第11回「マリオかAKBか? それとも……」


仕事の都合で一週休むことを余儀なくされた分、最後までしっかり練習して白寿ホールへ。2階への階段を上っていると、部屋からピアノの音が聞こえてきた。あれ、ドレミ先生が弾いてるのかな? という疑問よりも、練習中のピアノの音は廊下に響き渡っているのか? という不安が先に頭をよぎる。力を入れまくって弾いていた時も、誰かが聞いていたのだろうか……。それでも、今聞こえるのは特別だ(何が?)と思うことにしてドアを開ける。

すると、そこには、僕よりも年配のおじさんが座っていた。社員証を首から下げているところを見ると、白寿ホールの社員だろうか。
「あ、もう少しで終わりますから」
おお、妙に腰の低いおじさんだ。ドレミ先生の指導に熱心に耳を傾けている。ドレミ先生に対する言葉もとても丁寧だ。う~ん、友達口調で話し始めている自分って……。

そうこうするうちに、5分ほどでレッスンが終わり、「では、頑張ってくださいね~」と、見知らぬおじさんに励まされて、レッスンスタート。背後には、Mさんが控える。
ラストのパートを集中的に練習したため、いつも通り冒頭から間違える。もはや、それが当然のことと思えるから不思議だ。
一通り弾き終わると、ドレミ先生から、
「一番最後のところ、好きでしょ?」
と声がかかる。ばれたか。だって、カッコいいんだもん。
「もうね、これまでのレッスンで、今週はどこを気に入って練習したかが、すぐにわかりますよ。分かりやすい~」
ふふふ。弾ければいいのだ。それより、どうだった、どうだった?
「きちんと最後まで弾けてますよ。この曲は大体6分間あるから、それをずっと弾き続けられるのはすごいことですよ~。全体的にリズムが一定しているから、ここを少し早くして、あっちは少しゆっくり弾いて……という修正は必要ないです。でもね……」
やはり、きたな。さあ、問題点はどこだ?
「このパートだけ、妙にゆっくりになってる。次の音を弾くのも余裕でしょ?」
確かに、何かゆっくりなパートだなあと思ったけど、四分音符だから、のんびりしているはずはないのだ。
「あと、間違えた時に、必ず少し前に戻ってるから、それをやめましょう」
え? だって、間違えてるんだよ? スルー?
「一度立ち止まって弾き直すと、元のペースに戻すのが大変だし、曲が止まっちゃいます。間違えても気にせず、これで合ってるんだ! と思って弾き続けてください。じゃあ、もう一度」

その言葉を受けて、再度冒頭から。間違えても立ち止まらない。ところどころ、ドレミ先生が「いいですよ」「その感じ」と励ましてくれる。モデルをその気にさせるカメラマンのようだ。多少のひっかかりがあって、弾き直すところもあったが、挫けずに弾き通す。
「さっきより全然いいですよ」
ドレミ先生の意見に頷くMさんの姿を視界が捉える。
「練習の時は少し戻って弾き直してもいいけど、通しで弾く時は止まらないことを意識してやってみて。ほら、ハードル競技でも、ハードルを倒したからといって直さないでしょ。それと同じですよ」
相変わらず喩が上手いね、ドレミ先生。

「それで、ほとんど完成してるから、来週から違う曲に挑戦する? 最初に言っていた、サザンとかにしてみます? トルコ行進曲より難しいサザンの曲は、あんまりないですよ」
そうなのか。う~ん、悩むなあ。
「一番最初に弾いてもらった『赤とんぼ』はどうかなあ?」
「あれは、なかなか難しいですよ~」
そうだよなあ。他に何かあるかなあ?
「さだまさしの曲とかある?」
何を隠そう、高校時代からの大ファンなのだ。隠してないけど……。
「じゃあ、これは?」
そう言って、ドレミ先生は『北の国から』を弾き始める。これはカッコいい!
「他にも、こんなのがありますよ」
それからドレミ先生は、『恋するフォーチュンクッキー』『ヘビーローテーション』を弾いてくれる。さらに! 「スーパーマリオ」の音楽まで引き始めた。
「あっ、コイン取った!」
何と、マリオがコインを取った時の音までさりげなく挿入している。コイン獲得音は、シレシレだそうだ。←(正しくは“シミシミ”です。 byドレミ先生)
「これ、世界共通音楽だなあ。絶対にみんな、お~、凄いってなりますよね?」
「ピアノを弾き始めた目的は、誰もが知っていて、お~っと言われることですからね」
Mさん、笑いながらの援護射撃だ。
「でも、マリオを教える音楽教室って、いいの~?」
ドレミ先生も笑って聞いてくる。いいんです! そこが「♪ドレミファソラファ ミ・レ・ド」とは違う、コロムビアの特徴なのだ!(本当か?)
結局、来週からは『北の国から』と決めて教室を後にする。帰り道も、生まれて初めて1曲を弾き切った余韻に浸っていた。

本当に弾けたなあ。

(つづく)
◇レポート執筆者◇
今東昌之
めがねがトレードマークの会社員。
小学校3年から中学2年、インターバルを挟んで、高1から高2までピアノを習うも、
現在はさっぱり弾けなくなってしまったという。
40歳を過ぎたある日、再びピアノを始めようと一念発起。さあ、どうなる!

◇通ってみた音楽教室◇
コロムビア音楽教室
2013年にオープンしたばかり。ご存知のレコード会社日本コロムビアが運営する音楽教室。代々木公園駅近く、白寿ホールのある建物のなかで火曜日から土曜日まで開校。初心者から音大受験生まで、演奏家としても活動する講師たちにマン・ツー・マンで習うことができる。ピアノのほか、ヴァイオリン、チェロ、フルートのクラスがある。

ホームページ http://www.columbiamusicschool.jp/