「キンノヒマワリ ピアニスト中村紘子の記憶」発売

「キンノヒマワリ ピアニスト中村紘子の記憶」(集英社)が発売となりました。
彼女がいかにして国民的ピアニストとなったのか、時代背景も考慮し、
関係者の証言や昔の記事を掘り起こしてまとめた評伝です。
書いていて、自分で本当に楽しかった!

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昭和という時代の熱量を受け止めながらスターの座にのぼりつめ、
生涯にわたって華やかな演奏活動を行い、
クラシック音楽界の“女帝”ともいうべき、圧倒的な輝きを放ち続けた人。
彼女なくして今の日本のピアノ界の発展はありえないと誰もが言います。

ざっくりと本書の内容の一部をご紹介すると、
このような感じになっています。

<本書のコンテンツより一部抜粋>
●リーダーシップの強さは子供の頃から
●あの斎藤秀雄にケンカを売る
●振袖を着た天才少女~NHK交響楽団の世界一周ツアー
●ジュリアードでの苦労とショパンコンクールでの成功
●大衆人気と玄人筋の評価のはざま
●共演者から見た中村紘子
●中村紘子が求めた音
●審査員席の中村紘子が語ったこと
●変化するコンクール審査員界の潮流
●中村紘子の覚悟

評伝の紹介としていきなりこんなことを書くのは少し変かもしれませんが、
中村紘子さんのファンの方はもちろん、むしろそうでなかった方にも、
さらに言えば、ちょっと苦手だった…という方にも、ぜひ読んでいただきたい。

というのも、彼女が音楽界のために行ったことはとても大きかったと同時に、
あまりにパワーのある女性だったので、
恐れられたり、言動が批判的にとらえられることもあったと思うから。
そんな中でも、中村紘子さんは、ピアニストとして、女性として
覚悟を持って力強く歩んできた方でした。

今回この評伝を書いていく中で、彼女がまだ少女時代の頃の記事を調べていくと、
あの強そうに見える中村紘子さんが人知れず辛い思いをしていたときもあったこと、
それを乗り越えさせたのは、10代の頃に持ったピアニストとしての覚悟だったのだと
改めて知ることになりました。

…実は私自身、自分が中村紘子さんの評伝を書くことになるだなんて、
思ってもいませんでした。
最初にお話をいただいたとき、イヤイヤ…もっと個人的に親しかったとか、
同じ時代を知っている書き手の方はたくさんいるだろうに、
私で書けるのだろうか、さらに言えば、
私はコンクールの取材をしすぎて、いろいろなことを見聞きしているだけに、
ちょっと気が進まないぞ…というところがあったのです。

でも今回、高度経済成長とバブルという特殊な時代背景、空前のピアノブーム、
時代とともにさまがわりしていった女性を取り巻く社会環境、
そしてなにより戦後のピアノ界の変遷というものと、
中村紘子さんの生きた時代を重ねて考えるという主旨だったことで、
それなら、ぜひ挑戦してみたいと思ったのでした。
それにやっぱり、中村紘子さんという方は唯一無二の存在だったと思うから。

評伝の中では、そういう社会的な事象への考察もしていますが、
もちろんネタの宝庫ともいうべき「中村紘子親分」の伝説の数々を紹介しています。

本の中では、「キャリアの確立」「憧れの存在となる過程」「音楽への考え」
「審査員として業界を牽引した時代」「日本の未来への提言」にテーマをわけて、
その生涯と音楽をたどっています。

その中で、長年ので共演者である堤剛さん、指揮者の秋山和慶さんや大友直人さん、
中村紘子さんが見出した才能であるチョ・ソンジンさん、
コンクール界の重鎮ドレンスキーさん、マネージャーさんや、
ヤマハ、スタインウェイの調律を長年担当した調律師さんなどに、
いろいろなお話をお聞きしました。
中には、あんまり親しくなかったであろう方にもお話を聞いて、
紘子さん、なんでこんなことおっしゃってたんでしょうねぇ?というテーマについてご意見をいただいています。

結果的に、中村紘子さんには編集者時代に大変お世話にはなったけれど、
ものすごーく親しかったというわけではない立場だからこそ書けたこと、
見えたことがあったのではないかと思いました。
(もちろんその逆があったことも、わかってはおりますが…)

私が中村紘子さんに直接お会いしたのは、
だいたい国際コンクールの取材で講評をお聞きするときでした。
今こうして中村紘子さんが歩んできた道を知ったうえで、改めて、
もっとつっこんでいろいろなお話を聞いてみたかった…と思います。

2018年1月26日、いよいよ発売、ということで、
何回かにわけて、本の内容や執筆裏話をご紹介していこうかなーと思います。

 

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『キンノヒマワリ ピアニスト中村紘子の記憶』
高坂はる香 著/集英社
1,700円+税/四六版/320ページ
2018年1月26日発売

ファツィオリ創業者パオロさんのお話&ファツィオリジャパン10周年

ファツィオリジャパンの創設10周年を記念して、ファツィオリのある表参道のレストラン、リヴァ・デリ・エトゥルスキでレセプションが行われました。世界に一台の縞黒檀のモデルで、佐藤彦大さんが演奏。こちらのピアノ、久しぶりに聴きましたが、さすが音も馴染んできて良い感じです。
10周年を記念して行う、一般の聴衆が審査に参加できる、インターネットコンクールについても発表されました。

ファツィオリ創業者のパオロ・ファツィオリさんも来日中ということで、お話を伺いました。パオロさんにお話を聞くのは、7年ほどまえに、取材でサチーレの工房を訪ねたとき以来だったと思います。
パオロさんは1944年ローマ生まれ。家具工場を営む一家の、6人兄弟末っ子として生まれ、ローマ大学で工学を学び、ロッシーニ音楽院でピアニストの学位もとったという人物。創設当初から、他のどんなメーカーのピアノも真似しない、独自の音を追求していこうという信念で楽器作りを行い、設立から36年の今、いわば新興メーカーでありながら、独特の音の特性と存在感を持つメーカーとして認められています。数ではなく質を常に求めるという経営方針を持ち、年間生産台数は140〜150台。
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(ファツィオリジャパンのアレック社長と、ファツィオリのパオロ社長)

アグレッシブに革新を求めてきた人物だけに、パオロさんという人はとてもエネルギッシュ。握手もギューっと力強い。そして、いつもワクワクしてます感がすごい方です。こういうおじさん、他に見たことない!

◇◇◇
パオロ・ファツィオリさん

─ファツィオリのピアノは、既成概念にしばられずに進化することを理念としているということですが、その中で根本的に大切にしていることはなんでしょうか?

はい、まず他の物を真似をすることはありません。独自の、持続する伸びのある音、色彩感のある音、そしてパワーの面では、よりダイナミックであることを目指しています。他のピアノとは異なる、我々独自のアイデンティティを確立しなくてはならないと思っています。最近も、新しいアクションを開発して特許をとりました。ピアニストたちのために、良い音楽を生むためのツールとプロポーサルを作らなくてはならないという考えが根底にあります。お金のためではありません。

─3、4年くらい前だったでしょうか、ファツォイオリのピアノが大きく変わったという印象がありましたが。

そうですか? 基本的に、変化しているのはいつものことだと思いますが!
例えば老舗の他のメーカーが、新しいモデルではここが変わったと書いていることは、だいたい我々がもともとずっとやってきたことです。私たちは、毎日新しいピアノを提供しています。一つ良い楽器ができたから、これをコピーしてたくさん作ろうということはありません。毎回進歩していないといけないのです。
ちなみに、私たちの工房の技術者たちは、全員私みたいな感じです。いつも、今度はこれができるかもしれないと考えながら新しい試みを導入しています。

─それほど独特の個性を持つピアノですから、ファツィオリのピアノを弾くときには何か特別に心がけたほうがいいことはあるのでしょうか。正直いってファツィオリのピアノについては、弾き手がその扱いがわかっているときとそうでないときの違いがよりはっきりしているように思えるのですが、その辺り、どう思いますか?

