「女性ピアニストのイメージ」と中村紘子さん

引き続き、「キンノヒマワリ ピアニスト中村紘子の記憶」のご紹介です。

今回本を書く中で強く意識したことのひとつに、中村紘子さんがスターの座にのぼりつめた時代は、社会におけるジェンダーについての考え方が、すごい勢いで変化していった時代でもあるということがありまして。
私はある時期から、あんまりそういったことを意識しないで生きるようになったほうなので、久しぶりに改めてその界隈のことを考えました。
(身体的な差異は明確だし、女性であることによる不利、有利の差はあるかもしれないけど、それは個々の人類の差異の一つでしかないような気もするから、気にして立ち止まることになるくらいなら考えないほうがいいと、いつしか思うようになってしまった。でももちろん、もっと複雑な問題や越えられない壁があるのは理解してます)

さて、そんなこの本の中のジェンダー論的な要素などについて、吉原真理さん(ハワイ大学アメリカ研究学部教授)が、ご感想を書いてくださいました。
吉原さんとは、辻井君とハオチェンさんが優勝した回のヴァン・クライバーンコンクール取材中に知り合いました。
思えばもうずいぶん前。なつかしいな。

https://mariyoshihara.blogspot.jp/2018/02/blog-post.html

「アジア人はいかにしてクラシック音楽家になったのか?」など、
人種、ジェンダー論にかかわる学術的なご著書も多く、クライバーンのアマコンに出場されるほど本格的にピアノを弾く吉原さんは、私が書きながら、読む人に拾ってほしいな~と感じていたところを、ことごとく拾ってくださってます。
(ちなみに、普段からツイッターなどでそういうご感想を見かけることがあると、
すごくうれしくなります)

まず吉原さんは、知っている人(私)が書いた本でなかったら、おそらくこの本を手に取っていなかった、という冷静なスタンスで読み始めたようなんですね。

中村紘子さんは、とにかくめちゃくちゃすごい。
日本のピアノ界にとってなくてはならない存在だった。
でも、なぜだか不思議と興味がわかないのよ、という人。
ピアノを真剣に勉強していたりクラシックが大好きだったりする方の中で、一部ではあるけれど、けっこうな頻度で遭遇します。
そのことは、評伝を書く上で聞き取りをしている中で改めて実感しました。
吉原さんは、自身もそうだった理由を、この本を読みながら考えてくれたわけです。
中村紘子さんが女性ピアニストのイメージを決定づけた、そのことがご自身に与えた影響について思いを巡らせてくれたわけです。
あー、うれしい読み方!!

この本を書きながら感じていたことのひとつに、読者のみなさんにも、中村紘子さんのスリリングな人生を追うだけでなく、自分の体験についてもう一度考えたり、壁をどう突破するかについてヒントを得られるようであってほしいというのが、
実はありまして。

私自身、最初、自分には引き受けられない…と思ったこの評伝執筆の仕事を受けてよかったと思った理由のひとつは、中村紘子さんの人生を追うことで、日本から出て活動するうえで考えるべきこと、女性であるということへの考えかた、覚悟を決めたことへの姿勢について、改めて思いをめぐらせる機会が持てたから。
(中村紘子さんの考え方、やり方のすべてに共感するという意味ではなく)

なので、この吉原さんのご感想を読んでから「キンノヒマワリ」を読めば、読者のみなさんにとっても発見が多くなりそうだなと思って。
そういうわけで、うれしいのです。

私が時々「中村紘子さんファンでなかった方にも読んでほしい」と書いているのは、単にこれを読んで紘子さんを好きになっておくれ!という意味ではなく、もうちょっといろんな意味があったのでした…。

 

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『キンノヒマワリ ピアニスト中村紘子の記憶』
高坂はる香 著/集英社
1,700円+税/四六版/320ページ
2018年1月26日発売