クライバーンコンクール、印象的なコンテスタント達のお話

ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクール史上、最年少の金メダリストとなった、イム・ユンチャンさん。

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登場したときの、これは何か持ってるな、という感じは特別でした。めちゃくちゃ良く弾ける、でもその先に何かがある感じ。年齢は関係ない、でもやっぱり18歳ですでにここまできているのはすごい。
終演後に話しかけたとき、英語はできないからといいながらポツポツと静かな口調で応えてくれる様子に、浜松コンクールに出場していた15歳のチョ・ソンジンさんのイメージが重なりました(言葉が通じないものだから、演奏の前に何食べたかとか、映画何が好きかとか、苦し紛れにそんなことばかりきいた記憶)。

とはいえ、すぐにコンサートツアーを回ることができるピアニストが求められるこのコンクールで、18歳のユンチャンさんが優勝させてもらえるのかなとは思っていました。しかしファイナルであれだけの演奏をすれば、やっぱりこういう結果になりました。
優勝後のコメントなどを聞いてもご本人もとても真面目そうだし、先生もしっかりした方のようだし、きっとこれからもうまく勉強とコンサート活動のバランスをとって進んでいってくれるのではないかと思います。というか、そう願いたい。
ニコリともせずステージに出てきて、弾き始めると豹変する様子はなかなかのインパクトでしたが、ステージ外で、おめでとう!と声をかけたときにふっとみせる笑顔は、しっかり18歳でした。

ちなみにこれは取材する側の本当に勝手な事情なんですけれど、コンクールの取材でいちばん「やっちまったー」となるのは、ファイナルまで一度も話しかけていなかったピアニストが優勝することなんですよね。
その理由は、チャンスがなかったとか、シンプルにノーマークだったとか、いろいろですが。優勝してからそそくさと寄っていくと、やっぱり、優勝したからきたよねっていう感じになっちゃうよなぁと気が引けるのです。別に気にする必要ないんでしょうけど。
そしてなぜか運良く、これまでのコンクールでそういうことはあまりない…特にフリーになってから取材したコンクールでいうと、一度だけかな。いつとは言いませんが。
で、その意味で今回も、予選の演奏のあとにしっかりイム・ユンチャンさんに話しかけていた私、よくやったと言いたい。演奏順の都合でどんなに関心をもっても声をかけられないときもあるのですが、最終奏者だったこともラッキーでした。

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ロシアのアンナ・ゲニューシェネさんは、最初から最後まで安定感のある演奏、内側から湧き出してくるような音楽表現、経験豊富なピアニストならではの貫禄で、入賞に相応しい存在だったと思います。
出産を控えた体でこのハードなスケジュールをこなすだけでもすごい。ファイナルからは、夫のルーカス・ゲニューシャスさんも現地にかけつけて側で支えていたそうです(お子さんはおじいちゃんおばあちゃんのところに預けてきた、とルーカス談)。
結果発表後はアンナさんももちろん嬉しそうでしたが、ルーカスが本当にめちゃくちゃ嬉しそうだった。よかったね!
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(授賞式のオープニングでウクライナ国歌を演奏したホロデンコさん(右)と。二人ともうすっかりベテラン感漂います。ショパコンに入賞した20歳の頃が懐かしいよルーカス)

ウクライナのドミトロ・チョニさんについては、私はその音にとても魅力を感じました。可憐なのよ。音量で勝負するわけではないんだけど、ぴちぴちした音がよく通ってくる。

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祖国で起きていることを思えば、コンクールに集中することが難しい瞬間もあったかもしれませんが、しっかりとご自分の音楽を届けてくれました。

それにしても、このコンクールでは、関係者はもちろん聴衆もどんな国のコンテスタントに対しても受け入れる態度を保っていたのが印象的でした。少なくとも私は、ロシアやベラルーシのコンテスタントにきつく当たる人は見なかった…もちろんご本人たちに聞いたら何かあったかもしれないけど。
少し前に、アメリカでUFC(総合格闘技ですね)の試合を見たというジムの先生が、ウクライナの選手には声援が出て、ロシアの選手にはブーイングが飛んでいた、という話をしていたのが印象的でした(オリンピックならまだわかりますけど、そういう大会じゃないですからね。逆に先生は、アメリカ人にとってはUFCがそれだけ自分の感情と重ねてみる身近なイベントなんだと思った、と話していましたが、それはまた別の話)。
クライバーンコンクールの場合は、クライバーンさんが冷戦下のソ連でアメリカ人なのに優勝させてもらえたという成り立ちの背景もあるし、そもそもクラシックの聴衆は、ソ連時代の作曲家…当局の圧力に苦しめられて作品を生み出した人たちのことをよく知っているから、ロシア人アーティスト個人とロシア政府のやっていることは切り離して考えようと思う人ばかりなのかもしれません。わからないけど。

