第4回「空中のレッスン」


2回目のレッスン当日。夜のレッスン前にピアノに触れていないと不安なので、会社がフレックスなのをいいことに、出勤前に1時間ほど練習。この一週間、ピアノに触らなかったのは1日だけだ。仕事より真面目にやってるんじゃないだろうか。

まずは、前回のおさらいと、宿題になっていたパートを弾き始める。レッスンの最後にドレミ先生は、「ここまででいいけど、できたら、ここまで弾いてみて」と言っていた。「できたら」の部分に発奮した僕は、宿題の最後のところまで毎晩練習してきている。しかし、やはりそこは難しかった。弾けるまでに、どれくらいかかっただろう?
ドレミ先生を前に、Mさんを背後に感じながら、少し緊張気味に、最初から弾き始める。課題であるラストのパートに差し掛かると、やはり気が焦る。繰り返して弾き終わった時に、「随分、練習しましたね~。最後のところはノーミスだったから、感動しました!」とドレミ先生が言ってくれた。やった! しかし、ノーミスだったのか。夢中になりすぎていて、間違えたかどうかも分からない。こんなことで「弾けた」と言っていいのか!?

その後、全体的に強弱をつけるように言われたり、指遣いが微妙なところを直されたりしつつ、何度か繰り返し弾いてみる。音の強弱をつけただけで、さっきより良い曲っぽく聞こえるから不思議だ。
大体おさらいしたところで、次のパートに挑戦。来た! 右手の1と5の指でソ・ラ・シ~とオクターブを押さえていく、誰もが知っている有名なところだ。実はここ、家でも少し練習してみたんだけど、まったく弾けない。♯も3つになってるんですけど……。たどたどしく鍵盤を押さえる僕に、ドレミ先生は、「じゃあ、まず鍵盤を触らずに弾いてみましょう」と声をかけてくる。鍵盤を使わない?
「まず、黒鍵は気にしないで、指だけを空中で移動させます」
そう言って、ドレミ先生は、親指と小指で鍵盤を弾くようにして、空中に「ラシド、ラシドシラソファソラシソミ……」と歌いながら指を移動させていく。こんな練習は初めてだが、これで本当に弾けるようになるのか?
半信半疑ながら、同じように歌って指を移動させるが、これが上手くいかない。鍵盤がないのに弾けないなんて……。何度か練習して覚えてきたところで、今度は、黒鍵の時に、指をさらに上に移動させる。これを繰り返すと、指が自然に動き始めるから不思議だ。
さすが、ドレミ先生! 簡単に弾けるようになるコツを知ってるね!

「じゃあ、弾いてみましょう」の声を合図に、再び緊張しながら、鍵盤に手を置く。せーので弾いてみると、動く動く。数分前の躊躇いが嘘のようにしっかり音をつかんだ。
「ドレミ先生、すごい!」
思わず、尊敬の眼差しをそそぐ。
「でしょ? 本当に弾けるが疑ってたでしょ?」
ドレミ先生、得意満面だ。
実際に疑っていないかと聞かれれば、疑っていなくもなかったので、言葉を濁す。
「いや~、私もこういう練習をさせたのは初めてだったんですけど、上手くいきましたね~。これからも、これは使える」
何~!! 初めてかいっ!
右手の動きはわかったけど、左手にいたっては、どう弾いたらいいのか、さっぱりわからない。ドレミ先生が見本を示してくれるが、何とも勇ましい感じで、弾けたらカッコいいなあと思うばかり。
「楽譜では、4つの音が書いてあるけど、ここは一つの音と思って弾いて大丈夫」
簡単にアドバイスしてくれるが、こちらとしては、4つバラバラに弾くのも、4つ同時に弾くのも、どちらも難しい。
弾き方を教えてもらっているうちに、45分経過。前回もそうだが、早すぎる。
「じゃあ、次回までに、このパートを練習してきてくださいね」

帰り際に、ドレミ先生から小さなチョコをもらうが、考えてみれば、バレンタインが近いのだ。うぅっ、ドレミ先生、有難う。今年初めてのチョコだよ。……ん? このチョコ、サンタが書いてあるけど?
「クリスマスの時の残りなんですよ~。そろそろ食べないと悪くなっちゃうから」
ま、いいけどね。
帰宅して宿題に挑むが、やはり難しい。毎晩、30分から1時間ほど挑んでいるのだが、この原稿を書いている月曜日の時点で、まだ弾けずにいる。
木曜日が迫ってくる中、少し不安に駆られ始め、気付くと空中で指を動かしているのだった。

(つづく)

◇レポート執筆者◇
今東昌之
めがねがトレードマークの会社員。
小学校3年から中学2年、インターバルを挟んで、高1から高2までピアノを習うも、
現在はさっぱり弾けなくなってしまったという。
40歳を過ぎたある日、再びピアノを始めようと一念発起。さあ、どうなる!