ヤマハさんインタビュー(ショパンコンクールのピアノ)

今回ご紹介するのは、ヤマハの調律師&アーティストサービス担当のみなさん。
今回ヤマハCFXは、最初の段階で2番目に多い9名が選択。なかでも牛田智大さんやゲオルギス・オソキンスさんなど、コンクール前から人気だった面々が選んだということで、注目されていたかと思います。

チーム・ヤマハのみなさんには、ワルシャワでファイナルの期間中にお話を伺いました。

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(メインチューナーの前田さん、アーティストサービスの田所さん、松下さん)

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—今回は、9名のピアニストがヤマハを選んでいました。

田所さん コンクールというとメーカーの戦いに見えてしまうかもしれませんが、始まってしまえばそこは関係なく、とにかく最高の状態のピアノを用意できるよう目指すだけです。今回、ファイナルまでサポートができなかったのは残念ですが、私たちなどが想像できないほどに一番残念に思っていらっしゃるのはピアニストたちご自身ですから…。

—今回のピアノは、どんなピアノですか?

田所さん ヤマハはより良いコンサートピアノづくりを目指し、常に試作、開発を続けていますが、今回のショパンコンクールに持ってきたピアノもその中のひとつです。このホールとショパンに合いそうな楽器を選定しました。現地の空気になじませるため、ポーランドに持ち込んだのは半年前で、ポーランドのスタッフに調整してもらいつつ、7月からは、現在イギリスに駐在している前田が通い、準備を進めました。

—この楽器を選んだポイントは?

前田さん 音質の良さ、特に低音にあたたかみのある響きを持っていることです。クリアな音で、音色、音量のバランスが良く、弾きやすいアクションを持っています。

—コンクールの場合、最後にコンチェルトを弾くことになります。特にここの会場は、舞台上で自分の音が聴こえにくく、前回もリハーサルで焦って叩いてしまったとおっしゃっていたコンテスタントがいましたが、そういうところまで見越して楽器を準備されるのでしょうか。

前田さん あまりにも音量がないと、終盤で大きく変えなくてはなりませんが、今回のピアノはもともと音量やパワーの面は申し分なく、コンチェルトまで対応できるピアノでした。そのあたりはコンクールの流れの中で自然に仕上げていくイメージでした。

—一方、特にショパンを弾くには小さな音の表現も大事だと思います。そちらの音作りで心がけたことはありますか?

前田さん ピアニシモでもクリアにホールの後ろまで響いて、ニュアンスがでる音を目指しました。ピアニストたちからも、深みのある音が欲しいというリクエストがありました。少しずつ調整を重ねて、クリアなだけでなく、あたたかい音が出ていたと思います。

—今回は牛田さんもヤマハを選んでいらっしゃいましたが、彼は早くからコンクールへの出場が決まっていましたから、事前にいろいろ率直なご意見も聞くことができたのでは?

田所さん そうですね、以前からお付き合いがあったので、イメージをお伺いすることはできました。的確なご意見をたくさんいただけました。

前田さん 結果的に、セレクションを経てヤマハのピアノを選んでいただいてからも、弾きやすさには問題がないということ、ピアニシモについての希望など、具体的におっしゃってくださるのでとても参考になりました。とくに音色の面では、1次はまずエチュードがあるので弾きやすさが大切だけれど、ステージが進んでいくと曲が大きくなるので、フォルテで音が開くようだと良いというご希望がありましたね。

田所さん 当然、みなさんがそういうレパートリーになるのですから、指摘していただいてありがたかったです。

—オソキンスさんもかなりいろいろリクエストされているところを見かけましたが!

田所さん 前回もヤマハを弾いていただいているので、今回もサポートできて個人的にも嬉しかったです。そういう信頼関係があるからこそ、気がねなくいろいろなリクエストを言ってくださいました。彼からもやっぱり、音が開いていると良いというリクエストがありましたね。

—ホールの中で聴いていらっしゃるとき、調律師さんというのは何を聴いているんですか? …耳のどんな神経を使って聴いていらっしゃるのかなと。

田所さん 私も知りたい(笑)。

前田さん そうですね…全体のバランスと、舞台上で調律している時の印象とのすり合わせをしている感じですね。会場で聴いた後にピアニストのコメントを確認して、またそれとすり合わせることになるのですが。

—ではシンプルに聴いて音の情報を収集するというよりは、組み合わせるための情報のパーツの一つをあそこでキャッチしている感じでしょうかね?