ピアノとして、一般的な共通のフィロソフィーはありますから、他のピアノと方向としては同じほうを向いています。
ただ確かに、われわれはプロのためのピアノを作っているので、「スピードの出る車をコントロールするためには、いい運転手でないといけない」というのと共通したことは言えると思います。あまりに速いスピードの出る車は、いい運転手でないと操れません。そして、腕のいいF1のドライバーは速い車にのりたがるものです。
能力の高くない演奏家は、ピアノからたくさんの色を与えれられても、それをコントロールし、うまく対処することができません。確かにその場合は、さまざまな色が感じられないただの大きなピアノになってしまう。そういう方にとっては、多彩な色がないピアノを弾くほうが楽と思えるかもしれません。
いろいろな色が引き出せるピアニストが弾いてこそ、すばらしい音が出るというのは確かだと思います。そもそも、私たちはフラットな演奏をする人のことを考えてピアノを作っているわけではありませんから。

◇◇◇

シビアですねー。
しかしあのサチーレの工房で、パオロさんみたいなメンタリティの職人が50人も集まってピアノを作っているとなれば、それは毎回違うピアノになるだろうな…と思わずにいられません。
7年前工房をたずねた際には、ちょっと個性的な外見だったり、作業着をいい感じに着崩していたり、道具ケースに水着美女の写真を飾っていたりといろんな職人さんがいて、これは、日本やドイツのメーカーの工房では見られない光景だわ、と思ったものです。

パオロさんがピアノを作り始めたときの想いとして、充分な音を鳴らすために、ピアニストがピアノと格闘しなくてよいピアノを作りたいと思った、という話がよく出てきます。
実際最近のファツィオリのコンサートグランドには、よりパワーがあって楽に音を鳴らすことができるようだなと、聴いていて感じます。それだけに、F1ドライバーの例ではありませんが、それをコンサートホールのような響く場所で細やかにコントロールするには、鋭い感性と、楽器の特徴を掴んでいるという前提が求められるのかもしれません。それをつかめばすごい力が発揮できる。
ピアニストがファツィオリに触れる機会が増えたら、楽器に触発された、よりいろんな表現を聴けるようになる、ということですね…。

横山幸雄のファンタジ~

このところ大がかりな仕事に取りかかっていましたが、
ようやく最初の山場を越えました。
今朝は久しぶりに、起きた瞬間ベッドの中で
「あ、あの部分こう書こう」と思いそのままパソコンに直行する、ということなく、
人間らしい目覚めを迎えました。おもしろかったけど大変だったなー。

というわけで、久しぶりに記事を更新しようと思います。
先日ある案件のことで横山幸雄さんのお話を聞く機会があり、
そのついで(といってはなんですが)で、今度の9月23日の演奏会について、
ちょっとどんな感じになりそうなのか、尋ねてみました。
相変わらずすごいロングな演奏会です。
10:30開演、16:20終演予定。お腹いっぱいの予感。

2017年9月23日(土・祝) 10:30
東京オペラシティ コンサートホール
《第1部 10:30開演》
ピアノ・ソナタ第13番、第14番嬰「月光」、第15番「田園」
《第2部 11:50開演》
7つのバガテル Op. 33、2つの前奏曲 Op. 39
ピアノ・ソナタ第16番
《第3部 13:30開演》
ピアノ・ソナタ第17番「テンペスト」、第18番
《第4部 14:30開演》
バッハ:半音階的幻想曲とフーガニ短調BWV. 903
モーツァルト:幻想曲ニ短調 K. 397
ショパン:「幻想即興曲」、幻想曲、「幻想ポロネーズ」
《第5部 15:40開演》
シューマン:幻想曲ハ長調 Op. 17

午前中から月光聴くとどんな心境になるのか、興味津々です。
この長丁場のラストにシューマンのファンタジーというのも、
最後いい感じにぶっ飛ぶことができそうでワクワク。
そしておそらくまた持ち込みのニューヨーク・スタインウェイなのでしょうけれど、
一人の人が弾く長丁場ならではの音の変化が感じられて、本当に興味深いですよ。

さて、まずは横山さんに、どんな気分のプログラムなんですか?という
異常にざっくりした質問を投げかけてみました。

すると横山氏、
「今回はベートーヴェンがハイリゲンシュタットの遺書を書いたあたりなんだよね。
いろいろなものを乗り越えるあたりを聴いてほしい。
そして一緒に乗り越えてほしい。
…まあ、僕は乗り越えられずに、そこでもがいてるけどね、アハハ!」

……。
不覚にもナイスな突っ込みが思い浮かばず、
もがく横山氏とそれを見守る聴衆というシュールな図を想像して、
何とも言えない気分になってしまいました。

そして後半のテーマはファンタジー。
今年は1月の演奏会でもファンタジーや即興曲をテーマにしていたし、
新譜もファンタジーがテーマ。
2017年はファンタジーが横山さん的に流行ってるのかなと思い、
最近ファンタジー気分ってことですか?と尋ねると、

「いや、ぜんぜん。僕、あんまりそういう人じゃないから」(キッパリ)

と言われました。
……「そういう人じゃない」ってなんなの。(とはいえ、わかる気もする…)

一足先に9月20日発売の新譜のサンプル盤を聴いていますが、
そうはいっても、演奏はしっかりファンタジ~な感じです。
シューマン、見事に夢見てさまよってます。優しい。意外な感じ。
さすが、理論派のぬいぐるみをかぶった感覚派!(いい意味で)
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リサイタルは今週末。みなさまぜひどうぞ。

 

ドレンスキー先生が来る(ロシアン・ピアノスクール2017)

毎年夏に表参道のカワイで開催されているロシアン・ピアノスクール、
今年で15周年なのだそうです。

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2017年8月11日(金)~8月18日(金)
会場:カワイ表参道

紹介ページの最初に「国際コンクール入賞者を100人以上も輩出しているセルゲイ・ドレンスキー教授のクラス」と書いてありますが、まあ、どこにいってもドレンスキー先生の門下生は活躍しているなと思っていましたが、こうして数字にして言われると改めてすごいですね。一人でものすごい数のコンクールに入賞するような人がいても、それは「1」とカウントされるとなると、相当です。
(この前来日していたアレクサンドル・ヤコブレフのチラシのキャッチコピーに”50を超えるコンクールを制覇”と書いてあったことが、ふと思い出されまして。とはいえ、ヤコブレフはドレンスキー門下ではありませんし、流派も微妙に別だと思いますが)

今年のロシアン・ピアノスクールも、連日朝から夜まで、
ピサレフ教授とネルセシヤン教授によるマスタークラスが行われます。
8月12日、14日夜には各教授によるリサイタルもあり。
(ネルセシヤン先生の公演は完売みたい)

さらに今年も重鎮、ドレンスキー教授ご自身も来日し、
8月13日と16日にレクチャーが予定されています。
昨年は奥様の体調不良で来日がキャンセルとなってしまっているので、2年ぶり。
このところご本人の体調も心配なところがありますから、お元気で日本に来てほしいですね。ジャパンのこの蒸し暑さ、大丈夫だろうかとちょっと心配になりますが。

ちなみに、2年前のレクチャーの開催レポートが出ていました。おもしろい。
子供の頃、2回「ムチ打ちの刑」にあっているという思い出話。
ムチ打ちというのがいかにも当時のロシアっぽく、過激だなーと思うと同時に、ドレンスキー少年がやってることも、なかなかヤンチャだぞとつっこまずにいられない。
しかしこういう、自分の知らない時代、社会を生きた人の話というのは、本当におもしろいですよね。今年はこの2年前のお話の続きが聞けるのかな? なんだかとても楽しみになってきた!

