浜野与志男さんインタビュー(兼松講堂ベートーヴェン生誕250年プロジェクト)

兼松講堂で2020年のベートーヴェン・イヤーを目指して行われている、
ベートーヴェン生誕250年(2020)プロジェクト。
気が早く2012年からスタートしていましたが、
ようやく2020年がなんとなくそう遠くないものになってきました。

6月18日(日)に行われるVol.7の公演は、
『ピアニストたちのベートーヴェン』。
田部 京子さん、菊地 裕介さん、浜野与志男さんが登場し、
ソナタや変奏曲など2作品ずつ演奏するという、
よくよく見るとものすごく豪華な公演です。

実はこの公演に先立ち、このお三方にインタビューをしました。
年代がいい感じにバラバラで、演奏家として今いる場所もそれぞれ、
ベートーヴェンとの向き合いからもいろいろである3人のお話、
聞き比べてみると、三者三様の作曲家への感覚がそこにあって興味深いです。

如水コンサート企画のHPや当日のプログラムでショート版が掲載されますが、
興味深いお話がもったいないなと思いまして、
ピアノ好きのみなさんのために、このサイトでロング版を紹介することにしました。

一人のピアニストの中で変化してゆくベートーヴェンに対しての感情、
もともとの作曲家に対しての意識やスタンス、
きっとこの違いが当日の演奏にも現れるのだろうなと思います。楽しみだ…。

さて、そんなわけでお一人目にご紹介するのは、浜野与志男さん。
言葉を慎重に選びながら、率直に、
最近のベートーヴェンへの気持ちの変化を語ってくださいました。
日本に育ちながら、日本の先生だけでなくロシアのピアニストにも師事し、
お母さまの出身地であるロシアで毎夏を過ごしていた浜野さんは、若い頃、
「響きのつくりかたについてどうしてもロシア音楽的な要素が強くなり、
悪い言い方をすれば、なんでもロシア音楽的に弾くという側面もあった」
と振り返っていました。
それが、ある発見により、特にドイツ音楽への向き合いかたが変わったそう。

…ちなみに「若い頃」と書きましたが、
浜野さんは現在も20代後半ですから充分に若さあふれるピアニストなのでした。
その落ち着きっぷりに、すぐ忘れそうになります。

◇◇◇

◆浜野与志男さん
[演目]
ピアノ・ソナタ 第11番 変ロ長調 Op.22
ピアノ・ソナタ 第23番 ヘ短調 Op.57 《熱情》

「ドイツ人の音楽や生き方を間近で見て、確かに変化が」

─これまで、ベートーヴェンにはどのように向き合っていらしたのでしょうか?

これまで僕はドイツ音楽のレパートリーとして、まずシューマンに取り組み、その後、バッハとブラームスに向かう時期が続きました。それに比べるとベートーヴェンに積極的に取り組むようになってからは、そう長くありません。
とはいえベートーヴェンのソナタは、試験や入試などの機会のため、長らく勉強してきました。最初に“汗と涙を流した”ベートーヴェンのソナタは、東京芸術大学付属高校の入試の時に弾いたソナタ17番の「テンペスト」。ペダリングや弾き方について細かな指導を受ける中、なんて大変な曲なのだと思った記憶があります。
今は指の使い方やペダルの踏み方がわかるようになり、細かいところに神経を使うこともできるようになりました。
自主的に取り組んでいきたいという思いが強くなったのは、昨年くらいからです。ちょうど良いタイミングでこの企画にお誘いいただいて嬉しいです。

─それは良かったです! その変化には、きっかけとなる出来事があったのでしょうか。

東京芸大を出たあと、3年ロンドンに留学してロシア人のドミトリ・アレクセーエフ先生に師事し、その後1年ほどライプツィヒで生粋のドイツ人であるゲラルド・ファウト先生のもと学びました。
期間として長いものではありませんでしたが、この時にドイツ人の音楽や生き方を間近で見ることで、自分の中で確かに変化がありました。耳の使い方が変わり、細かいところまで神経が行き届くようになったという感じでしょうか。
ドイツに行くのもドイツ人の演奏を聴くのも、もちろん初めてではありませんでしたが、この滞在中は、ドイツの演奏家が一人でピアノを弾くときでも、アンサンブルのように複数の奏者が互いの音域を聴き、溶けあうことを目指すときのような耳の使い方をしていると感じたのです。これによって、ベートーヴェンはもちろん、バッハについても演奏する上での意識が変わりました。
実は今回一緒に出演する菊地先生が以前、「交響的なピアノ奏法」ということをおっしゃっていたのがずっと印象に残っていたのですが、それはこういうことなのだろうと、見えた気がしました。

「僕はよく頑固だと言われるのですが……」

─今回演奏されるピアノソナタ11番と23番「熱情」について、作品のどのようなところに魅力を感じますか?

