダンテスピアナートと華麗なるポロネーズ」は、一番頑張って練習したんだけど…。全部の音を聴いて、速い部分もアレグロだから、そこまでテンポをあげる必要もないと思って、一音ずつ、丁寧に弾くことを考えていました。

—ピアノはスタインウェイの479でしたね。どんなところが気に入りましたか?

コントロールがしやすいと思いました。それと、右手のメロディラインが綺麗に響くピアノだと思います。小さな音でもすごくよく響く。
ステージ上で自分で聞いていると、全然響いていないように、ドライに感じるんですが、ホールでの聴こえ方は違うと気づいたので、それを想像しながら弾きました。他の方の演奏を聴いて、舞台上で弾いている時に聴こえる感じと音の通りが違ったんです。参考になりました。

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2次では、6年という時間の大きさが感じられました。愛実ちゃん、立派になって…(と思って見ていた方は多いはず)。
今回は、前回とレパートリーを総とっかえしているということで、セミファイナルではプレリュードを弾きます。
ちなみに、ピアノを選ぶときは、結局最初にいいなと思ったものを選んだようです。でも、ヤマハを選んで弾く夢を見たっていってました。夢に見るほどだなんて、大変よ!

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最終日に演奏した、イ・ヒョクさん。

—みんなソナタのあとに拍手せずにいられなかったみたいですね。

すごいびっくりしてしまって、ポロネーズの1小節目でミスしちゃった(笑)。集中を失ってしまった!

—あなたのその明るくていつもハッピーそうなキャラクターを思うと、ショパンのような難しい性格の人についてどう感じているのかなと思ってしまうんですけど…。

そうなんですよ、彼を理解するということは今回、僕の大きなミッションでした。でもパンデミックの期間中、たくさんの本を読み、手紙を彼の母語であるポーランド語で読んで、彼をもっと理解しようと心がけました。
ご存知の通り、僕はいつもハッピーな感じの人間だけど(笑)、ショパンは違うから、本当に挑戦だった。今も100パーセント理解できたとは言えないけど。

カワイのピアノは、いかがでした?

とてもあたたかい音がして、広いダイナミクスが表現できて、高音部分はブライトな音が鳴ります。英雄ポロネーズなんかは、序奏のつぎの、タータターンのところをこのピアノの音で演奏するのがとても好きでした。品格のある明るい音が気に入っています。

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こういう明るいタイプの子って、ピアニストには本当に珍しいような気がします。そのうえ、とても賢い(言語の話もそうですが、チェスがすごく強いということでも知られています)。浜松コンクールのとき、共演した指揮者の高関さんが「天才タイプ」といっていましたが、なんか本当に、底の見えない若者です。
ソナタ大好き人間、次のソナタもたのしみです。

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結果的に最後の奏者となった、ブルース・(シャオユー)・リューさん。

—舞曲の作品を楽しそうに弾いていたのでお聞きしてみたいのですが、ショパンの音楽にはハーモニーとかポリフォニーとか歌とかいろんな魅力があると思うけど、リズムの魅力って感じますか?

ダンスのリズムの重要性はショパンに限ったことではないけれど、一番大切なのは、プロコフィエフやストラヴィンスキーみたいなリズムの魅力とはもちろん全くちがって、とにかくどんなときもよい趣味を保ち、エレガントに弾かないといけないということです。

—今回はファツィオリのピアノを選びましたが、どこが気に入りましたか?

コンクールでファツィオリを弾くのは初めてですし、普段から弾く機会はなかったのですが、セレクションで試してみて、すぐに音色が気に入ったので選びました。アクションやタッチに慣れるための時間のないコンクールという場で、弾き慣れていないピアノを選ぶということは、何が起きるかわからないから少しリスキーで攻めた選択だとは思ったんだけど。でもうまく行ったかなと思っています。
ノーブルでチャーミング、響の感じが気に入っています。絶対に嫌な音がしないし、とても明るいキャラクターを感じます。

—少し冒険でも選ぼうと思うくらい、音が魅力だったという。

そう。完全に心地いいものばかりじゃなく、新しいものを受け入れていくということが好きなのかも。そのほうがおもしろいときもあるから。

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心地いいものだけを選ぶのではなく、冒険したほうが、おもしろいことが起きる。
なんだかかっこいいじゃないの…。

彼は2016年仙台コンクールの第4位入賞者。当時19歳。おしゃれなハットをかぶっていたのが印象的だったのでその話をすると、わー、それものすごく昔のことだよねーと言われてしまいました。5年はすごく昔か。まあ。若者にとってはそうでしょうね。
ちなみにあのときはまだブルース表記はなかった記憶。それと、お父さんは画家っていう情報を思い出しました。
シャオユーくん、次のステージでは、ソナタとマズルカに加えて、Op.2の「ドン・ジョヴァンニの《お手をどうぞ》の主題による変奏曲」を弾きます。あのノリで弾いてくれたらたのしそう!

 

セミファイナルも個性豊かな人々が揃っています。まだつかまえたくてもチャンスがない人もたくさん。そのユニークな音楽の背景にある人物像とは、的な感じで、これからもご紹介していきたいと思います。
さて、どこまで長い原稿を書くための気力体力がもつか!