各レッスンやレクチャー、演奏会の申し込みはウェブ上でできるようですので、どうぞご覧くださいませ。

テクノ、ゴルドベルク、トリスターノ

今度の金曜日、6月30日にハクジュホールで行われる
フランチェスコ・トリスターノの「アコースティック・テクノ アンプラグド・ライブ」、まだ少しチケットが残っていると聞きまして。少しでも興味があって未体験の方は、ぜひ聴いてみてほしいなと思い、突然に記事をアップ。

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(今にもピアノの中にのしのし侵入してきそうなこのお姿)

フランチェスコ・トリスターノについて、私が改めてこの人すごいと思ったのは、5年前、ヤマハホールでの演奏会を聴いたときのこと。
前半にはフレスコバルディやスカルラッティなどバロック期の作品を、後半ではヤマハの機材を駆使して「ピアノとエレクトロニクスによる」作品を披露する公演でした。
もちろんトリスターノさんのクラシック作品の演奏は優れていて、それまでにもその感性に目を開かれる思いをすることはありました。
とはいえ、純粋にそういう作品の解釈の面で優れた演奏に出会う機会は、いってしまえば(これだけコンサートに通っていれば)他にもある。
が、しかし!
私はテクノ関係に詳しいわけではありませんが(とはいえそういう音楽に全くなじみがないわけでもありませんが)、初めてトリスターノのテクノより作品の音を聴いたとき、この人の音を操作する(混ぜ合わせる)センスは本当にずば抜けているのだろうなと、感覚的に理解したわけです。
しかも良かったのは、これをヤマハホールというクラシック音響の環境で聞いたこと。響きがデッドなクラブハウスなどと違い、(こういう言い方するとアレかもしれませんが)音圧ゴリゴリの音ということもなく、ふだんクラシックの音量、音質に慣れている耳でも心地よく受け入れることができる音で、きめ細やかなテクノ音楽を満喫できる、そんな演奏会だったのです(いまどんどん人気を高めている「ポスト・クラシカル」のサウンドもこういう部類のものなのでしょうか)。

というわけで、今回彼がハクジュホールで「アコースティック・テクノ アンプラグド・ライブ」をやると聞いたときは、これはキタ!と興奮いたしました。あの目の開かれる思いを、5年ぶりに再び味わうことができる!

その後、何度かインタビューでお話を聞く機会もあり、このピアニストの頭の中に渦巻くもの、そしてあのシュッとした雰囲気とギャップがありすぎる「ほんわかラーメン好きキャラ」にも関心が募っているところです。
(ほんとうに、話を聞いていると、ラーメンへの執着がハンパないのよ…)

まだチケットがあるということで、みなさまぜひ一度ご体験ください。もちろん、どんな演奏会になるのか予想がつくようなものではないので、思ってたのと違うかもしれませんが、その辺はご容赦ください…。
ちょっと遅めの20時開演です。

一方、今回の来日ツアーではゴルドベルクも弾くんですよね。
ゴルドベルクはトリスターノさんがデビューアルバムで収録し、長らく取り組んでいる作品だということですが、多分普通じゃないアプローチで聴かせてくれるものと思います。
さらに後半にはヴァージナル作品や自作曲なども演奏するという。この組み合わせで聴くことで発見があるはず…。
この夏は、8月にすみだトリフォニーでピーター・ゼルキンとキット・アームストロングもゴルドベルクを弾きます。この偶然のゴルドベルクブームにのって、一気にゴルドベルクの現在を知ることができそうだな、などと思っているところ。

トリスターノのゴルドベルクが聴けるのは、
7月9日(日)三鷹市芸術文化センター風のホールです
(演目についてのお話も公開されています!)

テキサス滞在をふりかえって

コンクールのこと、コンクール以外のことも含めて、テキサス滞在についてちょっといろいろ振り返ってみたいと思います。

まずはコンクール関連の出来事。

今回の滞在中、私のテンションがかなり上がった瞬間のひとつは、コンクール本編の演奏ではなく

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審査員のマルク=アンドレ・アムランが、新作課題曲となった自らの作品「トッカータ」を、ピアノランチというイベントの中、サプライズで演奏してくれたこの瞬間です。
作品自体とても素敵なもので、1次でのコンテスタントたちの演奏もとても楽しんだのですが、アムランさん自身による演奏、すごく味わい深く、ああ、これを生で聴けてよかった…としみじみしてしまいました。
とても美しく優しく、わりとゆったりとした音楽で、コンテスタントたちが演奏していたものとは全然イメージが違ったんですよね。(作品についてのシンポジウムの様子はこちら

…という話を、この場に居合わせなかったあるコンテスタントに言ったら、あの楽譜でそういう演奏になるの!? と、ものすごくびっくりしていました。
ちなみにアムラン自身の演奏、ステージで収録したものを公開すると聴いていましたが、まだ出ていないようですね。
コンクールでは、ダニエル・シュー君が委嘱作品賞を受賞(演奏はこちら)。この賞はアムランさんひとりが決めればいいという話も出たそうですが、みんなで平等に投票をして決めたと聞いています。

もうひとつ思い出に残る出来事。
2次予選中のある日、ホール近くのバーで事務局のスタッフのみなさんと飲む機会がありました。そのとき事務局長のジャックさんがいくつかのポイントについてすごい勢いでつめよってきた、あの瞬間のハラハラ感です。

一つは、今回のコンテスタントの中で誰の演奏が気に入っていて誰を応援しているかという質問。なんだかよくわからないけど、そこにいるメンバー全員にかなりしつこく問い詰めてきました…聞いてどうする気だったんでだろう。

もう一つは、日本人はショパンコンクールをあんなに多くの人が聴きにいくのに、なんでクライバーンには全然来てくれないんだ。ショパンコンクールの何がそんなにいいんだ!という質問。

ピアノ好きの人が、ショパンコンクールには憧れがあって、一度現地で聴いてみたいと話しているのはよく聞きますし、実際、共感します。でも、改めてなんで?と聞かれると、確かに不思議なものです。
過去にスターが出ているという意味とか、作曲家の偉大さという意味では、チャイコフスキーコンクールとかも同じですけど、やっぱりショパンコンクールだけは人気が特別ですよね。なぜなんでしょう。

でもまあそれは日本に限ったことではなく、韓国でチョ君の優勝と同じノリで今回のソヌさんの優勝が受けとめられているのかといったら、きっとそうではないんだろうなという感触がありますし(DGから発売されたアルバムがヒットチャート1位、チケットは何分で完売、みたいなわかりやすい情報がまだ出てないからかもしれませんが)。
とはいえ、先の記事でも述べたように、クライバーンは1、2位に入賞すると、若いピアニストにとってもうコンクールはいいと思うきっかけになる、そういうコンクールであるらしいことは確かです(今のところ)。
それにはコンクール自体の音楽界的な評価というよりは、具体的なキャリアの支援体勢が、ピアニストにとって実質的効果を持つからなのだろうと推測します。