まあいずれにしても、自国のアーティストが国外で冷遇され、才能がつぶされようとも、政府のトップ権力者にとっては痛くも痒くもない。そもそも、自分達の方針に迎合しないアーティストは自分達でその才能を潰す、もっといえば、迎合させることで才能を潰すこともあるのだから。一度戦争状態になれば、ロシアに限らずどの国でもやることでしょうけど。

話を戻して、そのほか入賞を果たせずとも印象に残った面々。

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まずやはっぱり、ケイト・リウさんです。予選もクオーターファイナルの演奏も、私は本当に好きだったし、彼女のプロコフィエフを聴くことができてとてもよかった。ベートーヴェンのOp.110も心に沁みた。ファイナルのコンチェルトも聴きたかった。
ショパンコンクール以後、しばらく演奏活動をお休みする時期もあり、奏法を大きく変える必要があったと話していましたが、その経験を経て音楽もまた深まったのではないかと思います。またすぐに来日してくれるといいです。

ゲオルギス・オソキンスさんも、また日本に演奏しに来てほしい。こういう、自分の音楽とやっていることに確信を持っているピアニストというのは、今日は何を見せてくれるのだろうという期待があって、毎回のステージが純粋に楽しみです。で、聴いてみてどう思うかはその時次第!
それにしても、彼の演奏を最初に聴いたのは、2015年のショパンコンクールだから、20歳の頃? 1次予選終盤の疲れた頃に登場して、うわ、すごいの出てきた!と思って、疲れがばっと吹っ飛んだことを覚えています。

話しかけるにも気を使ったあの時に比べたら、ほんとうに丸くなりましたよね。音楽は相変わらず尖ってるけど。

こちらは動物園パーティで、プレゼントのウエスタンブーツを試着した時の一コマ。
こう見えてすごい好青年なのです。この写真添えたら説得力ないか。

ソン・ユトンさんは、5年前のクライバーンコンクール、昨年のショパンコンクールはじめ、あちこちのコンクールで聴いてきたピアニストです。美しく、どこか闇も感じさせる音楽に対して、直接話しかけるとやわらか~い雰囲気のギャップがなかなかすごい。 5年たってまたこのステージに戻ってきた感想は?と聴いたとき、「少なくとも、5年前よりは悪くはないんじゃないかなと思います、今回はセミファイナルまでこられたからー(笑)!!」といって、自分でめちゃくちゃに笑っていたことがすごく印象に残っている。謎のユトンジョークと、置いていかれる私。

ユトンさんはもうすぐ初来日!
2022年7月16日(土)14:00  東京 トッパンホール
2022年7月19日(火)18:30  ミューザ川崎シンフォニーホール
ときめく夏~東京交響楽団 WITH 中国のライジングスターズ~

ものごしやわらかといえば、ホンギ・キムさんも。
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ブリリアントな音、ピアノを弾いている時の独特のタッチが印象的で、あれはどうやって編み出したの?と聞いたら、「実は8年前に右手を怪我してピアノを弾けなくなった時期があった。その時、腕に負担をかけないようにするなかで今の奏法を編み出した」という話をしてくれました。
弾けなかった時は本当に悲しくて、でもおかげでピアノへの感情が全く変わった、と、穏やかな口調で話してくれました。みんないろいろな経験をしてピアノへの愛を深めているのですね。
で、ホンギさんの声色どこかで聞いたことあるなと思ってしばらく考えこんで、あ、ちびまる子ちゃんの永沢くんだ、と。
…どうでもいいですね。

そしてこちらは今回参加していたコンテスタントではありませんが、前回の銅メダリストであり、浜コン第3位のダニエル・シュー!!
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今回、コンクールファイナルの中継で、コメンテーターとして活躍していました。すっかり貫禄がつき(といったら、すかさず、「太ったってこと??」とツッコんでくる自虐反射神経のよさも相変わらず)、落ち着いた雰囲気になっていたので、また演奏も深まっているんだろうな、聴きたいなぁと思いました。
それこそ彼も浜コンで入賞したときは18歳で、若いのに成熟していると言われ、でも本人は、年齢って関係あるのかな?と疑問を投げかけていた人。自分でiPhoneのアプリを開発して何かの賞を受けるなど、音楽以外の才能も持っていましたが、今はピアノに集中していきたいと話していました。

