ファツィオリ調律師さんインタビュー(ショパンコンクールのピアノ)

最後にご紹介するのは、ファツィオリのお話。

ファツィオリは1981年創業のイタリアのピアノメーカー。今回の4社の中ではもっとも若く、ショパンコンクールの舞台に初めてピアノを出したのは、2010年のことでした。しかしこのときいきなり、ファツィオリを弾いたダニール・トリフォノフが第3位に入賞、ピアノ好きの間ではけっこうな話題となりました。

今回は、1次予選で87人中8人がファツィオリを選択。そのうち3人がファイナルに進出、しかも、アルメリーニさんが5位、ガルシア・ガルシアさんが3位、そしてブルースさんが優勝するという、輝かしい結果となりました。
本番のピアノでリハーサルができないコンクールという場では、みんな、できるだけ弾き慣れたメーカーのピアノを選びがちです。その意味で、イタリア人のアルメリーニさん、ファツィオリには慣れていたというガルシアさんは、ファツィオリを選択したのもわかります。
しかし優勝したブルースさんは、「コンクールでファツィオリを弾くのは初めてだったからリスキーだった」というではありませんか。でも結果的に、ご本人のキャラクターとピアノのキャラクターがマッチして、美点を際立たせていたように思います。
ブルースさんご本人は、「完全に心地いいものばかりじゃなく、新しいものを受け入れていくということが好きなのかも。そのほうがおもしろいでしょ」とおっしゃっていたのも印象的でしたけれど。さわやかー。(そのコメントは、こちらの記事に)

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さて、今回そんなピアノの音作りを担当したのは、ベルギー人調律師のオルトウィン・モローさん。
他のメーカーはチームで来ていたり、アシスタントがいたりしましたが、彼は基本、たった一人で調律の作業をしていました。そしてアーティストのケアは、イタリアからのスタッフや、途中からはファツィオリ・ジャパンのアレック・ワイル社長が担っていた形です。
全ての結果が出たあと、ワルシャワでのガラコンサートの期間中にお話を伺いました。

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(しずかーな声色でお話しするモローさん。でもすごく嬉しそうでした)

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—すばらしい結果、おめでとうございます。

ありがとうございます。これが初めてのコンクール調律の経験だったので…。

—えっ、そうなんですか?

そう、それが世界で一番大きいコンクールだったんですよ。はは。

—では作業をしながら、コンサートとは違う特別な状況でどうしたらいいかを探っていった感じなのですね。

そうなんですよ。しかも私がこのピアノを初めて触ったのは、セレクションが始まる3日前でした。ステージ上で与えられる時間は1日6、7時間ということで、すぐに作業を始め、この音響の中でどうしていったらいいかを確かめていきました。できるだけイーヴンで、色彩感があって、ダイナミックでボリュームがあり、耐久性のあるピアノを目指しながら、細かい部分を整えていきました。
コンテスタントによるピアノのセレクションを見るのは、とても興味深かったです。他のメーカーのピアノを聴いて、状況をまた理解して、毎日ピアノを改善していきました。
はじめにアクションができるだけスムーズに動くようにレギュレーションの作業をして、それからとても重要なヴォイシングの作業をしていきました。コンチェルトの時には、オーケストラの中でコントラストが出て際立つように、少しトーンとヴォイシングを変えましたが、これはうまくいったと思います。

—それは、ピアニストからリクエストされたとかではなく?

それは私の20年の経験から判断したことです。これまでたくさんのコンサートホールで調律をし、ピアニストと話をしてきた経験を総括した形です。もちろんピアニストから何かリクエストがあれば調整をしましたが、みなさんピアノを気に入ってくださっていたので特別なことは言われませんでしたね。
あと、YouTubeのライヴチャットの意見も参考にしましたよ。

—えっ、本当ですか!