さて、それはさておき、ジャックさんはクライバーンコンクールにもたくさん日本のピアノファンに来てほしい!と話していました。
でもフォートワースにははっきりいって素敵な観光地もない、ストックヤードというカウボーイ文化を見られる場所も、まあ、1日見れば十分。クライバーンの家を外から見たってそれほどおもしろいもんでもない…。強いていえば、お隣のダラスまで足を伸ばすと「ケネディ暗殺の謎を探るミュージアム」があるくらいで(実際襲撃が起きた路上にはバツ印がつけてあるという…)、観光スポットって他にないからみんな来ないのも仕方ないんじゃない、とも思いましたが、もちろん言いませんでした。
でも、みなさんぜひ次回は聴きに行ってみてください。

ただ、テキサスに魅力的なおいしいものがないわけではありません。
行ったら食べたらいいよと勧められていたもののひとつがこちら。

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Tボーンステーキ!
とても大きい。
おいしかったですが、食べ終わったあとは「一週間肉はいらないな」と思いました。

話はどんどんコンクールから離れていきます。
さて今回、いつものコンクール取材と違ったのは、自分が人さまの家に間借りして滞在していたということ。いつもは孤独に取材に集中しているのですが、今回はいろいろな人にお世話になり、おかげでおもしろい出来事もたくさんありました。

まずひとつ、着いたとたんにおもしろいなと思ったこと。

トランプ大統領が就任してもう半年。実はテキサス州、中でもフォートワースは移民が少ないので、わりとトランプ大統領支持者が多めの地域だと聞いていました。そうはいっても、私がその件について会話した人の中には、トランプ支持だという人はいませんでしたが…。

とはいえもう半年も経ったんだし、アメリカの人たちはもう大統領がトランプさんであるという事実を受け入れて生きているのかなと思ったわけですが、なんか違ったんですよね。
先の記事でもご紹介した、日本とインドへの駐在経験のあるジャーナリストの家主は、毎晩、いわゆるスタンドアップコメディー的な番組を楽しそうに見ていたんですが。
これがもう、毎晩毎晩トランプ大統領の言動をネタに揶揄、という内容なんですね。トークショーみたいな番組も、政治的なものはだいたいトランプ大統領の痛烈批判という感じ。
家主がたまたまそういう番組を選んで見ていたから目立って感じたのかもしれませんが、まだみんな、現実を受け入れてないんだなーと思いました。
あるとき家主氏がある政策について「でもこれが実施されるのは4年以上あとで、そのころにはトランプの任期は終わっているから…」と話していたので、「でもまた再選されるかもしれないんでしょ? 今回もそうだったんだから、次回だってあなた方アメリカ人は彼を選ぶかもしれないんでしょ?」といったら、現実に気づかされた腹いせに「オヌシ、ヒドイニホンジン!」と言ってきました。

もうひとつ家主ネタ。

この家主がある日、夕食に今日は冷奴を食べようといって豆腐を買ってきました。
それじゃあ準備するよといって、6、7センチくらいの大きめのブロックに切って器に盛り付けたら、「それは間違ってる! 正しい冷奴はこうだ!」といって、2センチ角くらいの小さなブロック(なんでしょう、お味噌汁に入れるもののちょっと大きいくらい?)に切って盛り付けたうえ、あらかじめ醤油をドバーッとかけて、はい、食卓に持ってってと。
完成品がこちら。
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これが正しいんでしょうか。家主のあまりの自信満々っぷりに、自分が間違ってるんじゃないかと思ってしまいました。
そして一応私、生まれも育ちも日本なんですけど、なんで信用してもらえなかったのか自分でもよくわかりません。

ちなみに家主氏は、この冷奴の作り方を、息子たちや近所の人たちなど、あらゆる人に伝授してまわって、現在に至るそうです。間違った日本食って、こうやって広まっていくんですね。

それからさらに全然関係ないんですが。
滞在も2週間半が過ぎた頃、自分の寝泊まりしている部屋にこんなものが置かれているのを発見。
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いたずらかと思ってボール部分をひっぱってみましたが、しっかり固定されています。この家の息子がテニス大会でとってきたトロフィーだと思われますが、なかなか斬新ですね。

…で、そんなことよりなにより、今回私がこのテキサス滞在中もっとも心揺さぶられたピアノと全然関係のないこと。
それは、家主のねこ、ウキー君のかわいらしさです!!

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もともとねこを飼った経験がなく、ねこ慣れしていない私は、ふだん人さまの家のねこさんと触れ合ってみても仲良くなれることがあまりないのですが、このウキー君は初日からスリスリと寄ってきて、私の部屋に入り浸り、毎晩のように私のベッドの上で寝るようになりました。ドアを押し空けて静かに部屋に侵入し、ファサとベッドに乗り、わたくしの腹部をフミフミして、そこにそのまま寝るのが定番。
重いし変な夢見るのよ。でもかわいい。そういうものなんですね、ねこって。

今回テキサスから帰ってくるときに何がさみしかったって、一番はウキー君との別れでした。だって、人間はここ以外の別の場所で会えるかもしれないし、なかなか会えなかったとしてもメールや電話で連絡をとることができるけど、ねこさんには、私がまたこの場所にやってこない限り会えないし、顔を見て話をすることもできないんですからね。(そういえば、ロマノフスキーは愛猫と電話で話すっていってましたけどね…どうやって話すのか教えてもらいたい)

最後だとわからずに最後に会うことより、最後かもしれないとわかりながら最後に会うことのほうが辛くて嫌いなのです。わたくしは現実から目を背けたい、弱い人間なのであります…。
次回コンクールの4年後といわず、ウキー君に会いにまたフォートワースに行ってしまうかもしれません。

クライバーン、入賞者やコンテスタントのお話

今回のヴァン・クライバーンコンクール、日本のピアノファンのみなさんにとってはなじみのある顔ぶれも多く、知っているピアニストのリサイタルを聴く気分で楽しむことができたステージも多かったのではないでしょうか。
ちなみに各コンテスタントの演奏は、こちらから、データ、CD、DVDそれぞれの形式で購入することができます。
Mediciの演奏動画は、リサイタルは基本的には無期限で、オーケストラとの演奏は1年間の期間限定で公開されるとのこと。

さて、このコンクールでは、コンテスタントはみんなホームステイで滞在しているので、ファイナルまで残らずとも最後まで滞在する人がわりといます。
コンクールによっては、通らなかったら結果発表の翌日にはホテルから放り出される(言い方は悪いですが、ハイシーズンだから満室で空き部屋すらない的な…)みたいなところもあるので、若いコンテスタントにとっては、親しくなった家族のもとそのまま落ち着いて滞在できるいいシステムです。

今回の記事では、入賞者たちのお話に加えて、最後のレセプションなどでお会いできたその他のピアニストのお話も紹介したいと思います。

まずは第3位となったダニエル・シューさん。
このコンクールの直前、日本でリサイタルツアーを行っていたので、最近聴いたばかりだという方もいらっしゃるでしょう。
私は東京のハクジュホール公演を聴きましたが、ベートーヴェンの31番のソナタを聴きながら、「あーこの子、クライバーンでいくかもしれないな…」と、実は、うすぼんやり思っておりました。(演奏はもちろん、19歳というフレッシュな年齢、今後の飛躍の可能性、アメリカ人だということなど全部ひっくるめて)
バックステージに挨拶にいったとき、「なんか今日の演奏聴いて、クライバーンで、もしかしてって思った」と口走ると、横にいたお母さんが、「この子には結果は気にしなくていいっていってるの! ね?」とすかさずカットイン。微妙な笑みを浮かべているダニエル君を見て、余計なプレッシャー与えちゃったかなと思いましたが、今となっては「ほらー、だからいったじゃん」状態です。

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─3位おめでとうございます。一番大変だったステージは?

ファイナルですねぇ。

─オーケストラはいかがでしたか?