 

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(C)The Cliburn

クライバーンコンクールって、アメリカの富豪に支えられているコンクールらしく、合間にパーティーがたくさんあって、その中でコンテスタント同士が交流する機会もけっこうあります。ホームステイなので、最後までそのまま滞在するコンテスタントも多い。
また次にどこかのコンクールや留学先、演奏旅行先での再会を約束している場面もたくさんあって、いいものでした。

気になった人を全員紹介しきることはできませんでしたが、今日はこのあたりで。

クライバーンコンクールが終わって…まずは日本のお三方のお話

ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールは、韓国の18歳、イム・ユンチャンさんの優勝、そしてロシアのゲニューシェネさんが銀メダル、ウクライナのチョニさんが銅メダルという結果となりました。

今回もすばらしいピアニストたち、記憶に残る演奏にたくさん出会うことができました。閉幕からもう1週間、少し落ち着いたところで、ゆるめに今回のコンクールを振り返って見たいと思います。アーカイヴで演奏はこれからも聴けますので、ご興味を持った演奏はぜひ聴いてみてください!

まず今回のコンクールで印象を残してくれた人たちといえば、このお三方でしょう。
日本/フランスのマルセル田所さん、日本の亀井聖矢さん、吉見友貴さん。

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(そろって次のステージに進出した予選結果発表後の写真) IMG_2937
(この写真吉見くんだけすごい躍動感でじわじわくる。一人だけ今から時空越えそう)

普段コンクールの取材をするときは、日本人という理由でクローズアップするというスタンスから少し距離を置きがちな、みなさまの需要に応えないダメライターのわたくしですが(なに人だっておもしろいピアニストを紹介したいのよと思ってしまう)、今回このお三方は非常にキャラが濃く、音楽性も濃く、自然と注目するに至りました。予選演奏後のコメントなどもこちらで紹介しています。

印象に残ったのは、亀井さんならセミファイナルのリサイタル。
余裕すぎる「イスラメイ」の仕上がりは、過去のコンクールで植え付けられた「コンクールで聴くイスラメイは弾けることを見せるために選曲されたもので、いつも一生懸命弾かれている」的なイメージを払拭するものでありました。すごい素敵な曲じゃないのと。みずみずしく伸びる音の持ち主です。
亀井さん、ファイナルは会場に聴きにいらしていましたが、フォートワースの皆さんから本当に人気で、なんだかホールの中で女子の人だかりができてるな?と思ったら、亀井くんの撮影会が行われていた、なんていうこともありました。すごい。
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(フォルムが似ているという理由でよくユンチャンと間違えられたようですが、この時は決して間違われていたわけではありません)

吉見さんは、予選のリストのロ短調ソナタもよかったんですが、とても印象に残っているのは、クオーターファイナルのブラームスの「パガニーニの主題による変奏曲」ですかね。運動神経の良さが発揮されているというか、生命力にあふれているというか。さすが四重跳びできるだけある(縄跳びがめちゃくちゃ得意なんだそうです)。思い切りの良い、迷いのない音楽は、聴いているとわくわくしてくる。
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(縄跳びのせいかピアノのせいか、さすがのしっかりした前腕)

マルセル田所さんは、セミファイナルのモーツァルトのピアノ協奏曲の演奏がとても楽しくてすばらしかったのですが、ソロのステージでも、自分だけのプログラム、自分だけの音楽を聴かせてくれて、始まるまで何が出てくるかわからない感じが良い。これからも聴き続けたいピアニストです。
何を弾いていても基本的には音が優しく品があって、だからこそ、ストラヴィンスキーのペトリューシュカとか、スクリャービンやラフマニノフで狂気チラ見せしてきた時のインパクトがすごいのです。やっぱり隠し持ってたか、という感じが。結果的に、表現の印象は人間的で熱いという不思議。

 

ところでこれはコンクール取材あるあるなんですけど。帰ってきてから改めて配信の映像みて、この方、こんな表情で弾いてたのね!とびっくりするということがわりとあるんですね。

日本からのお三方に関していえば、吉見さんは、客席から遠目で見ていた印象とそう離れていない感じ。
亀井さんは、普段と弾いてるときの顔違うよね?というのに加えて、体の使い方が興味深い。肩甲骨周りやわらかそうで、泳げないとは思えない感じ(マルセル家のプールで溺れかけたらしいというエピソード、ご存知の方も多いかと思います)。
ギャップがあったのはマルセルさんで、こんな深刻な顔で弾いてたんだ!と思いました。いやなんか普段のゆるんとした表情のイメージがやっぱり強いから。

