チャイコン第1位、アレクサンドル・カントロフさんのお話

ようやく最後のお一人。
チャイコフスキーコンクールピアノ部門第1位、そして全部門のグランプリに輝いた、アレクサンドル・カントロフさんのお話です。

カントロフさんは、お父様は有名なヴァイオリニストで指揮者のジャン=ジャック・カントロフさん、お母様もヴァイオリニストという家庭に生まれました。大きなコンクールに挑戦するのは今回が初めてとのこと。
ちょうど先日、父カントロフさんのお弟子さんのヴァイオリニストにお会いしたのですが、アレクサンドルさんは昔からものすごく才能のあるできる子だったので、お父様も相当かわいがっていたそうな。息子さんの今回の優勝をとても喜んでいるそうです。

1次予選から見かけるたびにちょこちょこ話しかけていたにもかかわらず、やっぱり優勝しちゃうとひっぱりだこでなかなかじっくりインタビューできずで、結果発表前と後の細切れインタビューとなりましたが、どうぞご覧ください。

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Alexandre Kantorowさん

◇◇◇
[まずは結果発表の直前に聞いたお話から]

ーチャイコフスキーコンクールのファイナルの舞台で演奏してみて、いかがでしたか?

本当にすばらしかったです。このコンクールのために全力で準備してきたので、アドレナリンもたくさん出て、特別な感情を持ちましたし、本当に疲れました。…というのも、ファイナルでは最初からエネルギーを全然セーブしないで弾いてしまったので、1曲目の1楽章が終わったところで、もう息切れしそうになってしまって(笑)。

ー力の配分とか計画しなかった感じなんですか? でも、見事に弾ききったように見えましたよ。

全然計画しなかったんですよー。事前に2曲をいっぺんに弾いてみるということもしなかったし。まぁどうなるかやってみようという感じで本番に臨んだので。

ーそうなんですか…そのうえ、2曲目にあの大きな曲(ブラームスの2番)を選んでいたんですね。

そうなんですよ。もしかしたら1曲目にブラームスを弾いておいたほうがよかったのかもしれません。なにしろ、チャイコフスキーが終わったときにはもう疲れきっていたから。あの時はどうなるかと思いましたが、でも、再びステージに出てブラームスを弾き初めてみたら、大丈夫でした。

ーそしてチャイコフスキーの協奏曲は2番を選びました。カントロフさんのキャラクターにとても合っていると思いましたが、やっぱり珍しい選択ですよね。

僕もはじめは、普通に1番を用意しようと思っていました。でも、ふと自分の耳が、古い録音やトラディッションに塞がれてしまっていることに気がついたのです。そしてそのうちに、楽譜に書かれていることから自分だけの音楽を見つけることに困難を感じ始めてしまいました。
でもある日、両親の部屋でチャイコフスキーのピアノ協奏曲のオーケストラ譜を見つけて、2番の協奏曲の楽譜を読んでみたところ、「このコンチェルト、これまで知らなかったけれど、好きかもしれない」と思ったんです。この作品が、うるさいとか間延びしていると批判されていることは知っていましたが、改めてみると本当にすばらしく、エモーショナルで、室内楽的な要素もあり、愛すべき作品だと思いました。それで、これなら自分の音楽を見つけられそうだ、コンクールでは2番を弾こうと思いました。

[続いては、結果発表後に聞いたお話です]

ーブラームスについてお聞かせください。カントロフさんにとって特別な作曲家なんだろうなということは、演奏からもよくわかりましたけれど。

あははー! そう、本当に特別な作曲家なんです。エモーショナルなところはチャイコフスキーのようですが、もう少し、自身の中にそれをためこんでいるようなところがあって、その部分こそがとても心に触れてくると感じます。ブラームスは基本的に完璧主義者でしたから、楽譜として残されている作品はほとんど完璧に近いものばかりです。間違った音はひとつもありません。僕は室内楽も好きですが、とくにブラームスの室内楽作品は最高だと思っています。

ーところで、1次、2次ではカワイを選び、ファイナルではスタインウェイを弾いていましたね。オーケストラリハーサルの後にピアノを変えていらしたので、ちょっと驚きました。