うん、大丈夫でしたよ。

─…というのも、演奏前には言うまいと思っていたんですが、前回同じオーケストラと指揮者でチャイコフスキーを弾いた阪田さんが、ものすごくゆっくりのテンポにちょっと苦労していそうだったので…。

ああ…。そうですね、少しゆっくり目でしたけど…実は本番はリハーサルのときよりはテンポが早くなっていたのでよかったです。でも、遅いテンポも好きだと思いましたけどね。

─浜松コンクールから2年が経ちました。演奏家として変化を感じますか?

僕の頭は変化し、発展していると思います。引き続き勉強を続けて、音楽を発展させていきたいです。
ただ、年齢を重ねればもちろん経験が増えて成熟に向かうはずだけれど、それは音楽の主な要素ではないと僕は思います。音楽やアーティストは、そんなことで邪魔されるべきではありません。音楽は演奏家から放たれていくものではあるけれど、演奏家は音楽それ自体を変えるべきではないと思います。
つまり、音楽は演奏家の心や魂、頭から出てくるべきもので、音楽を聴くときに、その音楽のコンセプトが、奏者が誰かによって違う風に受け取られるべきではないと思うんです。だから例えば若い人が演奏しているからといって、若いのにすごいとか、歳がいっているんだからもっと成熟しているべきだとか、そういう風に思って聴かれるべきものではない。音楽は音楽だと思うから。…意味通じてる?

─わかりますよ。少し話はずれますが、この前シンポジウムで、成熟するということについて、悲しい曲を弾くにはそれ相応の実体験が必要なのかということが話題になっていたのを思い出しました。

僕は、実体験は必ずしも必要でないと思います。誰かが経験した悲しみや痛みは、自分が同じものを経験しなくては完全にわかるはずがない。だけどその原因を全部経験してみる必要などもちろんないと思います。苦しみや痛みにはいろいろな種類があって、その中にいる人にとってはとてもリアルなもの。気持ちがふさぎ込む、生きる気力を失う、一人でいられないなどその種類はさまざまで、それをすべて体感することはできませんよ。意味通じるかな…。

─わかりますよ。相変わらず、ただの明るい若者じゃない感じの発言で。

ははははは!!

◇◇◇
考えこみながら深〜い話をして、ハッと気づいたように、なんかわけわかんないこと言っってないよね?と確認してくるところなど浜松コンクールのときから変わっていません。
ところで関係ありませんが、浜松コンクールは次回の募集要項が発表されたようですね。審査委員長は小川典子さん。詳しくはまた別の記事で…。

第2位のケネス・ブロバーグさん。
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最初から最後までものすごく落ち着いた雰囲気漂わせていましたが、まだ23歳。
先にご紹介した審査員の児玉麻里さんのお話からもわかる通り、彼のほうを高く評価していた審査員もわりといたようです。

─おめでとうございます。今の気分は?

とてもいいです。どのステージも大変でしたが、セミファイナルは、オーケストラと演奏するというそこまでとは別の経験の中、モーツァルトで自分の別の面を見せなくてはいけなくて大変でした。さらにファイナルではまた大きな協奏曲でオーケストラと別の面を見せなくてはいけなくて。ラフマニノフの「パガニーニの主題による変奏曲」は、パガニーニが悪魔に魂を売ったストーリーを見事に伝えるすばらしい作品なので選びました。

─音楽の解釈をつくっていくうえで一番大切にしていることはなんでしょうか?

作曲家が書いた感情的なストーリーを伝えるということです。自分の中に芽生えた感情を伝えることも大切にしています。

─あなたの音には特徴がありますね。自分の音はどのようにして見出したのでしょう。何か特別な技術的練習を積んできたのでしょうか。

いいえ、特別な練習はありませんよ。音は頭の中から出てくるものですから。ピアノのメカニズムを考えれば、音はハンマーと弦によって鳴らされるわけで、そこに他の要素はありません。とにかく重要なのは自分のイマジネーション。それだけです。

─ピアノの道に進もうと思ったきっかけは?

若い頃、自分がやりたいこと、そして情熱のすべてがここにあると感じたことから、ピアノの道を選びました。人間にとって音楽はあらゆるものごとを伝えることができるものだと思います。自分を伝える手段でもありますね。

◇◇◇
さて、優勝したソヌ・イェゴンさんです。DSC_9086
(ハンブルクからかけつけたスタインウェイのグラナーさんらと)

前述の通り、記者会見でのお話以外のフレッシュなコメントを取り損ねてしまいました。一瞬誰だかわからないレベルのイメチェンをすることになったきっかけ、ご本人がやせたんだといっていましたが、その減量のメソッドなど聞いてみたかったんですが残念です。
かわりに、ホストファミリーのきらきらマダムのお話をご紹介します。

◇◇◇
─イェゴンさん、おうちではどんな様子でした?

彼は本当に真面目で、毎日5、6時間は練習していましたよ。とても優しくて人間的にも優れているすばらしいアーティストだと思います。今回初めてホストファミリーをつとめたので、彼が優勝して驚いています。

─ところで動物はなにか飼ってらっしゃいますか?

オーマイゴッシュ! 飼ってるわよ!! 彼にも聞いたらきっと話してくれると思うけど、うちのゴールデンレトリバーのことが本当に大好きになったみたい。彼はとても優しい人だからね。
うちのゴールデンレトリバーは、彼が練習しているとき、ピアノの下に毎日何時間も座っていたんですよ。こんなこと、普段はないのよ、オーマイゴッシュ!! 動物も彼の音楽が好きなのねって思いました。信じられない現象だったわよ。うちのゴールデンレトリバーは、嫌な音楽だったらいつも逃げていってしまうのに。

◇◇◇
…というわけで、何の気なしにペットについて話をふってみたら、ホストマザーさんのテンションが爆発的に上昇し、すごい勢いで語り始めました。イェゴンさんとゴールデンレトリバーさん、この3週間で飼い主もびっくりするほどの友情を育んだんでしょうね。

 

さて、入賞者以外の面々。

レイチェル・チャンさん。彼女はファンが多かった。
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(Web配信のナビゲーター、アンダーソン&ロウさんと)

結果は少し残念だったけれど、ここで演奏できてよかった、日本に演奏しに行きたい!と話していました。
ところで先の記事で紹介した、人の顔を見るたびにレイチェル・チャンのプロコフィエフよかったよねーと言ってくる音楽評論家のおじいさんですが、あるときわざわざ近寄って来たのでまたレイチェルの話かと思ったら「そのカーディガンいいねぇ、すてきだねぇ」と言ってきました。寒いホールをしのぐためのよれよれのグレーのカーディガンなんですけどね。
以来、人の顔を見るたび「今日はあのカーディガンは?」と言ってくるようになりました。なにかしら執着ポイントが発生すると、そのことばかり聞く癖があるみたい。

イリヤ・シムクレルさん。ホストファミリーと。
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前回の浜松コンクール、セミファイナリストです。
なんだか以前より大きくなったような気がして、「なんか(背が)大きくなった?」と聞いたら、「えへへー、そうかな、お腹じゃない?」と、少しふくよかになったお腹をポンポン叩くという、中年男性のようなジョークを返してきました。まだ22歳ですけどね。なんだかいつ会っても常に楽しそうでした。
ちなみに「偶然見たこの動画であなたが譜めくりしていてびっくりした」といったら(彼はクズネツォフの弟子なのです)、当日譜めくりさんが突然ドタキャンしただかで、どこかから帰国したばかりだったのに急遽呼び出され、空港から直接会場に行って譜めくりさせられたんだよねーと話していました。全然コンクールに関係ない話題ですけどね。

そして、イーケ・トニー・ヤン君。
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最終的に、審査員賞を受賞しました。将来性に期待をかけて、ということでしょうか。
彼には今回、今後ピアニストとしてどうしていくのか、ハーバード大学での生活や勉強はどんな感じなのか、ゆっくりいろいろお話を聞くことができました。ピアニストとして生きていくことは本当に大変だ、としきりに言っていたのが印象的でした。意外と現実的なのね。でもピアノはこれからも大切にしてゆくとのこと。
大学には昨年秋に入学して1年が経ったけれど、この1年はコンクールの準備などでなかなか授業に出ることができなかったから、2年目から勉強のほうもがんばりたいと話していました。経済学や国際政治に興味があるんだって。

ところで今回もトニー君は、「通気性が良くて伸縮性もあり、着心地がいいのだと本人は言うけど、傍からは全然そう見えない、あの異素材シャツ」をステージで着用していましたが。
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Photo:Carolyn Cruz

なんとこのシャツ、オーダーメイドで、デザイナーはユジャ・ワンのドレスのデザインもしている人なんだそうです。なにその予想外のオシャレへのこだわり!!(ワルシャワではポートレートを撮影するっていってるのに、アディダスのでかいロゴ入りパーカーとか着てきちゃうくせに!)