でもまあ、何より一番ギャップがあったのは、審査委員長でファイナルの指揮をつとめたオルソップさんかもしれない。会場で見ていたピアノ蓋で半分隠れた後ろ姿(正面が見えるのはピアニストの方をしっかり向いているときだけ)と、映像で四方から映された姿だとだいぶ印象違う…そもそも会場でも、ファイナルの終盤で左の席にずれて棒の先がよく見えるようになった時点で、少し印象変わってたけど。
ものごとは、見る角度によって違って見える。

と、それはさておき、日本勢の国内における今後のコンサート情報です。

吉見友貴さん
2022年9月9日(金)19:00 東京 紀尾井ホール

亀井聖矢さん
2022年8月7日(日)17:00 岐阜 サマランカホール
2022年8月11日(木・祝)15:00 八ヶ岳高原音楽堂
2022年10月27日(木)18:45 愛知 三井住友海上しらかわホール
2022年12月11日(日) 17:00 東京 サントリーホール
*7月中にはかてぃんさんこと角野隼斗さんとの2台ピアノの全国ツアーがあるようですが、こちらはさすが完売。他にもオーケストラとの共演があるようですのでHPをチェックしてください。

マルセル田所さんはフランスにお住まいで、直近ではサンタンデールなどコンクールへの挑戦も控えていることから、日本でのコンサート情報はまだありません。
でもインタビューで、やっぱり日本大好き、日本で弾きたい!とすごくおっしゃっていたので、近いうちに開催されることを楽しみにしましょう。

全体を振り返ろうと思っていたのですが、日本のみんなのことを書いているだけで長くなってしまったので、とりあえず今日はこのあたりで。

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(パーティーでプレゼントされたというハット、似合ってました!)

スタインウェイの担当調律師、ベルナーシュさん

ここまでの記事でも触れた通り、ヴァン・クライバーンコンクールでは、スタインウェイのピアノのみが使われています。そして同じスタインウェイでも、タイプの違うニューヨークスタインウェイとハンブルクスタインウェイが用意され、各コンテスタントが自分のレパートリーなどを考慮しつつ、選択するスタイル。ラウンドはもちろんコンチェルトによってピアノを変えるコンテスタントもいますが、そこは、多くのピアニストがホールで弾き慣れ、信頼を寄せるスタインウェイのみの状態だからこそ気軽にできること、なのかもしれません。

今回は、ソロのみの予選とクウォーターファイナルまでがテキサス・クリスチャン大学(TCU)、コンチェルトも入ってくるセミファイナルからがバス・パフォーマンスホールと、途中で会場が移る形です。
そしてセミファイナルの会場ではまた別のハンブルクスタインウェイとニューヨークスタインウェイが用意され、事前に15分間のピアノ選定が行われました。

セミファイナル以降のピアノの準備と調律を担当しているのは、5年前同様、ニューヨーク・スタイウェイに在籍する、ベルナーシュさん。お話を聞こうと声をかけると、「去年の秋日本に行ったよ、内田光子の日本ツアーの調律を担当したんだ。隔離期間があったから大変だったけど」とのこと!
ここぞとばかりにその辺りのお話も伺いつつ、今回のピアノの特徴や調律において心掛けていることをお聞きしました。(ちなみにベルナーシュさんの予定が合わなかったこともあり、TCUではTCUの技術者さんが調律を担当していたそうです)

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Joel Bernacheさん

***

–今回の2台のスタインウェイのそれぞれの特徴はどのようなものですか?

どちらも私が事前の準備をしたピアノですが、特にハンブルクのほうは新品だったので、調整にかなり手をかける必要がありました。
一般にも言われることですが、ハンブルクのほうは音がより早く出てくるというか、音がすぐによく鳴ります。
ただニューヨークのほうは、強くフォルテシモを弾いたとき、ハンブルクよりも大きな音…ブライトというわけではないんだけど、豊かなボリュームの音を鳴らすことができます。ただ、そのためには鍵盤をしっかり押し込まないといけません。
オーケストラとの共演もあるセミファイナルから、より多くのピアニストたちがNYのほうを選んだのは、そのためだと思います。

—特にモーツァルトの20番を弾いたピアニストが、もともとハンブルクを弾いていても、セミファイナルからNYを選んでいたのが興味深かったです。作品の性格を考えてのことでしょうか。