はい、まずカワイのピアノはとてもすばらしい楽器で、1次、2次では楽器が僕をものすごく助けてくれました。でも、オーケストラと最初のリハーサルをした後、すばらしい楽器だけど、少しフラジャイルな感じがしたので、2時間近くコンチェルトを弾くのは難しいかもしれないと思いました。大編成のオーケストラと共演する中、ピアノを限界まで鳴らすということはしたくなかったというのもあります。スタインウェイはより楽に演奏できそうに感じて、ファイナルはこちらで挑戦してみようと思いました。

ーそうだったんですね。でも、もともとカワイのピアノを弾いて慣れていたわけでもなかったそうですね。

はい、まったく弾き慣れていませんでした。でもセレクションで5台を弾いてみて、これだ!って思って選んだんです。よく考えることもしませんでした。というか、考え込んで頭を混乱させるようなタイミングじゃないと思って、好きだと感じる楽器を選ぶことにしました。

ー1次予選のときから、カントロフさんのものすごい音に内臓を掴まれるようだったとお伝えしていましたけど…あの特別な音を出す秘密は?

うーん、抑え込まず、遮らず、いつも歌声を思い浮かべること、イリュージョンを生み出そうとすることですね。あとは、できるだけ長く音を持続させること。完全にマスターすることはなかなかできませんが、今もそれを実現するための懸命な探求は続いています。

ーそういえばある審査員の先生が、あなたの左手のコントロールがすばらしいとおっしゃっていたんです。それを聞いて、そういえばカントロフさんは左利きだったなって…。

ははは! そうなんですよ、左利き。でも、左利きでトラブルがないわけではないんですよ。ピアニストで左利きの人は、自然とヴィルトゥオーゾぶりに欠けることが多いので大変なんです。僕も一生懸命練習しないといけませんでした。

ーカントロフさんは特別な音楽家の家庭に生まれていますが、やはりそういう環境が音楽性に影響を与えているところはありますか?

もちろんです、子供の頃からずっと継続的に彼らから多くのことを受け取ってきました。両親ともにヴァイオリニストで、僕は二人の演奏を聴くことが大好きでしたから。

◇◇◇

というわけで、演奏同様、おしゃべりをしていても独特の空気感を漂わせるカントロフさんのお話でした。

ところで、1次予選でカントロフさんの演奏を聴いたときの衝撃、今も忘れられません。
弾き方も自由で歌い回しも個性的だったことにも驚いたんですが、それ以上に、深い音をごうごうと鳴らしあう混濁の一歩手前みたいな響きに、背中がぞくっとするような、内臓をぎゅーっと掴まれるような感覚を味わいました。
1次予選の記事でわたくし、こわいこわい書いていましたが、本当に畏れみたいなものを感じたんです。このピアニストが、リストやラフマニノフの楽譜からああいう音を想像するということも、実際にそれを鳴らせるということにも。(ちなみに、帰国して諸々の原稿を書き終わって初めてインターネット配信を聴き返してみましたが、配信のほうが響きがスッキリ聴こえるように思います。やはりあのゾワゾワ感は会場ならではの感触だったのかも…当然といえば当然ですが)

1次予選のあと、この内臓掴まれたちょっとこわかった感触をご本人にも伝えたいと思って(体験したことのない感触だったから)、よくない意味で受け取られる可能性を心配しつつもオブラートにつつむこともなくそのまま言ってしまったんですが、「へぇー、そう!? サンキュー」という返答をいただき、ちゃんと賞賛してるって伝わってよかったと思いました。

そんなわけで、あの音を出す秘密は?とお尋ねしてかえってきた言葉に、ものすごく納得してしまったのでした。そういう考えで響きを追求しているから、ああなるのねと…。

それにしてもカントロフさん、見かけるといつもワインレッドの何かを着ているんですよ。すごく気に入っている色だとか、はたまた験担ぎだとか、なんかあるかなと思って聞いてみたところ、「確かにこの色は好きだけど、よく考えないでスーツケースに洋服を入れて持ってきちゃったから」という返答でありました。でもこのお色似合ってると思います。
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あと、メリニコフさんのインタビューでも話題に出しましたが、カントロフさんも、独特の声色(喋る声のほう)の持ち主ですよね。それでピアノでもああいうまろんとした音をお出しになるので、「本人の声色と楽器の音色似てくる説」は、わりと信憑性あるかもしれない、と思いました。