ちなみに赤いジャンパーを愛用しているのは、ご両親が好きでいつも買ってくるからなのだそう。
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(左は今回、右はワルシャワの写真)

「なんで赤なの? 赤が好きなの? あっ! それとも、赤を着せておけば自分の息子がどこにいるか見つけやすいからかな?」と聞いたら、「それは違うと思う」と即答されました。

クライバーンコンクール審査員、児玉麻里さんのお話

先の事務局長のインタビューにもあったとおり、今回のクライバーンコンクールでは審査員の顔ぶれが一新され、初参加の方ばかりでした。

今回の審査員の面々はこちらです。

Jury Panel 2
Photo:Ralph Lauer
Alexander Toradze,Mari Kodama, Joseph Kalichstein, Erik Tawaststjerna, Leonard Slatkin, Marc-Andre Hamelin, Anne-Marie McDermott, Arnaldo Cohen, and Christopher Elton

日本からは、児玉麻里さんが参加されました。

実は私、雑誌の編集部にいた頃、児玉さんの連載エッセイの編集を担当していたので、とても久しぶりの嬉しい再会でした。毎月パリからFAXで原稿が送られてきていたんですよね…まだFAXで原稿が来ることも多かったあのころ…。
久しぶりにお会いした児玉さんは相変わらず素敵でして、ズバズバいろいろおっしゃるのに話していてなんだかとてもほっとするというか。麻里さまとのお話する時間はわたくしにとって、テキサスでの心のオアシスでありました。

というわけで、審査結果についての児玉さんのお話です。

◇◇◇

入賞者3人は、説得力のあるピアニストだった

─まずは3人の入賞者についての印象をお聞かせください。

説得力のある3人だったと思います。
まずソヌ・イェゴンさんは、とても音楽的なピアニストです。リートがお好きだと聞きましたが、リートっぽく弾いているところからはそれが感じられましたね。セミファイナルで弾いたR.シュトラウスの編曲作品など、よく歌心がわかっている人だと感じましたし、モーツァルトの協奏曲もオペラがよくわかって弾いていると思いました。

そしてブロバーグさんとシューさん。才能や可能性というものについて、審査員それぞれに考えや好みがあると思いますが、私はブロバーグさんとシューさんはとても際立っていると感じました。特にブロバーグさんはシューさんより4歳年上ということもあり、落ち着いていました。
二人に共通しているのは、なにひとつ無駄な音を弾いていないということ。全部の音にテンションが込められていて、適当に音を鳴らすということがありません。二人は個性がまったく違いますが、それぞれにすごく可能性があると思いました。

 

─審査員9人の意見は一致していた感じがありましたか? それともばらばらの感触もあったでしょうか?

私たちは審査するピアニストについて話してはいけないことになっていたので、基本的に意見は交換していませんが、そこまでで落ちてしまった人に関してはいいということでお話する機会もありました。
その中でだいたいは意見が一致していたと思いますが、1次、2次で、一人二人、この人がどうして落ちたのかわからないという不満を口にされている審査員の方もいましたね。でもそれは本当に少数で、多くは一致していたという印象です。最終結果にしても、1位から3位の順番はともかく、この3人が上位3人ということはみなさんの中ではっきりしていたと感じます。

音楽に説得力があるということ

─審査員の間で、こういう方向で審査をしましょうというような共通の認識はあったのでしょうか。このコンクールは、ポテンシャルだけでなくすぐに第一線で活動できる成熟した人が求められているということですが、審査員のみなさんはみんなそれをなんとなく知って参加されていたのでしょうか?

そういう確認のようなものは全然ありませんでした。みなさん自分が好きなように評価をしていたと思います。
私は、成熟した人を求めるコンクールだと感じましたけれど、他の方がそう思われたかどうかはわからないんですよ。事務局長のジャックさんからも、具体的にそういった説明はありませんでしたから。
優勝するとこれとこれをこなす責任があるというリストを見て、この期間を生き延びて、その後も活動を続けていける人ではないといけないのだと思いました。
ただ審査のたびに毎回言われたのは、1次からそのステージまですべてを通しての判断をしてほしいということ。コンチェルトをよく弾いても、リサイタルの演奏がどうだったか、バランスをとって評価してほしいと言われました。ですから私も、毎回一人一人についてメモのためにつけておいた点数やコメントを見返して判断していきました。

─先日の審査員によるシンポジウムでも、“どんなピアニストを探しているか”という質問が出ていましたが(注:そのときは審査員のカリクシュタイン氏が、「何かを探しているわけではい。作品があるべき姿になっていればいいと思うがその答えも一つではない。ただ、作曲家を間違って解釈していると感じるときは、音楽への理解がないと思ってマイナスの評価にはなる」と答えていました)、ちょっとその聞き方を変えて、児玉さんにとって、あるピアニストを見るときの要素としてもっとも重要視するポイントはどこにあるのでしょうか。

やはり何かを探しているということはなくて、私たちは、自分とは違う解釈でもそれを納得させる力を持ったピアニスト、こういう見方、弾き方や解釈の仕方もあるのだなと思わせるピアニストを評価すると思います。

─自分が好きなタイプではないけれどすごいのはわかる、そういうピアニストもやはり評価するということになりますか。

“好み”でなくても説得力があれば、自分はこうはしないけれどなるほど、と思いますよね。自分勝手に、気分で弾いているんじゃないかなと感じられるときは、あまりいい印象を持ちません。

─その境目を判断するもととなるのは、やはり楽譜に書かれていることでしょうか。

楽譜がまず一番ですね。作曲家の残したものが全部書いてありますから。
ただ、いくら楽譜に書かれたそのままに弾いていたとしても、カルチャーに反した弾き方をすれば違和感が出てきます。
たとえばラヴェルの楽譜とベートーヴェンの楽譜に同じようなことが書いてあったとします。言語でいえば、フランス語ならば最後にeが書いてあったらそれは発音せず、ドイツ語なら反対にきつく発音しますが、これは音楽でも同じです。同じ音が同じように最後に書いてあっても、フランス音楽の場合は力が抜けるように弾くわけです。それがカルチャーなんですよね。
いくら楽譜に書いてある通りに弾いていてもそれがわかっていないとちょっと変だなという感じがするわけです。例えばそういうところで、説得力が変わってきます。

─それがスタイルを知っているか否かということになるのですね。でもつまりそれは、子供のころから長らく音楽学校などで音楽教育を受けていても、それが身につかないこともあるということなんですねぇ。

そこが深いですよね。勉強することが山ほどありますからね。時間もかけないといけないことです。

 

