チャイコン第3位、アレクセイ・メリニコフさんのお話


チャイコフスキーコンクール入賞者のコメント。続いては、第3位のアレクセイ・メリニコフさんです。
彼はグネーシンからモスクワ音楽院で学んで、やはりエメリャーノフさん同様、ドレンスキー先生とその門下の先生方(ピサレフ、ネルセシヤン、ルガンスキー)のもと学んだピアニスト。2015年の浜松コンクール入賞者です(そういえば、このときも3位3人だったな…)。

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Alexey Melnikovさん
◇◇◇
—チャイコフスキーのファイナルのステージで演奏してみて、いかがでしたか?

すばらしい気分でしたが、同時にとてもハードでした。こんなに連続してコンサートを演奏するのは肉体的にもチャレンジングなことですし。

—一番楽しかったステージは?

2次が一番楽しかったですね。

—それはよかったです。浜松コンクールの時同じ質問をしたら、頭が痛かったり風邪ひいたりしていて全部辛かったっていってたから。

そうそう、あのときは全部調子悪かった(笑)。今回のほうが緊張感も軽かったし、心地よく演奏できました。あれから何年か経って、少し成長できたということかもしれません。

—今回は会場でドレンスキー先生もお見かけしましたが、お元気そうで安心しました。

ドレンスキー先生は体調もよく、毎週練習して生徒にも教えていらっしゃいます。僕もこのコンクールの準備ではドレンスキー先生に見ていただきました。それからもちろん、ルガンスキー先生にも。そういった影響が自分の演奏に見えるのは確かだと思います。

—先生方から学び受け継いだ最も大きなことはなんでしょうか。

音でしょうね。あとは音楽のテイストの質です。

—今回は、5台のピアノからスタインウェイを選びましたが、選んだポイントは?

キャラクターの違うピアノが並んでいて、30分で選ばなくてはいけませんでしたから、とても苦労しました。でもとにかく音質を重視して選ぶことにしました。弾き心地という意味では一番でなかったかもしれないけれど、あのスタインウェイのピアノは、一番美しい音を持っていました。普通でない、あたかく深い音を持っているところが気に入りました。
カワイもとてもいいピアノで本当に迷ったので……多くの人が選ばなかったことに驚きました。特にピアニシモで多くの自由を与えてくれて、いろいろなことを試すことができる、広い可能性を持つピアノでした。

—浜松コンクールのときから、メリニコフさんの柔らかくて少し暗めの特別な音が印象的で、忘れられませんでしたが。

ああ、あの時はすばらしいカワイのピアノを弾きました。あのピアノが今回もここにあったらいいのにと思いましたね。

—ところで思ったんですが、メリニコフさんの声って独特ですよね、深い響きというか。

……え、喋ってる声の話してます?

—そうそう。それが、メリニコフさんのピアノの音と近いんじゃないかなと思ったんですけど。言われたことありませんか?

ないない、初めてですよ。でも、それはそうかもしれません。

—管楽器奏者の方がそういう話をしていたのを、ふと思い出したんです。自分はこういう音域の声だからこの楽器が好きだ、みたいな。

なるほど、確かに僕は暗めの音の方が好きです。ピアノだけでなく、他の楽器でも。それが自分の声と関係している可能性はあるかもしれない。

—あの特別な音を鳴らすための秘密はあるのでしょうか?

うーん、やっぱり耳でしょうかね。耳が全てです。聴く経験を豊かにすることは、新しい感覚を見つけることの助けになります。とくに歌を聴くといいと思います。あと、ほかの楽器と一緒に演奏することもいいですね。自分でも他の楽器を演奏できたらいいなと思うくらいです。将来的に挑戦してみたいです。

—2次では、リストのソナタを演奏されました。聴きながら深呼吸したくなる演奏で、大変楽しませていただきました。でも、コンクールでこの曲を選ぶのは勇気がいりませんでしたか?

もちろん、とてもリスキーな行動だったと思っています(笑)。でも、僕はこの曲には特別な感情というか、何かケミストリーのようなものを感じていたんです。もちろん、自分では、ということですが。その感覚を大切にしました。

—メリニコフさんが受けた次の回の浜コンで、たまたまセミファイナルで12人中4人、それもティーンエイジャーの子たちがわりとリストのロ短調ソナタを選んでいたもので、この曲をコンクールで弾くことについて、審査員の先生方がいろいろおっしゃっていたんです。そのことを思い出してしまって。[参考:一番イラだっていたイラーチェク先生のインタビューはこちら

それはそうでしょう。これはリスト後期のとてもパーソナルな作品です。ファウストと関連しているといわれますが、僕自身は、リストはこの作品にファウストのアイデアをとても個人的な視点から持ち込んだと思っています。まず、冒頭の部分では二つの異なるスケールが聞こえますね。一つは教会音楽で使われるスケール、もう一つはジプシーのスケールです。これは、彼の署名だと僕は思います。彼はかつてジプシーであり、のちに修道僧になった。そんな自分の経験と人生を投影していると思います。少し歳を重ねてからでないと演奏できない作品でしょう。40歳か50歳くらいになってから演奏できると一番いいと思います。僕も今20代の終わりに弾いて、10年くらいおいてからまた演奏したいと思っています。

—それは楽しみですね……歳をとってほしいです。

オッケー、約束する、必ず歳をとるよ(笑)。

—ロ短調ソナタでも、ああいった柔らかく小さな音をこの大きなホールで迷わず鳴らそうとできることがすごいと思ったのですが、どうするとああいう勇気が持てるのですか? こわくないですか?