前田さん そうですね、あとは音量的なものとか。音の開き方については、早く開くのか、開き切らないのか、そもそも音がオープンになっているのか、閉じてしまっているのか。もちろんピアニストの弾き方によっても変わりますが、自分がこうしようと思って調整したものに対して、どんな音が鳴っているのかを聴いています。

田所さん 今回は選定の段階でピアノが5台あり、かなり角度を傾けないとステージにのらなかったので、本番であまりに聴こえ方が違うとみなさん困っているようでした。とくに一番上手に置いてある時に弾くと、音の跳ね返りがすごくて全然わからないと。

—先日の調律の風景では、ベテラン調律師の花岡さん(前回のショパンコンクールのメインチューナー)が見ている横で、前田さんが一生懸命作業されている姿が印象的でした。ああいった形で技術が受け継がれているのでしょうか?

前田さん 花岡さんは、何かを教えてくれるというよりは、一緒に作業して感覚を共有してくれる感じですね。アイデアを言い合って、試して、最終的には私がこれにしましょうといって実際にやってみる。大先輩ですが、いろいろな意見を出してくれて、最大限サポートしてくれました。

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(花岡さんに1次の時にお話を伺ったところ、今回のピアノについては、
「前回の経験を踏まえ、ここはもう少し足りないというところを6年で改善してきた。低音に深みがあり、楽器自体の鳴りが良い、プレゼンスがあるピアノを目指してきた。このホールの響きはもともとあたたかいけれど、ピアノの音色に色彩感がないとそこが伝わらない。ダイナミックレンジが広いだけでなく、いろいろな音色が含まれていてこそ、ピアニストもさまざまな表現ができる。その表現に協力できるような楽器を目指した」とのことでした。)

—夜中も作業があり、体力的にきついなか、耳と頭はいつもクリアでないといけないお仕事ですね。

前田さん そうですね、耳が疲れてくると、感覚が変わってきているとふと気づくときがあります。とにかく、空いた時間にしっかり寝ることが大事ですね。私自身は、隙間の時間に寝るのは得意です。

—才能ですね! それと、おそらくすでに次のショパンコンクールも視野に入れていらっしゃると思いますが、今回の経験からどんなことを生かしたいと思いますか?

田所さん 基本を忘れないということですね。技術を磨き、いいピアノを作り、アーティストに寄り添っていきたいと思います。今回は松下が練習室のスケジューリングをはじめとするアーティストの対応をしていました。

松下さん 例えばオソキンスさんは、日中2時間、夜2時間練習するというスタイル。他にも、朝方が好きという方、演奏順が午前だからそれに合わせて練習をしたいという方など、それぞれのライフスタイルにあわせてスケジュールを組み、サポートしました。
2次予選に進んだ4人のピアニストが次に進めないという結果となり、我々もどうお声がけをしたらいいだろうと迷っていたら、ピアニストたちのほうから、先にメッセージをいただいてしまって…。

田所さん ご本人たちが一番辛い時にそんなメッセージをくださるなんて、でもそのくらいの関係を築くことができていたと思うと、ありがたかったです。私たちはショパンコンクールのパートナー企業なので、ホテルの部屋にクラビノーバを入れるなど、コンクール全体の成功をサポートしています。それをベースに、良いピアノを出してピアニストに喜んでいただけることを目指しています。

—ピアニストに精神的な平和を与えるのも重要なお仕事でしょうね。

田所さん 前日にピアニストが言っていたことだとか、本番まで何日かということを考えながら、朝会った時にかける言葉を変えたり、ひとりひとりをサポートしていきました。

—最後に、ショパンにふさわしい音とは、どういう音だと思いますか?

前田さん 2年前にチャイコフスキーコンクールを担当したときは、外にどんどん出していくようなイメージで音作りをしていきましたが、ショパンコンクールのときはどちらかというと、内に込めつつ、出したい時には外に出せる、発散したい時には発散できるという、そんなイメージを目指しました。実際にできていたかは、わかりませんが…。

—ではそれを今後もまた極めていくという?

前田さん そうですね、今回の参加で、他のメーカーの楽器も聴き、新しい観点をたくさん見つけることができました。今後の自分の技術の糧にしたいと思います。

田所さん 念頭にあるのは4年後のコンクールだけでなく、やはり将来一番弾いてもらえる楽器ですから、コンクールを一つの節目として学んでいけたらと思います。こういう場では、各社から本当にすばらしい楽器が集まりますので。
なにより、ここで出会ったピアニストたちは将来世界で活躍するようになるわけで、そういう方たちと接することができることも、とても貴重です。今回も新しい出会いもありました。今まで知っていたピアニストたちとも、より深いお付き合いができるようになりました。コンクールはもちろん結果が出る場ではあるけれど、ここでの経験は、それ自体がメーカーにとってとても有意義なものだと思います。