◇◇◇

今回の審査員の先生方、それぞれの美学がはっきりしているようで、わりと意見がわかれたのではないかと思っていましたが、児玉さんのお話からするとそういう感じではなかったようです。
そうはいっても、個性の違う演奏家(審査員)が集まってひとつの結論を出そうとするコンクールというものはむずかしいですね。審査員のうちの1人か2人がこれは優勝に値する才能だ!と思ったところで、多数がそう思わなければ次のステージにすら進めないこともある。このコンクールに限らずいつでもあることです。

ところで、記者会見で1位2位は僅差だったのかという質問が出た時、それは教えないよと事務局長が話していましたが、聞く話から推測するに、わりと僅差だったのではないかなと思います。

クライバーンコンクール事務局長&CEO、Jacques Marquisさん

ヴァン・クライバーンコンクールは成熟したピアニストを求めているということを以前から明確に示していて、優勝者には3年間にわたって多くのコンサートの機会が与えられます。かつてはよく、それによってピアニストが疲弊して長いキャリアを築くことができない…と言われることもありました。

その“噂”を完全に過去のものとするべく、このコンクールは、審査方法やコンクール後の契約についてさまざまな変更を加えながら開催されています。

前回2013年から、Jacques Marquis氏が事務局長&CEOに就任。ジャックさんは、長らくモントリオール国際コンクールの運営にも携わってきた方です。
今回のクライバーンコンクールは彼が就任して2度目ということで、大胆な変更も加えられました。
というわけで、ジャックさんに、今回加えられた変更の意図や審査員の選定、クライバーンコンクールが目指すものについてお話を聞きました。

ちなみに余談ですがこのジャックさん、結果発表のステージに登場していたあの方ですが、普段いつ見てもテンション高く、常に冗談をいうタイミングを狙っているというか、とにかく愉快な感じの方です。疲れた、みたいな顔をしていることを見たこともありません。
この前、キン肉マンのテリーマンがテキサス出身だと知ったのですが、なんかテリーマンとイメージがかぶります(ジャックさんはべつにキザみたいな感じではないですし、そもそも、フランス系カナダ人なのでテキサスの人でもないんですけどね。まあ、とにかくエネルギッシュでパワーがありそうってことです)。
というわけで、ちょっと長いですがインタビューをご覧ください。
(結果発表前に行ったインタビューです)

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(もっとイエーイ!みたいなポーズで撮らなくていいんですかと聞いたら、なに言ってるんだ、私はいつだって真面目だ!と言われました)

◇◇◇

協奏曲の演奏能力が高い人を、ファイナル前に失わない

―今回のコンクールから、いろいろ新しくなった面があると思います。現在のところ、それらはみんなうまくいったという手応えがありますか?

そうですね。今回は、芸術面、マーケティング面両方で、いろいろな変更がありました。芸術面ではまず、最高の30人の参加者を選ぶためにスクリーニング審査の方法を変更しました。すばらしい人材を絶対に取りこぼしたくありませんから、これはとても大切な作業でした。
本大会のほうでは、ファイナルの前の段階にモーツァルトのピアノ協奏曲を入れたことが大きな変更の一つですね。
以前の課題曲では、コンチェルトは最後に残った6人だけが演奏する形でした。ですが実際にプロのピアニストになってからの活動のことを考えるとどうでしょう。その50%がリサイタル、10%が室内楽、そして40%くらいはコンチェルトになります。
ですから、ピアニストにオーケストラと演奏する高い能力があるかどうか知ることはとても重要なのです。ファイナル前にコンチェルトの能力が高いピアニストを失うことがないように、セミファイナルで12人に協奏曲を演奏してもらうことにしました。
クライバーンコンクールは、ピアニストのキャリアを切り拓くことを目的としています。ポテンシャルのある若者を見いだして太鼓判を押すことを目的としたコンクールであはありません。
ウェブサイトやPR会社、マネジメント、経済面など、優勝した後は、キャリアの成功のためにあらゆる援助をします。ですから、それに応える能力を持つ人を見つけなくてはいけません。その意味で、協奏曲の高い演奏能力は必須なのです。

―それで、かわりに室内楽がファイナルで演奏されることになったのですよね。これもなかなか珍しいと思いますが。

そう思います。ピアノパートを弾くこと自体は難しくないと思いますが、ここではミュージシャンシップという大切な側面を見ることができます。私たちは審査員のために、コンテスタントの能力を見極めるためのできる限りたくさんの情報を得ようとしているのです。

1年目のコンサート回数を減らし、徐々に増やす形へ

―キャリアの確立を助けるというコンセプトのもと、優勝者には多くのコンサートが用意されていますが、一方で過去には、そのためにピアニストが疲れ果ててしまうと指摘されてきました。そういったことが起こらないよう、なにか配慮がなされているのでしょうか。

今回から、1年目のコンサートの数を減らしました。
私たちのコンクールは、3人の入賞者に合計300のコンサート契約を用意しています。そんな中、例えば優勝者について、昔は1年目に75回、2年目に50回、3年目に40回の演奏会を用意していたのに対して、今年は1年目から順に、40回、50回、60回と増やしていく形に変えました。
もちろん、多くの主催者たちはこれを喜んでいませんよ。だって彼らは、クライバーンの優勝者が「今」欲しいのですから。
でも私たちは優勝者の将来のことを考えて、とくに1年目には演奏会ごとにちゃんと練習したり休んだりする時間が持てるよう、こうした形に変更しました。また、たとえば数週間にわたるツアーには事務局のスタッフが同行して、様子を見守ることにしています。
提携するマネジメントも、今年からより近い距離で優勝者の世話をしてくれるエージェントに変わりました。

―今回、会場のチケット販売はどうだったのでしょうか。

最終的な集計結果はまだですが、マーケティングの面でもいろいろな新しい試みを取り入れたので、少なくとも、ウェブ配信の視聴数は増えました。逆にそのために、ホールに来ることなくコンクールを鑑賞しようという人が増えたのかもしれません。
ただ、長い目で見れば、ウェブで聴いている方々はいずれホールに足を運んでくれると思っています。1次から徐々に来場者数が増えて、今回もファイナルの協奏曲は完売ですので、それでいいのではないかと。ちなみに、次回のコンクールのマーケティングについてもすでに私の中にはアイデアがあります。
私たちには、海外、国内、地元という3つのマーケットがあります。海外へはmediciによるウェブ配信がうまくいき、多くの方々が見てくださいました。
国内については、映画館でのファイナルのライブ上映を今回から行いました。放送はmediciが行い、制作はMETライブビューイングと同じ会社のプロデューサーが担当しています。
そして地元の方々のためには、シンポジウム、ピアノランチ、マスタークラスや子供向け企画など、誰でも無料で参加できるイベントを多く行いました。最終日にはサンダンススクエアで公演と授賞式のライブビューイングを行い、その後は広場の一角にあるレストランで、協力してくれたすべてのボランティアスタッフに感謝をするクロージングパーティを行います。

コンクール審査員の常連は避ける方針

―今回から、 40年にわたって同じ方がつとめていた審査員長も変わり、審査員全体の顔ぶれも新しくなりましたね。

私たちは、新しい優勝者を見つけていかなくてはいけません。いつも同じ審査員が審査をしていたら、審査員同士が仲良くなってしまいますから…。そこで私は、できるだけ審査員経験が多くないコンサートピアニストを中心に審査員を選ぶことにしました。少しは審査員経験の豊富な人もいましたけどね。結果的に、良いバランスとなったと思います。
それに、新しい審査員をお呼びすれば、みなさん帰国してから、クライバーンコンクールは運営もすばらしくバイアスもなくていいコンクールだったとあちこちで話してくれるでしょ(笑)?

