ファツィオリ創業者パオロさんのお話&ファツィオリジャパン10周年

ファツィオリジャパンの創設10周年を記念して、ファツィオリのある表参道のレストラン、リヴァ・デリ・エトゥルスキでレセプションが行われました。世界に一台の縞黒檀のモデルで、佐藤彦大さんが演奏。こちらのピアノ、久しぶりに聴きましたが、さすが音も馴染んできて良い感じです。
10周年を記念して行う、一般の聴衆が審査に参加できる、インターネットコンクールについても発表されました。

ファツィオリ創業者のパオロ・ファツィオリさんも来日中ということで、お話を伺いました。パオロさんにお話を聞くのは、7年ほどまえに、取材でサチーレの工房を訪ねたとき以来だったと思います。
パオロさんは1944年ローマ生まれ。家具工場を営む一家の、6人兄弟末っ子として生まれ、ローマ大学で工学を学び、ロッシーニ音楽院でピアニストの学位もとったという人物。創設当初から、他のどんなメーカーのピアノも真似しない、独自の音を追求していこうという信念で楽器作りを行い、設立から36年の今、いわば新興メーカーでありながら、独特の音の特性と存在感を持つメーカーとして認められています。数ではなく質を常に求めるという経営方針を持ち、年間生産台数は140〜150台。
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(ファツィオリジャパンのアレック社長と、ファツィオリのパオロ社長)

アグレッシブに革新を求めてきた人物だけに、パオロさんという人はとてもエネルギッシュ。握手もギューっと力強い。そして、いつもワクワクしてます感がすごい方です。こういうおじさん、他に見たことない!

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パオロ・ファツィオリさん

─ファツィオリのピアノは、既成概念にしばられずに進化することを理念としているということですが、その中で根本的に大切にしていることはなんでしょうか?

はい、まず他の物を真似をすることはありません。独自の、持続する伸びのある音、色彩感のある音、そしてパワーの面では、よりダイナミックであることを目指しています。他のピアノとは異なる、我々独自のアイデンティティを確立しなくてはならないと思っています。最近も、新しいアクションを開発して特許をとりました。ピアニストたちのために、良い音楽を生むためのツールとプロポーサルを作らなくてはならないという考えが根底にあります。お金のためではありません。

─3、4年くらい前だったでしょうか、ファツォイオリのピアノが大きく変わったという印象がありましたが。

そうですか? 基本的に、変化しているのはいつものことだと思いますが!
例えば老舗の他のメーカーが、新しいモデルではここが変わったと書いていることは、だいたい我々がもともとずっとやってきたことです。私たちは、毎日新しいピアノを提供しています。一つ良い楽器ができたから、これをコピーしてたくさん作ろうということはありません。毎回進歩していないといけないのです。
ちなみに、私たちの工房の技術者たちは、全員私みたいな感じです。いつも、今度はこれができるかもしれないと考えながら新しい試みを導入しています。

─それほど独特の個性を持つピアノですから、ファツィオリのピアノを弾くときには何か特別に心がけたほうがいいことはあるのでしょうか。正直いってファツィオリのピアノについては、弾き手がその扱いがわかっているときとそうでないときの違いがよりはっきりしているように思えるのですが、その辺り、どう思いますか?

ピアノとして、一般的な共通のフィロソフィーはありますから、他のピアノと方向としては同じほうを向いています。
ただ確かに、われわれはプロのためのピアノを作っているので、「スピードの出る車をコントロールするためには、いい運転手でないといけない」というのと共通したことは言えると思います。あまりに速いスピードの出る車は、いい運転手でないと操れません。そして、腕のいいF1のドライバーは速い車にのりたがるものです。
能力の高くない演奏家は、ピアノからたくさんの色を与えれられても、それをコントロールし、うまく対処することができません。確かにその場合は、さまざまな色が感じられないただの大きなピアノになってしまう。そういう方にとっては、多彩な色がないピアノを弾くほうが楽と思えるかもしれません。
いろいろな色が引き出せるピアニストが弾いてこそ、すばらしい音が出るというのは確かだと思います。そもそも、私たちはフラットな演奏をする人のことを考えてピアノを作っているわけではありませんから。

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シビアですねー。
しかしあのサチーレの工房で、パオロさんみたいなメンタリティの職人が50人も集まってピアノを作っているとなれば、それは毎回違うピアノになるだろうな…と思わずにいられません。
7年前工房をたずねた際には、ちょっと個性的な外見だったり、作業着をいい感じに着崩していたり、道具ケースに水着美女の写真を飾っていたりといろんな職人さんがいて、これは、日本やドイツのメーカーの工房では見られない光景だわ、と思ったものです。

パオロさんがピアノを作り始めたときの想いとして、充分な音を鳴らすために、ピアニストがピアノと格闘しなくてよいピアノを作りたいと思った、という話がよく出てきます。
実際最近のファツィオリのコンサートグランドには、よりパワーがあって楽に音を鳴らすことができるようだなと、聴いていて感じます。それだけに、F1ドライバーの例ではありませんが、それをコンサートホールのような響く場所で細やかにコントロールするには、鋭い感性と、楽器の特徴を掴んでいるという前提が求められるのかもしれません。それをつかめばすごい力が発揮できる。
ピアニストがファツィオリに触れる機会が増えたら、楽器に触発された、よりいろんな表現を聴けるようになる、ということですね…。