このホールで弾くときに重要なのは、語りかけるような音を鳴らすことです。もし、良いフレージングで語る音を出せれば、みんなに聴きとってもらえます。理由はわかりませんが、それはこのモスクワ音楽院大ホールの魔法のようなものでしょうね。

—浜松コンクールの時のインタビューでは、映画も好きだというお話をしてくださいましたね。最近は何か観ましたか?

映画はあまり観ていないのですが、今年はナボコフの本をたくさん読んでいました。最近のお気に入りです。

—そういえばこの前の浜コン、日本人作曲家の課題曲は「SACRIFICE」(佐々木冬彦作曲)だったんですよ。

ああ、僕も聴きました。あれはいい作品でしたね。

—タイトルの通り、タルコフスキーの映画からも影響を受けているという作品だったのですが、インタビューしたコンテスタントの中で一人しか映画を観てみたといっていなくて驚いちゃって。

それは僕たちのジェネレーションの問題でしょうね。教室に閉じ込められて、ショパンのエチュードを誰よりも速く弾けるようになればいいと思ってひたすら練習をしている。そんなふうに閉ざされた生活をしていたら、プロとして音楽の道で生きていくにあたって、未来はありません。人間として成長することで、音楽家としても成長できるというのに。

—メリニコフさんは、これからピアニストとして何を目指していきたいですか。

音楽の本質に集中し続けたいです。これまでも、キャリアのことを考えてどうということはなく、単に成長したいと思いながらピアノを続けてきただけですから。コンクールに出るのは、有名になりたいからとかそういうことではないんですよね。大切なのは音楽の喜びで、ほかのことは周辺の事情にすぎません。

—では、あなたの音楽にとって最も大切だと思うことは?

良い人間でいることでしょうね。可能な限り。自分がどんな人間であるか、それこそが、聴き手のみなさんが自分から感じ取るものだと思うからです。

◇◇◇

以前の浜松コンクールの時に行ったインタビューによると、メリニコフさんもまた、「両親は音楽家ではなく、子供の頃の練習時間は1時間半から2時間で、それ以上練習したことはない」というパターンだそうです。
この浜コンでのインタビュー、結構面白くて、アーカイブが残っていないのが残念なのですが、その中で、ロシアン・ピアニズムについて語っていることが興味深いので、ちょっと再掲載。

「そもそも、ロシアの伝統とは何かを説明すること自体が難しい。実際、ロシアの教授たちは演奏も教え方もみんな違います。ただ、ロシアン・スクールにおいては、演奏にあたって作品の形を組み立てることを大切にするというのはあると思います。ラフマニノフはこれについて、作品にはいわば建築でいう “ゴールデンポイント”のようなものがあるので、それを見つけないといけないと言っています」(第9回浜コン入賞者インタビューより)

そのほかにも、映画はタルコフスキー、キューブリック、ベルイマン監督作品も好きだけど、隣のトトロも好きだとか、ステージや演奏後はクールな感じにしているわりに楽しそうに映画の話をしてくれて、この時以来、メリニコフさんはツンデレ的チャームポイントをお持ちのピアニストだと私の中で認定されました。

ところで彼、前にもちらっと記事で触れましたが、髪型おしゃれですよね。実は私がそこについひっかかってしまうのには理由がありまして。
浜松コンクールの時、プログラム用に提出してあったメリニコフさんの写真の髪型がなんともいえないマッシュルームヘアで、実物を見て、写真より今の髪型のほうが断然いいじゃないの、似合うヘアスタイルって大事ねとしみじみ思った(しかも口に出して本人に言った)のでした。それで今回はまたさらに、アシンメトリーなおしゃれヘアになっていたもので、いいねと言わずにいられなかったわけです。

写真撮影のとき、そんなおぐしが少し乱れていたので、「髪型それでいいの?」「整えたら?」「でもそのヘア・スタイルいいよね」「今までで一番似合ってる」などと一方的に語りかけていたところ、メリニコフさん突如、「ぬぅ、これはヘア・スタイルではない。ただのヘアなのだ!」と哲学みたいなことを言い出し、横で撮影を見ていたお友達に、爆笑されていました。