そうだと思います。おもしろいですね。
ちゃんと準備されたピアノならばどんなレパートリーにも合うように弾けるとは思いますけれど、でも、どちらもいいピアノだったら、より合う方を選ぶというのは当然だと思います。
今回はその多くがハンブルクスタインウェイが主流のヨーロッパや東アジアからのコンテスタントでしたから、音に慣れているということで、そちらを選ぶ人が多かったのは当然だと思います。セレクションの時間はたった15分ですし。それにハンブルクのほうが、クリアで透明感のある音がします。
NYスタインウェイは、たくさんの色彩を持っていますけれど、それがちょっと変わっている…直接的でない感じというか、フォーカスした音でないというか…でも、それをおもしろいと思う人は選ぶのでしょう。複雑な音を求めている人がNYを選びがちかもしれません。

—コンクールでピアノを調律するときに一番気をつけることは?

まずはパワーのあるピアノにすること。特にファイナルでは大編成のオーケストラとの共演になりますから。たとえどんなに美しい音がしても、どんなに上手に演奏していても、聞こえなければ何にも意味がありません。最大限に力の出せる楽器である必要があります。もちろん音が汚くならないギリギリのところで。それから予測を立てること心掛けています。

—ここは大きな会場なので大変では?

いえ、ステージ上ではけっこうよく反響してくるので、悪くないですよ。

—良い調律師に求められる資質はなんでしょうか?

オープンマインドであることですね。常に音楽家から学ぶ気持ちでいなくてはなりません。ピアニストが音楽的に気にかかっていると話すことは、技術的な視点から読み替えることがとても難しいこともあります。それでも、辛抱強くいられるようでないといけません。
私たち技術者は、それぞれに自分が普段やる手続やプロセスを持っていますけれど、ときには音楽的な問題をクリエイティヴなアイデアで解決するため、従来のパラメーターを外して考える必要があります。

—ピアニストからのリクエストは抽象的なこともあるでしょうね。

そうですね。一部の調律師は、そういう言葉をうけても、ピアニストは自分でも何を話しているのかわかっていないのだろうとまともに聞き入れずに済ましてしまう人もいます。でも私は、それは間違っていると思います。そういうピアニストは、単にその希望をどう伝えたらいいかわかっていないだけなのです。むしろ、そういう言葉を技術的な感覚に置き換えることも私の仕事の一部だと思っています。
そこには、かなりのクリエイティヴィティが求められますけれどね。

—昨年秋の内田光子さんの日本ツアーで調律をされたということですが、彼女のピアノを調律するのは大変ですか?

そうでもありませんよ、彼女は自分が欲しいものをはっきりわかっています。何をしたいかが決まっていて、音楽的なアイデアがとてもはっきりいているから、コミュニケーションもとても明快です。
私が特に気を遣っていることを一言でいうなら、ヴォイシングです。調律においてはもちろん全ての要素が重要ですが、一つの音から次につながるときも含め、クリアな音が持続するようなヴォイシングは、特に大切にしています。

—ところで、調律師になろうと思ったのはいつごろですか?

21歳のときでした。よくこういうことを言う人っていると思うけど、あとるき突然、これが私の仕事だ、って感じたんですよね。そしてそれは間違っていなかったということです。

—コンディションが難しいピアノを調律しなくてはならないときに一番大切なことは?

まずはとにかく落ち着くことです(笑)。

—パニックになってはいけない。

そう、それが第一。私がパニックになれば、私の周りの人がみんなパニックになっていきます、もちろんピアニストも含めて。
次に必要なのは、数分間とってプランをつくることです。作業を始める前に、自分がやろうとしていることは本当に意味があるかを考え、プランを立てます。その意味でも、とにかく落ち着くということが一番大事なんですね。

クライバーンコンクール、セミファイナル3日目に思う

セミファイナルが始まって3日目。折り返しです。

今日はあまり演奏と関係ない現地の様子を少しご紹介しようかなと思います。

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セミファイナルからは会場がバス・パフォーマンスホールに移り、コンクールが行われています。