もちろんですよ、ファツィオリの音についての一般的な意見がどういうものなのか知りたかったから。なんでそんなに驚くの(笑)。

—いやぁ(笑)、インターネットの音は、ホールの響きとは別ものなのではいかなと思って…。

もちろんインターネットで聴く音は全く違います。ホールで聴くほうが、色彩がたくさん感じられますし。でも、聴いた人の一般的な印象がどんなものかというのは、一つの大切な情報だと思って。例えば、低音の音量が大きすぎるというコメントがものすごくたくさんあったら、それは何かを意味していると思うのです。

—全ての情報を得ようとしていたんですね。

その通りです、それって重要でしょ(笑)。ピアノの音については、今、このホールに合うべストな状態です。この会場の、特に審査員席での響きを考えて音を作っていきました。コンテスタントの演奏を聴く時は、必ず審査員席の近くに座るようにしました。
でも昨日はガラコンサートのため、ピアノがオペラハウスにもっていかれてしまったから、とても心配していました。あちらの会場のために準備したピアノではありませんから…昨日の音は、私としては全然納得していないから、あんまりハッピーじゃないけど、まあ予想の範囲内ですね。

 —他のメーカーの調律師さんはみんな早い段階から使用ピアノの準備にかかわっていたなか、あなただけ突然ここに連れてこられて、さあこのピアノでどうぞって言われていた状況だったんですね。ある意味、一番不利な状況で臨み、それを弾いた方が優勝したんだから、すごいですね。

そうそう、その通りですよ(笑)。最初は不安でした。そもそもコンクールの調律を依頼されたのも2、3ヶ月前で。コンクールの前にイタリアの工房でピアノを準備したかったけれど、私、この夏は忙しかったからそれすらできなくて。でも、なんとかなりましたね。
しかも、これってファツィオリにとっては歴史的な快挙だよなぁと思って。

—そうですよ!

ねえ。だから、よかったなと思いました。

—そもそもモローさんは、ファツィオリの調律師さんなのですか?

私は独立した調律師です。今回はファツィオリ社から頼まれたんですよ。
4年ほど前、ベルギーに新しくファツィオリのディーラーができて、はじめは彼らからピアノのメンテナンスを依頼されました。それで1週間、イタリアのファツイォリの工房にトレーニングにいったところ、現地の技術者ととても仲良くなって、ファツィオリのピアノもすごく気に入ったので、1年間はイタリアとベルギーを行き来しながら、ハーフタイムでファツィオリの工房で仕事をしたんです。ファツィオリのピアノの扱いは、このときに勉強しました。それ以来の付き合いで、今回も依頼された形です。

—今回のファツィオリのピアノのキャラクターは?

もともといい楽器でした。すごくパワーがあるわけではないけれど、色彩感が豊かで、磨かれた音がしました。そのため、それを保ちながら、このホールに対応できるパワーを持たせるよう、ピアノにエネルギーを与えていきました。

—ショパンを演奏するための楽器だということで意識したことはありますか?

磨かれた色を持ち、ダイナミクスが十分で、透き通っていること。クリアでブライトだけれど、過剰にそちらに持って行きすぎてはいけないということも心に留めていました。暗い音や閉じた音はショパンにはあまり合わないと思い、オープンでワイドな音を求めていきました。

—ショパンを演奏するには、ピアニシモの音の質、歌うニュアンスがとても重要だと思いますが、どうやってそれを作っていきましたか?

そうですね、あと色彩も必要ですね。そのために注意深く聴いていたのは、ピアニストたちが左ペダルを使ったときの音です。これについては、直接ピアニストたちにも使った感想を聞いていきました。みなさんそれぞれの意見がありましたが、気に入ってくださっていました。ソフト過ぎず、明るすぎず、踏んだ時の効果も十分にあり、ちょうど、いわゆるスウィートスポットに入っていたようで、よかったです。

—では最後に。良い調律師に求められるポテンシャルとは、なんだと思いますか?

色彩とダイナミクスに対しての、高い感受性が求められると思います。チューニングとレギュレーションができても、ヴォイシングがうまくできなければ、良いピアノにはなりません。
あとは経験ですね。これは確実に言えることだと思います。