中国のメーカーを弾いたピアニストに話を聞いてみた

コンクールは社会の縮図だと、以前あるピアニストが話していましたが、自分がコンクールに関心を持っている理由の一つは、これを追うことが社会や芸術について考えるきっかけを与えてくれるからです。
芸術の価値とは何か、時代とともに変化するのが当然なのか、そして芸術性の追求はビジネスと両立できるのか。夢を追う上で大切なことは何か、執念と引き際はどうあるべきなのか…。
そしてコンクールが開催される国の文化や生活習慣、歴史について、さらには政治とのかかわりを知ることができるのも、おもしろいところ。
そういう意味で特に、ロシアという国で開催されるこのチャイコフスキーコンクールには、本筋である記憶に残る音楽との出会いのほかにも、たくさん興味を引かれることがあります。

そのようなわけで、今回の私のコンクールへの関心の一つは、新しく中国のピアノメーカーが初参加したことです。
経済発展や国際社会におけるビジネス分野での成功も目覚ましい中国。そんな中国のピアノメーカーが、ロシアのコンクールに初めて挑む。芸術の世界の話とはいえ、ロシアと中国の経済面での複雑な関係性、中国の大企業の資金力の影響など、考えずにいられません。そして、そんな中で日本のピアノメーカーは、この状況をどう見ているのか。

最初中国のメーカーがピアノを出すと聞いたときは、えっ、大丈夫なの?みたいなことを考えてしまったわけですが、実際、楽器を聴いてみたこともないのにそんな風に思うのは失礼だったと反省しています。そもそも、今やこうして世界のピアニストから愛されているヤマハやカワイだって、1985年に初めてショパンコンクールのステージに乗ったときには、誰が弾くの?というスタンスで見られていたのかもしれません。メーカーの人たちの努力があってようやくステージに乗せることが実現し、そこから少しずつ評価を高めていって、今がある。何にでも始まりはあるわけです。

さて、その中国のピアノ。これはパーソンズ というメーカーの、長江(Yangtze River)という楽器です。

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ロゴマークが漢字なんですね。日本のメーカーは、そこは欧文と万国共通のマークというスタイルに合わせてきたわけですが、さすが中国、大胆さというか、自国文化への当然の誇りが感じられます。

今回、25人の参加者のうち、2人がこの長江を選びました。どちらも中国のピアニストで、初日に登場しました。思ったより普通にいいというか、そんなにクセもないピアノで、ただ弾き手によって全然違って聴こえるなという印象(まあ、それはどのピアノでも同じですが)。うわさによるとスタインウェイを追い求めている系のピアノだということなので、なるほど。この辺りのことは、近いうちにパーソンズ の方に聞いて見たいと思います。

さて、演奏を聴いたわたくし、好奇心が抑えきれず、長江を弾いたYuchong Wuさんに、お話を聞いてみました。


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(中国で生まれ育ち、ジュリアードで勉強しているWuさん。ちょっと日本の言葉を知っているみたいなのでびっくりしたのですが、2013年の仙台コンクールに出ていたようですね)

◇◇◇
—チャイコフスキーコンクールの舞台で演奏してみて、どうでした?

とても緊張しました。そうならないようにしたかったけど。あの強烈な空気を感じたら…こればかりはコントロールできませんね。今日の自分の演奏を評価するとなると、いいところも問題点もありましたが、今はそのことは考えないようにしてます…なるようになるって思うようにして。聴衆が楽しんでくれていたらいいです。

—今回は中国の長江を選んで演奏されましたね。私は今回初めて音を聴きましたが、クオリティに驚きました。この楽器を選んだ理由は?

中国のピアノが国際コンクールに参加するのは初めてのことですよね。そんななかで、自分の祖国のブランドのピアノを演奏できることは誇りだと思ったからです。ほんのちょっとしか弾いたことがないので、選ぶのはチャレンジでしたが。でも、このピアノは中国で作られたグランドピアノとしては最高の楽器だと思います。今回は、そのクオリティと価値を世界に紹介するとても良い機会だと思いました。

—ピアノのどんなところが気に入りましたか?

とてもいいピアノですよ。ただ、これはピアノではなくて僕自身のせいかもしれないけど、本番まで違うピアノで練習していたこともあって、ステージで最初にピアノに触った瞬間、音が変だって思ってしまったんです。でも、ホールや音響、もしくは僕のせいかもしれない。

—日本のメーカーは1985年に国際コンクールにピアノを出してからここまで少しずつ上を目指してきたわけですが、いまこうしてこのクオリティの中国のピアノが突然でてきてどこか恐れているようなところもあるでしょうし、ショックも受けているんじゃないかと思うんですよ。

ショックは、僕もですよ。最初に楽器を触ったときはショックをうけました。国際的な市場、音楽界のことを考えても、中国のピアノは大きく前進したと思いました。中国人にとって素晴らしいことです。

—以前このピアノを触ったのは、中国で?

はい、中国でほんの少しだけ。だから本当にチャレンジングな選択だったんですよ。

—勇気がありますね…すごい。

そうですね…特にホールで演奏したときにどうなるかはわかりませんから。とりえあず終わってよかった。少しリラックスしたいです。

◇◇◇

というわけで、なんと、この全世界に配信される舞台で長江を弾くことで、世界に中国のピアノのレベルを紹介したいというのが主な動機のようでした。25人に入るのも難しいなか、やっと出場の切符をつかんだこの大舞台で弾いたことのない楽器を選んだのですから、すごい使命感です。しかもセレクションを見ていた方の情報によると、Wuさんはほとんど、このピアノを弾くぞという雰囲気でセレクションに臨んでいたみたいです。
ちなみにWuさん、お話を終えると、僕に話を聞きにきてくれて本当にありがとう、気をつけてね、と言って去って行きました。いい子!

日本のピアノメーカーが国際コンクールに参入して35年。コンクールを舞台にしたメーカー同士の競争と技術革新はもちろん今も続いていますが、一旦それが少し落ち着いた戦いというか…あっちが勝つこともあれば、こっちが勝つこともある、という雰囲気が少し強くなっていたのが、ここからまた、新しい勝負の時代が始まるような予感がします。いい楽器が生まれ、調律の技術がどんどんあがることに純粋につながるといいですけれどね。

この後少しずつ、各ピアノのお話についてご紹介していくつもりですので、お楽しみにー。