こちらのセキュリティチェックが結構厳しい。大きくてかわいい警察犬も常駐しています。

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ノートパソコンの入ったバックパックを持って入ろうとしたら、入口のセキュリティの人に、大きいバックパックは持ち込めない、どこかに置いてこいと言われてしまいます。鞄のサイズに制限があるのかなと思って、どの大きさまでなら持ち込めるの?と聴くと、大きさはなんでもいい、バックパックがだめなんだ、と。
え、形の問題?と聞くと、わかりませーん、のポーズで、そこにいたセキュリティの人たち全員黙るという…。
そんなわけで、翌日からは普通のショルダーバッグに荷物を入れて無事に入っていますが、これって、どういうルールなんでしょうね?爆弾はだいたいリュックで背負ってくるものっていうセキュリティ界の常識でもあるんでしょうか。

以前インドのタージマハルで、ワイヤーっぽいものは持ち込みNGといわれ、イヤホンとか充電器とか全部預けさせられたことを思い出します。ワイヤーの先に爆弾ついてなきゃ大丈夫だろと思うんだけど、そういう問題でもないんでしょうか。

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そのわりに、街中にもホールの入口付近にも、至るところに大きなゴミ箱があります。テロ対策の名目で、駅にすら一つもゴミ箱がない日本とは大違い。日本人は黙って持って帰るけど、アメリカの場合、そんなふうにゴミ箱を撤去したらそこらじゅうにみんなが捨ててしまうからなのかもね。

そしてこちらがロビー。
バルコニーには歴代の優勝者の懸垂幕が。格闘技の会場みたい。
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コンテスタントの各ラウンドの演奏が、デジタルアルバムとして$5で販売されています(この写真はTCUの会場のロビーです)。
どういうシステムで販売されているのかわかりませんが、休憩中、買っていく人を割と見かけますよ。

***

ところで、やっぱり少しはコンクールの話を。
セミファイナルでは、モーツァルトのピアノ協奏曲が演奏されています。

モーツァルトは、シンプルだからこそめちゃくちゃむずかしいし、こわい、とはよく言われること。奏者の技術も音楽性も丸裸になる。それはピアニストだけでなくどの楽器奏者にとってもおなじことです。

その意味で、例えばコンチェルトで管楽器のメロディとピアノが掛け合いをするなんていう場面は、普通のコンチェルト以上に、うまくいったりいかなかったり、それがはっきり聴き手の耳に届いてしまいます。

今回は、全体的にみて、このモーツァルトでオーケストラとの合わせに苦戦している人が多い印象…。全体にどの曲でも、オーケストラがゆったり動きがちだからかもしれません。オーケストラとうまくアンサンブルをしていたマルセル田所さんは、自分のペースよりだいぶテンポを落としたといっていました。逆に、オーケストラを置いて先に走ってしまったかも…と思い返している方もいました。

今セミファイナル3日目まで終わったところでは、なんとなくマルセルさんやアナ・ゲニューシェネさんなど、アラサー組がうまくオーケストラとの掛け合いをこなしている印象です。きっといろいろな成功と失敗を繰り返して、アンサンブルの能力というのは磨かれていくのでしょう。モーツァルトには遊び心や無邪気さが求められ、一方でそういう経験値も求められるのですから、やっぱり難しい課題なのですね。
その意味では、これから演奏する18歳のユンチャンさんあたりがどんなふうにモーツァルトを弾くのか、結構楽しみです。

指揮者、オーケストラの皆さんもハードなスケジュールのなかで大変ですが、ここはひとつ、若いピアニストたちをうまくサポートする方向でがんばってほしいところであります。

クライバーンコンクールのスタインウェイ…ハンブルク?NY?

6月6日現在、クライバーンコンクールはクオーターファイナル進行中。

コンクールが始まって数日はわりと過ごしやすかったのですが、クオーターファイナルが始まったあたりから、またものすごく暑くなってきました。本日は最高気温36度。今週末には38度までいくようです。焦げますね。

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(予選、クオーターファイナルの会場、テキサス・クリスチャン大学のヴァン・クライバーンホールとその周辺。午後5時過ぎでも太陽ギラギラ、36度!)

基本的にはカラッとしているのでまだ過ごしやすいですが、突然大雨が降ったりするので、そのあとは湿度が爆上がりです。ピアノの状態が心配になりますが、先日話を聞いたコンテスタントのゲオルギス・オソキンスさんは(ハンブルクスタインウェイを選択)、「自分の演奏の前にも雨が降ったから心配していたんだけど、このピアノはいろいろな場所を移動しているから、環境の変化に強くて安定していたよ」とのこと。

さて、そんなスタインウェイのピアノ。先日の記事で書いた通り、このコンクールではスタインウェイのみが使用され、今回はニューヨークとハンブルクの2台のピアノから、それぞれが使用するピアノを選んでいます。