―では、コンクール審査員の常連みたいな方々はここでは入れない方針だと。

はい。あちこちで審査員をしている人、たとえばチャイコフスキー、ルービンシュタインで審査員をして、ここでも審査をということになれば、すでにコンテスタントたちのことを知っていて、なにかしらのイメージを持った状態で審査することになってしまいます。私は新しい耳で聴いてくれる人にお願いしたいのです。

―審査員長が本選の指揮をするというのはめずらしいですね。

そうですね。スラットキンさんに審査員長をお願いしたいといったら、指揮も自らおやりになりたいとおっしゃったので、それもいいかなと思ったのです。
コンチェルトを2人の別の指揮者が担当することにも狙いがありました。ここで共演でしたことで、また共演したいと思って声をかけてくれる指揮者のネットワークが少しでも増えることになりますから。

―審査員のメンバーはどのように選んだのですか?

審査員を選ぶときには、室内楽アンサンブルのメンバーを選ぶようにしないといけないんです。一緒に気持ちをあわせて演奏することができるけれど、それぞれの個性が異なるというような。世界のいろいろな場所から、多様なエステティックを持った審査員を集めます。

―スタインウェイとの協力関係も興味深いです。40台ものピアノが用意されているのですよね。

はい、そのかわりに、プログラムやウェブサイトでスタインウェイについて紹介しています。それにもちろん、ウェブ配信では常にロゴが映りますからね。スタインウェイにとってもいい機会になっていると思います。

―昔はホストファミリーがコンテスタント用に置かれたピアノをそのまま購入すると、クライバーンがサインをしてくれるという制度があったそうですよね。

はい、うちにもそれが1台ありますが(笑)。でももちろんもうそれはできないことですので、もしかしたら入賞者のサインなど、また別の方法があるかもしれませんね。

―たくさんのコンクールが存在する中で、このコンクールが目指そうとしていることは?

最高のピアニストを選ぶということ。そして、そのピアニストのキャリアを切り拓くことです。
私たちは、オーケストラや世界各地のホールとの関係を駆使して、優勝者のキャリアをサポートします。
私がもう一つ関わっているモントリオールのコンクールであれば、ポテンシャルの感じられる若い人を優勝者とすることもあり得ますが、ここではそうではない。明確なヴィジョンがあります。スーパーエクセレントで、キャリアを確立できる人を求めているのです。
クライバーン氏はチャイコフスキーコンクールによって有名になりました。私たちも、同じような存在になりたい。クライバーンと比べることはできないにしても、我々も最高のピアニストを選び、3年間にわたって支援してゆくのです。

―3年が経って、その後のことは…。

まぁ、私たちは母親ではないので、全員の子供たちが3年の勉強を終えて戻ってきてしまっても面倒を見切れませんよね。雛鳥が巣立つことを手伝わないといけないわけです。
重要なことは、その3年の間に良いエージェントを見つけられる支援をすることだと思っています。

◇◇◇

「コンチェルトの演奏能力が高い人を取りこぼさない」
「指揮者とのつながりをすこしでも提供する」
など、なるほど…と思いました。いざファイナルの協奏曲になったら経験不足が露呈してみんなボロボロ、みたいなこと、たまにあるもんね…。

審査員の選定についての見解も興味深いです。新しい耳で聞いてくれる人を選ぶと。
以前わたくし、審査員のメンバーがどのコンクールでも同じだということは、どこでもその面々の好みのタイプのピアニストでなければ「勝てない」構造ができてしまっているのではないかという問題提起をして、ことごとく審査員の方々をムッとさせてしまったことがありましたが、でもやっぱりそうだもんなぁ。

それでも今回も、ちょうど立ち話をしたある審査員の方が、あるコンテスタントについて、「昔某コンクールで聴いたときは本当にすばらしくて、そのあとも何度か聞いているけど、数年たった今回はどうのこうの」みたいなことを言っていました。実際、過去に聴いていたらどうしたってそういう見方になるよなぁ。
だからといって、これからもっと知名度を伸ばしたい新しいコンクールが、有名な審査員を招きたいと思う気持ちもわかる。ということは、歴史のあるコンクールこそ、こういう新メンバーをそろえる改革に乗り出してくれたらいいということですね。

 

クライバーンコンクール、最終結果

クライバーンコンクール、最終結果が発表されました。

ゴールドメダル
ソヌ・イエゴン(韓国、28歳)

シルバーメダル
ケネス・ブロバーグ(アメリカ、23歳)

ブロンズメダル
ダニエル・シュー(アメリカ、19歳)

聴衆賞
レイチェル・チャン(香港、25歳)

室内楽賞
ダニエル・シュー(アメリカ、19歳)

委嘱作品賞
ダニエル・シュー(アメリカ、19歳)

ジョン・ジョルダーノ審査員長賞
キム・ダソル(韓国、28歳)

Raymond E. Buck審査員賞
レオナルド・ピエルドメニコ(イタリア、24歳)

審査員賞
イーケ・トニー・ヤン(カナダ、18歳)

ファイナルの演奏をすべて聴き終えたところで、正直言って誰が優勝するのか、入賞しそうなのか、全然予想がつかなかったので、結果を見て、そうか…となんとなく納得した次第です。ファイナリストはみんなそれぞれの魅力があって、審査のうえで何を重要視する人が多数派かで結果が変わるのだろうなという感じでした。
関係者や一般のお客さんの意見を聞いていても、多くの人が一致して、この人際立ってるねーと言っている人がいないというか、いろいろな人の、この人すばらしいと言っている人がバラバラというか。コンテスタントの中にも、一貫してノリまくっているみたいな人がいなかったというか。
きっと別の結果でも、そうか…と思ったかもしれません。とはいえ、ソヌさんは室内楽でもコンチェルトでもソロでも、落ち着いた演奏、そしてときどき、普段シャイっぽい雰囲気の内に秘めているなにかを大放出するような、情感豊かな演奏を聴かせていたと思います。クライバーンならではの3年間にわたるコンサート契約の中で、ピアニストとしての魅力、スターらしさが花開いていくことに期待します。

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結果発表のあとには記者会見が行われ、その後、コンテスタントや審査員、関係者やホストファミリー、ボランティアみんなが参加するクロージングパーティーが行われました。

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去年までこのパーティーは、ホテルの宴会場みたいなところで行われていたのですが、今回はダウンタウンに新しくオープンしたサンダンススクエアという広場の一角のレストランで行われていました。
半分屋外で会場の見通しも悪く、しかも近くのステージでは大音量でバンド演奏が行われているという、異常に取材のしにくい環境でありました。
それでも、入賞者やそのほかのコンテスタント、審査員の児玉麻里さんなどに少しお話を聞けましたので、順次ご紹介したいと思います。

ちなみに先に白状しておきますが、肝心のソヌ・イエゴンさんのコメント、取り逃しました…。
ようやく捕まえたと思ったら、ホストファミリーがなにか呼んでいるからちょっと待って、というので、じゃあ絶対に帰る前にインタビューお願いしますよ!とご本人とホストファミリーに念を押してリリースしたところ、あっさり帰られてしまいました。びっくり。どの入賞者よりも先にいなくなっていましたよ。これ、彼のためのパーティじゃなかったのという素朴な疑問。お疲れだったのかな。
こういう場面で遠慮はいけませんね。迷惑と思われたくないビビり精神が災いしてしまいました。つくづく自分はこういう仕事に向いてないと思いますね、ええ。

とはいえ、ソヌさんのホストファミリーの人が証言する「犬とソヌさんの関係」、そして「トニー君のシャツの謎」など情報収集したので、後日ご紹介しますね。(いらない?)