ハーモニーの動きに実験的なものが垣間見られるところが魅力だと思います。そういったベートーヴェンの挑戦する姿勢が伝わるような演奏がしたいです。
あと、僕はとくにピアノ協奏曲などで2楽章が一番好きだと感じることが多いのですが、「熱情」についてもそうなのです。
よくロシア人のピアニストで、“アンチ・クライマックス”、つまり逆説的なクライマックスという言葉を使う人がいるのですが、この楽章はまさにそのような感じ。音量的にも盛り上がりの面でも底辺にあるにもかかわらず、とても大きな意味があると思います。内容の濃い1楽章、盛り上がって疾風のように過ぎる3楽章の間にはさまれた2楽章の美しさに耳をかたむけていただきたいです。

─ベートーヴェンという作曲家に対しては、どのような想いがありますか?

僕は小さい頃から、好きな作曲家を聞かれると、誰かを挙げると他がかわいそうだから選べないと答えるようにしていたので、今もベートーヴェンだけが偉大だという言い方は避けたいのですが、それでもやはり、ベートーヴェンのピアノ作品は、ピアノ音楽というものにおける一つの頂点を築いたものだと思います。
演奏テクニックを生かした最高の作品という意味ではリストも挙げられますが、ベートーヴェンは、ピアノによる音楽表現という意味で最高峰の作曲家だと言えると思います。

─浜野さんにとってベートーヴェンという人はどんな存在なのでしょうか?

それは、とても遠い存在です。というのも、僕は親しい人からよく頑固だと言われるのですが、でもどちらかというと、その場では身をひいたり妥協したりして、結果的に意図したものを実現しようとするタイプなんです。なので、ガツンとまっすぐぶつかっていくパワーを秘めたベートーヴェンの音楽は、決して自分に近いものではありません。でもだからこそ、自分にないものへの憧れを感じているのかもしれません。

─方法が違うだけで、結果的に行きつくところは同じような気はしますけれどね……。それでは、ベートーヴェンの作品を練り上げていくにあたって、一番大切にしていることはなんでしょうか?

ベートーヴェンの作品を弾いていると、音の響きや音色、ハーモニーに注意がいってしまって、ここもあそこも聴かせたいという欲求がつい強く出てしまいます。ですが同時に、全体の大きな絵、完璧な構造美がそこにあることを見失ってはいけないので、その両方を考えながら修正していく作業を繰り返していきます。
“神は細部に宿る”とはいいますが、やはりベートーヴェンの作品の構造美は、人が簡単に思い描けるものからかけ離れた、とても大きなものだと思います。

─ところで、国立や兼松講堂に想い出はありますか?

兼松講堂で演奏するのは今回が初めてですが、以前聴きに行ったことはあります。そして国立は、桐朋中学校に通っていたので親しみのある町です。朝、遅刻しそうになりながらあの並木道を急いだ思い出が大きいですね。

─それでは最後に、このベートーヴェンシリーズに登場されるうえでの意気込みをお聞かせください!

二人の大先輩と同じ舞台に立つことができて光栄です。そこで“年齢相応”の浅い演奏をしてしまうことがないよう、妥協のない音楽づくりを目指し、しっかりと自信の持てる演奏で臨みたいと思います。

◇◇◇

じわじわ策をめぐらせて頑固を通す自分にとって、まっすぐぶつかって頑固を通すベートーヴェンは遠い存在という分析が、なんだかおもしろかったです。
(行きつくところは同じなんだから、どっちかというと同類なんじゃないの!?と思ってしまいましたけど、同じようで違うのか)

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第31回 くにたち兼松講堂 音楽の森コンサート
ベートーヴェン生誕250年(2020)プロジェクト Vol.7
『ピアニストたちのベートーヴェン』
出演:田部 京子、菊地 裕介、浜野 与志男
ナビゲーター:西原 稔(桐朋学園大学音楽学部教授)

2017年6月18日(日) 14:00 開演 (開場 13:15)
会場:一橋大学兼松講堂(JR国立駅南口 徒歩7分)
前売券:S席 4,500円(指定)/A席3,500円(自由)/学生券 1,500円(自由)