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(このコンクールではレアな、ピアノチェンジの場面)

これがまた、かなりキャラクターの違うピアノです。配信でどのくらいそれが伝わっているかわかりませんが、特に強めに鍵盤を叩いたときに、はっきり違いがあらわれる印象です。
今回予選に参加した30人のコンテスタントのうち、9割がハンブルクの方を選んでいます。こちらを選んだピアニストは、ほとんど迷わなかったという人ばかり。
「ハンブルクの方が深い音色をもっていると思った」「あたたかい音がする」「絶対こっちだと思った」などと、みんな“推し”の誰かをすすめてくるかのようなノリで語っていました。
ちなみに前述のオソキンスさんは、15分のセレクションの際、ニューヨークのほうには10秒しか触らずあとはハンブルクを弾いていたといい、「こっちのほうがリッチで熟した音がすると思った。より想像力をかきたてるの」と話していました。
…想像力をかきてるピアノ、いいですね。

一方で、ニューヨークの方を選んだのはわずか3人だったわけですが、こちらを選ぶ人は、自分のプログラムと照らしてこちらが求める音だということで決断を下していた模様。そして気づけば、3人ともアメリカ人またはアメリカで勉強しているピアニストだという。偶然か必然か。そういえば逆にハンブルクを選んでいる人の一部は、ドイツで勉強しているからこちらのほうに慣れている、と言っていましたね。

例えばティアンス・アンさん(彼は中国人ですが、カーティス音楽院で勉強中です)は、メフィストワルツや「ソ連の鉄のイメージで弾いた」というグバイドゥリーナを念頭に、ブリリアントな音を持つニューヨークスタインウェイのほうを選んだとのこと。

また興味深かったのは、クレイトン・スティーブンソンさんのコメント。予選のゴドフスキー「喜歌劇〈こうもり〉による交響的変容」のシアターモードな感じのサウンド、プロコフィエフのソナタ7番の轟くような音といい、ただきれいという感じでもない強烈な音がインパクト大でして。
(ニューヨークの方を選んでいるピアニストは、パワフルにピアノを叩く方が多い気がします)

どうしてこのピアノを選んだのか、他にほとんどニューヨークを選んでいる人がいないけどどう思った?と聞いたら、こんな回答が。

「まあ、そうでしょうね。鍵盤がとても重いんですよ(笑)、それが問題なんだと思います。私は、音質と弾き心地のよさでどちらをとるか迷って、結局音質が好みの方を選びました。
私の先生は、心にしっかりと音楽のイメージがあれば、鍵盤の問題は考える必要がなくなるものだといつもいっていました。その考えにそった選択です。
このニューヨークスタインウェイは音質がとてもおもしろい。思っている音を出すためにはとても努力が必要だけれど、でも頑張る価値があったかなと思います」

心に出したい音色のイメージがあれば、少し弾きにくいピアノでも、指が勝手に動いてコントロールしてくれる…いいピアニストがよく言ってるやつ。かっこいい。

結局、クオーターファイナルには、ニューヨークを選んだ3人のうち、前述のスティーブンソンさんと、アンドリュー・リさんのお二人が進みました。
お二人とも初日に登場していますので、あらためて他のピアノと聴き比べてみるとおもしろいかもしれません。
逆に2日目のほうは全員ハンブルクスタインウェイでした。完全に同じピアノを、同じ環境で別のピアニストが弾くところを続けて聴き比べられるのは、コンクールならではです。ぜひご注目を!

第16回ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクール

2022年6月2日~18日、アメリカ、テキサス州フォートワースで開催される
第16回ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールについて、
ピアニストたちの様子や舞台裏での出来事、取材中に感じたことから、
ちゃんとした媒体で書ききれなかった情報をご紹介します。
コンクールで使用されているスタインウェイのピアノに注目した情報もご紹介します。

【Web上ではこちらで記事を執筆します】

Web ぶらあぼ ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクール

・第16回ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクール 6/2開幕!
・コンクールスタート。亀井聖矢、吉見友貴が登場!
・予選の結果発表
・クオーターファイナル振り返り
・亀井聖矢さんのホームステイ先を訪問!
・セミファイナル振り返り
・個性的な6人が2曲の協奏曲で競うファイナルを終えて
・INTERVIEW|第1位 イム・ユンチャン
・緊迫の国際情勢のなか出場したゲニューシェネ(ロシア)&チョニ(ウクライナ)に聞く
・マリン・オルソップ審査委員長が語るコンクールと審査

Web ONTOMO  ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクール
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 ・ヴァン・クライバーンとはどんな人物? アメリカの英雄の人生
・注目のコンテスタントに直撃!~ティアンス・アン
・予選を終えた亀井聖矢、吉見友貴、マルセル田所に直撃取材!
・注目のコンテスタントに直撃!~ケイト・リウ、オソキンス
・コンクールはセミファイナルへ!これまでの振り返りと今後の聴きどころ
・マルセル田所の音楽を育んだもの

♣アーカイヴ配信(medici.tv)

◆現地レポートアーカイヴ一覧
ヴァン・クライバーンコンクールが始まりました! 6/2
クライバーンコンクールのスタインウェイ…ハンブルク?NY? 6/7
クライバーンコンクール、セミファイナル3日目に思う 6/11
スタインウェイの担当調律師、ベルナーシュさん 6/16
クライバーンコンクールが終わって…まずは日本のお三方のお話 6/27
クライバーンコンクール、印象的なコンテスタントたちのお話 6/28
クライバーンコンクールこぼれ話 7/4 

♣公式ピアノ スタインウェイ&サンズ
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ヴァン・クライバーンコンクールが始まりました!

ヴァン・クライバーンコンクールの取材のため、テキサス、フォートワースにやってきました。今回も優れたピアニストたちがたくさん。しかも各ステージの課題はほとんど自由なリサイタル、ファイナルまでにコンチェルトも3曲と、聴きごたえたっぷりです。
6/2、初日が始まったところですが、みんな自分の得意技で勝負してくるので、プログラムも多彩だし本当に楽しい!
本日からはじまった予選では、審査員も務めるスティーヴン・ハフの委嘱作品が課題に入っていますが、これがまたそれぞれ印象が違って面白い。

演奏順はこちらから。

もちろん配信がありますが、アメリカのこのコンクールならではの華やかな雰囲気を楽しめるのではないかなと思います。
ライブ配信だと時差的に大変かもしれませんが(テキサスは日本からマイナス14時間)、アーカイブでも聴けますのでぜひ素敵なピアニストとの出会いを楽しみに、演奏を聴いてみてください。

今回も、ぶらあぼONLINEで速報的レポートを、その他、web ONTOMOでは、現地取材にもとづく読み物を執筆する予定です。

さらにそこに書ききれなかったこぼれ話や、ピアノ、調律師さんに関するお話は、こちらの「ピアノの惑星」にアップしていきますので、どうぞお楽しみに。

コンクールの会場、これまでは予選からバス・パフォーマンスホールでしたが、今回から、予選、クウォーターファイナルは、テキサス・クリスチャン大学のホール。そしてコンチェルトが入るセミファイナルとファイナルがバス・パフォーマンスホールです。

こちらは予選が行われているホール。

 

ところで配信をご覧の方はお気づきの通り、このコンクールではスタインウェイのピアノのみが使われます。とはいえ、スタインウェイから2台のピアノ…ニューヨークスタインウェイとハンブルクスタインウェイが用意されていて、そのうちの一台を選んでいるそう。
今日チラッとお話を聞いたコンテスタントは、ニューヨークはブリリアント、ハンブルクの方が落ち着きがあって、自分が弾くドイツものに合うと思ってハンブルクのほうを選んだ、とのこと。もう一人のニューヨークの方を選んだコンテスタントは、メフィスト・ワルツを弾くからそれに合うと思って選んだと言っていました。そうやって、それぞれが個性やプログラムにあったピアノを選んでいるようです。
ピアノ選び、メーカーの種類や台数が増えるほど、選択肢は広がっていいと同時に、短い時間で選択しなくてはならないことがけっこうなストレスになるところもあるようなので、スタインウェイのみ2台からというのも逆に良かったりするようです。いつもお世話になっているあのメーカー選ばないといけないかな、なんていう気遣いも感じずにすみますしね…。

ところでアメリカ、もう誰もマスクしてないよとは聞いていましたが、屋外でマスクをしている人はほぼゼロ。
ホールの中のお客さんも、マスクをしているのは一割くらいでしょうか。もうみんなマスクしてないんだねーと地元の人に言うと、うん、ここはテキサスだからね、という答えが返ってくる。(テキサスだから何なんだ?)

行きのアメリカン航空の機内の中からすでに、CAさんもマスクをしていなかったのにはさすがに驚きました。逆に心配になっちゃう。
マスクをしない人は搭乗拒否、なんていうのはもう過去の話なのでしょうかね。